東京農業大学(つくばアネックス)「応用昆虫学」講義として

文化系統学 — 考古学・先史学への系統学的アプローチ

三中信宏(東京農業大学客員助教授・応用昆虫学)


日時:2006年1月12日(木)から毎週木曜 13:00〜15:00 に開講
場所:農業環境技術研究所・地球環境部・環境統計ユニット(つくば市観音台 3-1-3)
教材:下記の本を教科書として用いる —

Carl P. Lipo, Michael J. O'Brien, Mark Collard, and Stephen J. Shennan (eds.) (2005)
Mapping Our Ancestors: Phylogenetic Approaches in Anthropology and Prehistory
Transaction Publishers, New Brunswick, xviii+353 pp.
ISBN:0-202-30750-6 [hbk] / ISBN:0-202-30751-4 [pbk]
目次・紹介ページ


シラバス

本論文集は,系統学に基づく考古学・先史学をめぐって2003年に開催されたシンポジウムの論文集だ.2001年に開催された別のシンポジウムをふまえて2005年前半に出た論文集:Ruth Mace, Clare J. Holden, and Stephen Shennan (eds.) 『The Evolution of Cultural Diversity: A Phylogenetic Approach』(2005年刊行,UCL Press,ISBN:1-84472-099-3 [hbk] / ISBN:1-84472-065-9 [pbk] →目次)と目指すところが同じで,考古学ならびに先史学における「系統推定」の理論と応用について論じている.

もちろん,これらの考古学畑の論集が,生物系統学における系統推定法の進展に根ざしていることは明らかだが,Mace et al. の論文集が,どちらかと言えば,系統推定の応用に関わる事例研究が主であったのに対し,Lipo et al. の論文集は文化系統推定のより理念的な諸問題に焦点を当てているようだ.だから,最節約法や最尤法あるいはベイズ法が系統学的考古学のツールとしてどのように使えるのかについては Mace et al. 本を見た方が参考になるだろう.

いずれの論文集も編者の一人に〈CEACB〉こと AHRC Center for the Evolutionary Analysis of Cultural Behaviour を率いる Stephen Shennan が含まれている.進化考古学の研究拠点からのアウトプットとみなせるだろう.

2005年4月から2006年1月まで開講された農環研での先行講義〈系統学的考古学 ― 考古学データに基づく遺物の系統推定論〉では,系統学的考古学の教科書:Michael J. O'Brien and R. Lee Lyman『Cladistics and Archaeology』(2003年刊行,The University of Utah Press,ISBN:0-87480-775-1→書評・目次)を輪読教材とした.今回の講義はそれに続くものである.[講師:三中信宏]


第1回:2006年1月12日(木)

第2回:2006年1月19日(木)

第3回:2006年1月26日(木)

第4回:2006年2月9日(木)

第5回:2006年2月16日(木)

第6回:2006年3月2日(木)

第7回:2006年3月16日(木)

第8回:2006年3月23日(木)

第9回:2006年4月6日(木)

第10回:2006年4月14日(金)

第11回:2006年4月21日(金)

第12回:2006年4月28日(金)

第13回:2006年5月12日(金)

第14回:2006年6月2日(金)

第15回:2006年6月9日(金)

第16回:2006年6月16日(金)

第17回:2006年6月23日(金)

第18回:2006年6月30日(金)

第19回:2006年7月7日(金)

第20回:2006年7月14日(金)

第21回:2006年7月28日(金)

第22回:2006年9月15日(金)

第23回:2006年10月6日(金)

第24回:2006年10月13日(金)

第25回:2006年10月27日(金)

第26回:2006年11月17日(金)

第27回:2006年12月1日(金)

第28回:2006年12月8日(金)

第29回:2006年12月15日(金)

第30回:2007年1月12日(金)

参考図書[全般的]


第1回:2006年1月12日(木)

Niles Eldredge 「Foreword」(pp. xiii-xviii)

Carl P. Lipo, Michael J. O'Brien, Mark Collard, and Stephen J. Shennan 「Cultural phylogenies and explanation: Why historical methods matter」(pp. 3-16)

すでに前の教科書で知っていることが多かった.系統学的考古学の頂上の高まりだけでなく,裾野も同様に広がりつつあることを知る.それも21世紀に入ってからの進展が著しい.

