Michael J. O'Brien and R. Lee Lyman (2003)
Cladistics and Archaeology
The University of Utah Press, Salt Lake City, xxiv+280 pp., ISBN:0-87480-775-1→書評・目次
生物体系学において理論・実践の両面で進展してきた系統推定論(系統樹を推定する科学)は,変化を伴う由来という歴史的過程に対しては普遍的に適用可能である.このことは,系統推定論が単に生物の進化的系統関係の推定だけではなく,無生物の歴史的由来関係の推定にも用いられるということを示唆する.実際,このような“系譜学的方法”は,生物学だけではなく,歴史言語学や写本系図学など理系・文系の学問の壁を越えてさまざまな学問領域で別々に考案されてきたという経緯がある.その際,データに基づくもっとも単純な系統仮説(系統樹)を選択するという最節約法(the parsimony method)すなわち分岐学的方法(the cladistic method)がこれらの領域で個別に開発されてきたことは,生物体系学における分岐学がより広い汎用性をもっていることを強く示している.ここ数年の間に,進化考古学(evolutionary archaeology)の分野では,この分岐学に則って遺物・遺跡の系統推定を行なおうとする研究が盛んになってきた.かつて型式学(typology)が有力だった考古学において系統推定のための方法論を確立しようとする機運が高まってきたことは,同様に類型学(typology)が優勢だった生物体系学において系統推定をめぐる大論争が起こった半世紀前を髣髴とさせる.今回の講義では,先行する生物体系学との比較を通じて分岐学的考古学の理論と実践について論じる予定である.参加者は当該テキストをあらかじめ予習してくること.講義(通年)は基本的に輪読形式で,適宜 PAUP* / MacClade /Mesquite を用いたコンピュータ・デモンストレーションを行なう.講義に用いたハンドアウトと参考文献はこのページにそのつど掲載する.[講師:三中信宏]
1. Introduction(pp. 3-19)
近代考古学における「進化」観を批判的に概観する.19世紀末から20世紀初頭は,直線的・前進的・定向進化的な進化観が考古学を支配していて,“人間の要求(human need)”により文化は「進歩」していくという考え方が広まっていた.いわゆる文化史考古学(culture-history archaeology)は文化的伝統の進化史をたどることを研究の目的とした.後に広まるプロセス考古学(processual archaeology)では,文化進化の復元という作業の重要性は相対的に低められていった.しかし,文化的伝統を説明するのが考古学の根幹であることはいつでも変わりがない.
本書では,分岐学(cladistics)の方法論を用いて,文化的伝統の復元をすることを提案する.分岐学の方法は,生物だけにかぎらず,進化するものならばどんなものにも適用できる.考古学にとってむしろ考えなければならないのは,どのようにして文化的伝達(cultural transmission)が起こっているのかという点だ.
「変化を伴う由来(descent with modification)」というダーウィンの考えは,生物だけではなく,考古学にもよくあてはまる.さまざまな遺物や遺跡をどのように「体系化(ordering)」するかは,考古学者の大きな関心の的だった.系統学的考古学の先駆者たちの仕事を振り返る:
これらの先行研究に対しては,「文化進化では分岐だけではなく融合が重要だから,生物学のアナロジーはあてはまらない」とか「そもそも無生物には系統関係などありえない」という批判の声が強く,結果的に閉塞状況に陥ってしまった.
文化的伝統は「クレード(clade)」を形成するという基本的認識に立脚して,考古学データのもつ類似性/非類似性の情報と歴史的連続性に関する推論とを結びつける方法論がいま求められている.次章以降では,分岐学に基づく系統推定の方法について論じる.
参考文献:
2. Evolutionary Taxonomy and Phenetics: Two Approaches to Classification and Phylogeny(pp. 21-29)
進化分類学(evolutionary taxonomy)と表形学(phenetics)に関する解説.考古学の世界では,系統関係ではなく,類似度(similarity)に基づく表形的な分類がたいへん盛んだった(p. 22).分類(classification)とは新しい単位(unit)をつくり,その単位に属するための必要十分条件を明らかにすることだ.単位(unit)とは,分析の基準となる概念的実体である.おそらく,ここでいう“単位”ということばで,著者たちは生物学でいう“種(species)”に相当するものを想定していると推測される.複数の単位からなる集合を群(group)と呼ぶ.これは分類群(taxon) に相当するものだろう.単位がもつ属性を形質(character)と呼び,その属性の状態を形質状態(character state)と呼ぶ.
