<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (1)
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Corvallisのダウンタウンから−【Hennig XX 報告】
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昨年5月にレイデン(オランダ)で開催された Hennig XIX から1年あまり経ち,今年の The Willi Hennig Society の第20回年次大会(Hennig XX)は,ここオレゴン州の内陸にある大学町Corvallisで8月26日から30日までの予定で開催されている.

Corvallis の Old Downtown の一角にある Super 8 Motel に滞在しているのだが,どういうわけだかモデム接続がうまくいかない.したがって,昨年までのような「準リアルタイム中継」とはいかなかったことをご理解いただきたい.

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8月25日(土):成田からCorvallisへの長旅
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ネイティブな米国人でも,オレゴンに足を踏み入れたことのない人は多くいるそうだ.シアトル国際空港(Sea-Tac)で国内線に乗換えたおり,「オレゴンに行くのか.ポートランド? セーラム? それともユージーン?」と聞かれたので,「コルヴァリスだ」と言ったら,「どこ,それ?」という顔.

今回,Hennig XX の会場となった Corvallis のオレゴン州立大学(OSU)は,隣町の Eugene にあるオレゴン大学(UO)とは別の大学である.当地の新聞 The Oregonian を見ると,ちょうどいまの時期に大学対抗のフットボール大会で OSU 対 UO が評判になっている.

Corvallis までのルートはちょっとめんどうである.今回は,8月25日(土)18:00出発で,成田空港から8時間でシアトル国際空港到着,さらにシアトルからはSkyWestのプロペラ機に乗り継いで氷河や万年雪の残る山々(Mt.Olympus, Mt.Rainier, St.Helens)を見下ろしながらポートランド国際空港(PDX)にたどり着き,PDXからはさらに Anthony's Airporter という長距離バスで2時間ほど揺られて,現地時間の17:00にようやくCorvallisに到着した.

位置的に Corvallis は,ポートランドのちょうど南にあり,オレゴンの州都 Salem と Eugene のほぼ中間にある.オレゴン・コーストにある港町 Newport へは道一本,50キロほどの近さである.

もともとは Corvallis にも Amtrak が通っていたのだが,いまでは鉄道駅が廃止されている.だから,ポートランドからCorvallisに行くには,バスかレンタカーしか手段がない.国際運転免許証の必要をひしひしと感じた.

さすがに,飛行機の乗継ぎと長距離バス,エンドレスビデオのように延々と続くオレゴン内陸の風景にかなり疲れて,モーテルにチェックインと同時に泥のように寝てしまった.

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8月26日(日):Downtown Corvallis
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札幌と同じ緯度だというので,それなりの服装を用意してきたのだが,日中のあまりの暑さな端っからげんなりする.華氏80度を大きく越える最高気温とのこと.湿度が低いのでまだましだが,ミネラルウォーターは手放せない.夜は8時近くまで明るいのだが,日没とともに「すとん」と真っ暗になるとともに,風が吹いて急に温度が低下する.また,日中は日ざしと紫外線がかなり強く,あっという間に日焼けしてしまう.ご当地ナイキの帽子でも買うか....

Corvallis の旧市街区(Old Downtown)は,もともと Willamette River の河畔に広がった町で,カヌーやラフティングがいまでも盛んである.宿泊先のモーテルはこのダウンタウンの北の一角にあり,Hennig XX の指定ホテルになっている.出発前に知り合いに聞いたら,「要するに“田舎”,アメリカの典型的な田舎町ね」とのこと.アメリカの“田舎”に滞在するのは初の体験なのだが,高層建築など一つもない,道幅の広い町のつくりは,一昔前の西部劇の舞台を瞬間的に連想させる.

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この Corvallis を舞台として,20世紀初頭に実際にあったカルト宗教団体の事件に基づくノンフィクションが最近出版された.この本:

【書名】Brides of Eden: A True Story Imagined
【著者】Linda Crew
【刊行】2001年01月23日
【出版】Harper Collins, New York
【頁数】xii+223 pp.
【価格】US$ 15.95 (hardcover)
【ISBN】0-06-028750

の著者 Linda Crew は Corvallis 出身で,いまもダウンタウンから南に2マイルほど離れたところに家族と住んでいる「生粋地元」の作家である.本書は,ダウンタウン最大の本屋 The Book Bin に平積みされていたのでさっそく買ったのだが,そこに載っているかつての街並みを写した写真の風景は今でも実際に目にすることができる.

この新刊は,Corvallisでの宗教カルトを実際に体験した少女の声を通して,その精神的状態の移り変りと周囲の住民の対応,そしてカルトから抜けることの難しさをテーマにしている.評判を呼んでいる本のようだ.
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日曜ということもあり,閉まっている店が多いせいか,人どおりはあまりない.ダウンタウンそのものは,15分も歩けば街並みが果てる程度の広さである.Burton's という古いレストランで朝食兼昼食をすませたのだが,カロリーオーバーは明白だな,こりゃ.周りを見回すと,皿にもっと盛り上げている客が多かったが....

Hennig XX の registration がはじまる午後4時過ぎに,OSU に向かう.ダウンタウンに隣接して,Corvallis 最大の「雇用主」である OSU の広大な敷地が広がっている.オレゴン州で最も古い公立大学である OSU は,学生数 17,000 人という,その敷地に見合った大きな大学で,Hennig XX の会場となる LaSells Stewart Center はこの敷地の南端に位置する会議場である.ダウンタウンから炎天下をてくてくと歩くのは正直つらいな.

Hennig XX の統括マネージャーは,OSU の Dept of Entomology に在籍している Darlene Judd さんである.同じ学科にいるパートナーの Andy Brower にも2年ぶりに会った.最近 CSIRO から Australian Museum に異動した Dan Faith とは1996年のブダペストでの ICSEB-V 以来5年ぶり.その他の「面々」はいつも通り(おいおいこのレポートに登場するでしょう).日本からの他の参加者は今年はゼロ.

18:00から会議場ロビーで mixer があった.オレゴンにはご当地ビールがいろいろあってそれぞれうまいのだが,どれもアルコール度数が高い(6%もある).もちろん,ワインの大産地でもあるので,「酔度」は急速に上昇する.あした発表なのにヤバイよなぁ....

「つるべ落とし」の夕闇の中,てくてくと帰還.治安は良いとのことで,夜道も安心.(要するに人口密度が低いからかな?)

