2005年度統計関連学会連合大会
企画シンポジウム〈7〉

幾何学的形態測定学における統計学

オーガナイザー:三中信宏(農業環境技術研究所)
座長:三中信宏(農業環境技術研究所)



日時:2005年9月14日(水)15:00〜17:00
場所:広島プリンスホテル(C会場)

15:00 - 15:25 三中信宏(農業環境技術研究所)
幾何学的形態測定学のルーツと現在:生物学・数学・統計学の接点で

15:25 - 15:50 岩田洋佳(中央農業総合研究センター)
作物の「かたち」を計る:作物器官形状の定量的評価とその統計遺伝学的研究

15:50 - 16:15 石原茂和(広島国際大学人間環境学部感性情報学科)
かたちと感性の関係:Morphometricsによる,かたちの統計的扱いの試み

16:15 - 16:40 江田真毅(九州大学大学院比較社会文化研究院)
幾何学的形態測定の考古学への応用:薄板スプライン法による遺跡出土鳥類骨同定の試み

16:40 - 17:00 総合討論(司会:三中信宏)


趣旨

形態を定量的に解析する研究領域である形態測定学(morphometrics)は,過去20年の間に理論的・方法論的に長足の発展を遂げ,それと並行してコンピュータによる画像解析と計算能力が 格段に進歩したことによりさまざまな事例(生物学,医学,考古学,製品科学など)に対して実際に適用できる分析ツールとしての地位を確立しつつある.とりわけ,幾何学的形態測定学(geometric morphometrics ※→文献)と呼ばれる理論体系は,形態データのもつ幾何学的情報を抽出し,その変異パターンを統計学的に解析する一連の手続きを提唱している.形態学と数学そして統計学の交わる領域で開花しつつあるこの新しい学問をめぐる現在の進展と今後進むべき方向性について論議する場をもちたい.[三中信宏]


幾何学的形態測定学のルーツと現在:生物学・数学・統計学の接点で

三中信宏(農業環境技術研究所)

生物形態の「かたち」をどのように定量化するかは,比較形態学の長い歴史の中で長らく論じられてきた.「かたち」から抽出された多変量データに対して線形統計学的手法を適用しようとした1960〜70年代の多変量形態測定学の反省をふまえて,「かたち」のもつ幾何学的情報(サイズとシェイプ)をすくいあげるためには,形態測定学の方法論そのものが幾何学的であるという認識が広まってきた.1980年代以降に発展してきた幾何学的形態測定学は,形状多様体という非線形空間上の形状確率分布を接線形空間に射影することで近似的な線形統計解析を行なう.本講演では,D'Arcy Thompson以来の形状数学の理論を起点として,生物学・幾何学・統計学の接点領域で成長してきた「かたちの数学」の現代史をたどり,「かたち」の定量化をめぐる過去の試行錯誤を振り返ることにより、今日の形態測定学を生み出した背景と今後について論じる.


作物の「かたち」を計る:作物器官形状の定量的評価とその統計遺伝学的研究

岩田洋佳(中央農業総合研究センター)

生物の形は,サイズとともに,生物形態の重要な因子のひとつである.生物の形は,ほとんどが量的形質であり,複数の遺伝子による遺伝的制御と環境効果とが複雑に絡み合った結果生じる.形を制御する複数の遺伝子の作用や,遺伝子と環境の交互作用を解析し理解するためには,形を定量的に評価し,統計遺伝学的解析にかける必要がある.形の数学的記述法は古くから様々提案されてきたが,近年のIT機器の高性能化・低価格化により,これら手法を実用的に利用できるようになっている.演者らは,遺伝育種学的視点から,様々な作物器官の形状評価に楕円フーリエ記述子を応用し,これまで評価が難しかった微細な変異を含めて形を定量的に計測できることを明らかにした.さらに計測値の統計遺伝学的解析により,作物器官の形の遺伝様式を明らかにできた.本講演では,作物形状の定量的評価手法について紹介するとともに,遺伝解析への応用例についてお話ししたい.


