<Review> G.P. Wagner (2001), The Character Concept in Evolutionary Biology. Academic Press (1)
EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from 高崎)です.

※ まだ「正月」モード.

数ヶ月前にアナウンスした新刊がほぼ消化完了です.(げぇっぷ)

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【書名】The Character Concept in Evolutionary Biology
【編者】Guenther P. Wagner
【刊行】2001年
【出版】Academic Press, San Diego
【頁数】xxiv+622 pp.
【価格】US$ 74.95 (hardcover)
【ISBN】0-12-730055-4
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タイトルがおとなしいので買ったまましばらく放置していたのですが,読んでみると「ただごとではない」ことがわかりました.

「正 し い 形 質」を 見 つ け よ う

としている研究者グループがあるのですね.

まずは編者の趣旨宣言:「生物の‘真’の形質を認識するにはどうすればいいのか?」(p.xvii)にびっくりする.真の形質(true characters)っていったい何? 要するに,Guenther Wagner は,人為的な生物属性の分割ではなく,自然に分割された属性(すなわち‘真’の形質)を発見しようと宣言し,この論文集で彼の研究グループの成果を公表する(Part 2 がそれ).

次のアナロジーは今後の議論で注目しておいた方がいいと思う.Wagner は真の形質とは自然類(natural kind)であると言う.すなわち生物属性の自然な個物化(individuation)が真の形質だという立場です.ここで登場するアナロジーが「形質とは種やクレードと同じく個物である」(p.10)というもの.彼の考えでは,形質問題(the character problem)は種問題(the species problem)と同じ位相をもつようだ.

形質が種と同じく「自然類」として認知されるものだとすると,それはどのような手順で得られるのか? Wagner らは「公理化」とでも呼べる構想を育てている.すなわち,形質は個体(organism)の分割であるから,存在論的に個体は形質に先行する(p.144).そして,真の形質を発見するという問題は,この個体をいかにして【自然に分割された形質】の集合として復元できるかという,一種のシステム論的分割問題として定式化する.

ここでいうシステムとは「一般システム理論」で言うシステムである(Chap.10).このシステム分割はある代数系の性質――形質空間の直交分割によって得られる同値類――に帰すことができるという(Chap.9).このあたりの公理化はかつて1970年代に G.F. Estabrook らが形質整合性分析のもとで行なった cladistic character の公理化と似ているようだ.

この個体の自然分割によって得られる属性の自然類(真の形質)を K. Schwenk は形質複合体(モジュール)と呼んでいる.このモジュールは,個体のもつ形質空間の中で quasi-independent(sensu R.C. Lewontin)な機能的単位として作用する(Chap.7).

本論文集の前半250ページ(とくに Part 2)は,私のような読者にはかなりつらい「登山」である.真の形質を定義するというのはそもそもできない相談ではないか? 編者らの研究グループはこの疑問を【システム論】と【公理化】で解決しようとする.単に私の味覚には合わないだけである.

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【目次】
Contributors xi
Preface xvii
Foreword

Characters, units and natural kinds: An introduction
(Guenther P. Wagner) 1

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Part 1: Historical roots of the character concept
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1. A history of character concepts in evolutionary biolgy
(Kurt M. Fristrup) 13
2. An episode in the history of the biological character concept:
The work of Oskar and Cecile Vogt (Manfred Dietrich Laubichler) 37
3. Preformationinst and epigenetic biases in the history of
the morphological character concept (Olivier Rieppel) 57

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Part 2: New approaches to the character concept
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4. Character replication (V. Louise Roth) 81
5. Characters as the units of evolutionary change (David Houle) 109
6. Character identification: The role of the organism
(Guenther P. Wagner and Manfred D. Laubichler) 141
7. Functional units and their evolution (Kurt Schwenk) 165
8. The character concept: Adaptationinsm to molecular developments
(Alex Rosenberg) 199
9. The mathematical structure of characters and modularity
(Juhnyong Kim and Minhyong Kim) 215
10. Wholes and parts in general systems methodology (Martin Zwick) 237