分類学(taxonomy)とは分類の理論である(G. G. Simpson の定義に準拠).一方,体系学(systematics)はもっと広く,多様性の研究と定義される.体系学的研究では対象物を群に分類する.その際,単に個々の形質についての類似性(similarity)ではなく,複数の形質にまたがる相対的な親近性(affinity)があるかどうかが基準として重要である.親近性を測ることにより分類できたならば,次の段階としてなぜそのような親近性が生じたのかが問われなければならない.
リンネ階層分類体系の構造.分類群(taxon)の包含関係について:同位タクソン(parallel taxon)・上位タクソン(superior taxon)・下位タクソン(subordinate taxon).進化思想のなかった18世紀当時としてはリンネ方法は十分に“自然分類”だった(後世の目で見れば“人為分類”なのだが).species よりも genus を重視するリンネ分類では,原型(archetype)を識別する定義形質(differentia|考古学では significata)を発見しようとしてきた.このような類型学的分類(typological classification)はダーウィンの登場によって,その意義が問い直されることになる.
ダーウィンの進化理論によって,生物分類の技法そのものが変わることはなかったが,natural affinity とか natural group というそれまでの分類学的概念に対しては「進化的」な再解釈があたえられることになった.すなわち,分類群は分類学者が「造る」ものではなく,進化によってつくられるのだ;体系学者はその分類群を「発見」すればいいのだ,と.
その後,1940年代の the Modern Synthesis を通じて現代的な進化理論が確立され,その立役者である Ernst Mayr や George G. Simpson らによって進化分類学(evolutionary taxonomy)の理論がつくられていく.
参考文献:
2. Evolutionary Taxonomy and Phenetics: Two Approaches to Classification and Phylogeny(pp. 29-34)
進化分類学の続き ―― 類似性と相同性の悩ましい関係.似ているからといって近縁である保証はない.しかし,部分の類似性は相同性仮説を立てる上で有効である,その仮説のテストについては第3章で議論される.共通の適応域(あるいはダーウィンの言う“habits”)への侵入に際して,共通の機能的問題への共通の「解」にたどりつくことが,相似あるいは収斂をもたらす.
進化分類学は,系統的分岐と類似度を“phylogram”によって表現しようとした.それに対する批判は,そのひとつは類似度が主観的判定基準であるという批判だった.この批判に応えて,類似度のみから分類体系を構築しようとしたのが表形学派(phenetics)だった.
1950〜1960年代に確立された表形学派は,数量分類学(numerical taxonomy)という生物分類学の一派をつくり,多変量解析におけるクラスター分析をツールとして,同一の重みを持つ複数の単位形質(unit character)から計算された全体的類似度(overall similarity)に基づいて,操作的分類単位(OTU)間の分類構造のパターン分析を行なった.類似度のパターンは“phenogram”における分岐レベルの高さによって表現される.得られた類似度パターンのみから表形的分類体系が構築されるが,この結果は系統関係を反映するものと解釈されることもあった.
参考文献:
2. Evolutionary Taxonomy and Phenetics: Two Approaches to Classification and Phylogeny(pp. 34-47)
文化・遺物に関する分類の歴史をたどる.生物学の「進化分類学派」が主張した二点:1)表形的類似度は遺伝的類似度と相関する;2)遺伝的類似度は系統的類縁性を反映する — は文化分類にも見られる.文化分類では,単に表現型(phenotype)だけではなく,言語・遺物・社会形態のような延長表現型(extended phenotype)が分類対象となってきた.ここでのポイントは,生物[分類]と非生物[分類]との関係であったのだが,その点に関して明確な論議は考古学ではなされてこなかった.
考古分類での大きな問題点は,リンネ式分類体系と表形的分類体系との形式上の類似性は必ずしも分析目的をきちんと示すものではないという点だ.だから,ここではリンネ分類と表形的分類のちがいについて,考古分類の例を挙げながら議論しよう.
McKern の表形的分類では,componen→focus→……というクラスタリングのための「形質」の規定(determinat / diagnostic / linked)が細かく決められていた.
