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系統体系学の世界

生物学の哲学とたどった道のり


三中信宏

2018年4月20日第1刷刊行

勁草書房[けいそうブックス],東京, 508 pp.(xii+430+lxvi pp.)
本体価格2,700円
ISBN:978-4-326-15451-7

勁草書房ページけいそうビブリオ
書評等

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Phylogenetic Thinking

A History and Philosophy of Systematic Biology in the Twentieth Century

Nobuhiro Minaka

Keiso Shobo Publishing Co., Tokyo, xii+430+lxvi pp.
ISBN:978-4-326-15451-7
Published in April 2018
本書『系統体系学の世界』は2冊の姉妹書である『思考の体系学』ならびに『統計思考の世界』とともに単系統群を構成します.
→ 三中信宏「姉妹本3冊を書き終えて」(2018年5月15日)




目次

まえがき —— では,トレッキングに出発しましょうか ii 立ち読み[けいそうビブリオ]

プロローグ 科学という営みを生き続けること —— 自分史をふりかえりつつ 1

(1)夜明け前のこと —— 1980年まで 1
(2)結界に踏み込む —— 1980年から 11
(3)いま生きている科学とともに 20

第1章 第一幕:薄明の前史 —— 1930年代から1960年代まで 21

(1)活劇としての生物体系学がたどった現代史 22
(2)体系学曼荼羅〔1〕を歩く 28
   ◇第一景:現代的総合前夜 —— 夜明け前の風景 1937〜1940 37
       1)ダーウィニズムの黄昏,アルファ分類学,実験分類学派 37
       2)一般生物学に関係する体系学研究協会と『新しい体系学』 40
   ◇第二景:現代的総合 —— 新世界にて 1939〜1949 43
       1)エルンスト・マイアーとナチュラリストの伝統 43
       2)種分化学会から遺伝学・古生物学・体系学共通問題委員会へ 48
   ◇第三景:新しい体系学 vs. 古い体系学 —— 場外乱闘 1946〜1962 52
       1)進化学会と動物体系学会の創立 52
       2)リチャード・ブラックウェルダーと「古い体系学」の反撃 58
   ◇第四景:ドイツ体系学の系譜 —— 体系の重み 1931〜1966 64
       1)パターンベース型研究としての生物系統学 64
       2)自然哲学,観念論形態学,系統学 68
       3)オテニオ・アーベルによる形質進化方向性と系統推定論 72
       4)アドルフ・ネフの体系学的形態学と観念論系統学 80
       5)ヴァルター・ツィンマーマンの系統推定論 86
       6)比較行動学における系統推定論:
         チャールズ・ホイットマン,オスカー・ハインロート,コンラート・ローレンツ 91
       7)ゲルハルト・ヘベラーとナチス・ドイツ時代の進化生物学 97
       8)ヴィリ・ヘニック,系統体系学,そして分岐学へ 101
   ◇第五景:生物測定学から数量分類学へ —— 統計的思考 1936〜1963 113
       1)ロナルド・フィッシャー,エドガー・アンダーソン,生物測定学 113
       2)ジョージ・シンプソンと『計量動物学』—— 統計学をめぐる世代間ギャップ 116
       3)ロバート・ソーカルと数量表形学の登場 —— コンピューター時代の幕が上がる 119

第2章 第二幕:論争の発端 —— 1950年代から1970年代まで 127

(1)ザ・ロンゲスト・デイ —— 進化体系学と数量分類学と分岐学の闘争 128
(2)体系学曼荼羅〔2〕を歩く 130
   ◇第六景:分類は系統か類似か ——
         システマティック・ズーロジー誌に見る舞台袖での小競り合い(1956〜1959) 131
   ◇第七景:数量分類学の広がる波紋 ——
         新アダンソン主義が体系学界に波風をもたらす(1958〜1965) 140
   ◇第八景:分岐学の第一のルーツ ——
         エドワーズ-カヴァリ=スフォルツァの最小進化法とカミン-ソーカルの最節約法  
         (1963〜1967) 148
   ◇第九景:分岐学の第二のルーツ ——
         系統シュタイナー問題への離散数学的アプローチ(1963〜1968) 163
   ◇第十景:分岐学の第三のルーツ ——
         ワレン・ワーグナーの祖型発散法による仮想共通祖先の復元(1950〜1969) 174
   ◇第十一景:分岐学の第四のルーツ ——
          ジェイムズ・ファリスのワーグナー法アルゴリズムと数量分岐学の登場
          (1969〜1970) 182
   ◇第十二景:分岐学の第五のルーツ ——
          ヘニック系統体系学の英語圏での受容(1965〜1975) 189

