<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (1)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλημερα!
三中信宏(農環研← PPP from Sofitel Athens Airport)です.

6日夜に成田を飛び立って,昨日パリ経由でアテネに入りました.パリでの接続待ち時間を含めると,まる24時間以上も乗ったり待ったりしていた計算になります.ちょっと遠すぎるなあ.

再来年のオリンピック開催に向けてつくられた,アテネの新国際空港(エレフセリオス・ヴェニゼロス空港)の中にあるホテルにチェックイン.ICSEB-VI の会場となるパトラ(パトラス)は,アテネからさらに陸路でペロポネソス半島を海岸沿いに200キロほど西進する必要があるのですが.学会手配のシャトルバスが空港に来るのは8日の昼前.アテネ市内を見たいなあと学会の旅行代理店に言ったら「市内はハイシーズンで混んでいるし,危ないし,道も渋滞してバスに間に合わないと困るので」と言いくるめられて,空港に足留め.ソフィテルは豪華ホテルでした.

今回の会議には,いったい日本から何人参加者が予定されているのかぜんぜん見当がつかない.6年前にブダペストで開かれた前回会議(ICSEB-V 1996)では,日本からもかなり多くの参加者があったのですがね.そういう人たちに訊いても「ノー」という返事ばっかり.

ヘルシンキ発「レンミンケイネン・ルポ」も書き終えていないのに,次の長旅が始まってしまってたいへん心苦しいのですが,今回の ICSEB は体系学・系統学の会議と言っていいほどの性格なので,関連する話題に触れることもきっとあるでしょう.

明け方にシャルル・ドゴール空港に降りたときはちょっと涼しいかなあ(地上気温18度でした)と感じましたが,アルプスを越えて,イオニア海,エーゲ海を眼下に眺めて,アテネに到着したときは気温28度.でも湿度がとても低いのがありがたい.

トイレの落書きまでギリシャ語(文字)なので,「ほほお,まだ生きてる(ごめん)言葉やねんなあ」と変に感心したギリシャ初日でした.

え,進化ネタはどーしたって? かんにん,まだ身辺が落ち着いてないし,Hooperの"Of Moths and Men"も読みかけなので,おいおいそういう話しも出てくるでしょう.

ということで,とりあえずギリシャからの第一声でした.

Αντιο!

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<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (2)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλημερα!
三中信宏(農環研← PPP from ΑΘΗΝΑ:もうすぐパトラスへ)です.

今日は雲が多いみたいやねえ.

※ ギリシャ文字の間隔が詰まって「昔風」になってしまったので,
※ 全角スペースを入れました.(→Subjectをご覧あれ)

ギリシャに近づくにつれて,食べ物がしだいに「それっぽく」なっていくのが体感できます.とくにチーズ.「フェタ」は最近では日本でも売られるようになりましたが,新鮮なフェタはまだ入手が難しいです.

さっき朝食をすませてきたのですが,いろんなタイプ(段階)の山羊乳チーズが用意されていました.まだ凝固しきっていない(水切りもしていない)フェタはうまいですね.豆くらいの塊がようやくできているフェタをスプーンですくって食べる幸せ.

空港で地図とともに買った『ギリシャ伝統料理図説(Κρητικη παραδοσιακη κουζινα)』のチーズ(Τα τυρια)の項には,ハードタイプ(Κεφαλοτυρι)のチーズとともに,たくさんのフェタ(Φετα)があることがわかります.こういうのも旅の愉しみのひとつということで.

空港でもホテルでもいたるところに古代遺跡のモノクロ写真が飾ってあります.長年の国の財産だから当然のスタイルなのかもしれませんが,白黒の【廃墟】の写真がモダンなホテルのロビーにも部屋にも掲げてあるのを見ると,「生きていてすみません」とつい申し訳なく思ってしまう.

機中でレニ・リーフェンシュタールの伝記:

【書名】Riefenstahl: Eine deutsche Karriere - Biographie
【著者】Juergen Trimborn
【刊行】2002年
【出版】Aufbau-Verlag, Berlin
【頁数】600 pp.
【定価】EUR 25.00
【ISBN】3-351-02536-X (hardcover)

をずっと読んできたのですが,この女性,映画監督になる前は有名なバレリーナだったのですね(1920年代).そして,ちょうど映画産業が勃興してきて,ドイツに特有のスタイルである“Bergfilm”(「山岳記録映画」かな)の製作に携わるようになってから,しだいに映画の世界にのめり込んでいったらしい.まだ,彼女がドイツ第三帝国のヒトラーやゲッベルスとつながる前のことなので,無声映画からトーキーに変わりつつあった頃の映画史をたどる心地がします.

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寄り道話しもちょっと中断.そろそろパトラス行きのシャトルバスがホテルに到着する時間なもので.次のメールは,ペロポネソス半島の西端から送信することになるでしょう.

※ ギリシャの電話ケーブル端子は日本とはちがう形状をしているというので,一応アダプターを買ってはあったのですが,大きなホテルだと日本(&アメリカ)と同一の形状らしくそのままつながりました.

じゃあねえ,Αντιο!

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<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (3)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλησπερα!
三中信宏(農環研← PPP from Astir Hotel Patras)です.

アテネ空港のホテルに送迎に来たバスは,アメリカからの会議参加者数名を乗せて,午前11時前に空港を出発.土木工事がオリンピック・シフトしているらしく,空港から市街地までの間はどこも道路拡幅などの掘り返しで見るも無残.かのシンタグマ広場の脇も通ったのですが,人だらけで興醒め.思うんですが,廃墟(のようにぼくには見える)が市内に多いなあ.まじで崩壊していたりするビルがそのまま放置されている(ようにぼくには見える)のですが,これって遺跡都市アテネをアピールする新手の宣伝なの?(笑) この市街地を見ていると,前夜に違和感を覚えたパルテノンやアポロンの遺跡の写真は実にぴったりする.

アテネから目的地パトラスまでは距離にして250キロほど.ほとんど有料ハイウェイ化されているので,バスはぶんぶん飛ばしたのですが,途中に雷雨があったりして,パトラスに着いたのは4時間半後の午後4時前.

遠くまで流れてきたなあって感慨あり...なんていう前に,バスを降車してのけぞってしまった.

この地は,日本的に言うと「熱海の海岸通」に「国際フェリー発着場」がドッキングし,その周囲に「マリン・リゾート地」が広がるという,とんでもない(すなわちうれしい)ロケーションであることが判明しました.ガイドブックにもそんなこと一つも書いてないぞお.第一,日本(&アジア系)の顔がぜんぜん見当たらない.うーむ,これは,実は【パラダイス】なところに来てしまったのではないか.

と思いつつ,投宿先の Astir Hotel にチェックインしたところ,京唄子みたいな元気のいいおばさんが,パスポートだけちらっと見て,「はいはい,カギはこれね.朝ご飯は〜時からね,夕食は〜ね...」とぽんぽん言いたてて,そのまま部屋へ.