進化分類学の弱点は,系統関係と類似度を同時に考慮しようとしたことにある.類似度よりも系統関係が優先されるのだから,分類体系もまた系統関係をベースにして構築されるべきである.
さらに,ここで考えなければならない点は,リンネ分類体系そのものがもつ限界である(Ereshevsky 2001).リンネ体系が呈示する「階層」は分類群間の“包含関係”である.一方,系統樹が含意する「階層」は対象物の間の由来関係である.前者の集約型階層(aggregative hierarchy)と後者の位置構造型階層(positional-structure hierarchy)の間には根本的なちがいがある.リンネ階層はその形式上の特徴として系統関係を表示することがもともと不可能である.したがって,リンネ体系を採用するかぎり,真の意味での系統分類は達成できない.責めはリンネが負うべきである.
参考文献:
3. Cladistics: An Alternative Approach to Phylogeny(pp. 49〜64.)
分岐学の章.The Evolutionary Synnthesis の1940年代から,1960〜70年代の体系学論争までの学史について講義する.相同形質を用いるだけではなく,その相同性が派生的(apomorphy)か原始的(plesiomorphy)かを区別することが重要であるという論点が強調される.
進化分類学では,共有派生形質(synapomorphy)に基づく単系統群だけでなく共有原始形質(symplesiomorphy)に基づく側系統群もともに相同形質による群として許容する.一方,分岐学では前者のみが許容される.分類ではなく系統に焦点を当てるかぎり,共有原始形質には系統推定のための情報が含まれていないことが示される.
分岐学の基本概念と用語の説明.無根樹と有根樹の関係.形質の方向性(polarity)の決定.最節約原理にもとづく最適分岐図の推定.著者たちはどちらかというとパターン分岐学に近い立場にあるようだ.次回は外群比較による分岐分析の手順についての説明.
参考文献:
3. Cladistics: An Alternative Approach to Phylogeny(pp. 64〜75)
最節約法以外の系統推定法についての簡単な言及.著者たちはとくに最尤法が考古学データにどのくらい適用可能なのかについて関心をもっているようだ.まだ論文にはなっていないが,遺物データの系統関係を最節約法と最尤法によって推定した結果を比較するというタイプの研究がアメリカの考古学会年会ではすでに公表され始めているようだ.ベイズ法がやってくるのも時間の問題だろう.長枝誘引の問題にも触れている.
最節約分岐図の上での形質の最節約復元の解説.この本の説明では ACCTRAN / DELTRAN のちがいがよく見えてこないので,『系統分類学入門』を引っ張り出して説明する.
得られた分岐図と形質との整合度の尺度として「一致指数」(ci: consistency index)と「保持指数」(ri: retention index)が導入される.ある形質に対して理論的に可能な最小の(つまり“最節約的に最小の”)形質状態変化数(このときすべての apomorphy は単一の synapomorphy として説明される)を「m」,逆に理論的に可能な最大の(つまり“最節約的に最大の”)形質状態変化数(このときすべての apomorphy は別々の homoplasy として説明される)を「g」,そして実際に得られた分岐図上で最節約的にカウントされた形質状態の変化数を「s」とするとき:
と定義される.
ここで ri の導出をたどってみる.分数関数 ci の値域は[m/g, 1]なので,g すなわち末端 OTU の個数によって最小値が異なるという不具合がある.それに対処する補正の第1段階として, ci の最小値を 0 にする平行移動 ci−m/g を行なう.このとき,最大値も 1−m/g に変わってしまうので,続いてスケーリング補正 (ci−m/g)/(1−m/g) を施すことにより,値域は g の値にかかわらずつねに[0, 1]に固定される.ここで補正された値は:
(ci−m/g)/(1−m/g)=(g・ci−m)/(g−m)=(g・ci−s・ci)/(g−m)={(g−s)/(g−m)}・ci
となる.元のci値にかかる係数 (g−s)/(g−m) を保持指数 ri と定義する.このとき,上の補正値 ri・ci を「修正一致指数」(rc: rescaled consistency index)と呼ぶ.
一致指数は形質のホモプラシーの程度を表す「生の」尺度である.保持指数はスケール単位 g−m に関する補正を加えることで,派生形質状態のどれくらいの割合がホモプラシーではなく共有派生形質によって説明できるかを表す尺度となる.修正一致指数はこの補正をした上でのホモプラシーの程度を表す.