<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (2)
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8月27日(月):Hennig XX (1)
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日の出とともに気温は急上昇,乾燥した空気は内陸にいることを実感させる.OSU構内の巨木群が地上に落とす日陰は心地よい.しかし,それにしては静かすぎる,何かが足りないな−と思って気がついた.鳴く虫とりわけ「セミ」がいないのだ.スピーカーをオフにしているような妙な気分.

モーテルから Hennig XX 会場 LaSells Stewart Center までは,3キロほどある.歩くと30分ほどかかる距離である.ダウンタウンを通り抜けて,大学構内に入るとリスが地上を駆け抜けていた.

Hennig Society の John Wenzel 会長の挨拶に続き,最初のシンポジウム「Congruence」(Org. by Marc Allard and Rob DeSalle)が始まった.形質間の整合性(congruence)/非整合性(incongruence)の問題は,形態学に基づく体系学でも問題になっていたのだが,分子体系学でも複数の遺伝子配列をあつかうようになってから,再び注目を集めるようになってきた.今回のシンポジウムでも,形態から分子にいたるさまざまなレベルでの整合性とその検出方法が議論された.

○Allard, M.W.: "Testing congruence among linked genes and multigene families"
複数の近縁遺伝子群を同時解析する際の整合性をいかにして検定するかが問題であると提起し,形質データセット間の整合性を無作為化によってテストするILD検定(incongruence length difference test)には,多重検定に伴うバイアスが生じているはずだと指摘する.そして,それを補正するための Bonferroni法の適用について論じた.哺乳類の分子系統への適用.

○Vogler, A. et al.: "Expressed sequence tags for molecular systematics of beetles"
複数の遺伝子マーカーに基づく甲虫類の分子系統研究の現状について報告した.50遺伝子を配列決定することが当面の目標とのこと.複数の遺伝子塩基配列を比較する際の整合性の程度を subtree 解析によって調べる方法を論じた.その目的は,paralogy-free な subtree を発見することである.この手法そのものは,Gary Nelson らがしばらく前に分断生物地理学の方法として提案した方法(G. Nelson & P.Y. Ladiges 1996. Paralogy in cladistic biogeography and analysis of paralogy-free subtrees. American Museum Novitates, no.3167, 58pp.)と似ているようだ.ただし,この方法には,Alfried Vogler 自身が指摘するように,gene paralogy をいかにして最小化するか(すなわち gene homology をいかにして最大化するか)というグラフ最適化問題が open のまま残されている.

○Crowe, T.M. et al.: "Congruence between a range of molecular and organismal character data partitions for gamebirds (Galliformes)"
Total evidence に反対する立場は,いわば「アパルトヘイト」みたいなもんだと言う(きつい皮肉).では,どのようにして combined analysis をするのか−彼は形質セット間の CI, RI, そして weight を比較することで,それを達成しようとする.彼は基本的にいっさいの「data cleansing」を否定するので,3rd position や transition の downweighting には反対する.鳥の分子系統への適用例.

○Shevchunk, N.A. & M.W. Allard: "Congruent and incongruent mammalian mitochondrial genes"
哺乳類の分子系統における ILD 検定とその Bonferroni Type I 補正(= P value / No. of comparisons)の適用例.

○McCarthy, R.C.: "Incongruence and homoplasy in the mammalian skeleton"
骨格形質をデータとするときの不整合性を論じた.彼の手法は統計学で言う「メタ分析」(metaanalysis)である.38研究に基づいて:
・ILD = Length[A+B] - (Length[A] + Length[B]) A, Bはデータセット
・Local ILD
・Partitioned Bremer support
を求め,data partition の相対サイズが検定に影響することを示した.不整合性はグローバルではなく,むしろローカルであるという結論.

○Janies, D.: "Phylogenetics and multiple loci"
複数遺伝子座の解析では,系統学的情報が相加的であるという仮定を置いている.欠損データの問題が浮上してくるが,シミュレーションしてみると,遺伝子座の数が増えるとともに,樹形は安定してくるという結果が得られる.

○Simmons, M.P. et al: "Conflict between nucleotide and amino acid characters"
形質としてのアミノ酸配列は「複合形質」(composite characters)であり,データとしての挙動には注意が必要である.一般にアミノ酸配列は conservative であるとみなされているが決してそうではなく,もっと複雑な影響を系統推定に及ぼす.

○Darlu, P. and G. Lecointe: "When does the ILD test fail?"
ILD検定は,もし形質データ間整合性が真であるならば,conservative な検定法である.

○Escobar-Paramo, P. et al.: "Taxonomic and character congruence in molecular phylogenies of Escherichia coli"
大腸菌の分子系統を例にとって,11遺伝子座の整合性を ILD や partitioned Bremer support などいくつかの検定法を用いて調べた.

○Dettai, A. et al.: "Congruence and reliability: Discovering new clades within the acanthomorph bush"
Combined / separate analysis の比較.

ブレークをはさんで一般講演のはじまりである.

○Minaka, N.: "Quantitative comparison of parsimoniously reconstructed ancestral character-states in a cladogram"
祖先形質状態の復元集合(MPR-set)を比較するためのツールとして,形質空間における character transformation を幾何学的形態測定学のスプライン補間によって定量化する方法について論じた.複数形質にわたる祖先復元の joint index として bending energy を用いることができるだろう.Bending energy と distortion index の相関関係についても指摘した.Ward Wheeler からは MPR-lattice の構造に関して ACCTRAN / DELTRAN をはじめ MPR 集合の要素の区別は unrooted tree では意味がないだろうという質問があった.Rooted tree についての議論であると答えておいたのだが,わかってくれただろうか.

○Wiesemueller, B. and H. Rothe: "A synopsis of similarity classifications"
Homology / homoplacy /polarity をめぐる概念体系の整理.

○Simmons, M.P. & J.V. Freudenstein: "Artifacts of coding amino acids and other composite characters for phylogenetic analysis"
アミノ酸コード領域の遺伝子をどのように character-coding するかという問題を論じた.塩基配列のまま形質コード化する reductive coding とアミノ酸に変換してコード化する composite coding とを比較した場合,後者は系統学的な artifact を産出する危険性がある.それだけでなく,系統学的情報の損失および収斂形質の出現可能性を考えるとアミノ酸形質は適切ではないと結論する.アミノ酸形質情報が「保守的」であるという通説はウソである.

○DeGusta, D.: "Three new methods for evaluating the importance of characters and character linkages in cladistic analyses"
形質の「重要度」を判定する三つの方法を提唱する:1)CIR (character importance rank);2)SCLI (sensitivity to character linkage index);3)LDC (linkage distance between cladograms).

