インテルメッツオ:「アルボス」あるいは樹の詩


「木」  金子みすゞ

 お花が散って
 實が熟れて、

 その實が落ちて
 葉が落ちて、

 それから芽が出て
 花が咲く。

 さうして何べん
 まはったら、
 この木は御用が
 すむか知ら。

  (金子みすゞ全集I『美しい町』, JULA出版局, 1984)


 エストニアの作曲家アルヴォ・ペルト(Arvo Pärt, 1935-)の管弦楽作品の1つに、「アルボス《樹》」(Arbos, 1977/1986)という2分余りの小曲があります。「一本の木(Baum)あるいは系統樹(Stammbaum)を図像化しようとした楽譜」と作曲者自身が語るこの曲は、輝かしい金管アンサンブルと2人の打楽器奏者(チューブラー・ベルと銅鑼)というきわめて変則的な楽器編成によって、絶え間なく分岐し上昇しようとする系統樹のイメージを音で表現してみせました。
 また、先年物故した現代音楽の旗手ジョン・ケージ(John Cage, 1912-1992)の「ピアノと管弦楽のための協奏曲」(1957-58)という作品では、楽譜そのものが音符と音符とを結ぶ「系統樹」として描かれています(■図1■)。
 芸術的イメージの源泉としての「系統樹」は、図像アイコンの1つとして西洋思想の中でもひときわ長い歴史をもつ「木」(tree)の概念を母体とし、その知的系譜を蔭で引きずりつつ、いまもなお繁茂していると考えるべきでしょう。Barsanti(1988,1992)は、自然の階梯・平面マップと並ぶ、西洋における自然観の基礎モデルの一つとして、この「木」のイコノロジーを理解しようとしています。
 系統樹なんかただの人造概念なんだから深遠な意味などないという意見がきっと出てくるでしょう。しかし、「深遠な意味」があったからこそ、Willi Hennigの系統体系学の理論は進化し、発展分岐学をめぐる論争が拡大したのです。いまもなお人(学派、理論)によって系統樹の定義と内容が異なっています。系統樹をベースにして物事を考えようとする系統樹思考者にとって、それを不問に付すわけにはいきません。系統樹それ自身の深い根を徹底的に掘り下げ、概念的に解剖する必要があると私は考えます。
 もちろん、現在の系統学における「系統樹」は、たとえその定義は複数であっても、系統関係のなすある構造を指しています。系統関係の表示手段(representational device)が現在の系統樹に与えられた唯一の役割です。しかし、それは「樹」というアイコンをそのように限定的に使用しているだけであり、歴史的あるいは哲学的な「深遠な意味」をそのアイコンがもはや持っていないという意味ではありません。むしろDon Cameron(1987)のいくぶん謎めいたコメント:

図像化の規則の背後には意図が隠されているのです。語られない仮定を探る手掛かりは図像のメタファーにあります。(p.239)

の方に私は強い共感を覚えます。
 万物を階層分類することが生物としての人間に先天的に備わった本能的行為であるとするならば、万物を体系化する上でのモデルとしてのさまざまなアイコン(存在の連鎖、樹、ネットワーク)のもつ図像としての意味と、そのアイコンに込められた、隠された意図と語られない仮定を明らかにすることは、科学史的にも、またこれから第3章でお話しするように、現代の体系学を論じる上でも重要であると私は考えます。

