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Climbing the Impossible Mountain
Reading, Reviewing, and Writing for the Bookworm-Scientist
Minaka Nobuhiro
*1) 「プレリュード」(pp. 3-11)と「第1楽章」の一部(pp. 13-20)は東京大学出版会サイトから pdf として公開されています.
本をめぐる出版事情はあいかわらず出口の見えないきびしい状況が続いている.もちろん出版社や編集者サイドでは魅力的な本づくりを目指して日々努力を重ねているだろう.しかし,肝心の “本を書く人” がいなければ売ることも宣伝することもできないだろう.問題は本の執筆にとどまらない.そもそも,学術書であれ一般書であれ,本を手に取って読むというごく当たり前の行為が揺らいでいるのではないだろうか.さらに,書評文化が必ずしも根づいてはいない日本では,読んだ本の書評を書くスタイルもまた根が浅いと言わざるを得ない.書評は単にその本を紹介したり読者に宣伝したりするだけのものではない.
本書『読む・打つ・書く』は,ひとりの “理系” 研究者がこれまでどのように本を読み,書評を打ち,著書を書いてきたかを,一般論ではなく,できるだけ具体的な自分自身の経験に基づく考察としてまとめた本である. “文系” の学問分野では「読む・打つ・書く」をめぐる論議が聞こえてくることもあるが,私が知るかぎり,いわゆる “理系” の研究分野で,読書論・書評論・執筆論をまとめて論じた本はほかにはない.
第一部「読む」では読書論を展開する.原著論文を通して “断片化” された知識を得ることと,一冊の本を読むことにより知識の “体系化” を図ることの対比を中核に据える. “理系” の研究者としてキャリアを積む上で,読むべき本をどのように探し出していくのか,いわゆる「電子本」はどこまで信用していいのか,さらに読書の実践的技法などについて考察する.読者ひとりひとりの “探書アンテナ” を鍛えていくことは読書人としてのリテラシー養成にもつながるだろう.
第二部「打つ」は書評論である.日本の多くの新聞・雑誌の書評欄では長い書評記事が出ることはあまりない.一方,インターネット上の書評サイトではもっと長文の書評が公開されることもある.私は2019年から2020年にかけて読売新聞の読書委員として書評を担当してきた.その経験も踏まえた上で,目的に応じた書評スタイルについて,実例を挙げながら解説する.さらに,実名あるいは匿名で書かれた書評をどのように読み解けばいいのかについても考察した.書評の書き方についてはこれまでいろいろ論じられたことはあったが,書評の読み方についてのまとまった議論は本書が初めてではないだろうか.
第三部「書く」は私の経験に基づく執筆論である.とりわけ “理系” の分野では,原著論文は書いても単著の本を書いてみようという動機付けがなかなか湧いてこないのが,昨今の日本の研究環境の実情だ.しかし,私は自分を “実験台” にして,ちょっとした努力の積み重ねで本を書く手立てがあること示した.本の執筆の入り口でまだためらっている彼ら書き手の背中を押すことが本章の大きな目的である.
以上,本書は本をめぐる三つの側面 —— 読書・書評・執筆 —— の現状と問題点を示し,その打破を目指すには何から始めればいいのかについて読者にとっての考える足がかりを提示する.サブタイトルが示すように,本書は “理系” の分野での「本」に関する日々の営み全般を再考してもらおうという意図で自然科学・科学史・科学哲学分野の本を題材として取り上げている.しかし,内容的には “文系” 読者にとってもきっと参考になる部分が多いだろう.
[2020年9月11日付・出版企画趣意書【一部修正】]
Über den Bergen von Bücher weit zu wandern
Sagen die Leute, wohnt das Glück.