○Farris, J.S.:【Plenary presentation】
Steve Farris のトークは90分に及んだ.Hennig Society の成立にいたる「歴史」をいまいちどふりかえり【真実】を見ようという趣旨のトークだった.詳細な経緯と登場人物の人間関係は,私の『生物系統学』の第3章に書いてある通り.とくに印象に残ったのは,David Hull の“Science as a Process”(Univ. Chicago Pr., 1988)の内容−生物体系学の現代史の記録としてよく知られている−を徹底的に批判した点である.具体的に同書から頁を示すことで,「Hull はこんなことを言っているけれども,実際はそうではなく〜」という調子.Hennig Society は体系学の「哲学」と「概念」を議論する場として設立されたのだと Farris は言う.

<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (3)
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8月28日(火):Hennig XX (2) ※その1※
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大会2日目の今日は,朝から《Karl Popper》一色となった.午前中のシンポジウム「Philosophy of Cladistics」(Org. by Andrew V.Z. Brower)では,Hennig Society らしい論戦が随所で見られた.科学哲学が体系学・系統学の前面で議論されるのは,この「業界」では日常的であり,昨日今日の流行ではない.ここ数年間の Cladistics 誌(Hennig Society 機関誌)あるいは Systematic Biology 誌の最新号を見ると,系統仮説の「テスト」に関連する科学哲学的な論文は枚挙に暇がない.
とりわけ,最近は Popper の験証(corroboration)の理論を踏まえた,分岐分析(最節約法)と最尤法の統一を目指す方向性がうかがわれる.今後どのように議論が展開していくのか,目が離せないところである.Popper の科学哲学とりわけ反証可能性(falsifiability)の理論は多くの体系学者にとってはすでに基礎的な知識となっており,今ではむしろその哲学フロントをどこまで積極的に押し進められるかに体系学者の関心は移っている.
かつて,体系学における Popper の科学哲学の適用に熱心だった系統学者 Ed Wiley はすでに「それはまちがいだった」と認めたし(昨年の東大海洋研でのセミナー),その歴史的経緯の中心にあった David Hull すら最近の論文の中で「Popperの理論を体系学に適用したのは関係者すべてにとって災厄だった」(Hull, D. 1999, "The use and abuse of Sir Karl Popper". Biology and Philosophy, 14: 481-504)と総括するまでになった.
しかし,そういう否定的見解とは裏腹に,体系学者にとっての Popper 哲学ならびに他の科学哲学はすでに「からだの一部」になっているようだ.むしろ,「自分にとって必要な哲学を自らつくり上げようとしている」と言った方がいいだろうか.そういう意欲あるいは雰囲気を Hennig Society Meeting に参加していると強く感じる.
Popper の科学哲学は一昔前ならば『科学的発見の論理』が主たる典拠だったのだが,いまではこの本の Postscript にあたる『実在論と科学の目標』("Realism and the Aim of Science" 1983)が「読むべき本」としてリストアップされている.『実在論〜』は『論理』では詰めが甘かった験証(corroboration)理論について詳細にわたる議論をしており(pp.217-278),それが最近の体系学での論議の前提となっている.
鹿児島大学の小河原誠さんからの最近の情報では,Popper のこの Postscript[『実在論〜』,『開かれた宇宙』,『量子理論』の3冊]は,今年末から岩波書店より順次翻訳出版される予定とのことである.期待して待ちたい([evolve:8474]参照).小河原さんの言では,「Postscript なしには Popper を理解したことにはならない」とか.

さて,今回の哲学「セッション」では下記のような議論が闘わされた.

○Seberg, O. & G. Petersen: "Homology misunderstood!"
「相同染色体ははたして相同なのか?」という問題提起をする.Richard Owen による相同性のもともとの定義では「homology = similarity」だった.Sutton による相同染色体の定義(Biological Bulletin, 4: 232, 1903)もまた,類似する染色体の対を「相同染色体」と呼んだ.細胞学におけるこの用法は相同性の議論を混乱させる一因となっている.

○Faith, D.P. and J.W.H. Trueman: "Corroboration, goodness-of-fit, and competing methods of phylogenetic inference"
Systematic Biology 誌の最新号に載った彼らの論文("Towards an inclusive philosophy for phylogenetic inference", Syst. Biol., 50(3): 331-350)に基づく講演だった.
系統推定のための「包括的」な枠組みを科学哲学の中にどのように据えるのかという問題提起をした.Popper の言う験証(corroboration)とは「仮説のもとでデータがどの程度 improbable であるか」を意味している.反証(falsification)ではなく,むしろ験証が重要なのだ.
Popper 的証拠とは「適合度」(goodness-of-fit)にほかならない.系統推定の「場」で考えるならば,Popper的証拠とは推定 synapomorphy である.では,系統仮説の improbability とは何か? それは,その仮説(h)が証拠(e)に対して背景的知識(b)−すなわち進化的モデルの仮定−のもとで improbable であることを要求するということだ.
Karl Popper の『実在論と科学の目標』に述べられている験証理論の定式化に基づけば,以下のようになる:験証度 C(h,e,b)=p(e,hb)-p(e,b); ここにpは「論理的確率」を意味し,p(h,eb)=p(e,hb)×p(h,b)/p(e,b)となる.論理的確率は absolute improbability に比例するから,分岐学的なすなわち最節約法のもとでの験証は「適合」(fit)にほかならない.すなわち,p(e,hb)="goodness-of-fit"であり,それは Fit(h,eb)と表記できる.
同様に,最尤法のもとでの系統仮説の験証もまた「適合」とみなされる.尤度主義者は,尤度の Popper 的解釈は分岐学者の主張とは矛盾すると考えているようだが,それはちがう.なぜなら,尤度とは p(e,b)にほかならないからだ.つまり,験証度は標準化された尤度の差である.この意味で,Popper の験証度は,Ronald Fisher の提唱したと尤度関数の一般化と解釈できる.
背景的知識すなわち進化モデルを増大させることは,験証度を低下させる.

○Farris, J.S.: "Corroboration versus PTP"
Dan Faith の講演に対する反論である.Popper の言う験証度とは,正確には:C(h,e,b)={p(e,hb)-p(e,b)}/{p(e,h,b)-p(eh,b)+p(e,b)}であって,Faith の主張は分母の効果を無視している.
Faith らの主張では,C(h,e,b)=1-PTP となり,系統仮説の験証度は PTP すなわち permutation tail probability と関係づけられる.しかし,これは両確率の性質の違いを無視した暴論である.なぜなら,PTP は確率分布における tail 領域の cumulative probability であるのに対し,p(...)は point probability だからだ.確率論的に見て,両者を等置することはそもそも間違いである.
また,Faith は証拠 e は仮説 h への「適合」であると言うが,e はデータそのものであって,それ以上の意味はない.
Faith は帰無分布として無作為形質分布を想定しているが,そのとき験証度はゼロとなってしまい,証拠 e と系統仮説 h とは無関係となってしまう.