 この幕間の間奏章では、分類・体系・系統をめぐる知的背景にご招待し、その史的遠景を一緒に眺めることにしましょう。

1.理論分類学のたわめられた現代史−Woodger、Gregg、民俗分類学

 私は、第1章で系統学は分類学と離縁すべきであると結論し、第2章で系統の射影としての分類という解釈を述べました。読者の中からは、分類と縁を切れといいながら、分類を温存するのは矛盾しているではないかという反論があるかもしれません。危惧される誤解をあらかじめ解消するためには、「分類学」(taxonomy)という言葉に含まれる2つの異なる意味を指摘する必要があります。
 John R. Gregg(1954: vii)は、分類学を次の2つのレベルに分けました。第1のレベルである「本来の分類学」(taxonomy proper)とは、実際の生物の観察に基づいて分類という行為を行なうことを指します。しかし、第2のレベルである「方法論的分類学」(methodological taxonomy)とは、「本来の分類学」そのものを分析対象とし、分類体系のもつ形式的要素を議論することを意味します。本来の分類学が明らかに生物学に属するのに対し、方法論的分類学はむしろ数学(とくに論理数学と離散数学)に属すると私はみなしています(2−2節参照)。
 第1章で私が相手にした「認知分類」とは、もちろん「本来の分類学」に属しています。認知分類は、現実の生物を対象として、ある基準で分類群を認知しようとするからです。これに対して、第2章(および4−7節)の「射影分類」は、「方法論的分類学」の世界での研究テーマです。分岐図(その他の樹形図)として推定された半順序集合をそれと整合的な分類群の集合にどのように射影(写像)するかがそこでの中心的問題です。認知分類は系統樹がなくても生物さえいれば自立して実行できます。一方、射影分類は何らかの系統樹を前提としてそこから数学的に射影される「翳」にすぎません。同じ「分類」という言葉ではあっても、その内容はまったく異なるのです。
 固有の分類学に対する方法論的分類学という対置をするとき、1930−50年代に大きな影響力をもった、理論分類学のある学派に触れないわけにはいきません。進化の総合学説が進化分類学という新人を舞台に押し上げようとしていたちょうどその頃、Joseph Henry Woodgerは公理論的生物学(axiomatic biology)を旗印に掲げ、記号論理学に基づく生物学の公理化を推し進めていました(Woodger 1937,1952)。発生学や遺伝学と並び、生物分類学も彼の公理化の射程に入っていました。階層的分類体系の構造を論理学的に解析してみせる、という手法は小さからぬ波紋を分類学の世界に波立たせ、それがJohn R. Gregg(1954,1967)の理論分類学につながっていきました。
 記号論理学(symbolic logic)は、私が2−2節で用いた束論(lattice theory)に対する"歴史的な姉妹群"であり、その"共通祖先"は19世紀の数学者であるブール(George Boole:1815-1864)が構築した論理演算と集合演算の体系にさかのぼります。ブールの理論のうち、論理演算の側面は命題に関する計算体系として整備され、命題論理学あるいは記号論理学として体系化されました。一方、ブール理論の集合演算としての側面が、現在の束論(lattice theory:2−2−2節参照)を生む契機になりました(坂本・坂井 1971: 72)。つまり、記号論理学は、前章で詳しく論じた半順序理論ともきわめて近い関係にあるということです。
 記号論理学を生物学に本格的に導入したWoodger(1937,1952)および彼の研究プログラムを生物分類学に適用したGregg(1954,1967)については、今日、生物学はもちろん生物分類学でも不思議なほど顧みられていません。その大きな理由の1つは、当時の進化分類学者がこぞって敵対に回り、それによって評価が定まってしまったという可能性が挙げられるでしょう。
 実際、G.G. Simpson(1961)を代表とする当時の進化分類学者のWoodgerならびにGregg理論に対する"冷淡さ"は、特筆すべきことでした。Simpson(1961:以下の引用文は白上訳による)は、Woodger/Gregg理論について、次のように手厳しく批判しました:

1)それらは同義反復(tautology)に帰するもので、発見的(heuristic)には失敗なのだ。...これらの体系はすでに今までにもっと単純に...他の言葉で表現される以上の何物も語っていない(p.24)
2)それらは少なくとも今までのところ分類学の実践になんら有益な改変をもたらさなかった。...それらは現代の、特に進化論的な分類よりもむしろ18世紀に普通であった類型分類的(typological)な、そして多かれ少なかれ人為的な分類を記載することにこそ、いっそう適していたであろう」(p.25)。

 1)の意見は、Simpsonも認めているように、Woodger/Greggの公理論的アプローチだけでなく、あらゆる"数学的体系"にも同等に当てはまります。そもそも"定義"は"同義反復"以外の何ものでもないからです。
 一方、2)に関しては、影響の小ささを見るかぎり、私はSimpsonの判断に同意します。Gregg(1954,1967)は、"完成した分類体系"の構造を記号論理学を用いて研究しようとしたのであり、その分類体系がどのような原理−進化論的あるいは類型学的−のもとで作られたのかという、より本質的な問題への関心を示していないからです。
 こういう低い評価が災いして、生物分類学・体系学の世界では、Woodger/Gregg流の研究プログラムはしだいに影響力をなくしていきました。影響を持てなかったもう一つの大きな原因は、彼らの論理数学そのものの難解さでした。Buck and Hull (1966)がいうように:

