『系統樹思考の世界』コンパニオンサイト


さらに知りたい人のための極私的文献リスト


あまたの本たちに囲まれて暮らせるなら,本読みの人生はとてもハッピーです.この本では広範囲に散らかった分野の文献を参照しています.それらすべてを挙げることはとうていできないのですが,少なくとも文中で引用した主要な本や論文については,大まかなカテゴリーに分けて,それぞれ注記を添えておきましょう.読者のあなたにとってのさらなる読書のために多少とも参考になれば幸いです.なお,ここでリストアップした本の多くは,私の書評ブログで,より詳しい目次構成あるいは書評記事を掲載しています.日々更新していますので,インターネットで検索してみてください.

○「体系学」全般にわたって

  1. ヴィリ・ヘニック(Willi Hennig)『Phylogenetic Systematics』(1966年刊行,University of Illinois Press)  ※半世紀前に生物体系学の大論争を巻き起こした「震源地」となった本.日本語訳の草稿はずいぶん前からすでに用意されているのだが,残念ながらいまだに出版にはいたっていない.
  2. エルンスト・マイアー,E・G・リンズレー,R・L・ユジンガー(Ernst Mayr, E. G. Linsley and R. L. Usinger)『Methods and Principles of Systematic Zoology』(1953年刊行,McGraw-Hill)  ※進化分類学の古典的教科書.1969年にマイアーの単著として改訂版『Principles of Systematic Zoology』が,さらに1991年にPeter D. Ashlock との共著として増補改訂版が同じ出版社から出された.
  3. ロバート・ソーカル,ピーター・スニース(R. R. Sokal and P. H. A. Sneath)『Principles of Numerical Taxonomy』(1963年刊行,W. H. Freeman and Company)  ※生物分類の数量化を半世紀前に強力に推進したのは,統計学に通じていた数量表形学派だった.当時の代表的教科書である本書は,多変量解析のひとつであるクラスター分析を武器として,生物のグループ化を進めようとした.1973年に改訂版が出て,その日本語訳が1994年に出ている(『数理分類学』,内田老鶴圃).
  4. ナイルズ・エルドリッジ,ジョエル・クレイクラフト(Niles Eldredge and Joel Cracraft)『系統発生パターンと進化プロセス:比較生物学の方法と理論』(1989年刊行,蒼樹書房[原書1980年])
  5. ガレス・ネルソン,ノーマン・プラトニック(Gareth Nelson and Norman Platnick)『Systematics and Biogeography: Cladistics and Vicariance』(1981年刊行,Columbia University Press)
  6. エドワード・O・ワイリー(Edward O. Wiley)『系統分類学:分岐分類の理論と実際』(1991年刊行,文一総合出版[原書1981年])  ※1980年代の生物体系学の標準的教科書三冊.いずれも定評のある本であり,しかも背景知識のない初学者だった私にはとても“敷居”が高かった.
  7. ジョゼフ・フェルゼンスタイン(Joseph Felsenstein)『Inferring Phylogenies』(2004年刊行,Sinauer Associates)  ※系統樹の構築を統計科学の観点から考察した代表的教科書.分子進化の確率モデルと最先端の統計手法を駆使した統計的系統学(statistical phylogenetics)の分野は本書によって確立された.厚い,重い,苦しい.
  8. チャールズ・センプル,マイク・スティール(Charles Semple and Mike Steel)『Phylogenetics』(2003年刊行,Oxford University Press)  ※系統学におけるグラフの諸問題を離散数学の立場から整理して体系化する数理系統学(mathematical phylogenetics)の現代的教科書.そのタイトルにうっかりだまされてはいけない.純粋に“数学”の本だから.薄い,軽い,成仏.本書やフェルゼンスタインの教科書を手にするたびに,体系学そのものが今なお変容し続ける学問分野であることを痛感する.生物も数学も統計も哲学も,すべてが体系学者の必須知識であり,日々,学び続けなければならないのだ.
  9. 三中信宏『生物系統学』(1997年12月15日刊行,東京大学出版会)   ※生物・言語・写本などを含む,すべての進化するものの系譜を推定するための方法論をこの本で論じた.何でもかんでも詰め込んだのは,若気の至りか(若くはなかったんだけど……).今にして思えば,「生物〜」という枕詞はあらずもがなだった.「系統樹の深み」にはまったアナタには,この本がいつでも待っています.