○Grant, T.: "Testing methods: The evaluation of discovery operations in systematics"
「発見操作」とは抽象を具体と結びつける操作である.系統推定法のテストとしては,理論的テスト(進化的前提の検討,シミュレーション研究:ただし決定的ではない)・経験的テスト(同一データへの適用による検討:ただし一般化できない)・哲学的テスト(発見操作が論理的矛盾を生起させないかどうかの検討)があるという話.

○Franz, N.M.: "Empiricism, realism, and descent with modification"
哲学者 Nelson Goodman の projectivity 論/ entrenchment 論から見たときの相同性概念の検討.projectivity は,背景的知識(b)のもとでの概念の妥当性−すなわちそれが entrench されているかどうか−を決定する.相同性の projectivity を考えたとき,生物進化(Descent with Modification)は,topographic homology に比べて,進化的相同性の相対的 projectivity を増している.

○Brower, A.V.Z.: "Cladistics with and without metaphysical bombast"
昨年の論文(Brower, A.V.Z. 2000. "Evolution is not a necessary assumption of cladistics". Cladistics, 16: 143-154)に基づく講演.
系統推定に関わる科学哲学的問題としては,Popper の言う境界設定(demarcation)・反証(falsification)・正当化(justification)の三つがある.確かに,厳密な普遍言明(strictly universal statement)は Popper の言うように実証不可能なのだが,そうではない個別言明(singular statement)は実証可能である.普遍法則を求める法則定立的(nomothetic)な科学と枚挙的帰納を行なう個別記述的(idiographic)な科学との違いを待避させたとき,系統学は後者に属するだろう.
生物進化の基本仮定(DWM - Descent With Modification)は仮定としては緩すぎるので,それによって禁じられるものはない.すなわち,DWM は何も予測をしていないということである.では,なぜ DWM を信じなければならないのか? それは Popper の言う形而上学的研究プログラムに相当するメタ理論にほかならない.
Arnold Kluge はその反論(Kluge, A.G. 2001. "Parsimony with and without scientific justification". Cladistics, 17: 199-210)の中で,DWM は正当化のために必要なのだと言った.しかし,すべての背景知識(b)が正当化されているわけではない.DWM もまた正当化されなければならない理由はないだろう.

ここでランチとなった.

<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (4)
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8月28日(火):Hennig XX (2) ※その2※
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連日,乾いた強烈な日ざしが降り注いでいる.紫外線が強そう(突然変異してやるぞ!).OSU の構内では“冷蔵庫”みたいな巨漢がどすどすとランニングしていた.そう言えば,"Beavers" vs "Ducks" つまり OSU 対 UO (Univ. Oregon)のフットボール対決が近かったな.

「Popper」に続く午後のシンポジウムは,一転して「Statistical Approaches to Phylogenetic Inference」(Org. by J.S. Farris).これまた,たいへん濃い.

○Wheeler, W.: "Search-based character optimization"
分岐図上での,配列データのアライメント,祖先復元,樹形推定に関する理論的研究をしてきた Wheeler は,今回 search-based optimization という新しいアルゴリズムを発表した.これは,従来の multiple alignment や fixed-state あるいは optimization alignment に代わるもので,より最節約的な系統推定が可能であるという.
基本は分岐図上での形質データに基づく Sankoff 最適化を動的計画法によって実行するのだが,配列の断片をそれぞれ形質状態集合(state-set)とみなし,それぞれの形質状態間の遷移コスト(アライメント・スコア)を edit-cost として Sankoff 最適化するというのがポイント.配列断片を形質状態とみなすと state-set は大きな集合となるが,実際の計算はアメリカ自然史博物館に最近完成した系統推定のための超並列計算システム("Cluster AMNH")を用いて行なったとのこと.
Cluster AMNH については,最近の Cladistics 誌の所収論文とくにアメリカ自然史博物館で行われた研究で用いられている.計算システムについては:Janies, D. & W.C. Wheeler 2001. "Efficiency of parallel direct optimization". Cladistics, 17: S71-S82 を参照されたい.

○Farris, J.S.: "RASA and randomization"
最近広まりつつある RASA への批判.RASA(= Relative Apparent Synapomorphy Analysis)とは,系統学的シグナルを検定するための方法で,そのためのソフトウェアは <http://bio.uml.edu/LW/RASA.html> で配布されている.RASA は元の形質データを three-taxon statement 化した上で,その item の個数(RAS)の形質数の上への回帰係数 t[RASA] を無作為化検定することで,シグナルをテストするという方針をとっている.
Farris は,RASA の無作為化検定の前提となる帰無モデル−形質間のランダム共変動−を批判する.無作為化による検定統計量 t[RASAP]−Pは無作為化の意味−の帰無分布の two-tailed 確率に基づく棄却域の設定は,帰無分布の形が仮定されているよりも,もっと dispersed になるため,当初の目的を達成できないと Farris は批判する.つまり,シグナルがあるのに「ない」と結論する過誤,およびシグナルがないのに「ある」と結論する過誤の率が高まるという.

○Faivovich, J.: "On RASA"
RASA は最近「外群」の判定テスト−"Optimal Outgroup Analysis"−としても用いられるようになっているが,それは間違っている.RASA を用いても,系統学的シグナルの判定,外群の設定問題,Felsenstein結界からの脱出が可能になるわけではないことを,単純な例を用いて示す.

○Wenzel, J.W. et al.: "Limitations of Relative Apparent Synapomorphy Analysis (RASA) for measuring phylogenetic signal"
RASA が "positively misleading" であることを示した.

○De Laet, J.: "Questioning quartets: Breaking up is not just hard to do"
これまた,ここ数年急速に普及している "quartet法" を批判する.この方法を実行する Tree-PUZZLE というプラグラムが開発されている(<http://www.tree-puzzle.de>).
この方法は,データ行列を four-taxon statement("quartet")に分解した上で,最適 quartet tree を推定し,最後に global tree を復元するという方法である.Quartet法は,とりわけ最尤法による効率的な系統推定アルゴリズムとして広く用いられているのだが,そのベースにある考え方(n-taxon→4-taxon への分割)および likelihood mapping の妥当性に疑問を呈した.データの分割に伴う情報ロスによると思われる misleading な結果があり得ることが示された.