Greggは、集合論という論理学(すなわち数学)の概念だけでなくその数式を用いて議論を進めた。そのせいで、彼の論文は読むことがほとんど不可能になってしまった。彼の研究が本来持ったはずの読者層とインパクトを実際には持つことができなかった理由はそこにあるとわれわれは考えている。(p.97)

が事実でした。私もわずか70ページそこそこのGreggの本(1954)を読み通すのにかなり苦労しました。もっとも本家本元のWoodger(1937)に比べれば、そんなのはたいした苦労ではなかったことを後に知るわけですが。
 しかし、これらの批判は、Gregg(そしてWoodger)の方法がまちがっていたという意味ではないでしょう。むしろ、私は、数学的体系を採用することによる、理論や概念の明確化という長所を積極的に評価したいと思います。実際、記号論理学を「分類学の言語」(Gregg 1954)として用いることは、階層構造を記述する言語としては、いまでも有効で、以下で述べる民俗分類体系の階層構造を解析する数学的方法論として広く用いられてきました。
 人類学の一分野である認識人類学(cognitive anthropology)は、人間の「認識体系を発見することが認識人類学の最終的な目標なのである」(松井 1991: 7)という目的意識とともに、民俗分類の解析を出発点として発展してきました。同じ分類学であっても、民俗分類学(folk taxonomy)では、さまざまな民族の分類体系の一般的傾向を探る解析手段として、Woodger/Greggの理論が広く用いられてきました。民俗分類学の方法論を集大成したBerlin(1992)ならびにその方法論を批判的に検討した松井(1991)に沿って、この点を見ていきましょう。
 Brent Berlinたち認識人類学者は、Peter H. Ravenら植物体系学者との共同研究により、長年にわたって、中央アメリカのいくつかの部族(Tzertal族・Trotzil族など)の民俗生物分類を徹底的に調べた結果に基づいて、民俗分類体系の形式上の性質を通文化的に一般化することに成功しました。■図2と3■に、後に「Berlinシステム」として知られるようになる、この一般化された民俗分類様式を図示しました(Berlin 1992: 16, Fig.1.1)。Berlin et al.(1973)で初めて発表されたこのBerlinシステムは、語彙素分析(lexeme analysis: Conklin 1962(1969); 松井 1991: 20-42)を通して作られた、さまざまな部族の民俗分類体系を比較して得られたものです。そして、そこで用いられた「言語」は、Woodger/Greggによる上述の「分類学の言語」にほかなりませんでした。
 認識人類学の方法論の基礎を築いたといわれる民族学者Harold C. Conklinは、フィリピンのHanunoo族の民俗植物分類を素材として1950年代から研究を蓄積し、語彙素により弁別される民俗分類群(folk taxa)の体系として民俗分類を理解しようとしました。そして、1962年の初期論文において、彼は早くもWoodger/Greggの理論に注目し、民俗分類体系の形式的構造を解析するモデルとしてそれができると指摘しました(Conklin 1969: 49)。同じ頃、Paul Kay(1966)は、やはり民俗分類体系の様式に着目し、その後Gregg(1954,1967)の理論を踏まえた論文を発表しました(Kay 1971,1975)。
 図2の一般化された分類体系は、ある一つの「始点」を頂点とするある階層構造をとります。この始点は、その階層の「ユニーク・ビギナー」(unique beginner: Kay 1971: 881; Berlin et al. 1973: 215)と呼ばれます。逆に、階層(hierarchy)とは、分岐的な順序構造であり、かつこのような一意的な始点をもつ構造であると定義されます(Woodger 1937: 42; 1952b: 11)。ユニーク・ビギナーを頂点とする階層的分類体系は民俗分類群の間での包含関係を規定します。したがって、この関係の階層構造の特徴を調べることが、Conklin, Kay そしてBerlinら認識人類学者の最大の目標であったわけです。
 民俗分類学においては、生物体系学においてよりも抵抗なくWoodger/Greggの理論が受容されていった背景には、その目的が、進化や系統ではなく、各部族の認知様式の反映と考えられる民俗分類の構造の解析を主眼に置いていたからという理由を挙げることができるでしょう。
 確かに、Woodger/Greggの研究プログラムは、科学哲学において当時大きな勢力を誇っていた論理実証主義(logical positivism)のもと、生物科学の厳密な公理化を促進しようとしました(Atran 1990:279; Smocovitis 1992: 4-13; 1996: 100-114)。とりわけ、集合論と記号論理学を、あらゆる生物学の分野の形式的な中心公理として用いたことは、過度の形式化と甚だしい可読性の欠如をもたらす結果になりました。
 しかし、私は、進化分類学者やWoodger/Greggの研究手法には、民俗分類学だけでなく、現代の体系学の中でリバイバルできる部分もあると考えています。その理由の一つは、Greggの思い描いた分類学の記述言語である論理数学は、2−2−2節で述べたように、樹形図の記述言語である半順序理論と姉妹関係にあるからです。この樹形図の定義と記述の問題は、分岐学の諸学派の対立の源泉の一つで、この点については次の第3章で詳しく述べましょう。