Eldredge の寄稿は,分岐学が生物のみならず言語や写本の系統推定の方法論として注目されるようになった歴史的経緯を振り返り,cultural phylogeny を復元する上での方法論的な問題点のいくつかを指摘する.彼は,生物系統樹の場合は形質の変換系列として共有派生形質の相同性が仮定できることが多いが,文化系統樹の場合はそうはいかないケースが少なくないだろうという:

But often in design history such is not the case. Rather, humans invent alternative solutions to the same problem — a sort of planned, deliberate convergence that nonetheless purposefully does not end up in confusingly similar states. This is homoplasy of a rather different sort. (p. xvi)

文化系統では表現型として“似ていない”ホモプラジーが多いという例の一つとして,彼自身が調べた楽器コルネットの「進化」に言及している(N. Eldredge 2003. Mme F. Besson and the early history of the Périnet valve. The Galpin Society Journal, 56: 147-151).The Galpin Society というのは「楽器史」を研究するコミュニティーのようだ.この論考で,彼は,ふつうよく見るトランペットの「ヴァルヴ」の“系統発生”を考察している(みたい:未見).金管の機能長を変更する「ヴァルヴ」の機構 — ピストンかそれともロータリーか — は表形的には似ていないがホモプラジーだと彼は結論している(のだろう).こういうネタはとてもおもしろい.


第2回:2006年1月19日(木)

Chapter 2「What is a culturally transmitted unit, and how we find one?」 (Richard Pockington) ,pp. 19-23

文化系統学における“単位”をどのように設定するかという話.彼の言う〈文化的伝達単位(CTU= Culturally Trandmitted Unit)〉が説明される.ミームが文化単位の極小であるとするなら,著者の言う CTU は極大単位として定義されるそうだ.具体的に論議は次回まわし.


第3回:2006年1月26日(木)

Chapter 2「What is a culturally transmitted unit, and how we find one?」 (Richard Pockington) ,pp. 23-31

文化的伝達単位(CTU)を決定する具体的な手順についての解説がなされる.“ミーム”という言葉は一般に浸透しているが,学問的にはすでに破綻している.したがって,著者は文化進化の単位としての CTU をミームと呼ぶことには抵抗する.むしろ,文化進化や文化系統を解明するのに有効な「適切な大きさ」をもつ単位をきちんと設定できる[操作的な]手順が必要であると考えている.その理由は,単位を小さく取りすぎると「変異」が少なすぎて淘汰のターゲットになりえないのと,低次の系譜が共生的に形成する高次単位を見逃す危険性が高まるからだと言う.文化進化において以前から重大視されてきた多元発生(polygenesis)の問題を解決するためにも CTU の適切な設定が求められている.

CTU が満たすべき条件は「統一性(integrity)」と「階層性(hierarchy)」である.それぞれの条件が満たされているかどうかを経験的にテストする手法として,「Cultural-Unit Transmission Integrity Assay」(pp. 25-27)と「Hierarchical Cluster Structure Assessment」(pp. 27-29)という手法が提唱されている.前者の integrity test では,サブ単位×形質マトリックスの「Q-mode 解析」によって(「R-mode」ではなく),形質変換の整合性(concordance)を形質間の類似度行列に関する Mantel 検定でテストする.このテストを通過して整合性が立証されたサブ単位どうしは integrity があるものとみなし,統合してひとつの単位を形成することができる.後者の hierarchy test は,同じサブ単位×形質マトリックスの「R-mode 解析」をクラスター分析を用いて行ない,デンドログラム上の「類似度指数」によって切断されるクラスター構造の大域的様相を,クラスター径(r)×クラスター数(c)の導関数(dc/dr)のグラフから判定するというめんどうな方法を提唱している.こんなことをするくらいなら,生物系統学のネットワーク解析で用いられている「treeness test」(あるいはデータ行列そのものについての無作為化検定)をした方が簡単じゃないだろうか.

いずれにせよ,本章では CTU を実際に構築した事例は紹介されていない.著者らによる未発表の研究:R. Pocklington and W. H. Durham 2005. The myth of homology in the Americas に詳述されているそうだ.