引き続いて,合意樹(consensus tree)についての説明が書かれているが,イマイチ上手とはいえない.これでは,ダメげ.
来週から3週間は東大での集中講義(「保全生態学特論」という名の生物系統学講義)をもって振り替えることにする.
参考文献:
東京大学大学院農学生命科学研究科集中講義〈保全生態学特論〉に振替
【場所】東京大学弥生キャンパス・農学部1号館地下第5講義室
→シラバス
東京大学大学院農学生命科学研究科集中講義〈保全生態学特論〉に振替
【場所】東京大学弥生キャンパス・農学部1号館地下第4講義室
→シラバス
東京大学大学院農学生命科学研究科集中講義〈保全生態学特論〉に振替
【場所】東京大学弥生キャンパス・農学部1号館地下第4講義室
→シラバス
3. Cladistics: An Alternative Approach to Phylogeny(pp. 75〜90)
考古学における分岐学と表形学の適用について.途中,表形図(phenogram)のクラスターの類似度レベルに関して,ultrametric tree / additive tree の補足解説をした.
後半では,stratocladistics が紹介されていた(pp. 83-86).層序データを組み込んだこの系統推定法に対しては,生物系統学でさんざん叩かれて廃れたと思っていた.しかし,著者たちは,推定された分岐図が層序学的に矛盾がないかどうかをテストする方法として,stratocladistics の利用をもくろんでいるようだ.
参考文献:
4. Constructing Cultural Phylogenies(pp. 93〜96)
今日から Part II :「Cladistics in Archaeology」に入る.Chapter 4 : 「Constructing Cultural Phylogenies」の最初の部分では,20世紀後半の人類学・考古学において,なぜ「系統樹」が軽視されてきたのかを振り返る.その元凶は“歴史”ではなく“機能”を重視した〈プロセス考古学〉(1960年代〜)にあるというのが著者たちの見解だ.それに続く〈ポスト・プロセス考古学〉については本書では論じられていない.しかし,著者たちは逆に“歴史”を復活させるという立場から,文化系統樹を擁護しようとしている.言語データがその情報源としてとりわけ重要であると述べられている(p. 94).系統樹の推定とそれにつづく「比較法」が方法論的な根幹だ.
参考文献:
4. Constructing Cultural Phylogenies(pp. 97-103)
文化系統学への批判に応える節.第一の批判は「考古学が対象とする人工物には生物進化の論法は当てはまらない」という反論(pp. 97-103).著者は,ドーキンスの「延長表現型」の主張に則って,organism / artifact の境界設定を緩和しようとする.“進化”を遺伝子が伝達されるケースに限定するのではなく,replicator の波及する範囲を広義に解釈することにより,文化的構築物にも“進化”や“系統”という考えが適用できると著者は言う.言語系統樹と写本系図が生物学で言う分岐分析(cladistic analysis)をそれぞれ別個に開発してきた点を指摘した上で,文化的形質をデータとして用いることにより文化系統樹の推定は可能であると述べる.
参考文献:
4. Constructing Cultural Phylogenies(pp. 104-111)
文化系統学への第2の批判に応える.「文化進化は“網状的(reticulate)”だから,系統樹では表現できない」というこの批判はまちがいではない.しかし,reticulation それ自身は系統解析を不能にする要因ではないという立場に立って,著者たちは文化系統の reticulation の原因を論じる.introgression や hybridization などのこれに関係する進化プロセスが説明される.とくに,因果に関する intralineage / extralineage の対比は文化系統の説明にとって重要なキーワードになる.分岐図が「分岐的」であっても,それと整合的な系統樹は必ずしも「分岐的」であるとはかぎらず,場合によっては「網状的」であるかもしれない.この問題は,分岐分析のターゲット(推定対象としての最適グラフ)を x-tree とみなすか,それとも tree semilattice として設定するかによって,ある程度は解決されていると思う.