こりゃスゴイ! 部屋がピンクだぞ.ビーチに面したベランダがあるけど,ここでくつろげということか.荷物をもってくれたボーイ君は「じゃ,お愉しみにぃ」と笑顔で去っていった.ぼく,何しにここまで来たんやったっけ??と根源的疑問がふつふつと湧き上がってきました.

水着のお姉ちゃんはたくさんいるし(9月になっても泳げるらしい),ちゃらちゃらした兄ちゃんたちもわんさかいるし,なかなかの環境でござりますなあ.同じバスに乗った他の参加者は,パトラス市街地の手前にある Rion Beach というところにある,かなりコロニアルで,ちょっと頽廃っぽいリゾート・ホテルに分宿していきました(ちゃんと会議に出てこいよお).いずれにせよ,あまりに【極楽】な環境に歓声をあげつつも,シズカに明日の会議初日を迎えようとしているのでございます.いや〜,参ったなあ,ははは.

これから市中探検がてら,タベルナを物色してきま〜す.Αντιο!

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<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (4)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλημερα!
三中信宏(農環研← PPP from Astir Hotel Patras)です.

○9月9日(月)晴
昨日かかっていた雲はきれいになくなり,波止場に停泊中のフェリーの向こう側に,対岸のメソロンイオンの岬がよく見える.きょうもからっと暑くなるかな.サマータイムのせいか,朝6時でもまだ暗い.やっと7時頃になって,東方のコリントスやミケーネ地方から明るくなりはじめ,南東のオリンピアの山々の稜線が見分けられる.

学会が実質的にまだ始まっていないので,ぜんぜんアカデミックな話題になりません.昨日,ビーチ近くのとあるタベルナでは,完全なる食い過ぎ.ギリシャ人てもともとが大食いなのか,それとも単にぼくが食い意地が張っていただけなのか.

昨夜食べたもののリスト:

・Χωριατικη σαλατα(ホリアティキ・サラタ)
フェタが乗っかっているグリーンサラダ.オリーヴオイルが美味.
・Γεμιστεσ λαχανικα(イェミステス・ラハニカ)
トマトの中にライスを詰めて焼いたもの.前菜らしいがボリュームありすぎ.きわめて美味.また食べたい.
・Παστιτσιο(パスティーチョ)
挽き肉とマカロニの重ね焼き.有名なムサカ(Μουσκα)と外見は同じ.これも前菜とのことでが,一辺10センチもある立方体を喰い尽くすのは至難の業.最後は飽きたが,イェミステスを食べた後だったからかも.
・ラム肉のハーブ煮込み(現地名不祥)
皿に盛られた量を見て悶絶(死んだ).骨つきのラムをクリームソースとハーブで煮込んである.柔らかくてたいへんうまかったが,重量級前菜の影響がじわじわと.付け合わせとしてサヤインゲンと豆の炊いたんが乗っていた.
・パンと白ワイン(ハーフ)

やっぱり食い過ぎだよねえ.反省して今日は歩こう.次はシーフードかな.

フェリー乗り場近くのインフォメーション・センターで,パトラスについての情報を集める.イタリアからの国際航路があるせいか,イタリア語のパンフレットがあるのはわかるが,ドイツ語のパンフも多い.センターのお姉さんがくれたのはドイツ語の説明パンフレット.英語のはないそうな.それによると,紀元前11世紀にこの地のスパルタからの独立を果たした領主プレウゲネスの息子パトレウスにちなんだ地名とのこと.ギリシャに来るとやたら「紀元前〜世紀」という物言いが多くなるのはしかたがないか.

パトラス市街地もアテネと同じく「ちょっと廃墟」的な建物が目につくが,もう慣れてしまった.泊まっているホテルも市内では高級とランクづけられているが,それでもプラグ差し込み部分が壁から脱落してたり,シャワールームの壁が剥げかかっていたりと,ここでもまた「廃墟」が侵入しつつあるようだ.「壊れてしまった」と大騒ぎするのではなく,むしろ「壊れさせてあげる」あるいは「壊れてうれしい」と思うべきなのかも.

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伝記を読み進む.1920年代のレニ・リーフェンシュタールはマレーネ・ディートリッヒと並ぶ映画女優だったとのこと.もちろん映画監督としても著名で,1932年監督・主演の映画《Das blaue Licht(「青い光」?)》は,第1回ビエンナーレ(ヴェネツィア)で銀メダルを受賞し,彼女の名声は国際的に広まった.チャップリンの《モダン・タイムズ》に登場するポーレット・ゴダードというヒロインは,リーフェンシュタールが演じた主役ユンタをイメージして役作りされたとか.

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“Of Moths and Men”――この著者,「偶像破壊的」な論議に惹かれているのかな.工業暗化をめぐる未公開資料や書簡をベースにしているとのことなので,先が楽しみ.でも,「flawed science, dubious methodology, and wishful thinking」(p.xx)なんて書かれるとイヤな気になる読者も多いかもね.

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ICSEB会場であるパトラス大学の会議場行きのシャトルバスは,午後3時にならないとホテルを出ない.それまでは明日の講演準備とお散歩.

Αντιο!

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<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (5)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλημερα!
三中信宏(農環研← PPP from Astir Hotel Patras)です.

○9月9日(月)――続き
まだ,学会ははじまらない.

というわけで,パトラスの街を見下ろす高台にある砦(Φρουριο)の遺跡を見てきました.ここは正真正銘の「廃墟」.廃墟っぽいだけのそこらの建物とは【格】がちがうって感じ.今日は月曜で,観光名所はどこもすべて閉まっています.この砦も例外ではなく,周囲をぐるっとまわってきただけでした.日差しは強く,家々の白壁がまぶしいほど.足下に見渡せる市街地と,さらにその向こうに広がる遠景(パトラス海峡と対岸の岩山)が実にすばらしい.もう観光客以外の何者でもない.いいところに来てしまった.

砦から街への石段の下に商店街が軒を連ねている.お,パン屋(Αρτοποιτα)があるじゃない.といっても,地元客相手の店らしく,いかなるパンなのか皆目見当がつかない.焼きたての調理パンらしきものが並んでいたので,適当に選んだ.一つはオリーヴのピクルスのスライスが入ったパンで,これは外見から正体が知れる.で,問題は,もう一つの方.硬めのパン生地の皮の中に何かが入っているみたいだが,よくわからない.

これが実は「ギリシャ風おやき」.なぜ「おやき」なのかというと,中に入っているのが,まさに【高菜】だから.オリーブ油で炒めた【高菜】をパン生地で包んで焼いてあるもの.近くの果物屋にはイチジクまで売られていた.日本の半分のサイズだったが,確かにイチジクの味.「おやき」と「イチジク」ですませたランチは異国を感じさせなかった.それにしても,あの【高菜】はいったい???