○Schulmeister, S.: "Inconsistency of maximum parsimony revisited: In search of the Felsenstein zone"
最節約法が統計学的に inconsistent となるとされる Felsenstein zone に関する講演.Joe Felsenstein の古典的論文(Syst. Zool., 27: 401-410, 1978)の確率モデルは,二値的(2-state)形質についての 2-parameter モデルだった.本講演では,このモデルを k-state 形質に関する 5-parameter モデルにまで一般化した.
Felsenstein の 2-state / 2-parameter モデルでの Felsenstein zone は「p^2>q」(p は長枝パラメーター;q は短枝パラメーター)だったが,k-state / 2-parameter モデルでは「p^2/(k-1)>q」となり,Felsenstein zone は小さくなる.
さらに,k-state / 5-parameter モデルに一般化すると,Felsenstein zone は「(p1-q2)(p2-q3)/(k-1)>q1」となる.ここに,q1は 4-terminal nodes をもつ分岐図の internal branch のパラメーター,p1とp2は長枝パラメーター,そしてq2とq3は terminal nodes に接続する枝の短枝パラメーターである.
この一般化されたモデルから逆に Felsenstein の元のモデルを見ると,最節約法のリスクが過大評価されると同時に,短枝の効果が無視されていることがわかる.

○Siddall, M.E.: "Comparison of parsimony and likelihood on relation to some simple data sets and some principles of corroboration"
Felsenstein zone / Farris zone をめぐる最節約法/最尤法の比較を論じた.de Queiroz & Poe (2001) は最近「最尤法は Popper の科学哲学と矛盾しない」と述べているが,それはちがうぞ!という反論.

○Pol, D.: "Biases in maximum likelihood and parsimony: A simulation study approach to a ten taxon case"
最節約法と最尤法の performance に関する ten-taxon ケースでのシミュレーション研究の結果報告.これまで,4-taxon ケースでのシミュレーションでは
・長枝誘引(LBA: Long-Branch Attraction)−"Felsenstein zone"
・長枝相反(LBR: Long-Branch Repulsion)−"Farris zone"
というレッドゾーンの存在が報告されていた.
今回 ten-taxon ケースに拡張したシミュレーション研究では,さらに加えて
・短枝逆転(SBR: Short-Branch Rearrangement)
という新たな過誤のパターンが検出された.

○Piketts, K.M.: "Exorcising the demon: Parsimony escapes Felsenstein zone with more data from the same distribution"
映画『エクソシスト』のシーンが動画として貼りこまれた ppt ファイル(趣味ワルいぞ)での講演.最尤法は最節約法を凌駕するのか?−そんなことは経験的に示されていないじゃないか,という内容.形質が多ければ,Felsenstein zone からは脱却できるのだ.大きいことは,いいことだ!

「おなかいっぱい」で会場を退散,Darlene お薦めのダウンタウンのレストラン "Big River" で T-bone steak をウッカリ注文してしまい,こっちも「おなかいっぱい」...(うぅ苦しい..).Popper と pepper でもう十分.

<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (5)
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8月29日(水):Hennig XX (3) ※その1※
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数年前に,完全変態昆虫の系統学における「ネジレバネ問題」(The Strepsiptera Problem)の解決を目指して,Systematic Biology 誌始まって以来の巨大論文(Whiting et al. 1997. "The Strepsiptera problem: phylogeny of the holometabolous insect orders inferred from 18S and 25S ribosomal DNA sequences and morphology". Systematic Biology, 46: 1-69)を出した【4人組】が,今度は昆虫類(Hexapod)全体にわたる系統関係の(これまた大)論文を Cladistics 誌の最新号(Wheeler, W.C. et al. 2001. "The phylogeny of the extant hexapod orders". Cladistics, 17: 113-169)に出した.

昆虫の系統関係は Willi Hennig の古典を出すまでもなく,興味深い問題を研究者に提供し続けている.今日の午前中は Contributed Session だが,昆虫類の系統に関する講演が集中した.【4人組】も全員顔をそろえたところだし...

なお,以下では,上田恭一郎 2001『昆虫の分類表』(非売品:『世界珍虫図鑑』付録,人類文化社,東京,2001年08月31日刊)にしたがって,昆虫の分類群の名称を割り当てた.

○D'Haese, C.A.: "The phylogeny of the apterygote hexapods"
無翅昆虫亜綱(Apterygota)の昆虫の系統,とくに,双尾目(Diplura,コムシ目)の単系統性をテストする.双尾目を構成するナガコムシ上科(Campodeoidea)とハサミコムシ上科(Japygoidea)について,118 OTU × 4.4kbp&形態のデータに基づき,direct optimization による系統推定を行なった("Cluster AMNH"を利用).
その結果,ナガコムシとハサミコムシは Bs (=Bremer support) がそれぞれ 4, 7,双尾目+原尾目(Protura,カマアシムシ目)は Bs=10 でいずれも単系統であることがしめされた.

○Robertson, J.A. & C.A. D'Haese: "The phylogeny of the Collembola based on morphological and molecular data"
粘管目(Collembola,トビムシ目)の系統関係を論じる.分子&形態の total evidence 法により,POY の direct optimization によって系統を推定した.その結果,「トビムシは水生昆虫起源である」という J. Kukalova-Peck の説は否定された.水生という形質は basal ではなく homoplacious だったからである.

○Ogden, T.H. & M.F. Whiting: "Higher-level phylogeny of Ephe
meroptera"
蜉蝣目(Ephemeroptera,カゲロウ目)の初の分岐分析.亜成虫の段階をもつカゲロウは,有翅亜綱(Pterygota)の中でもっとも原始的と考えられている群だが,その系統的位置を調べた.データとしては DNA(18S-, 28S-リボソーム, H3[核])を用い,PAUP* で解析した.Bs によりクレードの信頼度を評価.

○Terry, M.D. & M.F. Whiting: "A molecular phylogeny of the orthopteroid insect orderes"
直翅目(Orthoptera,バッタ目)近縁の諸目間の系統関係に関する講演.多新翅群(Polyneoptera)−せき〈しめす編に責〉翅目(Plecoptera,カワゲラ目),革翅目(Dermaptera,ハサミムシ目),竹節虫目(Phasmida,ナナフシ目),直翅目−と蜚れん〈むし編に廉〉目(Dyctyoptera)−ゴキブリ目(Blattaria),蟷螂目(Mantodea,カマキリ目),等翅目(Isoptera,シロアリ目),非翅目(Grylloblattodea,ガロアムシ目),絶翅目(Zoraptera,ジュズヒゲムシ目)−全体にわたる系統関係を18Sリボソーム(3,179 bp),28Sリボソーム(4,055bp),H3(375bp:核)を用いて調べた.POY, PAUP*, NONA を用いて樹形推定をし,TreePLOT を用いて partitioned Bremer support を計算した.その結果,すべての目は単系統であることが示された.

