【書名】生態学――個体・個体群・群集の科学(原著第三版)
【著者】M. Begon, J.L. Harper, C.R. Townsend(著)
【訳者】堀道雄監訳/神崎護・幸田正典・曽田貞滋校閲責任
【刊行】2003年3月31日(第2刷:2003年11月15日)
【出版】京都大学学術出版会,京都
【頁数】1304 pp.
【定価】12,000円(本体価格)
【ISBN】4-87698-606-1



【書評】※Copyright 2003 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved
本書の重さ(2.9kg)と厚さ(1300頁)を前にしてたじろがない読者は,そうとう腕力があるにちがいない.つくばでの生態学会第50回大会の会場で,印刷されたばかりの本書がどんと積み上げられた「山」を遠巻きに眺めていた参加者が少なからずいたことを私は知っている.にもかかわらず,覚悟を決めて通読してみて意外なほど疲労感があとに残らないのは,版を重ねてきた教科書ならではの熟成の証左なのだろう.この分量にはそれに匹敵するだけの意味がこめられている.

記憶をたどってみると,私が大学に入学した頃は,ちょうどオダム著『生態学の基礎』(全2巻,1974年,培風館,原書第3版)が翻訳出版されたばかりだった.生態学のまとまった教科書といえばこの本を指していた.生態系の生態学に軸足を置いたオダムの教科書は,地球規模での物質循環やエネルギー流など,とにかくグローバルな視点での応用生態学が印象的だった.

オダムから30年が経過し,本当に久しぶりにこのベゴンらの『生態学』を手に取ってみて,かつて「生態系」が占めていた位置に,いま「群集」というキーワードがあることに気づかされる.ローカルな地域環境に成立した群集のあり方が現代生態学の基本スタンスであるとしたら,この30年間にたどった学問的発展の大きさは目くるめくばかりである.

全体の構成は,個体からはじまり,個体群を経て,群集へとスケールの階梯を昇っていく.環境内での生物個体の生存条件,生物間の相互作用,そして群集の中でのネットワークへと複雑性の段階を追うにつれて,しだいに関係の学としての生態学の全体像がつかめるように,章立てがなされている.数式は驚くほど少ない(心配になるほど).むしろ,うまく配置された豊富で具体的な事例を通じて学ばせるという方針が置かれているのだろう.初学者にとって,内容的には決して易しくはないが,教育上はたいへん優しい教科書だ.

本書は,その内容を見ると必ずしも「教科書」的ではない.いたるところに著者たちの主張がはっきりと打ち出されているからである.たとえば,数理モデルの功罪に言及したり,生物多様性保全のあり方を論じている箇所は,格好の論議の素材を提供するだろう.また,随所に進化生態学の内容は十分に盛り込まれているが,歴史生態学的な視点はいささか弱いかもしれない.

最後に,翻訳のこと――よくぞ訳してくれたというのが正直な心情.翻訳・監訳に携わった関係者は,出版にこぎつけるまでさぞやたいへんな苦労を舐めただろうと推察する.訳文にはところどころ砂粒のようなミスが散見される(その頻度は章によって差があるようだ).しかし,このような大著が日本語で読める幸せに比べれば,そういう「ざらつき」は許容範囲だ.かつて大学の教養課程でオダムの『生態学』を読んだ私は,生態学という新しい世界が眼前に開けていくのを感じた.今後ベゴンらの『生態学』をひもとくであろう多くの読者にも同じ知的体験を共有してほしいと思う.

※翻訳上のミスを訂正した本書第2刷が2003年11月4日に出版されると聞いている.また,本書の正誤表は出版元のウェブサイトにも掲載されるとのことである.

【目次】
本書のねらい
はじめに ― 生態学の領域

第1部 生物

第1章 生物と環境との対応
第2章 環境条件
第3章 資源
第4章 単体型生物とモジュール型生物の生活と死
第5章 空間的時間的な分散・移住と分布様式


第2部 相互作用

第6章 種内競争
第7章 種間競争
第8章 捕食
第9章 捕食者の行動
第10章 捕食者の個体群動態
第11章 分解者とデトリタス食者
第12章 寄生と病気
第13章 共生と相利


第3部 中間的な概観

第14章 生活史の多様性
第15章 個体数の多さ
第16章 存在量の操作:駆除と間引き


第4部 群集

第17章 群集の性質
第18章 生物群集におけるエネルギーの流れ
第19章 生物群集における物質の流れ
第20章 群集構造への競争の影響
第21章 群集構造への捕食と撹乱の影響
第22章 食物網
第23章 島,面積,移入
第24章 種の豊富さのパターン
第25章 保全と生物多様性

用語解説
訳者あとがき
引用文献一覧
学名索引
生物名索引
事項索引
著者・訳者紹介