かたちと感性の関係:Morphometricsによる,かたちの統計的扱いの試み

石原茂和(広島国際大学人間環境学部感性情報学科)

感性工学の研究では,評価対象の形状についてカテゴリカル変数,名義尺度として扱ってきた.たとえば,製品の外見が横長/縦長/正方形に近い,角丸/角があるといった区分である.デザイン要素をxとし,yにある感性ワードでの感性評価値をおいて数量化理論1類などで解く.この方法はさまざまなデザイン要素の混在する状況で有力であり広く使われている.その一方で数量として形状を直接扱うことはあまりなされていない.本研究では,古生物学の分野で主に発展してきたMorphometricsの手法を用いる.かたちを統計学的に扱いうる数値に変換し,感性との関係を探る.題材として,自動車ヘッドライトの形状と感性評価との関係を分析する.かたちを純粋に表現するために解決すべき問題にサイズの大小,測定データの方向の回転の2つがある.ヘッドライトでも同様の状況で,車によってサイズは相当に異なり,また斜めに取りつけたように見える形状の車も多い.Generalized Procrustes Methodにより,これらを規格化することによって,多変量データとしてライト形状を扱うことが可能になった.



幾何学的形態測定の考古学への応用:薄板スプライン法による遺跡出土鳥類骨同定の試み

江田真毅(九州大学大学院比較社会文化研究院)

これまで日本の動物考古学では遺跡から出土した鳥類についてあまり活発な議論はなされていない。その最大の理由は、種間や属間でのシェイプの差異が少ないこと、反対に属内や科内でもサイズが多様なこと、さらには比較標本の不足から骨の同定が困難なためである。また、経時的な骨のサイズの変化から、現生の標本に基づく種同定が誤る可能性も指摘されている。一方で、遺跡から出土した鳥類骨をより低次の分類群で同定できれば、各分類群の生態の情報を利用して、人々の活動域や交易などのより詳細な考察が可能となる。幾何学的形態測定法の一つである薄板スプライン法は、データの共有が容易な二次元の画像データを利用して、形態をシェイプとサイズの二成分に分けて解析する特徴を持つ。本発表では、薄板スプライン法を利用したシェイプに基づく遺跡出土鳥類骨の科や属単位での同定、およびサイズを加味した種単位での同定の試みについて紹介する。



幾何学的形態測定学に関連する参考文献

  • Adams, D. C., F. J. Rohlf, and D. E. Slice 2004. Geometric morphometrics: Ten years of progress following the 'revolution'. Italian Journal of Zoology, 71: 5-16.
  • Bookstein, F. L. 1991. Morphometric Tools for Landmark Data: Geometry and Biology. Cambridge University Press, Cambridge.
  • Dryden, I. and K. V. Mardia 1998. Statistical Shape Analysis. John Wiley & Sons, Chichester.
  • Kendall, D.G., D. Bardon, T.K. Carne and H. Le 1999. Shape and Shape Theory. John Wiley & Sons, Chichester.
  • Marcus, L. F., M. Corti, A. Loy, G. J. P. Naylor, and D. E. Slice (eds.) 1996. Advances in Morphometrics. Plenum Press, New York.
  • 三中信宏 1999. 形態測定学. Pp. 60-99: 棚部一成・森啓(編), 古生物の形態と解析. 朝倉書店, 東京.
  • Morphometrics at SUNY Stony Brook
  • Rohlf, F. J. and L. F. Marcus 1993. A revolution in morphometrics. Trends in Ecology and Evolution, 8: 129-132.
  • Zelditch, M. L., D. L. Swiderski, H. D. Sheets, and W. L. Fink 2004. Geometric Morphometrics for Biologists: A Primer. Elsevier, Amsterdam.

Last Modified: 20 July 2005 by MINAKA Nobuhiro