【書名】震える山:クールー,食人,狂牛病
【著者】ロバート・クリッツマン
【訳者】榎本真理子
【刊行】2003年11月10日
【出版】法政大学出版局,東京
【頁数】xiv+370+3 pp. (+40 plates)
【定価】4,500円(本体価格)
【ISBN】4-588-77201-5
【原書】Robert Klitzman 1998.
The Trembling Mountain: A Personal Account of Kuru, Cannibals, and Mad Cow Disease.
Perseus, Cambridge.

【書評】※Copyright 2004 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

狂牛病で一挙に社会問題となったプリオン病は,ニューギニア先住民の間では「クールー」の名で恐れられてきた病気だった.それは,彼らの食人の風習と結びついた特異な伝染経路をもつ疾病だった.「医学文化人類学」と銘打つ本書は,クールーの発生した現地での探検紀行と調査記録だ.

一読した感触としては,Ed Hooper の HIV ルーツ探索記『The River: A Journey to the Source of HIV and AIDS』(1999,Little, Brown and Company, ISBN: 0-316-37261-7)にも似ている.しかし,この本では,単に疾病の原因究明だけでなく,プリオン病〈クールー〉が発生したニューギニアの文化的背景の方にも重きが置かれている.さらに,現地での呪術を含む民俗医学にも触れている.もちろん,本書のメインテーマである〈饗宴〉――「おれは脳を喰った」とか「お前の腕はうまそうだな」とか「私は指だけ」というカニバリズムの記述にショックを受ける読者は少なくないだろう.食人はフィクションであるという通説はあっさり反証される.

クールーの潜伏期間は個人差はあるものの20〜30年はざらだという.それも,たった一度〈饗宴〉に加わっただけで,発病するというデータを現地で得たそうだ.著者は,狂牛病とクロイツフェルト・ヤコブ病についても,長期にわたる潜伏期間がありえると警告している.

とくにおもしろかったのは,呪術師たちとの対決場面――クールーという病気に対して,調査地であるニューギニア先住民〈フォレ〉の呪術師たちは「呪い」が原因だと言い張る.著者は彼らに対して,伝染性タンパク質が病因だと説得しようとするが,「目に見えないもの」は信用できないという呪術師たちの反論をなかなか論破できない.そのやり取りと著者の心理をたどっている.著者は〈フォレ〉の呪術文化にたいする敬意を忘れてはいない.

訳者はちょっと勉強不足かな(ローリー・ギャレットの『カミング・プレイグ』の翻訳本を知らないみたいだし).しかし,全体としては充実した内容で,もう少し手の届きやすい価格帯ならばもっと読者が増えたのではないかと思う.

三中信宏(14/January/2004)

【目次】
日本語版序文 ix
前書き xiii

第1部:時を超えて 1
 牛食う人々 2
 フォート・デトリック 15
 ゴロカ! 39

第2部:熱帯雨林巡り 67
 木を渡して川をわたる人 68
 救われるにはどうしたらいいか? 93
 バター 107
 土地の言葉 121
 通訳 131
 地の果てに見えるもの 148
 饗宴 173
 呪術師たち 178
 恐竜 190
 鉄条網 196
 グリース(油) 210
 荷物 214
 宣教 221
 部族間抗争 231

第3部:山を超えて 245
 頂上 246
 海岸 260
 浮き島 273
 女を呑み込んだ島 291
 成人 296

第4部:帰還 311
 カルチャー・ショック 312
 狂牛 319

第5部:後書き 326
 出身地 326

謝辞 365
訳者後記 367
索引 (1)-(3)