参考文献:
4. Constructing Cultural Phylogenies(pp. 111-115)
「分類は因果的秩序化」であると批判する人がいるそうだ.要するに,系統が推定できたところで因果的な推論をしたことにはならないだろうし,むしろ,民俗誌記述(ethnography)の方が文化系統樹よりも役に立つのではないかと彼らは考える.しかし,民俗誌記述はせいぜい文化“小進化”の解明にしか役立たないだろう.文化“大進化”はむしろ文化系統樹に照らして論じるべきだろうと著者は反論する.最後の,「言語・文化・生物は必ずしも同調して進化するわけではない」という批判はその通りだが,それは必ずしも reciprocal illuminating な仮説間の照らし合わせを否定するものではないはずだ.
参考文献:
4. Constructing Cultural Phylogenies(pp. 115-117)
考古系統樹における〈ユニット〉とは何かというテーマの節(pp. 115-117).要するに,著者たちにとって,考古学における〈ユニット〉とは,生物学における〈種(species)〉みたいなもののようだ.論旨の歯切れがとても悪い.考古学における〈ユニット〉の系譜を考えようとしている点だけは評価できるかな.すべてを「リネージ」ですませてしまえばラクになれるのに.
参考文献:
4. Constructing Cultural Phylogenies(pp. 117-121)
考古系統樹における文化の〈伝統〉をどのように定義するかという論議.Robert Boyd の homeostatic cluster 概念を延々と解説し,文化的ユニットについての理解を深めようという著者の意図なのだろう.しかし,所詮は文化伝統を生物【種】とのアナロジーにもちこもうというわけだから,歯切れ悪いことこの上なし.ぬかるみを歩かされている心地.ダメじゃん.
参考文献:
4. Constructing Cultural Phylogenies(pp. 121-124)
文化系統学への批判を総括する.文科系統樹を推定するためのデータはすでに十分に蓄積されているのだが,ユニットに関する存在論的な論争は当分止みそうにないという予想.その他の批判は文科系統推定のユニットとスケールを考察することによって大半が反駁できるだろうと著者らは言う.次章からはいよいよデータ解析の実践編.
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 125-129)
今日から新しい章に入る.アメリカで1万年前の地層から出土した“鏃[やじり]”の系統発生に関するケーススタディー.長さ10センチほどのみごとな出土物が図示されている.最初の部分では,この物件に関する概略の説明.発祥地(center of origin)に関して互いに対立仮説がふたつ提唱されているらしい.系統発生を推定することにより,これらの仮説への相対的支持の程度が決まるのだろうか.
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 129-137)
アメリカ南部で出土した石器の鏃に関する“マニアック”なお話が延々と(汗).形態形質についてはいろいろとエピソードや論戦があるよーで(疲).
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 137-139)
考古学の系統推定においては,生物での【種】に相当する【単位】を設定する必要がある.伝統的な【型式(type)】がそれに相当するわけだが,考古学特有の事情が型式学(typology)のあるべき姿を歪め,分岐学の適用を難しくしている.ひとつは記載の「冗長性(redundancy)」の問題.もう一つは,属性を記述する内包的(intensional)な定義ではなく,個例を列挙する外延的(extensional)な定義がまかり通ってきたことにある.このような障害は,「paradigmatic classification」の適用により解決できるとされるが,その詳細は次回まわし.
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 139-143)
範型分類(paradigmatic classification)の解説.多変量形質空間での形質状態の組み合わせによって「範型(paradigm)」を定義していくという作業.古生物学(Alan Shaw)と考古学(Robert Dunnell)が1960年代末に別々に提唱したらしい.階層分類かそれともネットワーク分類かという論議がここでも繰り返されるたわけだが,著者らは基本的に階層分類でなんとかやっていけるだろうと考えている.
参考文献:
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 143-146)
考古学における形質と形質状態について.何を形質と見なすかどうかは“試行錯誤”によって決めるしかないと著者らは考える(妥当な判断だろう).また,やっかいな形質コーディングに関しては,multistate character の帰無コーディングとして,すべての形質状態を「独立」とみなすことを推奨している,形質状態間の関連性は分析の過程で徐々に明らかになることであって,最初から仮定すべきことではないという考えだ.