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そろそろ,学会会場に行くぞー.
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ICSEBは,ひょっとしたら会議ごとにプログラム編成など全体的な性格が変わるのかもしれない.前回1996年のブダペスト会議(ICSEB-5)では,理論生態学者エオルシュ・サトマリー大会委員長の意向もあってか,生態学や分子進化学のセッションが数多く組まれ,日本からの参加者も意外に多かった記憶がある.しかし,今回の大会は「情報時代における生物多様性」というタイトルからも推し量れるように,体系学・分類学・系統学のセッションが大半を占めていた.しかし,日本からの分類学者の参加はゼロ.ぼくのほかには愛媛大学のナカジマ・トシユキさん[漢字不祥]だけが日本からの参加者ということがわかった.ちょっとビックリ.

午後6時から開会式があり,パトラス大学の学長,パトラス市長,アカイア州知事などなどの祝辞があって,マケドニアの民族舞踊のアトラクションを鑑賞したあと,大学構内にある野外レストランΠαρκα τισ Ειρυνυσ(パルコ・ティス・イリニス)でレセプション(午後8時〜).パトラス大学の敷地は市街地を少し離れた丘陵の上にあり,パトラス海峡をすべて見渡せる景観のよさが印象的.夜も8時を過ぎると,日も落ちて海風が通るようになり,たいへん快適.大きなコウモリが飛んでいた.

食べました,呑みました――見知った顔がたくさんいるので,一通りあいさつ.Arnold Klugeからは「先月ヘルシンキ(Hennig XXI)で会ったばっかりじゃないか」とつんつんされた.Dan Faith は明日のシンポで世話になる.Darlene Judd と Andy Brower 夫妻は昨年のオレゴン(Hennig XX)以来,プログラム委員長の Mary Mickevich はサンパウロ(Hennig XVII)後4年ぶりの再会.Mark Siddallとはゲッティンゲン(Hennig XVIII)以来か.要するに,Hennig Society のいつもの面々がギリシャに大挙して乗り込んできた感がする.また,形態測定学の大きなシンポがあるので,Jim Rohlf, Marco Corti らの顔もあった.

夜10時すぎにお開き.初日だから?おとなしかったかな.

明日からは講演の日々が始まる.Αντιο!

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<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (6)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλημερα!
三中信宏(農環研← PPP from Astir Hotel Patras)です.

○9月10日(火)――薄曇り.
ギリシャというと「白茶けて乾燥した岩山」というイメージがある.確かに,国際便の飛行機から見下ろすアテネあたりは,まさにそういうイメージ通りの風景だ.しかし,ペロポネソス半島西端部とその対岸部を含む「西部ギリシャ」――パトラスのあるアカイア州,対岸のアイトロアカルナニア州,そして,アカイア州の南に接するイリア州の三つの州から成る――はどうやらそうではないようだ.降水量が比較的多いからか,地肌剥き出しの山々ではなく,むしろ緑に覆われたぼくにはなじみ深い風景の方が目につく.日中は太陽が照り続けていても,午後になると大きな入道雲が現われて雷雨になるという(これまたなじみ深い)空模様も体験した.

さて,長いイントロ部分を越えて学会はようやく主題旋律が聞こえてきた.

《Symposium 2: Philosophical Issues in Phylogenetic Inference》
Dan Faith がオーガナイズしたこのシンポジウムでは,カール・ポパーの科学哲学とりわけ系統仮説の験証(corroboration)をめぐる論議が中心となった.Hennig Society Meeting ではおなじみのテーマだが,ICSEBでどれくらい集客力のあるのかぼくには不安だった.しかし,始まってみると立ち見が出るほどだったので,哲学に関心のある体系学者は(国際的には)やっぱり多いことを実感.

最初の演者である Dan Faith は体系学における験証度の解釈を論じた.ポパーのいう験証度を「その仮説がなかったときに証拠(e)がもつありえなさ(improbability)」と解釈すると,それは仮説と証拠との適合度(goodness-of-fit)として新たに定式化できる.Faithは,この観点から系統推定法を見直した「プロファイル最節約法」(来年Systematic Biology誌に掲載予定)を紹介した.

最近の体系学で論議されている「験証」の問題は,系統推定における「確率」をどのように解釈するかの議論と深く関わっている.験証度はそれ自身が「確率的」な性格をもつものだが(三中・鈴木 2002 を見てね),いかなる確率概念と近いのかが論点.Faith の場合は,確率分布における積分値としての tail probability を念頭に置いて験証度を解釈する(PTP / TPTP 検定).

一方,質疑の中で Arnold Kluge が指摘したが,験証度はもともと確率密度値である pinpoint probability としての性格をもつもので,それを積分確率にまで拡げるのは拡大解釈ではないかという反論がある.確かにポパーの験証度の定義式(ポパー『実在論と科学の目的』2002の下巻を見るように)は Kluge に分があるようにぼくは思う.

続く Olivier Rieppel は壇上で論文をまるまる一本「読み上げた」.(学会で「ペーパーを読む」という表現が比喩ではないことをはじめて経験した.)彼の発表は,ポパーの験証理論の成立を,ルドルフ・カルナップの確証(confirmation)理論との相互関係のもとに歴史的に理解するという内容だった.とくに,頻度確率(確証)と論理確率(験証)の概念的な違いに光を当てていた.Rieppel はたまたま同じ Astil Hotel の隣の部屋だったので,ホテルへの帰りがけに訊いたところ,この論文は近々『Milestones in Systematics』という論文集に載る予定だとのこと.

Arnold Kluge の講演は,系統推定に最尤法がそもそも適用できるという前提がまちがっているだろうという話し.最尤法(というか確率モデル全般)は現象の不確定性が「決定論的」であるという大前提を置いている.しかし,系統発生ではその前提そのものが満たされておらず,頻度確率理論を系統推定に適用するのは最初からまちがいなのだ.非決定論的な不確定性を確率過程として解釈することが妥当かどうかをチェックするために Kluge は Wesley Salmon (1966) の論議を援用する.対立する系統仮説は「or」で結ばれるべきものであって,最尤法のように「and」で結んではいけないのだという結論.

でもね,系統発生の中にも「決定論的」なふるまいをするプロセスが含まれていても悪くはないんじゃないかな.確かに,「すべて決定論的」というのはまちがいだろう.でも,「すべて非決定論的」というのも極論だとぼくは感じた.

Kluge によれば,カール・ポパーは生物進化理論に「すごく」関心をもっていて,まちがったこともたくさん言っているんだけど,彼の科学哲学の中では重要な位置を占めているのだとか.Stamos が数年前にこの点を調べた論文を出したと彼は言っていたが,Biology and Philosophy 誌かな?