第4回:2006年2月9日(木)

Chapter 3「Cultural traits and linguistic trees: Phylogenetic signal in East Africa」 (Jennifer W. Moylan, Corine M. Graham, Monique Borgerhoff Mulder, Charles L. Nunn, and N. Thomas Håkansson) ,pp. 33-36

言語系統樹にもとづく系統学的比較法を東アフリカの人類学データに適用する.序論では,文化的特性が系統学的に解析できるかどうか,そして方法論上の難点はどこにあるのかを論じる.単なる“pattern matching”から“model testing”に脱皮するために,統計学的なツールと系統学的な比較法を併用すべきだという.


第5回:2006年2月16日(木)

Chapter 3「Cultural traits and linguistic trees: Phylogenetic signal in East Africa」 (Jennifer W. Moylan, Corine M. Graham, Monique Borgerhoff Mulder, Charles L. Nunn, and N. Thomas Håkansson) ,pp. 36-38

cultural core tradition の系譜を探るための cultural traits をどのようにして検出すればいいのかという問題.著者らは言語学的データを用いて言語系統樹を構築し,それに基づいてアフリカ部族の文化進化を論じようとしている.系統学的シグナルをもつ形質を事前に知ることはほとんど困難だが,言語学的データがその「シグナル」をもっていると仮定している.文化的グループは文化的形質を包む“スキン”であるという喩えが見える(p. 37).遺伝子系譜学でいう species-tree / gene-tree のアナロジーだと思われる.文化進化モデルとしての「demic expansion」,「cultural diffusion」,そして「independent innovation」は,tangled-tree 理論では,それぞれ「cospeciation」,「lateral transfer」,そして「homoplasy」に相当する概念だろう.


第6回:2006年3月2日(木)

Chapter 3「Cultural traits and linguistic trees: Phylogenetic signal in East Africa」 (Jennifer W. Moylan, Corine M. Graham, Monique Borgerhoff Mulder, Charles L. Nunn, and N. Thomas Håkansson) ,pp. 38-52

アフリカのバンツー地方の民族学データのもつ系統学的情報(言語学的シグナル)を統計学的にテストする方法とその適用についての論議.たいへん役に立ちそうな部分.バンツー語圏の部族に関する言語系統樹を given として,民族学的データ(cultural traits)のそれぞれがどの程度の系統学的シグナルを有しているかを,「runs test」(Sokal-Rohlf 1995『Biometry』と「steps test」(Maddison-Slatkin 1991)を用いて検定する.前者の「runs test」は,与えられた言語系統樹にしたがってソートされた OTU(部族)の文化形質状態の列を反復して無作為化し,操作前後のちがいを検定統計量としてその帰無分布を構築する.一方,後者の「steps test」では,同様の無作為化された形質状態列を与えられた言語系統樹の上で最節約復元し,形質状態変化のステップ数をカウントする.このステップ数を検定統計量として帰無分布をつくり,検定するという方法だ.著者らはこのふたつのテストを用いて,バンツー部族の文化形質の系統学的シグナルを解析した結果,1) 家族構成に関わる形質は低シグナル;2) 政治や儀式に関する形質は高シグナル;3) 日々の暮らしに関する形質もまた高シグナル,などという結論を得た.文化形質のもつ系統学的情報をどのように「解釈」するかは簡単ではないが,本論文は民族誌データと言語系統樹から文化形質の系統学的背景をテストする簡便な方法を提案し適用したという意義がある.使用されたソフトウェアは,「runs test」については〈Phylogenetic Independence〉,「steps test」については〈MacClade〉が用いられている.


第7回:2006年3月16日(木)

Chapter 4「Branching versus blending in macroscale cultural evolution: A comparative study」(Mark Collard, Stephen Shennan, and Jamshid J. Tehrani) ,pp. 53-63

短い章だったので,読了.

文化進化の研究では,「分岐(branching)」かそれとも「混合(blending)」かという論争が長年にわたって続いている.分岐的プロセスを重視する論者は「tree model」を,一方で混合的プロセスを強調する陣営は「network model」を用いて,データを解析しようとする.著者らは,生物学と考古学の実際のデータを比較することにより,現実の知見がツリーとネットワークのいずれによって説明できるのかという問いに取り組んでいる.

