【書名】白菜のなぞ
【著者】板倉聖宣
【刊行】2002年10月09日
【出版】平凡社,東京
【叢書】平凡社ライブラリー447(offシリーズ)
【頁数】viii+148 pp.
【定価】900円(本体価格)
【ISBN】4-582-76447-9
【備考】板倉聖宣 (1994)『白菜のなぞ』(仮説社)の復刻.

【感想】※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

噛むほどに滋味のある【種】と【分類】の本

初版が8年も前に出ていたとはまったく知らなかったあ.うかつだった.理科教育関連の本だったせいか,店頭で見かけなかったからか,とにかく今回「新書」化されてはじめて手にすることになった.

本書は,味わいのある【種】と【分類】の本である.ハクサイという身近な野菜を題材にして,日本にどのように持ちこまれることになったのか,その育種にどのような苦労や人間模様があったのかを詳しくたどっている.ふりがなもふってあるので,きっと小学生でも読めるだろう.

本書に描かれたような野菜の変遷や育種の過程は,農学史としてだけではなく文化史としても興味深いテーマだ.地理的次元をもつ生物の系譜の変遷過程が有史の中でたどれるという点でも,作物は貴重な情報源である.随所に出てくるダイコンやカブの挿し絵は年若い読者の好奇心を絶えず掻き立てるだろう.科学書として良質な要素を私は感じる.

本書を執筆するそもそもの動機は,生物学教育の中で「〈生物学上の種の概念〉がどうもよくわからない」(p.129)という著者の問題意識にあったそうだ.著者の基本的主張はこうなる:

「種の概念には,だれもが納得する定義はない」とすると,中学・高校で種の概念を教えることなどできっこないことになるからです.(pp.130-131)

種の概念が混乱しているのではなく,むしろ,新しい種の概念が確立しつつあるという点を著者は強調する:

植物学者や農業の研究者たちが,古い種の概念で混乱した末に,新しい種の概念ですっきりとしてきた歴史が読み取れる.(p.132)

専門的な研究者の間でさえ【種】問題は激論の的であり続けてきたのだ(今なお).それを考えれば,初等的な生物学教育の中で【種】がやっかいな問題であることは十分に想像できる.著者はこの状況に対して,「種はある」というスタンスから本書を書いた.しかし,同じ題材に対して,それとは正反対のスタンスからもう1冊の本を書くことはきっと不可能ではないと私は考える.私にとっては,ハクサイという植物の「認知分類」のありようを伝えるというもう1つのメッセージが本書から読み取れるからである.

本書は【種】と【分類】に関するもやもやを子どもたちに伝えるという点で稀有の本だと思う.しかも,著者の意図するところとは正反対のメッセージを読者が読み取るかもしれないという点でも実に興味深いテキストだ.読者の反応をリサーチしてみたくなった.

三中信宏(31/December/2002)



【目次】
第1話 なぞのはじまり 9
 日本人はいつごろからハクサイを食べるようになったのか
 明治時代になってから!? どうして?

第2話 ハクサイが日本にやってきたころ 23
 「中国にいい作物はないのか」
 なぜか でき が年ねん,悪くなっていく
 日本初,栽培に成功,でも……

第3話 所かわれば品かわる 39
 好きな作物を作りたい でもそうはいかなかった
 形はカブでも名前はダイコン
 言葉を使いわけて仲間わけすっきり

第4話 ハクサイの栽培にかけた人たち 67
 野崎徳四郎さんのハクサイ栽培への取り組み
 科学の知識はそれを求める人のところに集まる
 日清戦争が高めたハクサイの名
 愛知県に始まり,茨城県や宮城県でも
 茨城県での成功で大躍進

第5話 ようやく取れた日本うまれのタネ 87
 沼倉吉兵衛さんと菅野鉱太郎さんの出会い
 二人が思いついたうまい案
 やっと取れたすぐれたタネ
 日本うまれのタネが次第に

第6話 花粉のなぞに迫る 103
 ハクサイにまざる花粉はあるのかないのか
 一度に解けはじめた〈なぞ〉
 長くつづいた混乱の時代

第7話 あなたの「?」がなぞを解く 119
 カブとダイコン 違いはどこで区別する?
 そうだ! タネで区別できるかも
 うれしい大発見

あとがき 129
平凡社ライブラリー版・あとがき 139
解説――白菜はただものじゃない(平松洋子) 142