コーヒー・ブレーク後の Andy Brower の講演は,昨年オレゴンで聴いた内容のアップデート.系統推定にとって「進化(descent with modification)」という仮定そのものが必要かという問題提起.Dan Brooks や Kluge が質疑で指摘していたが,もし「進化」そのものが系統推定にとって不要であるとしたら,形質情報と系統仮説とをリンクするものがなくなってしまうだろうという反論が当然ある.Brower は相当にピュアな pattern cladist なので,この点では頑固だが,系統仮説間の選択をするときにそもそも「形質」をデータとして用いようという動機づけの背後には「進化」という前提がどうしても必要だろうというスタンスは揺るぎないとぼくは思う.この点については,蕎麦..じゃなかった..ソーバー『過去を復元する』(1996)の最初の部分が説得的だ.

続く Daniel Brooks は系統推定における「発見サイクル」の論議.「ポパーはまちがっていた(Popper was wrong)」と彼は言う.つまり「発見の論理」はあるんじゃないかと.共進化や生物地理学の例を挙げて説明していたが,ぼくは自分の講演の準備で気もそぞろ....

最後の演者である三中信宏は,系統推定における祖先復元問題(MPR問題)が,ポパーの験証度における背景知識(b)として位置づけられることを指摘し,それが系統樹の樹形決定問題(Steiner問題)ほどの大きな関心を集めてこなかったと述べた.最節約法では,与えられたデータのもとで最適樹形を選択したときに,祖先形質状態を決める必要がある(でないと樹長が決定されない).しかし,特定の祖先復元を選択することは(たとえば ACCTRAN / DELTRAN の選択),形質進化における個別の仮定を暗黙に置くことにほかならない.だからこそ「背景知識」として扱われてきた.しかし,背景知識もまたテストの対象となり得る.祖先復元問題は,系統推定においてこれまで隠れていた背景知識は明示していく必要があり,実際,それは可能であることを示す一つの例である.

MPR問題は代数的には理論化が進められているが,生物学的な解釈と意味づけはまだオープンである.三中は幾何学的形態測定学のテクニックを援用して,最節約復元(MPR)間の定量的比較のための方法を提出し,いくつかの仮想データへの適用を示した.複数の形質に対する特定の祖先復元を同時に比較するために,形質空間におけるそれらの形質状態値(多次元)をケンドール形状空間に変換する.特定の系統樹の樹形のもとで得られたMPRのそれぞれは,ケンドール形状空間の上の1点を占めることになる.したがって,MPR間の定量的比較はケンドール形状空間上の点間の差異を比較するという問題に帰着できる.三中は,この比較のためにケンドール形状空間の接平面への射影の間の薄板スプライン補間による屈曲エネルギーをMPR間の歪み指数として用いてはどうかと提案した.

質疑の中で Christian Klingenberg は,せっかく系統樹をケンドール形状空間に変換したのだから,わざわざ接空間に戻して近似的な屈曲エネルギーとして定量化するのではなく,ケンドール形状空間の中で非線形幾何学として一般化した方がいいだろうと指摘した.つまり,接空間に射影したMPR間の屈曲エネルギーとしてではなく,ケンドール形状空間そのものの中でMPR間の「プロクラステス距離」を測定すればいいという指摘.続いて,Marco Corti は,系統樹の定位のしかたが結果にどのような影響を及ぼすか気になると言っていた.Mario de Pinna と Dan Brooks は ACCTRAN が系統推定で選択すべき祖先復元の仕方であることはいくつかの傍証はあったが,代数的にそれが示せたのは幸いだとのコメント.

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てな具合で,はるばるギリシャまできた「公務」は何とか無事に終えることができました.半時間も話すのはやっぱり疲れる.論文を1本「読んだ」Rieppel も「きょうはもうダメ」と言っていた.

その夜は,ホテル近くのアンドレオイ通りに面したタベルナのオープン・テラスでひとりの祝杯.サラダとムサカ,そしてワイン(赤ワインと言っていたが濁酒みたいだった).しめて12ユーロ(安い).道路にまでテーブルを並べたタベルナが続く街並みは夜遅くまで活気がある.喫煙人口が多いのが気になるが,みんな楽しそう.

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ぼく以外の唯一の日本人参加者である愛媛大学の中島さんにシンポ会場で会った.エール・フランスのストの影響でたいへんな目に遇ったそうな.夜中のアテネを走ったそうで(かわいそう).

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「公務」が終ったら,あとは【パラダイス】が残っているだけ.学会はやっと三日目に入ったばかり.

じゃあねえ,Αντιο!

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<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (7)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλημερα!
三中信宏(農環研← PPP from Astir Hotel Patras)です.

○9月11日(水)――曇りのち晴れのち遠雷
朝夕はすごしやすい気温だが,日中はカンカン照りになる.湿度が低いので木陰(松だったりオリーヴだったりする)に入ると気持ちいい.ただし紫外線は強いようだ.「ギリシャ焼け」は着実に進行している.また喉がいつも乾くので,ミネラルウォーターは手放せない.1.5リットルのペットボトルを持ち歩いている会議参加者もたくさんいる.

今回のICSEBが系統・分類にウェイトが置かれた会議であることは,前のメールに書いた.そういう基調が敷かれる背景は,最近の国家規模あるいは世界規模での「生物多様性基本戦略」があることは明らかだ.今回のICSEBの企画シンポの中に,「メガサイエンスとしての体系学」をうたったものが数多いことからもうかがえる(番号順に):

-S3 : Implications of Global Change for Biodiversity Conservation
-S6 : The Eurpean Network for Biodiversity Information
-S10: A Diversity of Names for the Dibersity of Life
-S12: Using Natural History Resources for Conservation Assessment
-S15: The Global Biodiversity Information Facility (sponsered by GBIF)
-S16: Assembling the Tree of Life (AToL)
-S19: The All-Species Initiative
-S22: Storage and Retrieval of Morphological Data for Phylogenetic Analysis
-W1: Taxon Names in the Bioinformatics Age

全30シンポの1/3が,体系学的データの世界規模でのデータベース化に関わる論議に当てられているというのが,ICSEB-VIの最大の特色といえる.もちろん,他のシンポでも関連する演題があるので,発表ごとに集計するならば1/3よりももっと割合は増えるだろうと思われる.

「メガサイエンス」という表現は,James Edwards(GBIF,コペンハーゲン)の基調講演で用いられた("Biodiversity Informatics as a Megascience").「巨大科学」という言い方に違和感を覚える読者も多いかと思うが,そういう個々人の受け取り方とは関係なく,実際,巨額の金が付いた大プロジェクトが次々に立ち上がっていることは周知のことである.

たとえば,今日行われた「S16: Assembling the Tree of Life(AToL)」がその一つの例である.アメリカのNSFが立ち上げたこのプロジェクトは,地球上の全生物の系統樹を復元するという目標を掲げている.NSFでこのプロジェクトを仕切っている Quentin Wheeler は,イントロの中で,2002年度は800万ドル,2003年度には1200万ドルの予算が付いていると言っていた.