○進化学全般

  1. チャールズ・ダーウィン(C. R. Darwin)『種の起原』(全2冊,1990年2月16日刊行,岩波文庫[原書1859年])  ※「生物進化」といえば誰でも延髄反射でこの本を思い浮かべる.しかし,誰もがその書名を知っているにもかかわらず,実際のところ一般にはほとんど読まれないというフシギきわまりない本.
  2. チャールズ・ダーウィン(C. R. Darwin)『Charles Darwin's Notebooks, 1836-1844』(1987年刊行,Cambridge University Press)  ※ダーウィンの秘められたるノートブックに書きこまれたさまざまな着想や直感は,そして何よりもその大胆さと慎重さの混ざり具合は,科学者のひとつの典型例ではないだろうか.
  3. テオドシウス・ドブジャンスキー(Th. Dobzhansky)「Nothing in biology makes sense except in the light of evolution」,American Biology Teacher, 35 : 125-129 , 1973.  ※この論文タイトルは「家訓」としてぜひ額に入れて高々と掲げておこう.キリスト教と進化学との摩擦が絶えず表面化するアメリカで,生物教師に向けて著名な進化学者が発したメッセージ.タイトルだけでなく,ぜひ中身も読もう.
  4. ジョナサン・ワイナー(Jonathan Weiner)『フィンチの嘴:ガラパゴスで起きている種の変貌』(1995年8月31日刊行,早川書房)  ※「生物進化は目撃できない」などとほざく輩には静かにこの本を差し出そう.フィンチの形態進化をさまざまな証拠から目撃したレポート.日本でもこういうサイエンス・ライターやサイエンス・コミュニケーターがどんどん育ってほしい.
  5. ダニエル・C・デネット(D. C. Dennett)『ダーウィンの危険な思想』(2001年1月10日刊行,青土社[原書1995年])  ※進化思想は,生物学のみならず,人文社会科学までもターゲットとして,じわじわと深く染み込んでいく「万能酸」であると論じた大著.現代の進化学の広い裾野を概観する上でとても重要な著作なのだが,翻訳の質がきわめて低いのは実に残念なことだ.翻訳能力もないのに翻訳書を出してはいけない.
  6. エルンスト・マイヤー(Ernst Mayr)『The Growth of Biological Thought: Diversity, Evolution, and Inheritance』(1982年刊行,Harvard University Press)  ※現代進化学の礎をつくった創始者たちは,いずれも1900年代初頭の生まれだった.2005年1月に100歳の天寿を全うしたマイヤーをもって,創始者たちはその全員が鬼籍に入ってしまった.マイヤーは進化学の観点に立って生物のすべてを概観する一般書(本書のような)を書くことのできる最後の著者だったのかもしれない.彼はオーガナイザーとしての能力も秀でていたので,第二次世界大戦前後の混乱したアメリカの体系学・進化学界の中で,さまざまな研究者ネットワークをつくり続けた.
  7. ウリカ・セーゲルストローレ(Ulica Segerstrale)『社会生物学論争史:誰もが真理を擁護していた(1,2)』(2005年2月23日刊行,みすず書房)  ※進化生物学の現代史を社会生物学を軸に鳥瞰した大著.生物学史ってこんなにおもしろく書けるんだと納得する.大物進化学者たちが入れ替わり立ち替わり壇上に上がってはバトルを繰り広げる.単に,データの解釈や手法をめぐる対立ではない.もっと深い意味での科学観や思想信条がサイエンティストたちの行動の背後にある.だからといって,ワタシはけっして“社会構築主義”に与するわけではない.そんなものは豚に喰われろ.
  8. スティーヴン・J・グールド(S. J. Gould)『The Structure of Evolutionary Theory』(2002年刊行,Harvard University Press)  ※グールドの遺著となった1500ページに達する極めつけの大著だ.ディヴィッド・ハルの学問系統学の主張に対抗して,彼は学問には「本質」があるのだという興味深い論点を提示する(私は同意しないが).ダーウィン進化学のいくつかの学問的パーツを腑分けすることにより,従来の自然淘汰理論を一般化し,彼の言う階層的な進化機構論に展開することを試みる.この大著を早く日本語で読みたいものだ.
  9. ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)『銃・病原菌・鉄:一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』(全2巻,2000年10月02日刊行,草思社)  ※人間の進化と系統を踏まえた比較法に基づいて世界文明の歴史を鳥瞰する.スケールの大きな大著.

