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系統推定のためのソフトウェアの紹介
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今後、なんらかの機会に系統推定ソフトウェアを利用される場合の参考になるサイトをいくつか紹介しておきます。

現在、おびただしい数の系統推定ソフトウェアが有料あるいはフリーで配布されています。その大部分は次の PHYLIP サイト:

● PHYLIP Homepage
http://evolution.genetics.washington.edu/phylip.html
の中の
Phylogeny Programs (List)
http://evolution.genetics.washington.edu/phylip/software.html

からリンクが張られています。(100以上リストアップされている)

このサイトにある「PHYLIP」(by Joe Felsenstein)は、たいへん有名な系統推定ソフトウェア(フリー)ですので、もし必要に迫られて系統樹をつくる必要がある場合には上記サイトからダウンロードして用いることができます(Mac/Win/Unixなどほとんどすべての計算環境用にコンパイルされた実行ファイルが配布されています)。

私が今回の集中講義で用いるソフトウェアは、次の二つです:

● PAUP* 4.0 - Phylogenetic Analysis Using Parsimony (*and other methods)
http://paup.csit.fsu.edu/index.html

● MacClade 4.0 - Analysis of Phylogeny and Character Evolution
http://phylogeny.arizona.edu/macclade/macclade.html

いずれも有料(US$150)ですが、Sinauer Associates から「書籍」として購入可能です。

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生物系統学の文献の紹介
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参考文献をいくつか列挙しておきます。

(1)系統樹思考
○三中信宏(1997)『生物系統学』 東京大学出版会, 東京, xiv+458pp.
系統という思考法が理系・文系という学問の壁を超えた広がりをもつことを、本書の
第1章(1.1節:「歴史」を推定すること)ならびに第3章(3.1節:系統の大いなる
分岐)で示しました。

(2)系統学の哲学
○エリオット・ソーバー(1996)『過去を復元する:最節約原理・進化論・推論』(
三中信宏訳)蒼樹書房、東京、318pp.
系統推定がどのような論理に基づいているのかを明らかにした本。最節約法と最尤法
との関係についても詳述されています。

○三中信宏・鈴木邦雄(2002)生物体系学におけるポパー哲学の比較受容. 所収:日
本ポパー哲学研究会(編),『批判的合理主義・第2巻:応用的諸問題』,
pp.71-124. 未來社,東京.
系統推定の基盤としての科学方法論を解明する。アブダクションによる推論を中心に
記述。日本における体系学の近現代史にも言及しました。

(3)系統推定法(距離法・最節約法・最尤法)
○Swofford, D.L. et al. (1996), Phylogenetic inference. Pp.407-514 in: D.M.
Hillis et al. (eds.), Molecular Systematics, Second Edition. Sinauer,
Sunderland.
広範囲にわたる系統推定法を比較記述しています。全体像を鳥瞰する上で、もっとも
役に立つ基本文献です。

○三中信宏(1997)『生物系統学』 東京大学出版会, 東京, xiv+458pp.
第4章では最節約法に関して詳しく説明しました。

○長谷川政美・岸野洋久(1996)『分子系統学』岩波書店, 東京, x+257pp.
分子系統学における最尤法を解説しています。死んじゃダメだよッ!

○Page, R.D.M. and E.C. Holmes (1998), Molecular Evolution: A Phylogenetic
Approach. Blackwell, Oxford, vi+346 pp.
分子進化学の教科書ですが、系統推定法についての説明は秀逸です。輪読に向いてい
ると思います。

○Nei, M. and S. Kumar (2002) Molecular Evolution and Phylogenetics. Oxford
University Press, New York, xiv+333 pp.
距離法(近隣結合法など)に重点を置いた系統推定の教科書です。今年中に培風館か
ら翻訳が出版される予定であると聞いています。

○木村資生『分子進化の中立説』紀伊國屋書店
○根井正利『分子進化遺伝学』培風館

昨日の講義でも頻繁に言及しましたが,分子系統学の中でも最尤法のような「モデル・ベース」の推定法を使いこなすには,分子進化モデルに関する知識が必要になってきます.これらの分子進化学の教科書が役立つでしょう.

○Barry G. Hall (2001) Phylogenetic Trees Made Easy:
A How-to Manual for Molecular Biologists.
Sinauer Associates, Sunderland, xii+179 pp.
系統推定の手法やソフトウェアがあまたある現在,ある意味での「ハウツー本」の登場は問題だったと言えるでしょう.系統学や進化学にすごくうとい分子生物学者のためのハウツー本として紹介しておきます.本書は,PAUP*を用いた系統推定の【裏マニュアル】としても利用できるでしょう.分子データの検索から始まって,Clustal X を用いたアラインメント,PAUP*による系統解析,MrBayesによる系統樹のベイズ推定などの手順が詳しく示されています.文字どおりのマニュアル.難を挙げるならば,MacCladeに言及されていない点かな.