AToLの当面の目標は,「資金を集めて未知種の発見と標本保管を充実させると同時に系統学エキスパートを育成すること」にあるという.そして,1)インベントリー; 2)よい分類; 3)命名法の改良を項目として挙げている.これらの柱を支える技術面のポイントとしては,国際化・アクセシビリティー・バイオインフォマティクス・データ統合がある.さらに,系統学の社会的貢献のアピールという点も強調され,生物学全般への寄与・保全生物学や自然資源管理への利用・教育的価値に言及された.既存のプロジェクトとの兼ね合いに関連して,tree-study と species-discovery とのバランスをどのように配分すべきかという問題が生じてくるという指摘が印象に残った.

続く Chris Humphries(Nat. Hist. Mus., London)は,数年前に出された Systematics Agenda 2000 をアップデートすることで AToLへの貢献がよりスムーズになされるだろうと述べ,すでに立ち上がっている同種の生物多様性データベース・プロジェクト(GBIF, Species2000, GTI, IPNI, TROPICOSなど)との連携,そして系統樹データベース(TreeBase, DeepGreenなど)との相互関係を密にする必要性を強調した.そして,ヨーロッパにおけるAToLの活動状況を報告し,データ主導型研究と分類群主導型研究がAToLを支える車の両輪であると言う.

Alessandro Minelli(Univ. Padova)の講演は,命名法に関する内容だった.BioCodeやPhyloCodeなど,命名法の改革を求める近年のさまざまな動きに触れつつ,命名上の多元主義(nomenclatural pluralism)を認めるべきではないかと彼は言う.つまり,rank-free分類・雑種・DNAのみの記載など,分類上の新たな問題の出現に対処するためには,リンネ体系の制約を可変的に緩和することを考えなければならないだろうというのが彼の立場.スローガン的には,「コードを捨てる→NO!」/「コードを改良する→YES!」.

このシンポの中では,ほかの地域での活動状況も報告されたが,中には「金だよ,金」という率直な意見も出たりした.日本も関わっているよね?(たとえばGBIF) こういう会議での参加・発表があってもよかったと思うんだけど.

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今回のICSEBでは,さまざまな生物多様性データベースが紹介され,関連ソフトウェアが展示されていた.以下,ご参考まで:

1) The World Biodiversity Database
http://www.eti.uva.nl
 アムステルダム大学の分類同定エキスパートセンター(ETI)がつくったもの.
2) Euro+Med PlantBase
http://www.euromed.org.uk
 ヨーロッパの植物多様性に関するデータベース.今回ワークショップもあった.3) Fauna Europaea
http://www.faunaeur.org
 ヨーロッパの生物多様性に関するインデックスシステム.
4) Linnaeus II(ソフトウェア)
http://www.eti.uva.nl/products/linnaeus.html
 上記のETIがつくった電子モノグラフ(e-monograph)作成支援ソフト.無料.会場でカード型CD-ROMが配られた.
5) Lucid Professional, version 2.0
http://www.lucidcentral.com
 同定・検索を支援するソフトウェア.
6) Species Plantarum 250 Years, 22-24/Aug/03, Uppsala(会議情報)
 リンネの"Species Plantarum"の出版250周年を記念するシンポ.国際植物分類学協会(IAPT)とウプサラ大学との共催.

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会議後は参加者がそろってシャトルバスにて市内に戻ります.でも,ホテルがばらばらなので,夕食はひとりでぶらぶらと町中をさまよって,タベルナになだれこむことに.この日は,パトラス最大の繁華街ニコラウ(Νικολαου)通り近くのタベルナ「イオニオン(Ιονιον)」に.定番のギリシャ風サラダ(ホリアティキ)と白ワイン,そして煮魚を注文.白身の魚の輪切りの煮たものが,ハーブとオリーヴ油に浸かっていました.淡白な味つけでしたが,うまかった.

この数日で「ホテル→学会→タベルナ→ホテル」という【黄金トライアングル】ができあがりつつあることを実感.

Αντιο!

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<Report> Το ελληνικο ημερολογιο (8)
EVOLVE reader 諸氏:

Καλημερα!
三中信宏(農環研← PPP from Astir Hotel Patras)です.

○9月12日(木)――晴れ,暑い.
パトラス市内には無数のタベルナがある.日中は日差しが強くて暑過ぎるせいか,日没後の午後8時以降に街に繰り出すという習慣ができているようで,夜10〜11時になっても市内中心部は大賑わい.とりわけ,小さな子どもでも,親といっしょに夜更かししているのが印象的.公園の遊具なんかで遊び回っている.親たちはタベルナのオープン・テラスで食事と談笑.国がちがうことを実感する.

学会後,街をふらふらしていたら,昨日入ったタベルナ・イオニオンの店主が「今日はウサギがうまいから食っていけ」と言う.せっかくおすすめされたので,ウサギの大きな足1本をトマト味で煮込んだものを賞味する.ホリアティキ(ギリシャ風サラダ)を注文して,またも鱈腹満腹(こればっかり).肉や魚はもちろんたくさん食べるのだが,サラダの量が半端じゃないので,食べた野菜もかなりの量になるはず.ギリシャに来てから,いったいどれほどのオリーブ油を摂取したことか.

イオニオンのオープン・テラスは目抜き通りに面しているので,人も車もひっきりなしに行き来する.静かではないが,気にならない.そんなことは大したことじゃないと思えるようになった.アムステル(Amster)という銘柄のビールを飲みながら,波止場を眺めたら,もうライトアップされていた.

《S11: Morphometrics: Quantifying Form to Understand Evolutionary Process》
幾何学的形態測定学のシンポジウムは二日間にわたって行われた.理論的な進展もさることながら,今回の会議では数多くの適用例が報告され,裾野が広がりつつあることが感じられた.当初の目的通り,生物学者の道具箱に常備される「ツール」となることが期待される.F検定や無作為化がごく普通に使われるのと同じ意味で,薄板スプラインが使われるようになればいい.

Christian Klingenberg の講演は,形態測定学を用いて「形態学的モジュール」をどのように発見するのかという問題設定をした.ラットの人為淘汰実験を通じて,下顎の形状が淘汰圧によってどのように変化するかを標識点座標データの形態測定学的解析を通じて解明するのが目的.下顎形状を変化させるQTLが33見つかった.淘汰実験を通じてその影響を調べたところ,局所的な淘汰であっても,大域的な形態変形が生じることがわかった.その範囲を把握することで,モジュールが限定できるだろうという主張だった.

続く Fred Bookstein は,3次元形態の標識点の座標データと輪郭素(edgel)データを同時に扱える新しいソフトウェアのデモをした.適用例はヒト頭部の3次元データだった.要点は,3次元形態を任意の可動平面でスライスしていくことで座標と輪郭素のデータを取得するシステムということ.任意の平面でスライスできるので,ある3次元的な構造の特徴を異なった平面での形態測定学的解析の統合により把握することが期待できる.つまり,ある平面で切ってもわからないことが,別の平面で切ると見えてくるという例があるとのこと.テスト版はWWWサイトで公開予定と言っていた.

