紐育あたふた日録:2003年7月24日(木)

・毎朝目が覚めると,ホテルの外窓に雨粒の筋がついている.結局,会期中はすっきりとは晴れなかったということか.今日は Hennig XXII の最終日.久しぶりに朝イチの講演を聴くべく,メトロ・ノース線に駆け込む.これを往復するのも今日が最後.



・午前中はシンポジウム〈Competing Methods for Biogeography〉――生物地理学の基本単位を何にするかという問題が話し合われた.Peter Hovenkampは,これまでは固有地域(areas of endemism)が歴史生物地理学の単位とされてきたが,むしろ分類群分布域(taxon range)を単位として使おうと言う.もともと,固有地域をどのように定義するのかという点で,すでに紛糾していた:固有種が少なくとも一つあればいいという意見(Nelson & Platnick 1981),最低二つは必要という意見(Morrone et al. 1994),あるいは共存する種がいればいい(Mast & Nyffkler 2003).Hovenkampはむしろ分布域をグリッドで区切ることにより,地理的分布に基づくクラスタリング(最節約,UPGMA,固有度スコア)が可能だという.グリッド分析の問題点がいくつか指摘される.とくに,グリッドのサイズにより結論が変わってくるという難点を回避しなければならない.
・地理的分布の説明には,pattern-basedなアプローチとevent-basedなアプローチがあると言われる.後者は近年の「モデル・ベース」的方法とほぼ一致する.James Liebherrは,Carabid beetlesの生物地理を対象として(150taxa×138形態形質),系統分析に基づく地理的説明を行なった.そして,地理的な一致が見られるのであれば,分断/分散によるpattern-basedな説明が可能だが,その一致がない状況ではevent-basedな説明をする必要があると言う.TreeMap(Rod Page)とDIVA(Fred Ronquist)が使われた.
・Isabel Sanmartinは,地史的データからの地域分岐図と生物学的データからの種分岐図を一致させる方法について論じた.これって,彼女が所属しているウプサラ大学進化生物学センターのFred Ronquistが提唱している方法の発展かな.
・Chris Humphriesは,生物地理学の対抗理論について概観した.これだけ複数の方法が乱立しているのだから,そのうち澄んでくるとは思うのだけど.Malta Ebachたちが3地域解析のためのソフトウェア〈3item〉をリリースしたようだ(要確認).Gareth Nelsonの論文も活字になったそうだ.
・昼前には雲が消えて,日が射しはじめた.山本・浅野両氏と午後の発表の打合せ.ランチボックスをもってガーデン・カフェに居座る.今日は〈Asian Chicken Wrap〉という巨大な春巻が入っていた.アゴが外れるて,なんべん言うたらわかるのん?
・ぼくの発表材料はpdfにしてあるので,それを山本さんのノートパソコンにコピーすれば,あとはそれを会場のプロジェクタにつないでOK.デモ用のパソコンのスペックがイマイチなので(Cerelon 877MHz),どの程度のサイズのデータまで見せられるかについて詰める.
・両氏ともスーツにネクタイというこの学会には場違いなコスチュームを用意してきたので,「ヘニック・ソサエティでは,Tシャツ・短パン・ビーチサンダル・サングラスというのがフォーマルな服装なんですよ」と教えてさしあげた.あと,「声がでかい・お行儀がわるい・アヤシイ」ということも追加.なんちゅう学会か....
・最終日なので会場ロビーには大きなトランクがいくつも並んでいる.ランチ休憩で帰った人も少なくないようだ.午後2時から総会があり,ソフトウェア・デモが始まったのは,2時20分くらいから.
・このセッションの司会はJim Carpenter.最初にHovenkampがクレードのサポート指数をいろいろ計算させるウィンドウズ用ソフトを紹介した.いろんな人がいろんな指数を提唱しているので,それらをひとまとめに計算できるソフトは確かに便利だろう.
・続いてぼくらの番がまわってきた――最初の20分ほどで〈Bogen〉の概要と新しいアルゴリズムがどのように組み込まれているのかという点をpdfの資料を示して説明した.とくに,これまでの系統解析ソフトでは,ブランチ・スワップの前段階として必要な初期系統樹を端点をひとつずつ付加するという「逐次付加」を行なっているのに対し,〈Bogen〉では端点付加を同時並行的に行なう「多重付加」というアルゴリズムを用いていることをフローチャートで示した.その結果,探索空間の山登り(hill-climbing)の大部分をブランチ・スワップに頼っている既存のソフトとは異なり,初期系統樹が構築された時点で山登りの大半が完了しているという特徴がある点を強調した.さらに,〈Bogen〉の今のバージョンでは,端点数10,000,形質数50,000まで計算可能という点も忘れずに.
・〈Bogen〉のテストデータはこれまですべて「無作為塩基配列」を用いてきた.ランダムに塩基配列を生成し,それを用いて〈PAUP*〉との比較を行なうというやり方である.デモのパソコン操作は山本さんと浅野さんにやってもらったが,100端点(タクサ)×2500形質でおよそ20秒弱,500端点×1000形質で3分ほどかかった.