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Part 3: Operationalizing the detection of characters
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11. What is a part (Daniel McShea and Edward P. Vent) 259
12. Behavioral characters and historical propeerties of motor patterns
(Peter c. Wainwright and John P. Friel) 285
13. Homology and DNA sequence data (Ward Wheeler) 303
14. Character polarity and the rooting of cladograms
(Harold N. Bryant) 319

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Part 4: The mechanistic architecture of characters
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15. The structure of a character and the evolution of patterns
(Paul M. Brakefield) 343
16. Characters and environments (Massimo Pigliucci) 365
17. The genetic architecture of quantitative traits
(Trudy F.C. Mackay) 389
18. The genetic architecture of pleiotropic relations and differential
epistasis (James M. Cheverud) 411
19. Homologies of process and modular elements of embryonic construction
(Scott F. Gilbert and Jessica A. Bolker) 435
20. Comparative limb development as a tool for understanding the
evolutionary diversification of limbs in arthripods: Challenging
the modularity paradigm (Lisa M. Nagy and Terri A. Williams) 455

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Part 5: The evolutionary origin of characters
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21. Origins of flower morphology (Peter K. Endress) 493
22. Origins of butterfly wing patterns (H. fred Nijhout) 511
23. Perspectives on the evolutionary origin of tetrapod limbs
(Javier Capdevila and Juan Carlos Izpisua Belmonte) 531
24. Epigenetic mechanisms of character origination
(Stuart A. Newman and gerd B. Mueller) 559
25. Key innovations and radiations (Frietson Galis) 581

Index 607
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<Review> G.P. Wagner (2001), The Character Concept in Evolutionary Biology. Academic Press (2)
EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from 練馬・春日町)です.

場所を移して,続きです.

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【書名】The Character Concept in Evolutionary Biology
【編者】Guenther P. Wagner
【刊行】2001年
【出版】Academic Press, San Diego
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先の書評では,つい Part 2(pp.77-256)のことばかり書いてしまいました.Part 1(pp.11-75)と Part 3(pp.257-338)は,もう少し勉強になります.

Part 1 では,進化生物学における「形質」概念の歴史を振り返ります.Kurt Fristrup(Chap.1)は,歴史的パターンに関心をよせる体系学者と進化プロセスの解明を目指す進化学者とでは,関心の対象となる「形質」にズレがあると指摘します.すなわち,体系学者は単一生起の形質(autapomorphy)を系統発生のマーカーとして重要視するのに対し,進化学者は適応仮説のテストのため複数回独立に生起する形質(homoplasy)に着目するというちがいです(p.14).

「形質」ということばは各人各様に用いられており,その意味を明示化することは対話のためにも必要となります.とくに,形質が方法論的な artifact か,それとも何らかの意味での自然類とみなすべきかどうかは重要な論点です.もし,形質が artifact であるならば,生物の形質への分割は恣意的ということになります.いっぽう,形質が自然類であるとするならば,【形質化】――“characterization”(p.28)――は生物学的に意味のあるやり方で分割される必要があることになるからです.(私の考えでは,形質は生物個体の「分割」ではなく,単なる「マーカー」となるのですが.)

【形質化】の論点は,Olivier Rieppel(Chap.3)によって別の次元で展開されます.彼は,生物個体の概念化には「前成説」と「後成説」の二つの視点があり,前者は生物を形質に分割して体系化を行なうが,後者は生物を発生的・機能的な「全体」とみなします(p.58).前成説は知的伝統としては原子説(atomism)につらなり,形質の寄せ集めが生物個体を形成するとみなす(p.71)のに対し,後成説はその観点に対して異議を唱えます.

Manfred Laubichler の論文(Chap.2)は,およそ1世紀前にドイツの脳科学を確立した Vogt 夫妻に関する科学史的なエピソードです.ここでは,当時の脳科学における「形質」観――大脳新皮質の形質をどのように見出すか――を Vogt 夫妻がどのようにかたちづくっていったかが述べられます.彼らの形質特定の手順は,構造的同定と機能的個物化という2段階からなります(p.39).脳のアーキテクチャーを解明する上で,この「形質」概念は重要だったとのことです.