Dean Adams は,トカゲ(Plethodon)の同所的競争と形質置換を解析するために,頭骨の形態測定を行なった.この研究のおもしろいところは,食性やバイオメカニクスと組み合わせることで形態測定学の結果からより強い推論を行なったという点である.トカゲが摂食する食物サイズの大小による形質置換,そして顎の咀嚼に関する「遅いが強い」vs「速いが弱い」という形質置換はいずれも形態測定学だけでは得られなかったはずの結論だ.詳細は,PNAS, 97: 410-416 (2000)と Amer. Nat.(submitted)を見てほしいとのこと.

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これくらい長丁場の会議になると,人それぞれに合った学会参加スタイルが健康的だと思う.朝から12時間ずっと会場に実在し続ける人もいれば,午後だけちょっと参加して,二三時間ですぐ退散という人もいる.

四日目が終わり,会期もようやく半ば.明日は講演なしのフリーデーで,学会参加者はツアーを組んで,ペロポネソス半島のど真ん中のオリンピア遺跡に向かったり,対岸のパルナッソス山のデルフィを見たり,あるいは半島つけ根のコリントスに行ってナフプリオンの跡を見たりと,それぞれの休日をすごすことになる.ぼく?デルフィに行って,アポロンの神託でも受けてこようかなあ.

Αντιο!

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三中信宏(農環研← PPP from Astir Hotel Patras)です.

※ 「神託」か,それとも「神罰」か?

○9月13日(金)――晴れ,暑い.
今日は行楽日和.朝7:30に各ホテルに迎えに来たバスは,とりあえず会場に集結.行き先ごとに分乗することになる.デルフィ組の道順は下記の通り:

パトラス→リオ→(フェリー)→アンティリオ→デルフィ(下車:考古学博物館,アポロン遺跡見学)→パルナッソス国立公園(下車:ランチ,休憩)→アラホヴァ(下車:散策)→アンティリオ→(フェリー)→リオ→ホテル.

パトラス海峡をはさむリオと対岸のアンティリオとは,直線距離で数キロしか離れていないので,現在,架橋工事が進められている.まだ橋梁部分しか建設されていないが,完成予想図はすでに観光パンフレットに出されている.陸路でつながれば,パトラスのリゾート地化にはきっと拍車がかかるだろう.フェリーでの車輌輸送も終末の日が近いのかもしれない.言っちゃなんだけど,きわめて原始的なフェリーだった(貨物船みたい).

渡り終わってからは,ひたすら陸路を東に向かう(約50kmある).静かなコリンティアコス湾を右手に,潅木しかない岩山を左手に見ながらのバス旅は実に心休まる(つまり眠くなる).途中,ナフパクトス,ガラヒディなど湾に面したリゾート地を過ぎて,入り江の奥の街イテアからパルナッソス山への上り坂が始まる.まわりはオリーヴ畑がずっと向こうまで広がっていた.

パルナッソス山は標高が約2,500m.まったく知らなかったのだが,この山ではスキーができるそうな.というか,スキー・リゾートで成り立っている町が多いと聞いてびっくり.ギリシャでスキーとは.デルフィ(Δελφοι)はそんなパルナッソス山の中腹にある.海岸から一気に切り立った峻険な山なので,デルフィは坂の町.ここにある遺跡群も山の斜面に張りつくように点在している.この日のためにだけ登山靴をもってきたよかったあ.

デルフィ遺跡の歴史は紀元前2000年前にまでさかのぼれる.4年に一度の運動競技が行われた場所,その訓練場,.そしてアポロンの神託が下された神殿跡などが公開されている.しかし,この坂はきついなあ.Jim Rohlf夫妻は早々と近くのタベルナへ退散.いっしょに登った Eva Jablonca さんには頂上の競技場で写真を撮ってもらった.この時点で二人のアメリカ人参加者が行方不明に.神罰か神隠しか判明しなかったが,「ま,遭難することはないでしょう」とそのままバスで出発(汗:みなさんも気を付けようね,待っててくれるとは限らないのだ).

パルナッソス山の土壌は赤っぽい.鉄とアルミニウムが多く含まれているからで,植生への影響が大きいとパトラス大学の学生が説明していた.国立公園は,中腹に広がるなだらかな高原地帯が中心.スキー場が周りにたくさんあるという.また標高1,500mほどあるので,下界とは涼しさが段違い.サンドイッチと飲み物をもらって,1時間ほど散策.キノコがいっぱい.

国立公園から降りたところにある小さな山岳集落アラホバ(Αραχωβα)は,スキー・リゾートの中心地.傾斜地をうまく利用して,階段状の町づくりをしている.ここから見上げるパルナッソス山は雄大で,ギリシャにいることをつい忘れてしまった.(ギリシャ=エーゲ海=マリン・リゾートという短絡思考のせいかも).
鐘楼が三つもある教会があって,時間がくると鐘を“乱打”していた.

帰りに念のためもう一度デルフィに立ち寄ったが,行方不明の二人はまだ消息知れず.さすがにやばそうだったので,情報収集と警察を呼ぶかどうかの話し合いで,かなり足留め.少し暗くなってから復路についた.

結局,ホテルに戻れたのが,午後11時近く.

さすがに腹が減ったので,「イオニオン」に飛び込んで「お腹がすいた」と言ったら,主人が「ネーネー(はいはい),ローストした鶏の足はどうだ.今日のは大きくて美味いぞ」とのこと.「じゃ鶏喰う」で決まり.昨日は兎,今日は鶏.満腹(懲りない).

Αντιο!

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○9月14日(土)――曇り→雷雨→快晴
変な天気だった.朝からどんよりと雲が垂れ込め,対岸の山々もぼやけている.遠雷も聞こえる――と思ったら,対岸から白いカーテンが近づき通り雨.曇天,また雷雨,と目まぐるしく天候が変わり,午後になってようやく快晴に.晴れると相変わらず暑い.

学会会期も後半になった.GBIFのシンポジウム《S15: The Global Biodiversity Information Facility: Global Sharing of Biodiversity Information for Science and Society》にも行ってみたが,事業報告会みたいな気がした.パラレルにやっている《S5: Butterfly Biodiversity: Patterns and Processes from Lepidoptera Genomics and Ecosystems》にはたくさん人が集まっていた.

《S22: Storage and Retrieval of Morphological Data for Phylogenetic Analysis》
形態的情報のデータベース化に関するシンポジウムである.ほんとに,規模の大小はさまざまだが,いろいろなデータベースができつつあることを感じる.

Olivier Rieppel は相同性概念に関する講演をした.体系学は直示的(ostensive)な概念をベースにする.Wittgenstein の言う「seeing as」と「seeing that」の違いを引き合いに出して,類似性と相同性の違いを論じた.類似性/非類似性は「seeing as」に結びつき,形態学的には位相と対応に導かれる言明である.一方,相同性は「seeing that」と関連づけられ,証拠の整合性によってテストされる言明である.