生物データは〈TreeBASE〉からダウンロードしたものを,考古データは著者ら自身によって集められたものを用いている.それぞれのデータから PAUP* による最節約系統樹を計算し,データセットの保持指数(RI: retention index)を計算する.この RI を検定統計量として,生物データと考古データの間で RI に有意な差異があるかどうかを Wilcoxon rank-sum test で検定したところ,帰無仮説「差はない」は棄却できなかった.したがって,文化進化プロセスは生物進化プロセスとはちがって,分岐によってはうまく説明できないという混合派の主張は支持されない.

さらに,個別のケーススタディーを系統樹に基づく種間比較の観点からもう一度やり直してみると,ファクターとしての分岐と混合の寄与はケース・バイ・ケースで異なっていると著者は指摘する.

データセットの間での差異を検定するという方針は,これまでもよく使われてきた.たとえば,ホモプラジーの程度に関する「形態 vs. 分子」とか「形態 vs. 行動」という比較研究が1990年代になされたが,この章での研究方針もそれに準じている.


第8回:2006年3月23日(木)

Chapter 5「Seriation and cladistics: The difference between anagenetic and cladogenetic evolution」(R. Lee Lyman and Michael J. O'Brien),pp. 65-68

イントロ部分は,前回輪読した本:Michael J. O'Brien and R. Lee Lyman『Cladistics and Archaeology』(2003年刊行,The University of Utah Press, ISBN:0874807751 →目次書評)の要約的な記述だ.後半にとてもおもしろい話題(Bashford Dean 1915 によるヘルメットと剣の系統樹)が出てくる.


第9回:2006年4月6日(木)

Chapter 5「Seriation and cladistics: The difference between anagenetic and cladogenetic evolution」(R. Lee Lyman and Michael J. O'Brien),pp. 68-80

“文化”をユニットとしてのどのように定義するかという問題.認知カテゴリーとしての“文化”とか“人種”はもともと定義できないが,実用上は役に立つ.“文化”は“種(species)”と同列のカテゴリーである.されらは必ずしも明快に定義できるわけではないが,だからといって文化史や系統史を論じることが不可能であるという理由にはならない.続いて,「seriation」の話題が取り上げられる.19世紀の A. H. Pitt Rivers や W. M. F. Petrie のような文化系統学の先駆者たちの研究に言及しつつ,遺物の系統の推定方法としての「seriation」 —— 「phyletic seriation」,「frequency seriation」,そして「occurrence seriation」 —— が説明されている.


第10回:2006年4月14日(金)

Chapter 5「Seriation and cladistics: The difference between anagenetic and cladogenetic evolution」(R. Lee Lyman and Michael J. O'Brien),pp. 81-88

Bashford Dean の未発表の文化系統樹を堪能する.鉄兜の系統樹だけはニューヨークのメトロポリタン美術館の Bulletin に発表されているが(1915年),それ以外の「剣」の系統樹数葉はすべて未公表だという.本章を読み終えた.


第11回:2006年4月21日(金)

Chapter 6「The resolution of cultural phylogenies using graphs」(Carl P. Lipo),pp. 89-95

考古遺物の類縁関係の推定方法について,ネットワークを用いた系統解析法を適用する.考古学的な変遷を示す「時空チャート(time-space charts)」の構築方法をどのように定量的に改良するかに問題意識を向ける.系列化(seriation)あるいは分岐学の方法論が最近適用されはじめているが,問題点がいくつか残っている.とくに,OTUが必ずしも「同時代的」ではないとき(考古学や古生物学ではよくある状況だ),分岐学的方法だと“branching”を過大推定する危険性があると著者は指摘する.この問題は「系統ネットワーク」を用いることによって緩和されるだろうと主張する.


第12回:2006年4月28日(金)

Chapter 6「The resolution of cultural phylogenies using graphs」(Carl P. Lipo),pp. 95-99

系統ネットワークの理論について.最節約的ネットワークをどのように構築するかをざっとみる.枝ごとに一つずつ形質置換が生じている場合は単線的系統が得られる.しかし,複数の形質が同時に起これば系統の分岐が生じるし,ホモプラジーが発生するとループが出現する.こういう原理的な話はもっともなのだが,要は目の前のデータからどのようにしてネットワークを構築するか,そしてそれを考古学の遺物の系譜推定に利用するかだ.