参考文献:
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 146-149)
形質状態に関する変換系列(transformation series)の「順序づけ(ordering)」と「方向づけ(polarizing)」に関する説明.形質状態の順序づけは,グラフ理論的には状態間の接続性(connectivity)の仮定にほかならない.また,形質状態の方向づけは,接続された形質状態集合の上で定義された半順序関係(partial order)であると規定される.事前に情報がなければ,すべての形質状態の間の遷移コストが「1」であるように仮定する — すなわち unordered(もちろん unpolarized) — のが自然だろう.
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 149-158)
鏃の形質を例にとって,「形質選択」についての解説.石器のかたち(スタイル)の形質とその機能に関わる形質を考えたとき,これまでの進化考古学では,かたちの形質は相同形質だが,機能的形質は収斂しやすい相似形質とみなしてきた.しかし,系統学的情報に関しては,かたちも機能も大きなちがいはない.最初から,かたちの形質を相同とみなして重視し,機能的形質をノイズとして軽視するのではなく,両方の形質群がもつ系統学的情報をそのつど判定しながら系統推定を行なうべきであるという結論に達する.
5. Taxa, Characters, and Outgroups(pp. 159-166)
遺物の外群(outgroup)を決定する技法.著者らは O'Brien et al. (2002) で提唱する「occurrence seriation」という方法を用いて,外群を決定しようとする.この方法は形質状態の並べ変え(permutation)によって,形質状態の変化総数を最小化する,一種の parsimony ordering の方法で(したがって NP 完全問題),結果として得られた整列形質状態行列を“直訳”すれば,外群が決定されると同時に,最節約分岐図が導出される.しかし,この方法って,よくよく考えてみれば,外群を事前に指定しない「大域的最節約法」(Maddison et al. 1984)と同一ではないかという気がするのだが.
次回からは PAUP* を用いる最節約文化系統樹の手順に進む.鏃のテストデータの nexus ファイルをつくっておく.
参考文献:
6. Trees and Clades(p. 167)
鏃のテストデータとして 17 OTUs / 8 characters から成る nexus ファイル(→OBrien.txt)を用意する.PAUP* / MacClade を用いて,最節約系統樹の探索に関するデモンストレーションをした.実際の data / tree manipulation は次回まわし.
6. Trees and Clades(pp. 168-180)
続き.鏃のテストデータを使いながら,タクソンの削除が樹形にどのような影響を及ぼすかの評価をする(delete-one jackknifeみたいなもの).先週と同じく,PAUP* / MacClade を用いたデモ.さらに,合意樹の計算についての解説も.2時半まで.
6. Trees and Clades(pp. 181 ff.) / 7. Character-State Tracking / 8. Concluding Remarks
第6章の後半.OTU 数を17から36に増やす(→データ).数十万の等長分岐図が解として得られる.その解集合から分岐図を無作為抽出して合意樹を計算することにより,クレードの頑健性をテストするという方法を提案している(他では見たことがない).さらに,遺跡の地理的情報を考慮することで,考古学的な系統地理学(phylogeography)の可能性を論じる.祖先的ホットスポットから文化的伝承がどのように伝搬していったのかを系統学的に論じようということらしい.
それにしても,上のデータで,いったいどういう最節約解が出るのか,と試しに PowerBook G4 で計算させてみたら,あっという間に「メモリ不足」の警報が.50万を越えている.形態形質が8個しかない(!)のだから当たり前なんだけど.せめてもう少し informative characters を増やした上で,テストデータにしてほしかったなあ.
続く第7章では,第6章で得られた分岐図の上で鏃の形質の最節約復元を行ない,そのデザイン(とくに柄との結合部分に関する機能的形質)がどのように系統発生したかを考察する.文化系統的なトレンドのようなものがあるのかどうかという点が示唆される.
第8章では,考古学の研究素材に対して分岐学的方法がどのように使えるのかという点に再び立ち返る.万能薬でも万能酸でもなく,文化系統樹を推論するための分岐学的方法の将来性と問題点が指摘されている.
【追記】PAUP*で,上記の拡大データセット(notu=36, nchar=8)からの最節約系統樹を計算させてみた.TBR branch swapping のもとでまる1週間計算しているが,スコア41の等長分岐図が250万個以上得られ,さらにほぼ同数の swapping 待ち分岐図が残されていた.計算を中断し(ここまでで「151時間54分24.0秒」もかかった),ツリーファイルとして保存したところ,426MB(!)ものテキストファイルが“出産”された.[12 January 2006]