生物系統学

三中信宏


【書名】生物系統学
【著者】三中信宏
【刊行】第1刷:1997年12月15日
    第2刷:1999年10月15日(正誤表
    第3刷:2004年9月15日(正誤表
    第4刷:2012年9月14日刊行(正誤表
    第5刷:2020年3月25日刊行(正誤表
【出版】東京大学出版会,東京
【叢書】ナチュラル・ヒストリー・シリーズ
【頁数】xiv+458 pp.
【定価】第1刷〜第3刷5,600円(本体価格)
    第4刷5,800円(本体価格)
    第5刷6,200円(本体価格)
【ISBN-10】4-13-060172-5
【ISBN-13】978-4-13-060172-6
【版元ページ】
https://www.utp.or.jp/book/b301808.html


「歴史」を復元するための方法論を解説

この『生物系統学』では、急速に変貌し、裾野を広げつつある現在の系統学という学問分野をできるだけ幅広い視点から歴史的にとらえ、その現在の姿と将来への展望を見渡しました。とくに、「系統推定」を中心テーマに据えて、なぜ系統を推定し、進化の歴史を復元する必要があるのかという目的を明らかにし、その系統推定のためにはどのような手順を踏めばいいのかについて論じます。とりわけ、分岐学(cladistics)に基づく系統推定および祖先復元の手順、ならびに分子データに基づく分岐学的方法(最節約法)とその応用を論じます。本書には数式はほとんどありません。数式の代わりに、170あまりの図が説明をしてくれます。したがって、内容的にはこの分野に関心をもつ学部学生にも十分に読めるレベルであると私は考えます。

一般歴史学としての系統学の位置づけをした第1章、系統樹の情報構造を論じた第2章、1960-70年代の論争を含む系統学の近現代史を論じた第3章、最節約法の観点から分岐学の方法論を体系化した第4章、そして比較生態学・生物地理学・系統分類学・形態学など周辺領域への波及と応用を論じた第5章のそれぞれには、本書で初めて書かれた事項や情報が含まれています。したがって、この『生物系統学』は、現役の研究者にとってもきっと参考になります。

歴史復元に関する方法論は、生物学だけでなく、歴史言語学や写本系図学において古くから用いられてきました。本書で説明する方法は、言語や写本など非生物の系統推定問題にも適用できると考えます。したがって、本書の読者層には、生物学を含む自然科学だけではなく、形而上学、歴史科学、科学哲学、認知科学に関心をもつ人文系の読者も含まれます。


【目次】

プロローグ:進化生物学に生い茂る系統樹 i

第1章:なぜ系統を復元しなければならないか? 1

 1−1節:歴史を推定すること 1
  1−1−1:歴史の中心主体は誰か? 1
  1−1−2:歴史叙述と年代記推定 5
  1−1−3:歴史学 - 唯一性と蓋然性の科学 8
 1−2節:永遠の分類、久遠の体系 10
  1−2−1:体系化の呪縛、あるいは分類の泥沼 10
  1−2−2:存在の大いなる連鎖 - 体系・分類・"方法" 13
  1−2−3:ダーウィンは頭上を駆け抜けていった - 分類学は永遠に 15
 1−3節:系統樹思考と分類思考 19
  1−3−1:系統推定と分類認知との峻別 19
  1−3−2:分類は表現手段にすぎない 21
  1−3−3:「醜い家鴨の仔」の狼藉 23
  1−3−4:ヒトの認知は論拠とはいえない 26
 1−4節:分類思考の認知的基盤 30
  1−4−1:分類学的直感とは何か? 30
  1−4−2:認知科学としての分類学 32
  1−4−3:結末 − 偽りの蜜月の終焉 34

第2章:系統とは何か? 38

 2−1節:進化史が物語るもの 38
  2−1−1:進化生物学における歴史の復権 38
  2−1−2:生物は記録媒体である 41
  2−1−3:由来関係の構造:分岐図と系統樹 43
  2−1−4:未知なる系統パラメーター 46
 2−2節:関係の構造、関係の代数 49
 2−3節:萌え出づる:関係図としての樹形図 53
  2−3−1:分岐図を定義する 54
  2−3−2:系統樹を定義する 55
 付録 − 私家版『順序づくし』 59