○現代体系学の様相と論争史

  1. ディヴィッド・ハル(David Hull)『Science as a Process: An Evolutionary Account of the Social and Conceptual Development of Science』(1988年刊行,University of Chicago Press)  ※科学哲学が今後進むべき一つのモデルを提示したという点で,この本は破壊的威力があったと私は思う.科学のダイナミクスと科学者のコミュニティーに関する主張は科学[者]そのもののデータに照らして経験的にテストされるべきだという当然あるべき枠組のもとに,この大著は書かれている.体系学者は生物学哲学者にとっての“ショウジョウバエ”なのか.本書が出てすぐに,“ハエ”の側からの反論があったことを付記しておこう(J. S. Farris and N. I. Platnick 1989. Lord of the fries: the systematist as study animal. Cladistics, 5: 295-310).これまた,個別科学と科学論との相互的な関係を考える上で意味深だ.
  2. 三中信宏「Ernst Mayr と Willi Hennig:生物体系学論争をふたたび鳥瞰する」,タクサ(日本動物分類学会和文誌), (19): 95-101, 2005.  ※故エルンスト・マイアーを中心とする現代体系学・進化学の「曼荼羅」を描きました.
  3. エルンスト・マイヤー(Ernst Mayr)「Cladistic analysis or cladistic classification?」,Zeitschrift für zoologische Systematik und Evolutionsforschung, 12: 94-128, 1974.
  4. ヴィリ・ヘニック(Willi Hennig)「Kritische Bemerkungen zur Frage "Cladistic analysis or cladistic classification?"」,Zeitschrift für zoologische Systematik und Evolutionsforschung, 12: 279-294, 1974. [英訳:「Cladistic analysis or cladistic classification?: a reply to Ernst Mayr」,Systematic Zoology, 24: 244-256, 1975.]
  5. ロバート・R・ソーカル(Robert R. Sokal)「Mayr on cladism and his critics」,Systematic Zoology, 24: 257-262, 1974.  ※上記の三論文は1970年代の生物体系学論争の核となった.その余波は長く残響したが,その論争にミルフィーユのごとく畳み込まれた多くの「層」を解きほぐすのは今でも簡単ではないと思う.現場にいた生物学者だけではなく生物学史さらには生物学哲学の研究者との協力が不可欠だ.
  6. ディヴィッド・M・ヒリス(David M. Hillis)「The tree of life and the grand synthesis of biology」,J. Cracraft and M. J. Donoghue (eds.)『Assembling the Tree of Life』,Oxford University Press,pp. 545-547, 2004.  ※1990年代に大々的に進行した「系統樹革命」についての論考.ふと気がついたら周りは系統樹だらけだったということだ.パラダイム転換などというお手軽な概念をもちだして,この「革命」をわかったつもりになってはいけません.
  7. 三中信宏・鈴木邦雄「生物体系学におけるポパー哲学の比較受容」,日本ポパー哲学研究会(編),『批判的合理主義・第2巻:応用的諸問題』,未來社,pp.71-124,2002.  ※生物分類と系統推定に関わる科学哲学的な問題点を論じると同時に,日本の体系学の研究者コミュニティに属する生物学者たちが科学哲学的問題に対してどのようなスタンスをとったのかを振り返る.哲学的論議はまたいで通り過ぎたい日本の研究者の多くは,せっかくの議論の機会をことごとく逸してきたのは印象的だ.生物学哲学はいまだ現場の研究者には到達していないという(やや悲観的な)結論を導いてしまった.もっと「攻め」の姿勢が必要だったかな.