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系統推定法の相互比較
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初日の講義で,系統推定法の結果の相互比較について話をしました.原理的に「真実」に到達できないという歴史学的性格をもつ系統学では,主としてコンピューター・シミュレーションを通して,系統推定法の性能(performance)を比較しています.

このシミュレーション研究では,あるモデル系統樹を前提として仮想的に塩基配列を in silico に生成し,そのデータに基づいて系統推定した結果がモデル系統樹の樹形を正しくヒットしているかどうかという「命中率」により,各推定法の成績評価をします.

1990年代にはじまるこのシミュレーション研究のいくつかを下記に列挙しておきます.年代順です.

Huelsenbeck, J.P. and D.M. Hillis 1993. Success of phylogenetic methods
in the four-taxon case. Systematic Biology, 42:247-264.
※もっとも初期のシミュレーション研究.OHPでお見せしましたように,
 4-taxon case について網羅的・徹底的な比較をしました.その後の研究
 の手本となった論文.最尤法は含まれていません.多くの系統推定法が
 誤った結果を導く探索空間内の「Felsenstein領域」が発見されました.

Hillis, D.M., J.P. Huelsenbeck and C.W. Cunningham. 1994. Application and
accuracy of molecular phylogenies. Science, 264: 671-677.

Hillis, D.M., J.P. Huelsenbeck and D.L. Swofford. 1994. Hobgoblin of
phylogenetics? Nature, 369: 363-364.

Huelsenbeck, J.P. 1995a. Performance of phylogenetic methods in
simulation. Systematic Biology, 44: 17-48.

Huelsenbeck, J.P. 1995b. The lobustness of two phylogenetic methods:
four-taxon simulations reveal a slight superiority of maximum likelihood
over neighbor joining. Molecular Biology and Evolution, 12: 843-849.

Nei, M., N. Takezaki and T. Sitnikova 1995. Assessing molecular phylogenies.
Science, 267: 253-255.

「Felsenstein領域」では最尤法の方が最節約法よりも命中率が高いです.一方,別のタイプのモデル系統樹を用いたシミュレーション研究では,逆に最節約法の方が最尤法よりも命中率が高くなる「Farris領域」が発見されました:

Siddall, M.E. (1998) Success of parsimony in the four-taxon case:
Long-branch repulsion by likelihood in the Farris zone.
Cladistics, 14: 209-220.

数多くの系統推定法があり、それぞれ一長一短があるのですが、「真実」に照らしてシロクロを決着つけるということができない問題ですので、どうしても論争がヒートアップします。もともと体系学(systematics)の世界は、大論争が絶えない学問領域で、前に挙げました文献:

○三中信宏(1997)『生物系統学』 東京大学出版会, 東京, xiv+458pp.
○三中信宏・鈴木邦雄(2002)生物体系学におけるポパー哲学の比較受容.
所収:日本ポパー哲学研究会(編),『批判的合理主義・第2巻:
応用的諸問題』,pp.71-124. 未來社,東京.

でも、過去40年の論争と論点の推移を鳥瞰しました。

分子系統学が浸透した現在は「最節約法(MP) vs 最尤法(ML)」の論争がホットです。これまた、前に挙げた:

Huelsenbeck, J.P. and D.M. Hillis 1993. Success of phylogenetic methods
in the four-taxon case. Systematic Biology, 42:247-264.

Siddall, M.E. (1998) Success of parsimony in the four-taxon case:
Long-branch repulsion by likelihood in the Farris zone.
Cladistics, 14: 209-220.

では、ML>MPとなる「Felsenstein領域」と ML<MPである「Farris領域」が示されたわけですが、これは上の論争の発現のひとつであると考えられます。

もっと根源的に言えば、「系統推定において進化モデルをどこまで組み込んでいいのか?」という推論様式の問題に帰着されます(三中・鈴木 2002)。したがって、この問題はデータによって決着はつかず、むしろ科学哲学の問題(経験的推論における背景理論の組込みのあり方)として論議が進んでいくでしょう。

Systematic Biology 誌の50巻3号(2001年)では「系統推定とカール・ポパーの著作」という特集が組まれています。最尤法の科学哲学的基盤が哲学者カール・ポパーの仮説演繹主義に根差しているという標的論文に対するレスポンスが展開されています。

その特集を読んだ日本の研究者の多くは「何だコレは?」という違和感ををきっと覚えるでしょう。データではなく哲学の論議ですから。日本人研究者はもともと哲学の素養がないので、こういう議論についていけないのです(誇張ではありません)。しかし、それでは【サル】や【シカ】と同程度なのです。体系学や系統学を学ぶ上で「哲学」は必須です。その智慧だけが【ヒト】に向かって「進化」する方策を与えているとぼくは思っています。