○Branham, M. & J. Wenzel: "The evolution of bioluminiscent communication in fireflies"
ホタルの系統関係を調べた.85 taxa × 74形態形質をデータとして,parsimony ratchet により最節約分岐図を推定したところ,ci=0.16[!]; ri=0.57 の樹形が得られた.幼虫の生物発光は分岐図の根近くで生じる形質である.コミュニケーション系の進化について考察すると,点滅光によるコミュニケーションは3クレードでホモプラシーとして進化したことが推測された.

○Muona, J.: "Dies, areas, species"
古銭学(numismatics)における貨幣系譜を例にして,最節約法の意味を論じたようなのだが..ゴメン,よくわからなかった.

○Warren, A.D.: A higher-level phylogenetic study of the skipper butterflies (Lepidoptera: Hesperiidae)
セセリチョウの分子系統の発表.COI(1,029bp)と Wingless(402bp)に基づく解析.

○Wahlberg, N. et al.: "Poly-, para- and monophyletic mtDNA lineages in Phyciodes butterfly species"
タテハチョウの分子系統を COI をもちいて解析.

昼食をはさんだ午後の最初のセッションは,昆虫以外の動植物の系統に関する一般講演である.

○Petersen, G. & O. Seberg: "Transposable elements: evolution and phylogeny"
トランスポゾンの系統学的情報についての講演.

○Specht, C.D.: "A molecular phylogeny of Costaceae (Zingiberales): floral evolution in a family of tropical monocots"
trnK, matK および核 ITS を用いた分子系統と歴史生物地理学の発表.今回の全演題を通して,生物地理に言及したのはこの講演だけだった.

○Whipps, C.M. et al: "Advances in our understanding of the Myxozoa and relationships among parasites of the order Multivalvulida"

...うう,そろそろ意識が...

○Kearney, M.: "Amphisbaenian relationships and character issues"

...もう,あきまへん...

ということで,ちょっと休憩.

<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (6)
EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from 高崎)です.

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8月29日(水):Hennig XX (3) ※その2※
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系統樹にもとづく生物命名規約である【PhyloCode】(<http://www.ohiou.edu/phylocode/>)をめぐっては,すでに賛否両論が湧き起こっている.

推進側("PhyloCodeer"とeをふたつ重ねるそうな)はすでに code を制定しつつあり,非営利団体あるいは国際委員会(Internation al Committee of Phylogenetic Nomenclature)を設立してさらなる普及をはかろうとしている.

これに対して,反対側は PhyloCode が未完成であること,現行の Linnaean code にとって代わり得るほどのものではないと反論する(たとえば,M.J. Benson 2000. "Stems, nodes, crown clades, and rank-free lists: Is Linnaeus dead?" Biological Review, 75: 633-648 を参照のこと).

ブレークをはさんで,シンポジウム「Linnaean taxonomy or PhyloCode: Which system for the new millenium?」(Org. by Jim Carpenter)があった.このシンポジウムのスローガンは【NO PhyloCode!】で,"PhyloCodeer" 旗手の Brent Mishler がいたゲッティンゲンでの Hennig XVIII とは異なり,すべての講演がアンチ PhyloCode 派だった.

○Carpenter, J.: "A critique of pure folly"
PhyloCode はまだ完成されていないにもかかわらず,その唱導者たちは現行の命名システムとの併用を勧めている.PhyloCode のドラフトを検討すると条文間の矛盾は明白だ.これでは「混乱」以外のなにものも生みだされないだろう."PhyloCode should not be used by anyone; it's a pure folly".

○Keller, R.A. et al.: "The illogical basis of phylogenetic nomenclature"
ポスター発表でも同様の発表をしていたが,Keller と協同発表者である科学哲学者 R.N. Boyd とバンケット・スピーカー Quentin Wheeler は,本質主義(essentialism )を再評価すべきだとのスタンスである.
Ernst Mayr はアリストテレス的な本質主義を攻撃し,その代わりに「集団思考」(population thinking)を支持した.Michael Ghiselin の「種個物説」は,種を個物として認めようとする species realism にほかならない.確かに,「名」は定義できても,「もの」は定義できない.では,species realism は唯名論(nominalism)とどのように折り合いをつけるつもりなのか? 種個物説は要するに species の実在性を救済するための便法であり,唯名論を【逆立ち】させているのだ.
一方,G.C.D. Griffiths は 1974年に生物の分類(classification)と体系化(systematization)とは別物であるという見解を発表した(Griffiths, G.C.D. 1974. On the foundations of biological systematics. Acta Biotheoretica, 23: 85-131).これは,Phylogenetic taxonomy を支持する PhyloCodeer の思想的論拠となる論文だが,PhyloCode が目指している系統樹の node を命名するシステム−NPシステム(node-pointing system)−とは,要するにクレードに対する本質主義の発現ではないのか?(node が taxon の必要十分条件となるという意味で)
自然類(natural kinds)というカテゴリー概念をここで再評価したい.John Locke の言う nominal essence / real essence の区別,そして Saul Kripke や Hilary Putnum らの可能世界本質主義を念頭に置きつつ,R. Boyd は「自然類」を「homeostatic property cluster kind」として再定式化した.ここでいう「naturalness」とは「説明されやすさ」(aptness for explanation)である.
唯名論はすでに「時代遅れ」であり,本質主義を再評価すべきだ.Linnaean code はこの意味で時代に合致している.

自然類に関する Richard Boyd の論文とは

Wilson, R.A. (ed.) 1999. Species: New Interdisciplinary Essays. The MIT Press, Massachusetts, xxii+325pp.

の中に所収されている Richard Boyd "Homeostasis, species, and higher taxa" のこと.

○Gandolfo, M. & D. Stevenson: "Fossils and the Linnaean system of nomenclature"
PhyloCode は推定された系統の知見を前提とするので,「化石」として残された生物がうまく処理できないだろう.「みなしごBennyちゃん」というキャラクターが登場する.「PhyloCode は分類学史の curious episode と言い伝えられるだろう」(Q. Wheeler 2001)とのこと.