・ここまでですでに30分ほどかかったのだが,このあとが延々と続いた――質疑に入り,いくつも質問があった.その中でWard Wheelerが「ランダムデータとリアルデータでは必要な計算時間が異なる可能性がある.この後にデモされる〈TNT〉の新バージョンは2,500タクサまで計算でき,そこではリアルデータが使われているので,それをいま〈Bogen〉でテストしてみてはどうか」.確かに,ランダムデータでは探索空間が均等な凹凸があるが,系統学的情報をもつリアルデータでは,探索空間のランドスケープははるかに複雑になる(高い山と低い谷の標高差が大きい).
・なるほど,実にロジカルなストリート・ファイトですねえ.などと悠長なことを言ってられないので,さっそく〈TNT〉の作者のひとりであるPablo Goloboffが「じゃ,このCD-ROMから」ということで,データ(500端点)をいただいたのだが,そのままでは〈Bogen〉がうまく走らない.なぜ?――polymorphic sitesの扱いがちがっていたらしい.でもって,一括変換をがちゃがちゃとする(デモ中に).それでもダメ?あれれぇ,ということで,Jimが「じゃ,ちょっと後ろで続きを計算してもらって,あとで報告をお願いね」と中入り.
・というわけで,デモを見る人垣は会場の後ろの暗がりにひとつ,前のスクリーンにもう一つと分割されることに.前では,Pabloがすでに〈TNT〉新バージョンの説明に入っている.今回のバージョンアップのポイントは,ブランチ・スワッパーの性能改良と巨大データへの対応.端点数では2,500くらいまではOKとのことで,Mari Kallersjoたちがもっている緑色植物の巨大データに対応することを当面の目標にしていたようだ.で,スピードがただごとではなくって――デモに用いた2,500端点×4,700形質の分子データから28秒で最節約系統樹を計算された.速過ぎ.
・Pabloも半分からかいながらバックグラウンドで計算させていたが,〈PAUP*〉のブランチ・スワッパーはたいへんおバカさんらしく,のろい割にはメモリーだけたくさん消費するという無芸大食が特徴.確かに端点数が多くなると〈PAUP*〉の計算時間は極端に伸びてしまう.ブランチ・スワップに時間がかかり過ぎるから.
・新しい〈TNT〉ではスワッパーのアルゴリズムを全面的に見直したそうである.会場でPabloから聞いた話では,どうもTBR探索の方法がちがっているみたい.〈Bogen〉のブランチ・スワッパーはまだよちよち歩きなので,この部分の改良はこれからの急務となるだろう.
・で,後ろのデモはまだ続く――Wardがデモ用のノートパソコンを抱えこんで,「この日本語の文字はナニ?」と言いつつ,次々にデータの中身をチェックしている.Mariさんが傍らで計算時間のタイムキーパーをして,Pabloがときどきどれくらいの速さで計算できるのかを気にしている.会場のではすでに別のソフト――Kevin Nixonの〈ENRICO〉がデモされている.しかし,後ろはそれとは独立に人垣ができている.みんながそれぞれ覗きこんでは質問し,実際にいじっているので,講演というよりは〈系統解析ソフト・夏の学校〉のような感じがする.
・Pabloはどうしても同じ計算環境で〈Bogen〉と〈TNT〉との比較をしたかったようで,日本語Win-XPの上で〈TNT〉のCD-ROMを起動しようとしたのだが,ハングアップしてしまう.
・リアルデータでの〈Bogen〉の速度はランダムデータと比較して何%か遅くなることは確かなようだ.Mariさんのリアルデータを後日スウェーデンから送ってもらうように頼んだ.計算がなんとか終わったのは,もう5時近く.結局,3時間ほども「デモ」を続けたことになる.ヘニック・ソサエティの年会では毎年このようなデモ&講習会が会期の最後に組まれており,新しい問題点が発見され,競争心が育まれるということか.
・共通の認識として――〈PAUP*〉はもう相手ではない.
・5時過ぎにJimが「じゃあ,これでオシマイ.また来年な.バ〜イ」ということで年会はお開き.「閉会のあいさつ」じゃーないでしょ,それって....



・はっきり言ってかなり消耗したので,メトロ・ノースに乗り込んだときにはほっとした.山本・浅野両氏もそれぞれ得るものがあったようで,ニューヨークに来た甲斐があったとのこと.午後6時にグランド・セントラル駅に戻り,荷物をホテルに置いた後,3人でソーホー地域に出撃.
・タクシーに乗り込み,夕刻渋滞する道路をかき分けて,ソーホーのトンプソン・ストリートに到着.事前に勧められていた〈おめん〉にたどり着きました.銀閣寺前に本店のある〈おめん〉のニューヨーク店ということで,日本語が飛び交う店内はアメリカにいることをしばし忘れさせてくれますなあ.内装やBGMはきっと「しっかりソーホーしている」のでしょうがね.わ,お刺し身に十二穀飯にお味噌汁ですって.奈良の「春鹿」なんか味わったりして――きゃー,ゴージャスなお会計ですこと!(汗)※でも,たいへん満足してます.
・またタクシーに乗り込む.山本・浅野両氏は翌朝早くに日本に帰国するとのこと.たいへんお疲れさまでした.
・で,ぼくはと言えば――明日は晴れてイケイケのニューヨーカーになれるということさ!
・本日の総歩数=9778歩.
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