第3章 第三幕:戦線の拡大 —— 1970年代から現代まで 205

(1)生きている科学の姿をとらえること 206
(2)体系学曼荼羅〔3〕を歩く 216
   ◇第十三景:分岐学革命 —— ガレス・ネルソンによるヘニック理論の受容(1969〜1973) 217
   ◇第十四景:発展分岐学 —— 体系学的パターン理論の数学的体系化(1973〜1981) 231
       1)ネルソン原稿(1976):分岐図と系統樹を分ける 234
       2)分岐成分分析:パターン分岐学が確立する 239
       3)体系学的パターンは進化プロセス仮定に先行するか 243
   ◇第十五景:最節約原理 —— 樹形探索と仮想祖先形質状態復元の方法論(1981〜1987) 251
   ◇第十六景:ヴィリ・ヘニック学会 —— 創立から論争そして対立へ(1980〜現在) 262
   ◇第十七景:分断生物地理学 —— 体系学から地理的分布パターンへの外挿(1974〜現在) 267
   ◇第十八景:パターン分岐学ふたたび —— 三群分析法をめぐる論争の経緯(1991〜現在) 284
   ◇第十九景:分子体系学 —— 確率論的モデリングに基づく系統推定論(1981〜現在) 292
   ◇第二十景:文化系統学 —— 言語・写本・文化・遺物の系統体系学(1977〜現在) 299

第4章 生物学の哲学はどのように変容したか:科学と科学哲学の共進化の現場から 309

(1)統一科学運動とグローバルな生物学哲学の伝統 ——
         ジョゼフ・ウッジャーとジョン・グレッグの公理論的方法(1959年以前) 312
(2)ローカルな個別科学への生物学哲学の適応 ——
         モートン・ベックナーの系譜とカール・ポパーの登場(1959年〜1968年) 319
(3)現代的総合の残響のなかでの胎動 —— マイアー,ギゼリン,ハル(1969年) 326
(4)生物学哲学のローカル化は体系学に何をもたらしたか ——
         学派間論争の時代を経て(1970年〜現在) 332

第5章 科学と科学哲学の共進化と共系統 345

(1)序奏:科学者と科学哲学者のある対話から 347
(2)主題:多様な科学のスペクトラムは連続している 351
(3)変奏:三つのケース・スタディー 354
   1)系統推定論 —— 仮説演繹主義,反証,アブダクション 357
   2)験証可能性 —— 論理確率,背景仮定,裏付け,厳格性 368
   3)最節約原理 —— オッカムの剃刀,最小化,最尤推定法 377
(4)コーダ:科学は科学哲学を利用し,科学哲学も科学を利用した 396

エピローグ 科学の百態 —— 生まれて育って変容し続ける宿命のもとに 401

(1)科学の本質をめぐる論争 —— スティーヴン・ジェイ・グールド vs. ディヴィッド・ハル 401
(2)科学の系譜が問われるとき —— ある歴史の蹂躙から学ぶべきこと 408
(3)クオ・ヴァディス? —— “May you live in interesting times” 414

あとがき —— とある曼荼羅絵師ができあがるまで 419 立ち読み[けいそうビブリオ]


謝辞 427
文献リスト [ xv–lxvi ]
事項索引 [ vii–xiii ]
人名索引 [ i–vi ]



口上

現役の研究者がある研究分野をめぐる科学史や科学哲学について何か学んだとしても,彼/彼女が日々励んでいる科学の日常的営為にとって直接的な御利益はないかもしれません.もう過ぎてしまった昔のことにあれこれこだわるよりも,いま評判になっている新理論を勉強したりソフトウェアの新バージョンに慣れたりあるいは今日届いたばかりの機器の操作を学んだりする方がきっと短期的には “役に立つ” にちがいないからです.