○分類と系統に関わる生物学哲学

  1. エリオット・ソーバー(Elliott Sober)『過去を復元する:最節約原理・進化論・推論』(1996年7月15日刊行,蒼樹書房[原書1988年])  ※歴史を推論するという行為は,科学哲学の立場からはどのように見ることができるのだろうか.進化学と系統学の背後にある生物学哲学の問題点をはじめて体系化して論じた本書は,いまだに類書がない.とくに,最節約原理の個別科学における働きについて詳細に分析しているところが参考になる.生物学と哲学と統計学の重なりに系統樹は萌える.
  2. エリオット・ソーバー(Elliott Sober)『Philosophy of Biology, Second Edition』(2000年刊行,Westview)  ※え,「生物学哲学って何?」 でしたら,まずはこの本を読もうね.ローカルな個別科学である生物学に寄り添う生物学哲学の一つの姿がここに体現されている.1970年代に独り立ちした生物学哲学の第一世代に続く,次世代の生物学哲学がどんなテーマに関心をもっているかを知るにはきっと向いているだろう.
  3. スティーヴン・J・グールド(S. J. Gould)「Evolution and the triumph of homology, or why history matters」,American Scientist, 74: 60-69, 1986.  ※生物の進化にかぎらず,一般に「歴史」がまっとうな科学的研究の目標たり得ることを説得力をもって示した論文.生物進化学とはまさに歴史科学であるという彼の主張はもっと評価されていい.グールドというと「エッセイスト」としての面ばかりが強調されるきらいがあるが,60年という(現在の平均寿命からいえば)短い生涯ではあったが,彼が残した膨大な量の文章を織りなすさまざまな「糸」を読みほぐすのが“グールド読み”の醍醐味というものだろう.
  4. レイチェル・ローダン(Rachel Laudan)「What's so special about the past?」,Matthew H. Nitecki and Doris V. Nitecki 編『History and Evolution』,1992,State University of New York Press,pp. 55-67.
  5. ロバート・J・リチャーズ(Robert J. Richards)「The structure of narrative explanation in history and biology」,Matthew H. Nitecki and Doris V. Nitecki 編『History and Evolution』,1992,State University of New York Press,pp. 19-53.  ※この二つの論考が納められている論文集は,進化学と歴史学とが重なる領域を探究した先駆的な仕事のひとつである.自然科学と人文科学との共通問題を一つの俎上に乗せて腑分けするという態度はいまなお汲むべきものが多い.
  6. マイケル・T・ギゼリン(Michael T. Ghiselin)『The Triumph of the Darwinian Method』(1969年刊行,University of California Press)  ※『〜の勝利』という実に威圧的なタイトルは,読む者に有無を言わせない迫力がある.ダーウィンの進化研究の方法論を科学哲学(とくにカール・ポパーの仮説演繹主義と個物性 individuality の形而上学)の観点から再検討した著作である.生物学哲学という研究分野が確立される以前にこのような著作があったという事実は,生物学や進化学の自然な延長線上に生物学哲学が成立したという後の経緯を先取りしている.