インテルメッツオ:「アルボス」あるいは樹の詩 64

 1.理論分類学のたわめられた現代史 - Woodger,Gregg,民俗分類学 66
 2.自然類と本質:わが内なる分類思考を見つめて 71
 3.乖離と分岐:別々の世界への旅立ち 75

第3章:分岐学:その起源と発展 81

 3−1節:系統の大いなる分岐 - 前史,すなわち言語,写本,古因学 81
  3−1−1:分類科学と古因学:William Whewellの学問分類 81
  3−1−2:変わりゆく言語、揺れ動く本文:分岐学の祖系をたどる 87
 3−2節:日はまだ昇らず:たそがれる世紀末体系学 91
 3−3節:Willi Hennig と分岐学の黎明期(1931〜1966) 99
  3−3−1:失われた聖櫃:Hennig初期理論を読む(1931-1950) 100
  3−3−2:公約と実行:漸進進化するHennig理論(1950-1966) 106
  3−3−3:濫觴へのまなざし:「ロシア草稿」再発見の密やかな波紋 116
  3−3−4:夜明け前の点景:異国へのルーツ探しの旅 118
 3−4節:空間・時間・系統−歴史生物地理学への道 123
  3−4−1:分断される「分断」:その概念史的エピソード 124
  3−4−2:前進する派生的子孫:Hennig-Brundinの系統生物地理学 126
  3−4−3:反復する一般分布圏:Croizat-Crawの汎生物地理学 129
  3−4−4:からみあう種分岐図:Nelson-Platnickの分断生物地理学 137
 3−5節:軋轢と葛藤:体系学大論争の時代(1966〜1980) 143
  3−5−1:第1幕−体系論争:分類学3学派の出現 144
  3−5−2:長引く消耗戦、そしてフェイドアウト 151
  3−5−3:Hennigを越えて:プロセス理論からの訣別 157
   3−5−3−1:分類と体系:Darwinへの回帰 157
   3−5−3−2:ファジーな樹形図の森で迷う 159
   3−5−3−3:呪文からの解放 162
 3−6節:聖書解釈と異端粛清−発展分岐学への変容と再編 164
  3−6−1:第2幕−パターンvsプロセス論争:発展分岐学をめぐって 165
   3−6−1−1:Gareth Nelsonと比較生物学:乾いた樹形図の楽園 167
   3−6−1−2:グラフ,ネットワーク,半順序−系統シュタイナー問題の出現 175
   3−6−1−3:たんなるアップデート:Hennig論証方針から大域的最節約法へ 179
  3−6−2:分岐学派のクレード進化−"パターン分岐学"なる藁人形 187
  3−6−3:公約の実現に向けて:プロセス理論への回帰−第3幕への序曲 192