しかし,科学史や科学哲学の長期的な視座を欠く科学の危うさはもっと強調されていいと私は考えます.科学・科学史・科学哲学の三者は重なったり分かれたりしつつも,“科学” という同一の対象物を相手にしてきました.相異なる視点から “科学” を見ることは歴史的実体としての “科学” の全体を理解する上で必要でしょう.

日本の教育課程では科学者が科学史や科学哲学を学ぶ機会はほとんどありません.農学系の学部から大学院まで経験した私もまた独学を通じてそれらを知る以外に道はありませんでした.仄聞するかぎり,いまの若い世代の研究者たちの置かれている状況も前と大きく変わってはいないようです.本書が取り上げてきた生物体系学をめぐる科学史や科学哲学についても,若い体系学者(の卵)たちはきっと知らないままではないでしょうか.現代の生物体系学は使えるデータの質と量そして理論と方法論の点でかつての時代とは大きく様変わりしているように見えます.しかし,このことそれ自体は生物体系学がたどってきた歴史を学ばなくてよいという免罪符にはなりません.大量のデータを最新の手法を用いて分析しさえすれば「種問題」とか「体系学論争」みたいなめんどうくさい一切合切をまたいで通り過ぎることができると考えるのはもっとも悪い意味でナイーヴですね.

生物体系学の現在の “風景” を創り出した歴史を振り返るとき,私たちはそれを形成してきた研究者コミュニティーの動態と背景についてもっと知っておく方が体系学者の身のためではないかと思います.科学史的にあるいは科学哲学的に “丸腰” のままのこのこ出かければ瞬時になぎ倒されてしまうでしょう —— 生物体系学とはこれまでもそういう世界だったし,これからもそうであり続けるでしょう.もしかしたら私の主張に首肯しかねるという読者がいるかもしれません.しかし,科学史や科学哲学の基礎がなければ生物体系学の研究領域の “地形” の意味を読み取ることができません.統計学や数学がこれからの体系学者にとっての基本リテラシーであるのとまったく同じ程度に,科学史や科学哲学の知識もまた求められるリテラシーであると考えてみませんか.

生物体系学にかぎらずどんな科学であっても,現時点での研究状況には “山” あり “谷” ありの “地形” が見渡せるにちがいありません.研究者は誰もがこの “地形” のなかのある狭い領域に特化して研究を進めているはずです.そのとき,なぜそこに “山” や “谷” があるのかをあえて問いかける動機はきっと薄いかもしれません.科学者の仕事はもっぱら “山” に登ったり “谷” を降りたりすることであって, “山” や “谷” の歴史的成因に関心をもつ科学史の視点とも,その登攀や降下の理念を論じる科学哲学の視点とも関わりをもっていないことが多いからです.しかし,盲目的に登り降りするだけが科学者の仕事ではけっしてありません.生物体系学というひとつの個別科学にかぎっても,科学としての “地形” は過去一世紀の歴史のなかで大きく変遷し,その結果として現在見るような “風景” をもたらしました.生物体系学という科学の “風景” の向こう側にあるはずの複雑でこみいった歴史と問題状況の系譜は,科学史と科学哲学の力を借りれば “透視” することが可能になるかもしれません.

科学をじっと観察する “鳥類学者” の視点から見れば,科学者という “鳥” どうしの個人的な関係は,たとえ外からは見えなかったとしても,科学の営為にとって実質的に重要な要因でしょう.しかし,“鳥” であるわれわれ科学者にとって何よりも大事なことは,どのようにして科学者人生を生き延びるのかという一点に尽きます.科学史や科学哲学は科学(者)のための武器である —— このことは過去も現在も将来も一貫して変わりがないと私は考えます.さらに言えば,科学という時空的に変化し続ける実体がもつ多様性とその科学史・科学哲学的な背景を知ることにより,現代科学に関心をもつすべての人が科学全体を鳥瞰できる視座を手にすることができるでしょう.

[「あとがき」から抜粋加筆:2018年3月11日]


Last Modified: 15 May 2018 by MINAKA Nobuhiro