2.自然類と本質:わが内なる分類思考を見つめて

 生物分類学における「本質主義」(essentialism: Hull 1965a,b)は、その2000年におよぶ長い歴史にわたって、種(species)という「自然類」(natural kind)を記述しようとしてきました。自然類とは、「その類に帰属するための必要かつ十分な性質によって特徴づけられる」(Sober 1993: 145)対象物の集合のことです。たとえば、炭素という自然類は「元素番号6」によって定義されます。ある原子は、この条件さえ満たせば、「炭素」という自然類への帰属が決まります。
 自然類への帰属を決定する性質を「本質的性質」(essential properties)と呼びます。本質主義は、本質的性質を明らかにすることにより、自然界における自然類の配置を解明しようともくろんできました。認知意味論(cognitive semantics)の立て役者であるGeorge Lakoff(1987, Chap.11)は、本質主義を次のように定義します:

「本質主義」:物が有する性質のうち、ある性質は本質的(essential)である。すなわち、本質的性質とは物を物たらしめている性質であり、それなしにはその「類」(kind)への帰属が許されない性質である。一方、他の性質は偶有的(accidental)である。すなわち、偶有的性質とは物がたまたま持つ性質であり、その物の本質(essence)を捉えた性質ではない。(p.161)

Lakoffはさらに続けて、この本質主義は、彼が客観主義(objectivism)と呼ぶ形而上学、すなわち「現実のすべては、いかなる時にも固定された性質と相互関係を持つ実体(entities)から成り立っている」という教義と互いに支えあっていると主張します(Lakoff 1987: 160)。
 客観主義と本質主義はどちらも、対象物それ自身ではなく、対象物の持つ性質を見ているという点に特徴があります。物の性質を物のカテゴリーに結び付けるのが、Lakoff(1987: 161)のいう古典的カテゴリー化(classical categorization)です:

「古典的カテゴリー化」:一つまたは複数の性質を共有するすべての事物はあるカテゴリーを成す。その性質はカテゴリーを「定義」するための必要にして十分な性質である。すべてのカテゴリーはこのようにして定められる。

このようにして、本質的性質の実在を主張する客観主義と古典的カテゴリー化により、カテゴリー自身も客観的に存在するという系が導かれます:

「客観的カテゴリーのドクトリン」:世界の中の実体は、客観的性質の共有に基づいて定義される、客観的に存在するカテゴリーを成す。(Lakoff 1987: 161)

この客観的カテゴリーが本質的性質によって裏打ちされたとき、上述の自然類が登場します:

「自然類のドクトリン」:世界の中には、実体から成る自然類が存在する。ここでいう「類」(kind)とは、本質的性質すなわち物を物たらしめる性質の共有によって定義されるカテゴリーである。(Lakoff 1987: 161)