第13回:2006年5月12日(金)

Chapter 6「The resolution of cultural phylogenies using graphs」(Carl P. Lipo),pp. 99-107

最節約ネットワークを考古学のデータに適用する.多次元形質空間でのハミング距離(=マンハッタン距離)を計算し,〈NetDraw〉 を使って描画したと書かれている.OTU間のハミング距離を計算しただけでは,最適ネットワークは求まらないはずなので,グラフ最適化は別のプログラムを用いているのだろう.※そこのところは明示的ではないのだが.この章,読了.


第14回:2006年6月2日(金)

Chapter 7「Measuring relatedness」(Robert C. Dunnell),pp. 109-112

短い章なのだが,現代考古学史を知っていないと読めないかもしれない.考古学における「類似性」の考察.考古学的分類はある[明示化されない]類似度を前提にして実践されてきた.しかし,その類似度がどのような原因によって生じているのかについては学派と論者によってちがいがあった.文化史(「歴史」重視)考古学とプロセス考古学(「機能」重視)での対立は有名だ.しかし,プロセス考古学はしょせん文化史考古学が提唱してきた分類体系にただ乗りしたに過ぎない.考古学における数量表形学の普及は,類似度を測定する一つの可能性を示したが,相同であるかどうかの検討を怠った点で致命的な間違いを犯した.分岐学の考古学への応用も最近ではなされていて,類似性は系統関係の反映であるという主張が再び日の目を見ている.しかし,形質変換系列の方向性を決定することが分岐学の前提であるかぎり,系統と類似との論理循環の残滓はいまだ払拭しきれていないのではないか —— と著者は言う.


第15回:2006年6月9日(金)

Chapter 7「Measuring relatedness」(Robert C. Dunnell),pp. 113-116

エッセイのような短さで,内容把握が難しい.要するに,typological な“style”に依拠して年代記をつくってもしかたがない,文化的淘汰の対象である functional traits に基づく文化系統の推定がこれからは必要であるという主張なのでしょう(きっと).


第16回:2006年6月16日(金)

Chapter 8「Phylogenetic techniques and methodological lessons from bioarchaeology」(Gordon F. M. Rakita),pp. 119-124

考古学の研究史を振り返り,考古学が自然人類学との共同路線を取らなくなったことの弊害を論ずる.連続形質に関する形態測定学的な分析が一つの問題,離散形質に関する仮説のテスト可能性がもう一つの問題だ.アメリカ考古学が人種差別主義(racism)と糾弾されないためにどのような努力をしてきたかについても言及されている.


第17回:2006年6月23日(金)

Chapter 8「Phylogenetic techniques and methodological lessons from bioarchaeology」(Gordon F. M. Rakita),pp. 124-129

要するに,クラスター分析の「距離」が考古学的にどのような意味をもっているのか,あるいはもたそうとしてきたのか,についての論議.“racism”の糾弾をうまくかわしつつ,なお“biodistance”研究がどのように進められてきたのかを通観する.20世紀初頭は craniometry のもとに,人骨のタイプ分けがさかんに研究された.この「タイプ」とは,必ずしも本質主義的でもなければ人種差別主義的でもなく,当事者はあくまでも人骨の variation を念頭に置いていたと著者は指摘する.しかし,variation そのものを研究の主眼に置かなかった点で限界があった.1950年代以降は数量表形学の流行に乗ることもあったが,全体としては低迷期を迎え,1990年代以降はついに絶えてしまったという.


第18回:2006年6月30日(金)

Chapter 9「Phylogeography of archaeological populations: A case study from Rapa Nui (Easter Island)」(John V. Dudgeon),pp. 131-134

分子系統地理学の手法を考古学にも適用しようというテーマの論考.考古学的に推定された年代に対応する demographic な動態を phylogeography の方法によって推定しようという方針のようだ.


第19回:2006年7月7日(金)

Chapter 9「Phylogeography of archaeological populations: A case study from Rapa Nui (Easter Island)」(John V. Dudgeon),pp. 134-137

イースター島の過去に関するさまざまなデータ(民族誌・生物学・考古学)を概観する.そして,集団遺伝学とコアレセント理論を用いて人口動態と地理との関わりを解析しようとする.この島のたどってきた歴史の詳細は,ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊:滅亡と存続の命運を分けるもの』(上・下,2005年12月28日刊行,草思社,ISBN:4794214642 [上巻] / ISBN:4794214650 [下巻]→目次)の第2章「イースターに黄昏が訪れるとき」を読んだ方がきっとわかりやすいだろうと思う.