第4章:分岐学に基づく系統推定:最節約原理をどのように用いるか? 197

 4−1節:系統樹への遠い道のり 197
  4−1−1:樹形グラフに関するいくつかの用語 198
  4−1−2:データのタイプ:形質状態/距離、離散/連続、順序/無順序 200
  4−1−3:形質状態、距離、保持される情報 202
 4−2節:涙なしの最節約−ある対話 207
  4−2−1:【オッカム迷宮:ゾーン1】−シュタイナーの呪文 207
  4−2−2:【オッカム迷宮:ゾーン2】−往路の虎、復路の狼 211
  4−2−3:【オッカム迷宮:ゾーン3】−メトリック・シティー横断 213
  4−2−4:【オッカム迷宮:ゾーン4】−魔窟「NPノ果テ」への潜入 216
  4−2−5:【オッカム迷宮:最終ゾーン】−剃刀の浄められた系譜 218
 4−3節:仮想祖先はどんな形質状態を持っていたのか? 222
  4−3−1:中央値原理:仮想祖先を最節約復元する 223
  4−3−2:最節約復元された形質状態の性質 227
  4−3−3:なぜ最節約復元するのか? 233
 4−4節:最節約分岐図はどれか? 238
  4−4−1:シュタイナーの遺産:最小全長を持つ分岐図の探索 238
  4−4−2:ホモプラシー度:形質データと分岐図との一致性を測る 245
  4−4−3:複雑性の山に分け入る 253
 4−5節:その分岐図はどれくらい信用していいのか? 256
  4−5−1:コンピューター集約型統計学による誤差評価 257
   4−5−4−1:ブーツストラップ法 258
   4−5−4−2:ジャックナイフ法 260
   4−5−4−3:生態・行動学研究への適用 262
  4−5−2:推定量としての分岐図:ブーツストラップによる再現性評価 262
  4−5−3:歪む樹長分布:分岐図空間の島嶼地理学 271
  4−5−4:無作為ならべかえによるデータの質の検証 279
 4−6節:最節約法の名のもとに:分子分岐学の出現 281
  4−6−1:最尤法と距離法:分子系統学での競争者たち 281
  4−6−2:最節約法は真実を導くか?−一般化最節約法を目指して 284
  4−6−3:形質進化モデルの組込み:レッドゾーンからの脱出 289
 4−7節:系統はツリーではない:分岐図からネットワークへの滑らかな進化 295
  4−7−1:どうして樹にこだわるの?−認知様式としてのツリー 296
  4−7−2:樹の集合としての網状図:高次元ネットワークの試み 304
   4−7−2−1:分岐図の加法と乗法−ボトムアップ網状化 305
   4−7−2−2:超立方体の開封と展開−トップダウン網状化 310
  4−7−3:リゾームに明日はない:ネットワーク思考へのさらなる道のり 323
   4−7−3−1:進化モデルとしてのグラフ−樹と半束 324
   4−7−3−2:ねじれるネットワーク:半束上の最節約復元 327

第5章:系統が語ることば:分子から形態へ、遺伝子から生物地理へ 330

 5−1節:種間比較法:形質進化仮説の系統学的検証 330
  5−1−1:Felsensteinの園:進化史的視点への回帰 331
   5−1−1−1:桎梏−系統的制約の問題 332
   5−1−1−2:懊悩−統計的独立の問題 334
   5−1−1−3:結界−比較法の放散進化 336
  5−1−2:形質進化モデルの系統学的検証 339
   5−1−2−1:形質相関進化−Maddison(1990)の集中変化検定 339
   5−1−2−2:親亀こけたら皆こけた−最節約復元の影響 343
  5−1−3:溺れる者は分類をもつかむ?−災厄としての分類体系 348
 5−2節:中心主体の階層化:1階分岐図と2階分岐図 349
  5−2−1:居住地と居住者:一般的な問題状況 350
  5−2−2:種分岐図から地域分岐図へ(1):解くべき問題 352
  5−2−3:種分岐図から地域分岐図へ(2):解析方法 357
 5−3節:系統分類体系:系統関係の射影としての分類体系 364
  5−3−1:単系統・側系統・多系統 364
  5−3−2:グレードからのお誘い 374
  5−3−3:注釈付きリンネ階層:拘束衣を着た系統樹思考者 375
  5−3−4:"系統分類学":拘束衣を脱いだ系統樹思考者 378
  5−3−5:なぜ単系統でなければならないか? 380
 5−4節:「かたち」の蠱惑、形態学の憂鬱 381
  5−4−1:形態データはもういらないのか 384
  5−4−2:分岐図の上のD'Arcy Thompson:形態測定学と系統解析の対話 385
   5−4−2−1:空転の年月−測るべきか測らざるべきか 385
   5−4−2−2:標識点データからのサイズ/シェイプ因子 389
   5−4−2−3:形状差異の局所解析−薄板スプライン解析序説 392
  5−4−3:結合派 vs 分割派−論争はなお続く 397

エピローグ:分岐学の現代的チューンナップ、そしてクリオへの賛辞 401


付録:インターネット資源の利用 409
参考文献 411
索引 451

Last Modified: 24 September 2023 MINAKA Nobuhiro