【書名】闘蟋:中国のコオロギ文化
【著者】瀬川千秋
【刊行】2002年10月10日
【出版】大修館書店,東京
【叢書】あじあブックス044
【頁数】4 plates + viii + 255 pp.
【定価】1,800円(本体価格)
【ISBN】4-469-23185-1





【書評】※Copyright 2003 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

何よりも著者の「のめりこみ」ぶりが感動的.オモテにはなかなか見えてこない中国の「闘蟋」を知るべく,上海のコオロギ老師の内弟子になってまで,コオロギとそれを通した中国[人]の内面を掘り下げる.もちろん,主役はコオロギなのだが,文字どおり寝食をともにしてコオロギと一体化した人々の存在が印象に残る.とくに,第I章の初めて闘蟋を見るまでのストーリーは,現実世界から浮遊して民話の香りがする.

中国のコオロギ文化は1200年もの歴史をもつ伝統的「文化」なのだと著者は言う(第II章).闘蟋に熱中するあまり民を忘れ国を滅ぼした為政者のエピソード,より強いコオロギを求めての悲喜劇,闘蟋が身を立てる者のあれば反面身を滅ぼす者も数知れず――その賭博性は多くの中国人を虜にしてきただけでなく,中国文化をも形成してきたことが垣間見えてくる.

上海の老師に弟子入りした著者は,連日コオロギの養生に追われる(第III〜IV章).驚きはコオロギの飼育方法.昔,私がコオロギを自宅で飼っていたときは,大きめの容器に土を入れ,枯れ草や隠れ場所を用意し,野菜や果物そして小魚のような動物タンパク質を与えていた.ところが,本書に述べられているコオロギ戦士の育成方法はすべての点でちがっていた.養盆という素焼きの器で一匹ずつ飼い,ときどき水浴びさせ,主食はミネラルウォーターに浸した飯粒であり,動物性タンパク質はあまり与えないとか.ちょっとしたカルチャー・ショック.

確かに,闘蟋は中国文化にまで昇華している.コオロギのためのさまざまな民具――ほとんどブランド銘柄として確立された養盆(第VI章)をはじめ,食べ物や水の皿,寝床など「闘士」たちの生活品の洗練ぶりは日本では想像すらできないものだし,闘蟋のためのさまざまな小物たちも中国ならではの虫具といえるだろう(第V章).

なぜ中国人だけがこれほど闘蟋にのめりこむのか――自らのめりこんだ著者は,中国的世界観(たとえば「壷中天」思想)が闘蟋フィーバーの背後にあるのではと推測する.

とにかく,新鮮な発見や驚きが味わえる本である.

三中信宏(30/August/2003)


【目次】
はじめに 1

I. 虫の闘い,人間の闘い 15
   はじめての闘蟋見物
   闘いの作法

II. コオロギ文化の歴史 55
   鳴く虫から闘う虫へ――周〜唐代
   済民の「コオロギ和尚」,亡国の「コオロギ宰相」――宋代
   国民を翻弄した「コオロギ皇帝」――明代
   コオロギビジネス花盛り――清代
   庶民のコオロギ,お大尽のコオロギ――民国〜現代

III. 上海のコオロギ楽園 109
   沈老人との出会い
   弟子入りを許される

IV. 蟋蟀迷〈コオロギマニア〉の四ヶ月 139
   虫を求めて西へ東へ
   コオロギに奉仕する日々
   千二百年の房中術
   軍師の仕事

V. 虫の道具図鑑 183
   【闘蟋に使う道具】
   【飼育に使う道具】
   【虫の音を楽しむための道具】
   【葫蘆の話】

VI. 中国コオロギ文化の粋「養盆」 217
   コオロギ飼育は養盆から
   養盆小史
   養盆の町「陸墓鎮」を訪ねて
   虫は一秋,盆は一生

おわりに 249
主な参考文献 253