○Schuh, R.T. (Jim Carpenter 代読): "The Linnaean system and its 250 year persistence"
Toby Schuh はこなかったので Jim Carpenter が代読した.

○Nixon, K.C.: "The Phylocode is poorly reasoned and really flawed, and current codes of nomenclature are not"
教訓:「流れに身を任せるな!」
命名規約をめぐる【声の大きい者】たちの発言に身を任せて downstream に向かう結末を考えてみたい.被子植物の話題だが,PhyloCode のもとでは【paleoherb】なるゴミ箱のような分類群が提唱されている.分類学とはコミュニケートの手段であることがまったく考慮されていない.
PhyloCodeer は ranked system は phylogenetic ではないという根本的な誤解をしている.彼らは要するに何もわかっていないのではないか?
PhyloCodeer が今のまま PhyloCode を普及させようとする「社会運動」を続けるつもりならば,われわれは【No PhyloCode】キャンペーンを張り,主要ジャーナル編集部に対して「PhyloCode を含む論文はリジェクトせよ」という要求をしてもかまわないだろう.
最後のスライドでは,CocaCola缶のパロディー:
《警告:PhyloCoda はあなたの健康に有害です》
《 :Downstream病にかかる恐れがあります》

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シンポジウム終了後に,隣接する CH2M Hill Alumini Center でバンケットが開催された.しかし,ロビーで7時頃から延々とビールとワインを呑みはじめ,9時になっても一向にバンケット会場に入らないので,パーティ料理をケーターしてくれた Magenta−OSU 近くの Monroe Avenue にある味に定評のあるレストラン−「正しい日本風焼餃子」と「春巻」を出してくれたので感激!)の店員が「いったいいつになったら始まるの?」と尋ねる始末.ようやく9時過ぎに全員が会場に入り,パーティ開始となった.

例年どおり,Student Prize などの大会受賞者が Steve Farris から発表された.Magenta 自慢のバッファローのステーキ(ソースがやや甘いな)を賞味しながらのバンケット・スピーチは,黒スーツに真っ赤な蝶ネクタイでさっそうと登場した(^_^;;;)巨漢 Quentin Wheeler の独壇場.となりに座った Guillaume Lecointre は苦笑するばかり.すでに「できあがっている」参加者が多かったようで...

○Wheeler, Q.D.: "Ode to the code"

「命名規約【Code】への【Ode】−叙情歌曲−」というスピーチでは,直前のシンポで議論された,命名規約をめぐる昨今の体系学のゴタゴタをユーモアたっぷり−というか,ワルのりしまくり−に話してくれた.バンケット・スピーチでは最大限「受け」を狙うというのが Hennig Society の伝統であるようだ.

毎年のことだが,エンドレスで呑み続けている.Lecointre はかの Jean Bricmont と懇意で,科学を知らない科学論者に対してはきわめて辛辣なことを言っていた.

午後11時近くまでパーティは続いたようだが,体がもたないので,終わる少し前に夜道をモーテルに急いだ.

<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (7/final)
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8月30日(木):Hennig XX (4)
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最終日の今日は,ソフトウェアと出版物の紹介だけだった.

○Nixon, K.C.: "An integrated taxonomic computer package for desk tops, handhelds, and the world wide web for management and analysis of cladistic, diagnostic, image and monographic data "

○Lecointre, G. & H. Le Guyader: "_Classification phylogenetique du vivants_ (2001)"
[evolve:8460]で紹介した:
【書名】Classification phylogenetique du vivant
【URL 】<http://www.editions-belin.com>
【著者】Guillaume Lecointre et Herve Le Guyader
【刊行】2001年
【出版】Editeur Belin, Paris
の宣伝.

○Closing remarks (John Wenzel, President)

最後になったが,ポスター発表のタイトル.Hennig XX では全部で7件のポスター発表が予定されていたが,実際に発表されたのは下記6件だった:

○Grant, T. & J. Faivovich: "On the relationships among ranoid frogs: a real example of molecular evidence"

○Kearney, M.: "Fragmentary taxa, missing data, and ambiguity: mistaken assumption and conclusions"

○Keller, R.A. & Q.D. Wheeler: "Typology revisted: the nature of definitions in biological classification"

○Leathers, J & D. Judd: "Phylogenetic placement of the primitive crane flies (Diptera: Ptychopteromorpha: Tanyderidae) based on 18S ribosomal data"

○Pol, D & M.A. Norell: "Performance of several measure of stratigraphic fit to phylogenetic hypothesis"

○Smith, L.W.: "Early 'cladistic' principles in systematic ichthyology: Ralf Bolin's 1934 doctoral dissertation"

Keller & Wheeler のポスターがおもしろかった."Long live essentialism; Long live Linnaeus!"と標語が書かれていた.

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以上で,今年の Hennig XX 報告はおしまいです.

Corvallis を発ったのは,翌31日(金)の明け方でした.Anthonyのバス停留所のある Ramada Inn まで暗闇の中をタクシーで乗りつけ,半分寝ぼけつつロビーで待っていたら,Ward Wheeler さんがチェックアウトしてきました.「じゃ,また来年!」と言いつつ,足早に車に乗り込み,9th Street を南に下って行きました.

今後の Hennig Society 年次大会の開催予定地はすでに決まっており,来年(2002年)の Hennig XXI はヘルシンキ(フィンランド),2003年Hennig XXII はニューヨークのアメリカ自然史博物館,そして2004年の Hennig XXIII はパリの国立自然史博物館で開催される予定.

Corvallis から彼は誰れ時を2時間走り,Portland−市内のオレゴン動物園でハダカデバネズミ(ちゃんと自前の飼育舎がある)のコロニーを始めてみました−空港にたどり着き,エアポケットでストンと落ちる双発プロペラ機で1時間乗ると Seattle空港,「イチロー」グッズを横目に見ながら,さらに10時間の飛行でやっと成田.来たルートを帰ってきただけですが,やっぱり疲れました.

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以下,参加した感想です.Hennig Society の年次大会はもともと規模が小さく,基本的には数十名で,年によって百名を越えることもあるという程度です.それだけに,何回か参加していれば,全員が顔見知りになることができるという利点があります.
もともと【声の大きな】人の割合が高い学会ですが,年次大会ではそれが例年発揮され,ときどき「下品」な発表も楽しめます(アルコールが入るとさらに品がなくなります...).おそらく,参加者のもっと多い多国籍的な大規模国際会議とは会の雰囲気が大きく違っているでしょう.
日本からの参加者がもともと少ない学会ですが,こういう【濃い】学会にはもっと積極的に飛び込んできてほしいと私は期待しています.