  7. カルロ・ギンズブルグ(Carlo Ginzburg)『歴史・レトリック・論証』(2001年刊行,みすず書房)  ※ギンズブルグの歴史書は以前からひいきにしていたのだが,本書と次の論集を読んで以来,彼の主張が単に人文系の歴史学だけでなく,生物進化学が取り組んできた問題状況と深層で相通じるものがあることに気がついた.どちらの研究領域も「歴史」を推論するという共通の目標を掲げているからだ.
  8. カルロ・ギンズブルグ(Carlo Ginzburg)『歴史を逆なでに読む』(2003年刊行,みすず書房)  ※生物系統学では「形質データなんかあってもしかたがない」という極論はさすがに生き残れないが,相対主義的言辞が命脈をたもっている歴史学ではそうではないらしい.ヘイドン・ホワイト流の相対主義的歴史学に対決するギンズブルグの格闘ぶりは本書を読めばよくわかる.
  9. ヘイドン・ホワイト(Heyden White)『物語と歴史』(2001年12月10日刊行,トランスアート市谷分室)  ※歴史はただのレトリックでいいの? 本当にそれで歴史家たちの気がすむの? 後悔しない? こういう短い論集を読むほどに,彼の主著『メタヒストリー Metahistory』(1973年原書刊行)がいったいいつ翻訳出版されるのか(そもそも果たして翻訳されるのか)が気がかりだ.
  10. 中尾佐助『分類の発想:思考のルールをつくる』(1990年刊行,朝日新聞社)  ※個物崇拝者の多い日本の生物学者の中で,例外的にジェネラルな「分類論」を説いたのが“照葉樹林文化論”で有名な中尾佐助だった.早田文蔵の動的分類学に着目したり,図書や食事あるいは宗教の分類にも関心を向けた彼については,三中信宏「書かれなかった「最終章」のこと:中尾佐助の分類論と分類学について」(『中尾佐助著作集・第V巻:分類の発想』月報5,pp.1-4,北海道大学図書刊行会,2005)の中で短く論じた.
  11. ウィリアム・ヒューウェル(William Whewell)『History of the Inductive Sciences, From the Earliest to the Present Time』(全3巻,1837年刊行,John W. Parker)
  12. ウィリアム・ヒューウェル(William Whewell)『The Philosophy of the Inductive Sciences, Founded upon their History』(全2巻,1840年刊行,John W. Parker)  ※帰納諸科学の歴史と哲学を延々と論じたこの主著は,ヴィクトリア朝の読者になりきって読まないと退屈でしかたがないかもしれない.しかし,科学と科学哲学に関するヒューウェルの直覚には恐るべきものがあると私は感じる.
  13. カール・R・ポパー(Sir Karl R. Popper)『The Logic of Scientific Discovery』Harper Torchbooks, New York, 480pp.[大内義一・森博訳 1971-2. 『科学的発見の論理』(上・下)恒星社厚生閣, 東京, 1-268, 23, 6, 269-597pp.]
  14. カール・R・ポパー(Sir Karl R. Popper)『Conjectures and Refutations: The Growth of Scientific Knowledge』Harper Torchbooks, New York, xiv+417pp.[藤本隆志・石垣壽郎・森博訳 1980.『推測と反駁:科学的知識の発展』法政大学出版局, 東京, xvi+775+16pp.]  ※何はともあれポパーです.好きでも嫌いでも,またいで通り過ぎてはいけません.とくに,生物体系学の近代史を理解するには必修科目.
  15. ダグラス・ウォルトン(Douglas Walton) 『Abductive Reasoning』(2004年刊行,The University of Alabama Press)  ※アブダクションの現代的意義と研究の展開について詳細に論じている.人工知能(AI)の研究がアブダクションのしくみの解明に寄与していたとは本書を読むまでまったく知らなかった.