おもしろいのは,Vogt 夫妻が脳構造の変異に基づいてその進化や種分化を考察していたことです.彼ら自身広範なハチの収集を行なったのは,脳研究にゆくゆくは結びつけようという意図があったからだそうです.Vogt 夫妻の研究室は,20世紀初頭にカイザー・ヴィルヘルム脳科学研究所(ベルリン)となりましたが,その中にショウジョウバエ遺伝学のセクションが設けられたのは,ショウジョウバエの遺伝的変異の研究を脳研究に連結させようという Vogt 夫妻の意図があってのことだそうです(Timofeeff-Ressovskijをこのセクションにヘッドハントしたのは夫の Oscar Vogt).

Part 3 では,より具体的に「形質」発見の手順について論じられます.D. McShea & E. Venit(Chap.11)は,構成要素の相互作用の集合として「パーツ」を定義し,そのパーツの階層性を構築するアルゴリズムを与えています(p.275).これっておもしろい.P. Wainwright & J. Friel(chap.12)は「行動」形質の発見手順を示します.続く Ward Wheeler(Chap.13)は,塩基配列データにおける形質観の提案(塩基ではなく配列全体を形質とみなす)をし,最後の H. Bryant(Chap.14)は,形質の方向づけに関する主張を概観します.

※ Part 4(pp.339-488)と Part 5(pp.489-605)については,あとでまた.

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<Review> G.P. Wagner (2001), The Character Concept in Evolutionary Biology. Academic Press (3/last)
EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from またまた高崎)です.

※ これでやっと終われる.

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【書名】The Character Concept in Evolutionary Biology
【編者】Guenther P. Wagner
【刊行】2001年
【出版】Academic Press, San Diego
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後半の250ページ(Part 4: pp.339-488 と Part 5: pp.489-605)は,具体例がたくさん登場します.論文集構成としては【バクダン】な Part 2 を後回しにして,この 4 と 5 を先にもってきた方がよかったんじゃないかな?

Part 4 は「形質」の遺伝的・発生学的な成立に関する章が含まれています.

チョウの斑点(eyespot)パターンの遺伝を論じたP. Brakefield(chap.15)は後の F. Nijhoud の論文(Chap.22)とともに,斑点形成システムがモジュールとして「形質」と呼ぶにふさわしいと主張します(p.343).

続く,M. Pigliucci(Chap.16)は表現可塑性(phenotypic plasticity)の観点から「形質」観の再検討を要請します.形質に関する過去の議論では「環境の果たす積極的役割」が考慮に入っていなかった(pp.364,381)と彼は考え,「環境間相同(interenvironmental homology: 376)という拡張概念が必要になると言います.(本章で reaction norm と表現可塑性が同義ではないことを私は知りました.)

Chap.17 & 18 は量的遺伝子座位(QTL)の論文です.

T. Mackay(Chap.17)はショウジョウバエの体節剛毛数の量的遺伝について論じます.この「剛毛数」という形質は,「モデル生物」としてのショウジョウバエのなかでも典型的な「モデル形質」として詳しく調べられており,その遺伝システムの概要が本章で述べられています.現在はQTLから遺伝子(candidate genes)探索に進む段階に入っているとのこと.

マウス顎骨については,発生様式・量的遺伝・形態測定の各方面からデータが集積されつつありますが,J. Cheverud(Chap.18)は,マウスの顎骨形態のQTL分析を通して,顎部分の形質モジュールの発見ならびに関連遺伝子の多面発現(pleiotropy)について論じます.遺伝子の多面発現パターンが機能的・発生的モジュール内に限定されているのではないかという仮説(p.430)はおもしろいです.

Scott Gilbert & J. Bolker(Chap.19)は,「プロセスの相同性」という概念を提唱します.プロセスの相同化は,従来の形態・構造の相同化とは質的に異なると彼らは言います.解剖学的には相同とみなされなくてもプロセスとしては相同であるという事例があるからです(pp.438-439).プロセスあるいはプロセスの複合体――たとえば「発生プロセス」――は,単に構造の相同化の手がかりを与えるだけではなく,それ自身「形質」である(p.443).ほかにこんな発言も→現象としての共有派生形質(synapomorphy)が原因としてはホモプラジーに由来する可能性もある(p.445)/進化学者は遺伝子を「マーカー」とみる傾向があるが,発生学者にとっての遺伝子は「causal agent」だ(p.446)/「発生学orientedな進化的総合理論」がいま必要とされている(p.452).この章は論点がたくさんありますね.

