● 7月18日(日):出国の日 ― あとは野となれ(アゲイン)

◇「あとは野となれ〜」か ―― 去年のちょうど今頃,ニューヨークの〈Hennig XXII〉に行ったときも,まったく同じ見出しを立てた.でも,今回は本場だもんね.なんたって,頂点に立つ“太陽王”が“Après moi le déluge”なんてことを言い放つ国ですし.一般庶民なんか洪水が来ようが,ヤリが降ろうが,Hennig Meeting が開催されようがどーだっていいんでしょ.でもって,当の参加者も直前まで〈御用〉に追いまくられ,前日に入院騒ぎがあったりで,もうこわいもんなんかどこにもないでしょっ! ※なんて投げやりな…….

◇午前6時20分につくばセンターを出た成田空港行きシャトルバス「エアポートライナー」はほぼ満員に近かった.夏休みの行楽シーズンだからしかたがない.でも,ほとんどの客は第2ターミナルで降りてしまい,終点の第1ターミナルまで残ったのは数人だけだった.

―― でも空港内はまだ8時過ぎだというのに混んでいた.とりあえずエールフランスのチェックインだけすませて,後れ馳せの朝ご飯(寝不足の割にはよく食べた).

◇前日に新聞広告で新刊アナウンスされていたサイモン・ウィンチェスター『世界を変えた地図:ウィリアム・スミスと地質学の誕生』(2004年7月15日刊行,早川書房,ISBN: 4-15-208574-7)をたまたま空港内の小さな書店で見つけ,即ゲット.これで機中で活字飢餓にならなくてすむ.400ページ近い大著.ウィンチェスターは大学では地質学を学んだ経歴があるので,きっと期待は裏切られないにちがいない.

―― この本の原書は2001年に出た.オレゴン州立大学での〈Hennig XXI〉に行ったとき,購買部で平積みされていた記憶がある.※すべての追憶は〈Hennig〉に通じる.

◇エールフランス(AF279)のフライトが若干早まったとのこと.あまり時間的に余裕なく,出国審査を受けて「国外」へ.ほどなく搭乗開始.この便は Boeing 777 で小さめの機体だったが,空港ほど機内が混んでいなかったのはたいへんよかった.

―― 機中で寝るのももったいないので,スチュワーデスさんが通るごとに「Vin rouge, s'il vous plais.」「Oui!」というやりとりが何度か繰り返されたりとか.そんてもって,うつらうつらしながらも稲葉由紀子『新・パリでお昼ごはん』(2002年5月3日刊行,阪急コミュニケーションズ,ISBN: 4-484-02211-7)を速攻で読み終え(腹減った...),返す刀?でウィンチェスター本も読了してしまう.成田からほぼ10時間が過ぎたコペンハーゲン上空にて.

◇ウィンチェスター本はぜひとも読むべきだと思う.地質学や古生物学に少しでも関心のある読者ならば,「全篇にわたる共感のアラシ」とともに「ナミダなくしては読めない」ということになるだろう(本書の解説者・鎌田浩毅の一文も読むべし).一般読者にとっても,『博士と狂人』やごく最近の『クラカタウの大噴火』(いずれも早川書房)で実感させられた筆者のストーリー構成力は今回も十分に発揮されていることが実感されるだろう.さりげないディテールをきっちりと積み重ねることで大きな「流れ」をつくっていくというウィンチェスターのスタイルは,グールドのエッセイの文体を想起させる.ディテールと主題とを何重にも共振させるのがウィンチェスターの魅力なのだと思う.

―― 本書の主人公ウィリアム・スミス(層序学の創始者,最初の地質図製作者,そして「地質学の父」)もそう,そして彼と同時代のメアリー・アニングギデオン・マンテルもそうだが,当時のイギリスの地質学や古生物学に貢献した力量のある“アマチュア”たちの私生活での〈冷遇〉ぶりは伝記本の中で繰り返し強調されている.彼らが,例外なく一様に,恵まれた社会生活を送ることがまったくできなかったという事情は印象的だ.劇的(悲劇的&喜劇的)なストーリー・テリングにはもってこいの素材ということか.

◇現地時刻の午後4時前にパリのシャルル・ドゴール空港(CDG2)に着陸.気温は23度とのこと.曇っていてほどよい暖かさ(NOT暑さ).タクシーで中心部のカルチェ・ラタン地区に直行.植物園(Jardin des Plantes)のすぐ近く,モンジュ通り(Rue Monge)に面したホテル〈Timhotel Quartier Latin〉にチェックインしたのは午後5時近かった.とりあえず荷物だけ部屋に運びこむ.この界隈,ほどよく古びているが〈廃墟度〉は高くない.パトラスのような「ほぼ廃墟」とか,ブダペストのような「みなし廃墟」はほとんどないような気がする(タクシーから眺めたかぎり).

◇休む間もなく〈Hennig XXIII〉の参加登録とレセプションのため,植物園内の〈進化大陳列館(Grande Galerie de l'Évolution)〉に向かう.Geoffroy Saint-Hilaire通りに面した植物園の門から入る.今回の大会を主宰したのは園内にある〈国立自然史博物館(Muséum national d'Histoire naturelle)〉なので,まずはホームグラウンドに集結ということか.植物園・動物園・自然史博物館・進化大陳列館・鉱物陳列館・古生物学館を含む敷地はパリ中心部にしては広大だ.

◇午後6時半から進化大陳列館にて参加登録とレセプションの始まり.見慣れた顔が続々と集まってくる.Grande Galerieと言うだけあったウツワが大きいねえ.4階建てほどもある中は地下から最上階までぶち抜きで見渡せて,その周囲にぐるりと展示フロアが取り巻いている.威容というべきか.今日はそれらを遠巻きに眺めつつ飲み食いするだけだが,こっちにいるあいだにしっかり見にこないといけないな.

◇今回の Hennig XXIII は参加者が100名ほど.これは例年並み.ヴァン・ルージュを飲んだり,フロマージュを食べたりしているうちに急に睡魔がやってきた.当然やん.時差7時間として,日本だと丑三つ時に相当する.1時間ほどでホテルに退散して,即座にご就寝.お疲れさまでした.>ぼく.

◇本日の総歩数=4129歩[うち「しっかり歩数」=0歩/0分].


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