○系統樹の図像学と歴史

  1. エルンスト・ヘッケル(Ernst Haeckel)『Generelle Morphologie der Organismen』(全2巻,1866年刊行,Georg Reimer)  ※系統樹を「アート」にしたのはほかならないヘッケルだ.ダーウィンとはちがって,溢れんばかりの画才に恵まれたヘッケルはみごとな系統樹をいくつも描画した.客観的根拠があやふやだと後世には批判されることが多いヘッケルの系統樹だが,図的言語として系統樹のひとつの極致を彼の“作品”に見ることができる.ヘッケルは偉大だ.
  2. E・O・ジェイムズ(E. O. James)『The Tree of Life: An Archaeological Study』(1966年,E. J. Brill)  ※「生命の樹」の観念のルーツを考古学的に論じている.フォーロングの宗教系統学と関係する.
  3. Hayata, B.「An introduction to Goethe's Blatt in his “Metamorphose der Pflanzen”, as an explanation of the principle of the natural classification of plants」,臺灣植物圖譜・臺灣植物誌料・第拾巻,臺灣總督府民政部殖産局編,pp. 75-95,1921a.
  4. Hayata, B.「The natural classification of plants according to the dynamic system」,臺灣植物圖譜・臺灣植物誌料・第拾巻,臺灣總督府民政部殖産局編,pp. 97-234,1921b.
  5. Hayata, B.「Ueber das “dynamische System” der Pflanzen」,Berichte der Deutschen Botanischen Gesellschaft, 49: 328-348, 1931.  ※植物学者「早田文蔵」の名前は国内よりもむしろ国外で知られているようだ.彼が台湾植物学に貢献していた頃の上記の主著は,今では閲覧することすら困難になりつつあるかもしれない.稀覯書であれば,なおさらそれを読みたくなるというのが書痴の書痴たるゆえんだ.天台宗の教義に則った彼の「動的分類学」は,科学史的にはすでに歴史の闇に沈んでいるが,印象的なネットワーク図は図的言語としての系統樹の雄弁さをはからずも証明している.
  6. Lam, H. J.「Phylogenetic symbols, past and present (being an apology for genealogical trees)」,Acta Biotheoretica 2: 153-194,1936.  ※図的言語としての系統樹の歴史をたどった初期の論文.“ことば”としての「樹」は多くの研究者がさまざまな“語義”をこめて使ってきたことがわかる.とくに,初心者の系統樹ユーザーは系統樹は“外国語”であるという自覚をもって,系統樹リテラシーを磨くべし.19世紀以来の生物系統樹には,百年の功徳もあれば,百年の誤読もある.
  7. ジュリオ・バルサンティ(Giulio Barsanti)『La scala, la mappa, l'albero: Immagini e classificazioni della natura fra Sei e Ottocento』(1992年刊行,Sansoni Editore)  ※イタリア語で書かれているから知らなかったではすまない.知識の体系化のツールとして用いられてきた「階梯」,「樹」,そして「地図」の歴史についてこれほど広範にまとめられた本は他にはない.系統樹が人間の思想と思考の中にいかに深く根づいているかを認識するための1冊.ついでに一言:ウンベルト・エーコの警句「われわれに未知な珍しい言語で,決定的な著書がこれまでに書かれたことはないなどと,誰が断言できようか」(『論文作法』1991年,而立書房,p. 30)を忘れてはならない.言語に関しては極端に貪欲でありたい.
  8. R・L・ロドリゲス(R. L. Rodriguez)「A graphic representation of Bessey's taxonomic system」,Madrono, 10: 214-218, 1950.  ※科学者には,時として芸術家的な表現力が必要になる場面がある.これほどみごとに「系統」と「分類」との概念的関係を図示した論文はない.系統樹はりっぱなアートだ.
  9. ロバート・J・オハラ(R. J. O'Hara)「Homage to Clio, or, toward an historical philosophy for evolutionary biology」,Systematic Zoology, 37: 142-155, 1988.  ※「樹思考」と「分類思考」という本書の基底をなす考えのもとになった論文.系統樹が指し示す体系化の精神が,ギリシャ時代以降の分類学の精神といかに対置させられるのかを明快に示した,示唆に富む論考.こういう論文を書きたいものだ.
  10. ロバート・J・オハラ(R. J. O'Hara)「Trees of history in systematics and philology」,Memorie della Societa Italiana di Scienze Naturali e del Museo Civico di Storia Naturale di Milano, 27(1): 81-88, 1996.  ※「系統樹」の一般的なイメージについて,学生調査を通じて調べた結果が述べられている.系統樹は私たちの集合的無意識の底に潜んでいるのかな.そうだとすると,進化心理的な説明がきっとできるはずだ.