本 Part の最後の章(Chap.20)で,L. Nagy & T. Williams は節足動物の付属肢の比較発生学を論じます.節足動物の形態的構造は連続相同としてのモジュール性(分離可能なユニットから構成される)がこれまで仮定されていたのですが,著者はこのモジュール性が節足動物に広く成立するかどうかは疑わしいと言います(p.456).肢のモジュール性についてはショウジョウバエでの詳細な研究がありますが(pp.462-466),このモデル生物での結論は必ずしも節足動物にそのまま一般化できるわけではないとのこと(p.483).モジュール性そのものが進化する形質だろうと著者は示唆します(p.479).

最後の Part 5 は形質の進化的起源についてです.とくに「鍵革新(key innovation)」に関する論議(問題点の指摘と再定義ならびにそのテストについて)がくり返し浮上します.

P. Endress(Chap.21)は,花の進化における鍵革新の出現を論じます.彼は,鍵革新とは「欠くことのできない生物学的役割を獲得した形質」(p.494)であると定義します.

F. Nijhout(Chap.22)は,チョウの斑点パターンの進化的起源をその発生メカニズムの進化の観点から論じています.翅の斑点パターンは,遺伝的に互いに独立であり,しかもその発生が階層的に制御されていることから(pp.514-515),コンパートメント(pp.524ff.)としてそれぞれ独自の進化を遂げてきたと著者はみなします.

続く J. Capdevila & J. Belmonte(Chap.23)は,四足動物の肢の進化発生遺伝学の総説.

S. Newman & G. Mueller(Chap.24)は,形質を進化させるエピジェネティックな要因の重要性を指摘します.遺伝子型と形態が相関するというのは進化的には新しく,もともとは可塑性と多型が原則だったのだろうと著者は言います.進化における形態形質の生成には,ジェネティック機構ではなく,エピジェネティック機構――「個体発生の,条件づけられた,プログラムされない決定要因」(p.561)――が主たる原因であるという主張が以下のページで展開されます.この主張のもとでは,鍵核心はホモプラジーである可能性が出てきます.そして,エピジェネティックに生じた形質がジェネティックに固定されるという進化方向を彼らは示唆しています(p.571).「そういう話もありですか?」って感じ.

最後の Chap. 25 では,鍵革新概念をテスト可能になるように再定義します.著者 F. Galis は,過去の鍵革新概念は経験的なテストが難しかったと指摘します.この点は,「鍵革新とは新たな形質空間を拓く(あるいは制約を打破する)革新である」(p.584)と再定義し,形質空間の広がりをテストすることで解決されるだろうと著者は言います.形質空間の「広がり」は,重複・分離・複雑化・新生などの進化的要因に由来する独立パラメーター数の増加としてとらえることが可能です(p.587).以下のページでは,それぞれの要因の具体例を挙げます.系統発生における鍵革新の出現は重要な形質であり,重みづけする論拠を提供すると著者は言います(pp.599-600).

編者は,Part 5 のイントロの中で,「形質が何であるかという議論が形質の生成原因の研究を導くことができるかどうか」という問題意識を「生物学的種概念が種分化(生殖隔離)の研究を発見的に導いてきた」と照応させています(p.490).やっぱり「形質=種」なのですね(編者にとっては).

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たいへんボリュームのある論文集ですが,各パートごとのイントロと,巻末(pp.607-622)の詳細な索引が付いているので,通読しなくても参考になります.ただし,本書はおそらく編集段階で見落とされたミスがかなり多く残っています.たとえば G. Wagner の序論では引用文献リストの後半部分が欠落しているようです(not「落丁」).

※ 本書のペーパーバック版が最近出た(orもうすぐ出る)との昨年末の新刊情報が届いています.ご参考まで.
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