第20回:2006年7月14日(金)

Chapter 9「Phylogeography of archaeological populations: A case study from Rapa Nui (Easter Island)」(John V. Dudgeon),pp. 138-145

イースター島の人口動態とその歴史を,集団遺伝学とコアレッセント理論の両方から分析する.著者は,分子系統に基づくコアレッセント理論だけでは解決できない問題があって,それに対しては従来的な集団遺伝学によるアプローチが今でもなお有効だろうと結論する.


第21回:2006年7月28日(金)

Chapter 10「Tracking culture-historical lineages: Can "descent with modification" be linked to "association by descent"?」(Peter Jordan and Thomas Mace),pp. 149-153

著者は,文化系統が分岐的かそれとも網状的かはさらなるデータの蓄積がないと結論できないという.本章では,それに関わるもうひとつの問題として,「まとまりのある文化的なコア(核)はあるのか?」と提起する.文化のさまざまなパーツ(パッケージ)の系統が推定できたとして,それらのパーツを取りまとめたときに,ひとつの“coherence”をもつコアがあると言えるのかどうか,という問題だ.この章では,この問題へのアプローチとして共進化の系統解析に用いられてきた手法を援用しようとする.部分を成すパッケージそれぞれの系統関係を推定した上で,それらの間の整合性をテストし,整合性の有無によって,高次の文化的コアの有無を推論しようという方針だ.tangled trees の理論で培われてきたいくつかの手法を文化現象に適用することが続く節での内容だ.


第22回:2006年9月15日(金)

Chapter 10「Tracking culture-historical lineages: Can "descent with modification" be linked to "association by descent"?」(Peter Jordan and Thomas Mace),pp. 153-167

7月末以来久しぶりの輪読で,残っていた本章の後半を読み終える.カリフォルニア先住民族に関するデータデータ解析の節.tree性については,consistency index やブーツストラップで確認する.文化的形質のサブセットごとに系統樹を推定し,それらの系統樹の間の整合性を Rod Page の〈COMPONENT〉に含まれている「Triplets」テスト(実際には random trees による triplets テスト)でチェックしようとする.パーフェクトな core は望むべくもないが,サブセット間の整合性は低くないので,cophylogeny による文化進化の説明が可能であると結論する.


第23回:2006年10月6日(金)

Chapter 11「Cultural transmission, phylogenetics, and the archaeological record」(Jermer W. Eerkens, Robert L. Bettinger, and Richard McElreath),pp. 169-174

いくつかの文化進化モデルに沿ったシミュレーションを行ない,得られた文化系統樹のパターンの特性を分岐図に関する一致指数を通じて考察しようという章.前半部分では,文化進化の三つのモデル:「guided variation」,「conformist transmission」,そして「indirectly biased transmission」を定義する.それぞれ文化伝達にともなう“模倣度”が異なる(“social-model”のもつ効力の大きさに比例する).この章では,ランダムな伝達ノイズとともに,上記の伝達モデルにしたがう文化進化のシミュレーションを Excel を用いて行なうという.そのフローチャートが示され,完全2分裂による6世代の文化系統樹(OTU数は32)を得る.


第24回:2006年10月13日(金)

Chapter 11「Cultural transmission, phylogenetics, and the archaeological record」(Jermer W. Eerkens, Robert L. Bettinger, and Richard McElreath),pp. 174-183

文化進化における伝達様式モデルにしたがって,形質データをシミュレーションによって生成し,PAUP* を用いた系統解析,そして樹長と一致指数を計算する.変異の生成率をランダムに増加させると,一般にホモプラジー頻度が高まって,一致指数は低下する.しかし,文化的模倣によって方向づけられた変異の率を上げると,子孫はしだいに同一の形質状態をホモプラジーとして共有することになり,結果として一致指数は再び高くなる.こんなことはシミュレーションするまでもなく自明のことではないか.実際の石器データの分析例も後半にはあるのだが,一致指数や樹長を調べただけでは,文化進化のモデル化にはほど遠い気がした.やるんだったら,パラメトリック・ブーツストラップとか,もっといいやり方があったのじゃあないか.