○非生物の系統樹について

  1. 組版工学研究会編『欧文書体百花事典』(2003年7月7日刊行,朗文堂)  ※それぞれの活字の系譜と変遷をたどった稀有の大著.こういう「活字進化」の論集が出るというのは驚きだ.
  2. マイケル・J・オブライエン,R・L・ライマン(M. J. O'Brien and R. L. Lyman)『Cladistics and Archaeology』(2003年刊行,The University of Utah Press)  ※系統樹革命は周辺領域にどんどん領土を広げていく.反進化的な文化人類学に支配されてきた人類学や考古学の分野でも最近になって「樹思考」が浸透しつつある.人類の文化進化の産物である石器や土器などの系統関係を推定するという作業は,人間集団の遺伝的系譜や言語系統とからめて,とても魅力のある系統推定の場となりつつある.
  3. ヘンリー・M・ホーニグズワルド(Henry M. Hoenigswald)「言語学」(所収:A・エレゴール他編『言語の思想圏』,1987年4月16日刊行,平凡社,pp. 74-131)
  4. ヘンリー・M・ホーニグズワルド,リンダ・F・ウィーナー(Henry M. Hoenigswald,Linda F. Wiener)編『Biological Metaphors and Cladistic Classification : An Interdisciplinary Perspective』(1987年刊行,University of Pennsylvania Press)  ※歴史言語学と生物系統学との共通問題を分野横断的に考察した先駆的な論文集.最近になって,この学際分野は再び脚光を浴びつつある.系統樹がもつ普遍言語(リンガ・フランカ)としての力を消し去ることはできない.
  5. パウル・マーズ(Paul Maas)『Textual Criticism』(1958年刊行,Oxford University Press[独語原書1930年])  ※本文批判の近代的方法論を確立した本.写本系譜学の写本間の系統関係を推論する方法論は,時代的に生物系統学に先行するかたちで成立してきた.最節約原理に基づく本質的に同一の系統推定論が複数の学問分野で独立に開発されてきたことは,科学史的に見てたいへん興味深い.人間,考えることはたいしてちがいがないという月並みな感想ではなく,より単純な仮説に説明的魅力を感じるヒトの思考様式の共通性がむしろ重要だろう.進化心理学の出番だ.
  6. T・M・S・プリーストリ(T. M. S. Priestley)「Schleicher, Celakovsky, and the family-tree diagram」Historiographica Linguistica, 2: 299-333, 1975.
  7. アウグスト・シュライヒャー(August Schleicher)「O jazyku litevskem, zvlaste ohledem na slovansky」Casopis Ceskeho Musea, 27: 320-334, 1853.
  8. フランティシェク・ラディスラフ・チェラコフスキー(E. R. Celakovsky)「Cteni o srovnavaci mluvnici slovanske na universite Prazske」(1853年出版,F. Rivnac)  ※歴史言語学における系統樹の使用に関する総説論文と原論文二編.
  9. 堀一郎 1976. 民俗学的研究に於ける時代区分の問題−民俗学的領域と方法. 所収:日本文学研究資料刊行会編『柳田国男』有精堂.
  10. 岩竹美加子 1999. 「重出立証法」・「方言周圏論」再考(1)〜(3). 未来, (396): 13-21; (397): 6-16; (399): 30-35.
  11. クローン,カールレ 1940. 民俗学方法論. 関敬吾訳,岩波書店,東京.  ※民俗学における文化系譜の分析もまた系統関係と無縁ではありえない.「もの」としての,あるいは「こと」としての文化がどのように進化し,伝播していったのかを探る方法論は系統樹に基礎づけられる.1世紀も前の民俗学者カールレ・クローンがそれを感じ取っていたのはおもしろい.岩竹の論考は批判的なスタンスで書かれているが,説得力はない.
  12. J・G・R・フォーロング(J. G. R. Forlong)Rivers of Life, or Sources and Streams of the Faiths of Man in All Lands; Showing the Evolution of Faiths from the Rudest Symbolisms to the Latest Spiritual Developments. Two volumes. Bernard Quaritch 1883  ※本との一期一会とはまさに本書のためにある言葉だ.琴線に響く古書に出会ったら,金銭のことは顧みず手に取りましょう.宗教の系譜をこれほど体系学的に論じた著作が一世紀も前に予約出版されていたとは,別添のどでかい「宗教系統樹」の前に平伏すのみ.
  13. 山下浩 1993. 本文の生態学:漱石・鴎外・芥川. 日本エディタースクール出版部, 東京, iv+188pp.  ※作家の書く原稿のたどる系譜を具体的にあとづけている.テクストは進化する実体だ.
  14. 歴史学研究会編『系図が語る世界史』2002年11月25日刊行,青木書店  ※家系図を共通のキーワードとして,世界のさまざまな社会の歴史を再検討した論文集.