続く Norman MacLeod は形態的情報のデータベースである「MorphBank」のビジョンについて述べるとともに,形態測定学との関わりを論じた.MorphBankはGeneBankと同様の構造をもち,「intensive, searchable, image-based repository of comparative morphological data」と規定される.生の画像データ→相同性評価を受けた形質→系統解析のためのコード化行列→系統樹という流れを与える.形態測定学からMorphBankへの寄与としては,画像ソースの提供の際に,定量的データ(変動データ)を供与することができる.逆に,MorphBankは形態測定学が扱うべき幅広い問題群を提供する.形態測定学的データに対しては,系統解析に利用できないという反論が根強いが,MacLeodはそれに対して逐一反論する.形態測定学が与える定量的データは連続型形質だから系統解析にはなじまないという批判は,連続的変数が必ずしも連続的形質である必要はないという点で反論できる.たとえ,変動が連続的でも,離散的な形質がつくれる例として三葉虫の「doublural notch」に関する固有形状解析(eigenshape analysis)の例を挙げた.また,形態測定学データは抽象化された形質であるという批判に対しては,抽象的な形態空間の中で形態形質の「離散化」ができると反論し,魚の相対歪み解析(relative warp analysis)の散布図から離散的な形態形質を抽出し,それらに基づく分岐分析の例を報告した.

Frederik Ronquist は,ウプサラ大学におけるカリバチの MorphBank の事例紹介をした.もともと走査型電顕(SEM)写真の画像データベース化を目的に1997年以降つくられてきたこのデータベースは,現在,cynipoid 類のカリバチ約100属について3,600枚以上の画像をデータベース化している(http://morphbank.ebc.uu.se).検索機能をも有しているこのデータベースは,国際的なコンソシアムによって管理されており,撮影の方法などに関して統一的基準を設けているとのこと.

Eva Jablonka オーガナイズの《S18: The Concept of Information in Biology》というシンポもあったのだが,すべてパラレルになってしまって残念.

今日の基調講演は Daniel Janzen による熱帯地域の保全に関する話だった.

他には Dan Brooks オーガナイズの《S19: The All-Species Initiative》とか,Diana Lipscomb オーガナイズの《S14: Life, the Universe and Everything》とか.

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学会終了後,「うう,たまにはコメを喰いたい」ということで,波止場横の別のタベルナへ.ちょっと割高だけど,メニューは豊富.焼きトマトのライス詰め(イェミステス・ラハニカ)を注文.ついでにイカの唐揚げ(カラマラキア)とアンチョビー(サルデレス)の煮物をば.はい,よく食べました(こればっか).

Αντιο!

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○9月15日(日)――朝から雨,雨脚強し,夕方になって晴れ,涼しい.
ここパトラスは,マリン・スポーツの拠点としても知られているようで,先日たまたま同じホテルの朝食で出会った日本人女性二人は,パトラスのプールで開催されている「足ひれ大会」(と彼女たちは表現した)に出場する家族の応援に来たと言っていた.よく知らないのだが,何でも足にヒレを一枚つけて泳ぐ競技だそうで,近いうちにオリンピック種目にも採用される予定だとか.「人魚みたいですね」と言ったら,「最初見たときは笑ってしまった」そうな.

《S18: The Concept of Information in Biology》
Eva Jablonka の講演は,生物学における「情報」概念の再定義に関わるもの.遺伝的に伝達される情報を進化意味論的に定義する.受容者がある特定の仕方で応答するとき「情報」が伝えられたと定義する.この受容者-oriented な定義をベースにして話が進むのだが,正直言ってよくわからなかった.

《S21: Biogeography and Conservation》
Dan Faith の講演は,彼が考案した系統学的多様度(PD: phylogenetic diversity)の応用に関するもの.PDは系統樹上で端点(分類群)集合を結ぶ枝の長さの和として定義される.ある分類群が絶滅することにより当該のが喪失すると,それとともにPD値も減少する.PD値を用いて系統学的に生物多様性を評価したケーススタディーとして,タスマニアの節足動物相とオーストラリアの昆虫相の例を挙げた.PD値が特に大きな地域を「PD固有地域」と呼び,それを手がかりにして「ホットスポット」を検出していくという方針を与えた.

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そろそろ帰り支度を始めている参加者もいるようだ.ホテルが同じだった Marcy Uenoyama さんもすでに帰国した(町中をよく散歩していたのを見た).アテネ空港までが遠いので,まずはそこにたどり着く手段を確保しなければならない.オーストラリアから来ていた Mike Lee と相談して,パトラス発の急行バスを予約することにした(Mikeは初日に系統樹の「分割尤度サポート」に関する発表をした).アテネ市内まで約250kmのバス乗車運賃が12.25ユーロ.タクシーも安いが,バスも安い.バス・センターで指定席券2枚を購入した.

今日は午後9時からパーティが Porto Rio Hotel で催される.それぞれ早々とホテルに帰っていったのは身仕度をするためかな.日が変わらないうちに帰還できるか心配.送迎バスがホテルに来るのは,午後8時45分.あと少し.

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うー,呑んだあ.日が変わってるぞ.ウゾって効くなあ.独特のハーブの匂いといい,水に白濁するところといい,その昔飲んでいたアブサンそっくり.料理は洗練されたギリシャ風でした.タベルナ流ではちっともなかった.Eva Jablonka & Merian Lamb の両おばさまに挟まれてしまった.最後は歌って踊っての騒乱になって,「哲学のギリシャ」はいずこへ.ひたすら飲んで食べて.明日はついに大団円だ!

寝るぞー.Καληνυχτα! そして Αντιο!

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○9月16日(月)――抜けるような快晴.陽射し強し.
長かったICSEBも最終日となった.毎朝8時と夕方!7時半にパトラスの波止場に鳴り響くラッパの合図を聞くのも,今日が最後になる.各ホテルから会場に着くシャトルバスから降りてくる人数がだいぶ減った.今日帰途につく参加者が多いようだ.アテネから離れているので仕方がないだろう.昨日のパーティで話をしたオスロ大学の Inger Nordal さんは,「直行便がないから参加者が少ないのよ」と言っていた.確かに,たどり着くだけで二日も三日もかかる場所では,ハードルが高くなってしまったかもしれない.

《W1: Taxon Names in the Bioinformatics Age》
タイトルを見ただけでは何のことやらわからないが,要するに「PhyloCode」に関するワークショップだ.「系統分類学(phylogenetic taxonomy)」ならびに,それを推進するための新しい命名規約「PhyloCode」(http://www.phylocode.org)については,すでに何年にもわたる論争が続いており,支持派と反対派との溝は深まるばかりである.先月のヘルシンキであった Hennig XXI では,Brent Mishler 以外は PhyloCode 反対派だったが,ICSEB ではむしろ支持派が表に立った.