(LakoffやSoberのいう「自然類」は、いくつかある自然類の定義の中でも、もっとも古典的でかつ厳しい部類に属しています。一方、守屋(1983)は、「偶有的、必然的のいずれでもない、自然的なもの」(p.40)という、もう少し緩く、自然物から成る自然類と人工物から成る名目類(nominal kinds)をともに包含する「自然的クラス」の定義を提案しています。)
 しかし、現代の進化生物学では、種は時空的に限定された個物(individual)である、あるいは、種は少なくとも自然類というクラス(class)ではないという見方が有力です(Ghiselin 1974, Hull 1976)。もちろん、種の問題にかぎらず、本質主義は類型学的思考(typological thinking)の元凶であるとして、集団思考(population thinking)を掲げる総合学説の支持者から攻撃されています(Mayr 1982: 45-47)。
 そりゃもちろん私だって、本質主義や類型学に与するわけじゃないですよ。でも、現代生物学の世界でそれらが否定されたからといって、ヒトとしての「原初的なものの見方」までころっと宗旨変えできるわけではないですね。ヒトの認知能力に依存したカテゴリー化に基づく、分類の未開形態がさまざまな民俗分類学(folk taxonomy)を産み、その民俗分類学の方法論のある部分が形式化されることでリンネおよび彼以後の近代分類学の基礎が確立されたという経緯(Atran 1990, Chap.10)を考えると、好むと好まざるに関係なく、自然類とその本質の問題を避けて通るわけにはいかないのです。
 さまざまな地域における諸部族の民俗生物分類体系の比較研究を行なってきたBerlin(1992)は、人間の分類パターンの認知能力に関してこう要約しています:

本書の以下の部分で論じる民族生物学のデータからいえることは、一般に人間は自然の構造の中にさまざまなパターンを識別する能力があるが、地域植物相や動物相に関してはある単一パターンを見出す傾向があるという点である。体系生物学者はこの総体的パターンを「自然の体系」(the natural system)と呼んできた。この自然の体系がわれわれに見えるのは、おそらく人間が生物形態の総体的特徴すなわち形態プランの類似性にしたがって生物を認知しカテゴリー分けする能力があるからだろう。このパターン認知能力は生得的であると思われる。(p.9)

 人間の分類認知能力に関する民族生物学からのこの知見をさらに一歩深化させる研究が近年の発達心理学で進められています。、Kornblith(1993, Chap.4)は、人間は単に表層的特徴の観察に基づいてものを分類しているのではなく、観察されない「本質」に基づく「自然類」を認知しようとする生得的傾向があるのだと指摘します:

こうなってくると、...われわれは自然類の構造に対する生得的な感受性があり、概念に関わる性向は、もともと表層的な類似性だけではなく、世界の因果構造に関するもっと深い特性に影響されていると仮定してもよいだろう。(p.67)

ものには本質があるかのように仮定してしまう人間のこの生得的性向−「心理的本質主義」(psychological essentialism: Kornblith 1993, p.70,78)−は、現代生物学ではもちろん忌み嫌われる邪悪な形而上学です。しかし、たとえ科学がそれを忌避しようが、人間がそれを先天的性向として−Noam Chomsky(1980)のいう心的器官の一つとして−現実に持っているとすれば、私たちはそれを直視しなければなりません。
 直視すべき点は、認知分類の根源です:

現在得られる証拠からいえることは、自然類が存在しそれは観察されない性質により類たらしめられているという現象世界に関する仮定をわれわれが置いてしまう先天的性向があるということである。われわれは自然類には本質がある(たとえそれが観察されないとしても)と仮定している。したがって、われわれはいついかなる時でも観察された特徴によって物を分類してはおらず、観察された特徴はその物の本質を示す不完全な手がかりにすぎないことに何の疑念も抱いていないという結論が得られる。(Kornblith 1993: 81)

 このように、自然類とか本質という生物学ではすでに棄却されたはずの形而上学的概念が、私たち現代人の心理的深層として生き続けているのであれば、必然的に分類思考もまた私たちとともにあります。その分類思考の最大の支持者はほかならない私たちの「内なるもの」です。第三者的に振る舞うのはやめにしましょうね。単にもう過ぎてしまった歴史だけの問題ではないのです。今を生きている私たちは誰でも、たとえ融通の効かない分岐学者であっても、隠れた本質に基づく自然類の存在を仮定しているのです。たとえそれが、信奉する生物学理論の教義への背信行為であったとしても。