第25回:2006年10月27日(金)

Chapter 12「Using cladistics to construct lineages of projectile points from Northeastern Missouri」(John Darwent and Michael J. O'Brien),pp. 185-200

文化系統の研究に分岐分析を利用しようとする著者たちのスタンスはすでにわかっている.この章では,鏃の形態データからの分岐分析に加えて,層序学の知見をどのように分岐図に組み込むかという問題提起がなされている.姉妹群が層序的につながっていない場合,地層的に欠落している部分を「ghost range extension」によって補う必要がある.このとき,共通祖先リネージは「ghost taxon」と呼ばれる.「ghost」が最小になるような stratigraphic cladogram を構築するまでが本章の前半だ.


第26回:2006年11月17日(金)

Chapter 12「Using cladistics to construct lineages of projectile points from Northeastern Missouri」(John Darwent and Michael J. O'Brien),pp. 200-208

後半を読了.層序データを付加した分岐図の上で,鏃の形状形質を最節約マッピングする.鏃のクレードごとに,「耐久性と再利用生を重視する方向への進化」とか「長持ちしないが殺傷力を高くする方向への進化」という傾向を見いだす.図が過度に圧縮されていてほとんど“視力検査“”的でとてもつらい(やむを得ずOED用の拡大鏡を使ってしまった).この研究では,もともと鏃の機能的形質(とくに根元のグリップ部分)を重点的に拾っているようなので,得られた最節約マッピングは,文化形質の進化に関するテストをしているのではなく,その形質進化のトレースをしていると考えられる.


第27回:2006年12月1日(金)

Chapter 13「Reconstructing the flow of information across time and space: A phylogenetic analysis of ceramic traditions from prehispanic Western and Northern Mexico and the American Southwest」(Marcel J. Harmon, Todd L. VanPool, Robert D. Leonard, Christine S. VanPool, and Laura A. Salter),pp. 209-214

文化系統を情報伝達の経路復元ととらえ,最節約法と最尤法での文化系統樹の推定を試みる.序論のところで,「中国の“マーシャル・アーツ”」の系統樹なるものに言及されていたのだが,いったい何なのだろう,これって.一瞬,『北斗の拳』の伝承系譜を連想してしまったのだが.


第28回:2006年12月8日(金)

Chapter 13「Reconstructing the flow of information across time and space: A phylogenetic analysis of ceramic traditions from prehispanic Western and Northern Mexico and the American Southwest」(Marcel J. Harmon, Todd L. VanPool, Robert D. Leonard, Christine S. VanPool, and Laura A. Salter),pp. 214-217

文化系統樹の推定には最節約法(MP)と最尤法(ML)を使うという.もちろん,ここでの最尤法は Paul O. Lewis (2001) の形態形質確率モデルを仮定しての話.


第29回:2006年12月15日(金)

Chapter 13「Reconstructing the flow of information across time and space: A phylogenetic analysis of ceramic traditions from prehispanic Western and Northern Mexico and the American Southwest」(Marcel J. Harmon, Todd L. VanPool, Robert D. Leonard, Christine S. VanPool, and Laura A. Salter),pp. 217-229

出土した陶器の模様を形質として,MP / ML で系統推定する.MP での重みづけの使い方がやや不明.P. O. Lewis (2001) のモデルでは不十分ということで,文化系統樹を最尤推定するための新しいソフトウェアを新しく開発したと書かれている(そんなの聞いたことないぞ).


第30回:2007年1月12日(金)

Chapter 14「Archaeological-materials characterization as phylogenetic method: The case of copodor pottery from Southeastern Mesoamerica」(Hector Neff)に進む(pp. 231-240)

メキシコ・オアハカのモンテ・アルバン遺跡およびマヤ遺跡から出土した陶器の系統関係を推定する話.


参考図書[全般的]

  • Quentin D. Atkinson and Russell D. Gray 2005. Curious parallels and curious connections — Phylogenetic thinking in biology and historical linguistics. Systematic Biology, 54(4): 513-526.→アブストラクト.
  • Peter Forster and Colin Renfrew (eds.) 2006. Phylogenetic Methods and the Prehistory of Languages. The McDonald Institute for Archaeological Research[McDonald Institute Monographs], ISBN:1-902937-33-3→目次.
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Last Modified: 12 January 2007 by MINAKA Nobuhiro