Mikael Thollesson は,PhyloCode に関する導入として,クレードを「命名」するという系統分類学の目標を達成する試行錯誤の歴史を概観した.「Rank-free 分類」のそもそもの動機は,John R. Gregg が1954年に示した「グレッグのパラドクス」を回避することにある.ランクを付けないことによって,ランクの不要な増加とを避けることもできる.問題になるのは「同じクレードには同じ名を」という原則をどのようにして達成するのかという点である.クレードとしての同一性に基づく命名は,de Queiroz & Gauthier による系統分類学の最初の提唱にも反映されている.歴史的個物としてのタクサは系統仮説によってクレードとして命名できる.PhyloCode はクレードの命名に関する規約化で,1) node-basedな定義;2) stem-basedな定義;3) apomorphy-basedな定義を用意している.いずれもタクソンとは「すべての端点を包含する最小包括的集合」として明示的に定義できる.

Arnold Kluge はフライトの都合で欠席したので Mikael Haerlin が代読した.内容は,先月の Hennig XXI とほぼ同一で,分類(classification)と体系化(systematization)の基本的な対置を前提にして,新たな方法(PS: phylogenetics system)を提唱するというもの.おそらく,Cladistics誌の最新号に掲載されるはず.種ランクを認めず,タクソン名は直示的(ostensive)に与えられるという点で,既存の方法とは異なる.「由来(descent)」はあらゆるクレードに適用できる概念だから,特定のタクソンの命名には不十分であるという.そして,種は「prospectionを要する対象のクラス」であるとみなす.Kluge はタクソンは個物だが,種はクラスだと言いたいようだ.ただし,種というクラスは直示的に定義されるという性質を持っており,「phylospecies」と彼は呼ぶ.PSはrank-lessな体系だが,タイプ標本の参照を要求し(phylospeciesの内容),最節約的な系統仮説を前提とする.重要な点:タクソンの命名の安定性は,規約によって縛るべきではなく,むしろ(ポパーの意味で)経験科学的に達成されるべきである.

Mikael Haerlin は「パラダイムとしてのタクソン名」という挑発的な講演をした.要するにタクソンの命名の体系はトーマス・クーンの意味で「科学革命」なのだという主張.PhyloCode派が系統学的な定義体系(PSD)を構築しようとするのに対し,Haerlin(1998: Systematic Biology誌の論文を参照)は系統学的な参照体系(PSR)をつくろうとする.両者の違いは,PSDが実在する祖先(ancestor)に基づいて体系化を目指すのに対し,PSRは推定された由来(ancestry)をベースにしている点にある.系統樹が変われば命名体系は相関して変わる.したがって,命名の体系は,ポパー的に徐々に変わるのではなく,むしろクーン的に共約不可能な変わり方をするのだぁ.記載は「通常科学」だが,逸脱例(anomalies)が蓄積されて系統仮説が変革された時点で(パラダイム変革),命名の「科学革命」が必要なんだあ.命名はパラダイムなんだよん.どーだあ.(バカ言ってんじゃないよ!)

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というわけで,のんびりと忙しかった ICSEB の全日程は終了しました.次回はまた6年後.場所がどこかとか何も情報はありませんが,プログラム委員長の Mary Mickevich さんからは「ノブヒロ,あなたIOSEB councilの候補者リストに入れとくから,よろしく」と言われたので,今までよりは早く情報が入ってくると思います.

午後は閉会式とかお別れパーティとかが予定されていましたが,明日アテネまで同行する Mike Lee(彼はカメの古生物学者)と待合わせを打合せて,ぼくは早々に退散.

要旨集とか本とか重いのを郵便局から郵送しようとしたら,75ユーロもかかると聞いて,あっさり撤退(タベルナ7食分だぞ).中心街のニコラウ通り沿いにあった「ニコララス(Νικολαρασ)」に入ったら大当たり.すごくいい店でした.おばちゃんとその母親(らしき女性)が取り仕切っていて,価格がとてもリーズナブル(λογικοσ!).1906年創業とのことで,パトラスの古い写真がたくさんかかっていたのが印象的.いる間にまた来よう.

じゃとりあえず Αντιο!

※ 明日からは何を書こうかしらねえ.パトラスは午前中に出発してしまうし,うまくいけば,明日遅くにパリのセーヌ河畔から送信できるかも.“Of Moths and Men”はもうすぐ読了予定.

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Καλημερα!
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○9月17日(火)――雲一つない快晴
あと3時間ほどでアテネ行きの特急バスが出ます.これがパトラスからの,そしてギリシャからの最後のメールになります.

昨夜,ニコララスで夕食をすませて帰ってきたら(牛すね肉の煮込み,フェタが巨大なホリアティキ,Mythosビール),別のイタリア人団体客がホテルのロビーに集結していました.本当に人の出入りが慌ただしい町で,とりわけ,ぼくが滞在しているアスティル・ホテルは波止場の真ん前にあるせいか,二十四時間の人の行き来があります.真夜中に発着する国際フェリーがあるからでしょう.

早いフライトの学会参加者は,今朝7時のシャトルバスで空港に向かいました.ですから,まだパトラスに残っている参加者はもうほとんどいないはず.

今回の ICSEB-VI のもっとも大きな特徴は,「E (=evolutionary)」ではなく,「S (=systematic)」にウェイトが置かれた大会という点です.前回のブダペスト大会(ICSEB-V, 1996)が「S」よりも「E」に重きが置かれていたことと対照的でした.

シンポジウムのテーマを見ると,今回の大会が近年急速に組織化されつつある,生物多様性データベースの国際的なネットワークづくりをさらに推進させようとする意図がわかります.GBIF,AToL, All-Species Initiative などいずれも巨大な予算と組織を背景にした動きであることは明らかで,いまの生物体系学がその流れの中にあることを実感させてくれました.

こういう動きの中で,体系学者が自分を今後どのように「定位」していくのかはぼくにはたいへん興味深く思われます.今回の大会では,すでに名の通った人たちばかりでなく,大学院生やポスドクの参加者も数多く,それぞれのセッションで活発に発言していました.先月ヘルシンキであった Hennig XXI との重複参加者も数名いて,Hennig XXI と ICSEB-VI との論調の違いを指摘する声も聞かれました.

生物多様性データベースは確かに今回の大会の「看板」ではあるのですが,それだけではなく,体系学に関わるさまざまな問題がシンポジウムのテーマになっていたことは事実です.とくに命名に関わる「規約」の論議は今後もまだ続くでしょう.PhyloCode 派とその反対派との亀裂は予想以上に深いと感じました.

日本人の参加者が少なすぎるぞ.バイカル湖の生物多様性に関わるシンポをオーガナイズした魚類学者 Vanlentina Sideleva さんは「ロシアから6人も来てるのに,日本からたった2人? フシギね」と言っていました.ほんとフシギ.6年後は,日本からもっとたくさんの参加者があることを期待しています.

それじゃあ,これにて Αντιο!

※ 今度メールするときは「Bonsoir!」となります.

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