<Report> Downtown Corvallis Diary - Hennig XX (番外編)
EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from 自宅)です.

※ アメリカがテロでえらいことになっていますね.もう少し早まっていれば,
  アメリカから帰国できなくなっていたかもしれない....

先日の Part 7 (final) をもって Corvallis 報告を「もうおしまい」にしようと思っていたのですが,その後,個人的に「私もOSUに滞在していたことがある」とか,「コルヴァリスは変わっていなかったか?」とか,今日は「Corvallis こそ私の第2の故郷だ」という EVOLVE 非会員からのメールがあったりして,密かな反響?に驚いています.

「今回は雑談や周辺情報が少ないじゃないか!」という叱責まであったりして,それでなくても最近 EVOLVE を占拠しつつあるなぁと自覚している私としては,これ以上書くのは気がひけるなぁと装ってみたりするのですが,やっぱり書いてしまおう.(\ばき,どかっ!)

今回の旅は,実は家族連れだったので,アメリカの茫漠たる「田舎町」で,車−国際免許証をもっていかなかったのは,かえすがえすも失敗だった−もなくホンマどうすんねんと「向こう」に着いてからはじめてことの重大さに気付きました.ただ,Corvallis という町のたたずまいには意外にも子供たちの方が早く馴れてしまい,帰国する頃には「もっといたい!」などと言い出す始末.確かに,高層建築や人ごみのまったくない街並みはストレスが溜まらないのかもしれません.初めての外国旅行であるにもかかわらず,ホームシックにもならず,食生活にも問題なかったので,彼らにとってはいい経験となったことでしょう.

◎ Corvallis の「いま」を知るためのサイト:

オレゴン97333
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/6503/
(Corvallis を中心とする掲示板・情報交換・リンク.参考になる)

Corvallis - Vistors Bureau
http://www.visitcorvallis.com/
(Corvallis ビジター情報がいろいろ.歴史の長い田舎町を実感する)

Downtown Corvallis Association(DCA)
http://www.dca.corvallis.or.us/
(狭い狭い「ダウンタウン」地区のみに特化したサイト.味がある)

Hennig XX 会場となったオレゴン州立大学は構内シャトルバスが走り回っていました.

◎ 広い広い OSU の総合案内は:

OSUオフィシャルサイト
http://www.orst.edu/
(まずはキャンパス・マップ
http://oregonstate.edu/visitors/tour/campusmap.htm
を見なせぇ)

外国に行ったときに,「食」に関心が向くのは当然のこと! Corvallis は《るるぶ》には載っていないので,事前に調べておきました.

◎ Corvallis で呑んで喰いまくりっ!:

Corvallis 生活情報(レストラン編)
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/6503/Corvallis/index.html
(肉から,エスニック,寿司から,天麩羅まで,いろいろとね)

Corvallis' best restaurants and places to get good beer
http://www.ent.orst.edu/meeting/beer.htm
(Hennig XX 元締めの Darlene 姉さんお薦めの店また店)

こちらに来て数日目になって,長男が「米の粒が食べたい...」と半泣きになったとき,すかさず飛び込んだのが,ダウンタウンの Aomatsu(122 NW 3rd St.)という寿司屋.にぎりも鰻重も天丼もあるという,Corvallis では貴重な「日本食」の店.さしてきれいともいえない店内でしたが,客足は途切れませんでした.(ちょっと高いけど)

こういう例外↑を除けば,あとは実にアメリカン?な食生活をしていました:

・Burton's(119 SW 3rd St.)
 朝食バイキングをたらふく食べました.古くからあるダウンタウンのレストランで,おばあさんたちが給仕をしていました.ローストハムの塊がデカかった...(食い過ぎ).コーヒーも飲み過ぎ.

・Big River(101 NW Jackson Ave.)
 ダウンタウンの中心部分,Willamette River 沿いにあるレストラン.外見はたいしたことないのだが,たいてい満員の客の入り.上でも書きましたが,ステーキがいろいろあります.カミさんは Tuna を食べて,またも腹が鱈になったそうな.子どもたちもいい食欲で,店員さんに感心されました.喰ったぞ.
 Big River のすぐ裏にベーカリーが隠れていて,夕方パンを仕入れにいったら,「今日の余りだから,もってってね」とどっさりオマケを付けてくれた(これで US$ 1.20 とはどーいうこと?).

・Noah's Bagels(425 SW Madison Ave.)
 毎朝,ここでベーグル・サンドイッチを買っては,学会会場に向かうという「日課」が定着していました.うまかった.

・Togo's Eatery(2015 NW Monroe Ave.)
 OSU 近辺で食べるところといえば,ほとんどが Monroe Avenue 沿いにあります.Togo's もその中の一軒なのですが,Subway のようなサンドイッチ屋.ターキーのサンドイッチを夜に食べましたが,これまたデカかった.バケツのようなベバレッジとともにえいやぁと胃に流し込んだ.でも,きわめて美味.

・Burger King(235 NW 4th St.)
 はいはい,行きましたよ.

・Panda Express(112 Memorial Union Commons, OSU)
 OSU の食堂に入っている.PDX にもある.チェーン店のようですが,チャーハンや焼きそば,春巻があって,けっこういけました.

・Magenta(Monroe Ave. OSU のすぐ近く)
 Hennig XX のバンケットをケーターしてくれた店.フランス&ベトナム風という触れ込みでした.店は小さいでしたが,雰囲気はよさそう.

私が Hennig XX にしっかりトラップされている間,カミさんと子どもたちはオレゴン・コーストの Newport やら,Nike の本拠地 Eugene にまで足を延ばしたそうな.(Eugene では OSU の Beavers キャラクターをぶらぶらさせていたら,"Corvalllis? No, no!" と Univ. Oregon の Ducks キャラクター商品を差し出されたとか.)

さて,「雑談」も「周辺情報」も流し終わりましたので,私のレポートもこれでホントにおしまいとなります.

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PS1)Karl Popper に関する最近の情報は:

The Karl Popper Web
http://www.eeng.dcu.ie/~tkpw/

をご覧ください.日本のポパー哲学研究会WWW

http://www.law.mita.keio.ac.jp/popper/

よりは informative かな.

PS2)アメリカ自然史博物館の並列計算システム Cluster AMNH については,同博物館のWWWサイト(<http://www.amnh.org>)の中に,説明がありました:

Parallel Computing Cluster
http://www.amnh.org/science/genomics/research/computing.html

規模としては PenIII を500個ということです.