○認知心理学と形而上学

  1. スコット・アトラン(Scott Atran)『Cognitive Foundations of Natural History: Towards an Anthropology of Science』(1990年刊行,Cambridge University Press)  ※博物学(ナチュラル・ヒストリー)の根底には,ヒトとしての認知心理的な基盤があると主張する野心的な本.生物分類の発する認識人類的なルーツがどこにあるのかを論議する.自然を視るヒトの「目」はどのようにして進化的に成立し得たのか.生物分類学とその認知的な底流を無視することはできない.分類認知に関してナイーヴであってはならない.
  2. ブレント・バーリン(Brent Berlin)『Ethnobiological Classification: Principles of Categorization of Plants and Animals in Traditional Societies』(1992年刊行,Princeton University Press)  ※民俗分類体系のもつ通文化的な類似性を膨大なデータに基づいて明らかにした総括的論考.なぜ私たちは多様な生物を少数の分類カテゴリーに整理するのか,なぜ私たちは階層分類が好きなのか,などなどの本質的疑問は認知心理学によって解かれるべき問題だ.
  3. ダグラス・L・メディン,スコット・アトラン編(Douglas L. Medin and Scott Atran, eds.) 『Folkbiology』(1999年刊行,MIT Press)  ※ヒトと自然の接点を人類学的にアプローチする「民俗生物学」は,生物分類と体系学を論じようとするとき,幅広い論議の土俵を用意する.
  4. ジョージ・レイコフ(George Lakoff)『認知意味論:言語から見た人間の心』(1993年刊行,紀伊國屋書店[原書1987年])  ※個人的には,この大著と出会ったことが私の「分類観」を大きく揺さぶる体験だった.伝統的な生物分類学の背後にある形而上学(すなわち「存在」の学)がいかに進化的な思考と根本的に矛盾せざるをえないこと,いわゆる“自然分類”とは必然的に心理的本質主義を前提とすること,など自然界の体系化が抱える根本問題を論じている.
  5. ディヴィッド・ウィギンズ(David Wiggins)『Sameness and Substance』(1980年刊行,Blackwell)  ※“正しい”生物学者はきっとこういう形而上学本は見向きもしないだろうね.境界を侵犯したいアナタはぜひ手に取りましょう.存在の学が執拗に「本質主義」を延命させてきた経緯が手に取るようにわかる.1967年に本書の祖先本が出版され,2001年には改訂版が出ている.“正しい”意味での形而上学は本書をひもとくべし.
  6. マイケル・T・ギゼリン(Michael T. Ghiselin)『Metaphysics and the Origin of Species』(1997年刊行,State University of New York)  ※生物の「種(species)」とはいったい何なのか.私たちは日常的に「種って何?」という疑問に対して,直感かつ素朴なイメージでもって対処している.しかし,いったん「種」問題に深入りすると,単に生物学の範疇には納まりきらない,生物学哲学の「闇」が口を開けている.そのある部分は,私たちの認知的性向に帰すことができるだろう.また,別の部分は存在論に関わる形而上学や哲学にも深いつながりをもつだろう.いずれにせよ,「種」について論じるには生物学から発する哲学の提起がどうしても必要だった.ギゼリンをおいて他に適役はきっといないだろう.「種は個物(individual)である」という説を彼が世に問うてからすでに40年が過ぎた.その集大成である本書は「種」の形而上学を論じる誰もにとって必読書だ.打ちのめされてみるのも一興だろう.

○愉しい雑学あれこれ

  1. パウル・クレー(Paul Klee)『クレーの詩』(2004年1月25日刊行,平凡社,コロナブックス111)
  2. ジャンバティスタ・ヴィーコ(Giambattista Vico)『学問の方法』(1987年7月16日刊行,岩波文庫[原書1709年])
  3. フランセス・A・イェイツ(Frances A. Yates)『記憶術』(1993年6月10日刊行,水声社[原書1966年])
  4. アーサー・O・ラヴジョイ(Arthur O. Lovejoy)『存在の大いなる連鎖』(1975年12月20日刊行,晶文社[原書1936年])
  5. ルネ・デカルト(Rene Descartes)『哲学原理』(1964年4月16日刊行,岩波文庫[原書1644年])
  6. フランシス・ベーコン(Francis Bacon)『学問の進歩』(1974年1月16日刊行,岩波文庫[原書1605年])
  7. ディドロ,ダランベール編『百科全書:序論および代表項目』(1971年6月16日刊行,岩波文庫[原書1751-1780年])
  8. 山内昌之『歴史の作法:人間・社会・国家』,2003年,文春新書345
  9. フローリアン・クルマス(Florian Coulmas)『ことばの経済学』(1993年11月刊行,大修館書店)  ※世界の言語の間には経済的価値に如実なちがいがあることを冷徹に示した本.
  10. 赤瀬川原平『超芸術トマソン』(1987年12月刊行,ちくま文庫)  ※見慣れたはずの日常が視点ひとつでがらりと変わる.新たな見方で“分類”することの愉しみが味わえる本.
  11. 西村三郎『文明の中の博物学:西欧と日本(上・下)』(1999年8月31日刊行,紀伊國屋書店)  ※分類体系化という行為が人間社会とその文化の中でどのようなかたちを取り得るのかを広範な資料と一貫した視点で描ききった大著.とくに,中国や日本の分類思想の顕著な特質(正名理念に裏打ちされた個物至上主義)が指摘されていることに私は深い感銘を受けた.
【了】


[Compiled: 22 May 2006 / Last modified: 23 October 2013]