3.乖離と分岐:別々の世界への旅立ち

 真の系統樹思考者とは、系統樹を思考の基礎に置く者であって、認知分類およびその拠り所となる分類思考と対決する者という意味ではありません。上で述べたように、分類思考は「外」ではなく「内」から発しています。私たちは「分類」せずに生きていくことは不可能でしょう。また、第1章で述べたとおり、系統樹思考と分類思考とはもともと別世界に属していますから、戦おうったって対決のしようがないじゃないですか。
 むしろ、別世界の住民であるということが、これまで十分に認識されてこなかったという事実の方がよほど奇異です。系統樹思考者は、系統と分類を互いに「対決」させようと言っているのではなく、住む世界のちがう両者をはっきり「分離」しようと言っているだけです。それらはキメラのように一体となって混ざりつつ、実は内面的に乖離していたのです。そういう不安定な混交状態を維持するのにエネルギーを費やすくらいだったら、いっそのこと系統学と分類学とを分岐させて、それぞれの目的地を目指させた方がいいのではないですか。
 1996年4月の東北大学理学部でのシンポジウム(仙台:通称「伊達騒動」:三中1996b)に始まり、1997年3月の日本植物分類学会シンポジウム(小田原:通称「小田原評定」)にかけての約1年間、私はさまざまな機会を利用して上の見解を発表してきました。この間に私が耳にした意見の中で、印象深くまた興味を持ったのは次の2つのタイプの意見でした:

反論1:分類はいまも生物学において十分に役立っているではないか。

駁論1:この反論1の「分類は役に立っている」という宣伝文句に惑わされてはいけません。まず、いったい分類の「何」が役に立っているのでしょうか? 多くの場合、過去数百年にわたって多くの体系学者が観察し蓄積し続けてきた、多様な生物の「形質情報」というデータベースが現在もなお生物研究に役に立っているのだという事実をみなさんに知っていただく必要があります。それに引き換え、過去の「分類体系」は、単に役立たないばかりか、場合によっては有害ですらあります(4−6節参照)。
 分類学者が蓄積してきた形質情報がいまでも役に立つからといって、彼らの分類体系が同様にいまでも役に立つという保証はどこにもありません。むしろ、既存の分類体系(多かれ少なかれ認知分類的)をその時点での形質情報に基づく系統解析の結果を踏まえて射影分類体系に置換していく必要があると私は考えます。

反論2:分類はやはり系統関係を前提として行なうべきである。

駁論2:反論2については、もう少し周到なカウンターパンチを用意する必要があります。意外に多くの分類学者が程度の差こそあれ「系統と分類との整合性」を内心求めていることに私は正直言ってびっくりしています。もちろん、その分類学者が射影分類を信奉する系統分類学者(phylogenetic taxonomist:4−7節で定義します)であるならば、「系統樹とその射影分類との整合性」は定義により真ですから、何もいうことはありません。しかし、問題なのは、厳格な系統分類学よりはもう少し懐柔された進化分類学に同調する研究者であっても、系統関係と(部分的にせよ)認知分類との柔軟な整合性をきっと標榜するだろうという点です。これは、1940〜70年代にかけての進化分類学が残した負の知的遺産といえるでしょう(3−2節参照)。
 認知的に認められたすべての分類群は必ずしも系統的な近縁群(クレード)ではないし、すべてのクレードは必ずしも認知的に容認できる分類群ではない−ヒトの認知と現実の系統とのこの明白な乖離(Dupre 1993: 33)を「整合性」の名のもとに隠蔽しようとするから歪みが生じるのです。Lakoff(1987, Chap.12)は、ヒトの認知作用に基づく生物の古典的カテゴリー化(ユニークな自然類natural kindsとして生物分類すること)と分岐学に基づく進化的カテゴリー化との齟齬をこう要約しています:

 分岐学に基づくカテゴリー化は古典的なカテゴリー化の一種のように見える。しかし、それは古典的な自然類観を支持するとはいいがたい。分岐学の見解では、すべてのカテゴリー化は歴史的であるべきで、それは派生形質の共有にのみ基づかねばならない。この見解によれば、決して自然類らしからぬカテゴリーをもたらす結果となる。(p.193)

