【書名】ヤマガラの芸:文化史と行動学の視点から
【著者】小山幸子
【刊行】1999年9月25日
【出版】法政大学出版局,東京
【頁数】2 plates + iv + 212 pp.
【定価】2,200円(本体価格)
【ISBN】4-588-30203-5

【書評】※Copyright 2003 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

本書の魅力は,ヤマガラと人間との接点のありようが舞台の幕が上がるように,次々と見えてくるところにある.鳥の行動を研究テーマとする著者は,祭りの縁日でかつて見られたヤマガラの「芸(おみくじ引き)」に関心をもつようになり,行動学的にみた動物の訓練(仕込み)だけでなく,ヤマガラ芸そのものに探究の眼を向ける.なぜ人間は動物の「芸」をおもしろいと感じるのかという根本的な問いがそこにある.

ヤマガラの「芸」は鎌倉時代にまでさかのぼれるそうだ(第1章).江戸時代,高度に訓練された見世物芸を仕込まれたヤマガラは,カルタ取りやつるべ上げをはじめいくつもの演目を身につけるようになった.しかし,明治以後,それらの難度の高いヤマガラ芸はしだいにすたれ,最後にはおみくじ引きだけに縮退していった.著者は,過去の古文書などの資料を踏まえつつ,ヤマガラ芸の系譜をたどっている(第2〜4章).複雑そうに見えるヤマガラ芸も,その構成要素に分割してみれば,そのひとつひとつはヤマガラのもつ行動学的特性をふまえていることがわかると著者は言う.

さらに,第5〜6章では,日本で発達したこの「動物芸」を国際的に比較検討しようとしている.日本人の自然観・宗教観と絡めつつ,動物と人間に対する基本的なスタンスを比較しようというのは興味深いテーマだと私は思う.ハリエット・リトヴォ『階級としての動物:ヴィクトリア時代の英国人と動物たち』(2001年09月10日刊行,国文社,ISBN: 4-7720-0485-8)やボリア・サックス『ナチスと動物:ペット・スケープゴート・ホロコースト』(2002年5月20日刊行,青土社,ISBN: 4-7917-5959-1)は,それぞれイギリスとドイツにおける人間と動物との関わりを文化史の観点から論じた本である.それらと同様の視点を本書の著者はもっているように感じられる.とくに,中国との比較を行なった第6章は,内容的にもっと掘り下げてほしかった気がする.

第7〜8章は,むしろコミュニケーション論に接近しているのかな.芸をする動物をはさんで,動物を操る芸人と観客とのコミュニケーションのあり方を分析し,日本人のもつ日常的な動物観の軽い否定がヤマガラ芸のおもしろみの背後にあるのではないかと著者は結論する.

本書を読むと,野鳥の飼育に許可が必要になったことや後継者難などの理由で,ヤマガラ芸は戦後はほとんど絶えてしまったことがわかる.確かに,思い起こしても,縁日などでヤマガラの「おみくじ引き」の芸を見た記憶は私にはない.伏見稲荷の参道を駆け回っていた幼少時,「野鳥」とは「食べるもの」という記憶が焼きダレの匂いとともに強く染みついている.すでに消え去った民俗のひとつとしてのヤマガラ芸を記録に残した本書は,これからもその資料的価値を失わないと思う.

三中信宏(30/August/2003)


【目次】
序章:ヤマガラを知っていますか 1
第1章:芸鳥への道 11
第2章:芸を仕込む鳥から見せる鳥へ 43
第3章:ヤマガラ芸の盛衰と消失 65
第4章:ヤマガラ芸の種類と特徴 93
第5章:日本人にとっての動物芸 117
第6章:隣国の影響 143
第7章:動物芸の構造 161
第8章:動物芸の醍醐味 183
あとがき 205
参考文献 207