日本進化学会第6回大会企画シンポジウム

【4E2】〈ベイズ進化学〉―― 進化研究における新しい計算統計学手法の利用

オーガナイザー:三中信宏(農業環境技術研究所)


日時:2004年8月4日(水),11:00〜13:00
場所:E会場
演者・演題

岸野洋久, Leonardo Martins(東京大学), Jeffrey Thorne(NC州立大)
進化・適応の系統間の分布,遺伝子間の分布

宮正樹(千葉県立中央博物館)
大規模データ解析から明らかになった分子系統学におけるベイズ推定の効用,問題点,そしてその解決策

北門利英(東京海洋大学)
ベイズ統計とMCMC:分集団構造と空間分布の解析を通じて



【趣旨】

近年,コンピュータを用いた計算統計学の手法が大幅に進展し,進化研究においても最尤原理を踏まえた経験ベイズ法・階層ベイズ法などの先端的な統計学がモデルベースの推論の基盤として確立されてきた.もともとこれらの手法は多大な計算量を要求するもので,それが現実データへの適用をこれまで阻んできたのだが,最近のマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)の開発により,計算に関するかぎりかつての障壁は乗り越えられつつある.今回のシンポでは分子進化学・系統推定論・集団遺伝学・水産資源学など,近年ベイズ的手法が新たに適用されてきた研究分野に焦点を当て,計算統計学の適用を理論と実践の両方から議論する場としたい. [三中信宏]


【岸野 et al. 講演要旨】
地衣類との共生に伴う菌類分子進化速度の加速化、絶対寄生生活に伴うバクテリアゲノムの大量遺伝子喪失、遺伝子重複後の非同義置換速度の加速化など、進化速度が系統間で異なることを通して生物適応の痕跡を検出することができる。また遺伝子配列における座位間の進化速度の変異から、淘汰圧がどの部分に強く働いているか、推し測ることができる。ゲノムレベルのデータが整備されてくるにつれて、遺伝子間で進化速度とその変動の大きさを比較することも可能となってきた。ところで、配列に基づきえられた枝の長さは推定に伴う確率的な誤差を含んでおり、変動の大きさや相関進化を正しく検出するためには、こうした誤差を考慮に入れて分析することが重要である。この問題は、分子進化の統計モデルを規定するパラメータである進化速度に分布を導入することにより、自然に表現される。従って、階層ベイズの枠組みである。マルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC) 法により、推定も容易に行えるようになった。実例を交えながら、分子進化研究における階層モデルの可能性について、話題提供する。


【宮講演要旨】
われわれの研究グループでは,25,000 種以上からなる魚類全体の系統進化像構築を目指し,魚類ミトゲノムの全長配列(約16.5kb)を戦略的に決定してきた.これまでに620 種以上のデータを網羅し,とくに脊椎動物最大の分類群である条鰭類については,いくつかの局所的系統解析に基づき,その系統進化像を明らかにしてきた.しかし,解析対象分類群が100 を超すようになると,最尤樹を求めることは非現実的となり,重みづけのない最節約樹をベースに結果を議論せざるをえなくなってきた.そこに現れたのが,マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)に基づく系統のベイズ推定(=ベイズ法)である.最尤法と同様に複雑な分子進化モデルを用いることができ,しかもトポロジー推定と並行して(ブーツストラップサンプリング無しに)分岐点の「事後確率」を算出してくれるベイズ法の出現は分子系統学者にとって福音であった.しかし,同時に多くの問題点を抱えていることも最近の研究で明らかになってきた.今回の発表では,われわれが遭遇したベイズ法の諸問題を経験的に語ると共に,その問題をどのように回避できるのか(あるいはできないのか)言及する.


【北門講演要旨】
生物の分集団構造やその空間分布を推測する際,遺伝的データは非常に重要な情報を持つ.遺伝情報抽出の方法が進歩するのと同時に,その統計的解析方法も,従来の仮説検定法やクラスタリング法から最尤法やベイズ統計を利用した個体のアサインメントや混合率推定へと発展してきている.また同時に,ベイズ的方法を利用する場合に障壁となっていた計算方法も,マルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC) 法の利用によって緩和されつつある.本講演では,ベイズ統計による分集団構造の推定法として,マイクロサテライトDNA の遺伝子頻度情報を利用したPritchard et al.(2000) などの最近の推定方法を簡単にレビューするとともに,そこで利用されるベイズ的方法論やMCMC 法についても紹介する.また,空間的構造をより意識したモデリングと,その今後の発展可能性についても同時に議論する.