 分類を構築する際、分岐学者は共有派生形質(synapomorphies)のみをカウントし、固有派生形質(autapomorphies)はカウントしない。したがって、始祖鳥類の現存生物のうち鳥類とワニ類は分岐学者によって群にまとめられる。ワニ類は、たとえ今では鳥類よりも爬虫類によく似ていても、爬虫類とは群を作らない。...こういう場合はまれではなく、いくらでも挙げられる。分岐学的なカテゴリー化は歴史に(少なくとも歴史の1つの側面に)に忠実であろうとしているのである。
 しかし、生物のカテゴリー化は歴史だけに基づいてなされるべきであるというこの見解は、古典的カテゴリー論の領域にはおさまらない。...客観主義の形而上学は、唯一の正しいカテゴリー化だけがなければならないと要求する。もしそのカテゴリー化が分岐学的であるとすると、「シマウマ」とか「サカナ」というなじみ深いカテゴリーの多くが存在しないものとされてしまう。...
 客観主義の哲学は、科学は自分の味方であってほしいと考えている。しかし、生物のカテゴリーに関しては、科学は味方ではない。古典的カテゴリーと自然類は前ダーウィン時代の遺物である。それらは、古代ギリシャの生物学やリンネのような地方博物学者の生物学とはうまくやっていけた。けれども、それらは進化にとってもっとも重要な現象−種内での変異・環境への適応・漸進的変化・遺伝子プールなどなど−とは折り合わない。現代生物学のどの流派にせよ、客観主義的な意味論と認知論はもちろん、客観主義的な形而上学のかなりの部分でさえ、ダーウィン後の生物学とは衝突するだろう。私だったら、生物学に賭けてみるけどね。(pp.193-195)

 分類思考は「カテゴリー化」あるいは「物を分ける」という点に関しては何の犯罪も犯してはいません。それが有罪であるというのであれば、私たち人間は全員犯罪者になってしまいます。むしろ、カテゴリーや分類という口当たりのよい概念で篭絡しておいて、自然類や本質という妖怪をこっそり裏口から引き込むことが現代の生物学にとっては犯罪的行為なのです。
 O'Hara(1991)は、次のように述べています:

過去30年にわたる体系学の論争は、体系学を進化学から解放したわけでは決してなく、私にとってはむしろ体系学がいまなおきわめて多くの前進化論的な概念や構造を抱え込んでいることを示した。これらの前進化論的な概念や構造はいますぐ追放(purge)されなければならない。(p.272)

「追放」されるべき概念や構造の筆頭は、自然類ならびに本質主義。したがって、系統樹思考と分類思考が衝突するとしたら、それは物を分けるかどうかの認知能力のレベルではなく、自然類とその本質を残すかどうかという形而上学のレベルにおいてです。

 話が思いっきり広がってしまいましたね。しかし、本書の中心テーマである現代体系学を論じるときには、これくらい視野を広げておかないと、相手の全貌が見えてはこないのです。お付き合いどうもありがとうございました。次章からは分岐学に焦点を絞って、議論を進めることにしましょう。


「系統樹」 鈴木理子

 太古の海の底で
 ひと粒の泡がふくらみ
 ふたつに分裂し
 そのひとつは
 太陽を求めて地上に駆けのぼり
 草原の真昼
 闘うものと
 ひっそりと木蔭に佇むものとに
 分かれていった

 もうひとつは
 光に背をむけて
 いまも海の底を這いまわる
 海藻の間にゆれていたものは
 突然海を捨て
 鳴きながら
 島から島へと渡っていった

 どの枝からも
 美しいものと
 醜いものがうまれ
 さらに裏切るものと
 それを受け取るものが広がり
 叫ぶものと沈黙に沈むものが育っていった

 どの枝にも
 さまざまな愛の形がつたえられ
 枝の先で繁殖した火を使うものたちは
 殺しあい
 地球のあらゆる場所で
 自然の歯車をこわしながら
 滅亡を予感している

 夜
 生きているものすべてが
 星の位置をたしかめ
 からだの中に流れる
 太古の海の響きを聞いている

(詩集『系統樹』, 国文社, 1988)


[インテルメッツォ 終了]