【書名】R. A. フィッシャーの統計理論:推測統計学の形成とその社会的背景
【著者】芝村良
【URL 】http://www1.ocn.ne.jp/~kup/sinkan/816rafisher.html
【刊行】2004年2月29日
【出版】九州大学出版会,福岡
【頁数】vi+181 pp.
【定価】4,300円(本体価格)
【ISBN】4-87378-816-1

【書評】※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

統計学史の本.日本でこう言う分野の単行本が出るのはたいへん珍しい.九大出版会はよく出してくれた(拍手).農業統計学という「場」での統計理論の発展をたどっている.奥野忠一『農業実験計画法小史』(1994年10月13日刊行,日科技連,ISBN:4-8171-0380-9)はタイトル負けしているけど,今回の新刊はそういうことはなかった.

フィッシャー理論(と対立するネイマン/ピアソン理論)を,単に数理統計学の「理論」だけでなく,ユーザー現場(農事試験とか品質管理)の中でとらえなおそうという着眼点はいいと思う.数理統計学の近代史のビッグネームたち(ピアソン,フィッシャー,ネイマン/ピアソンら)の思想的なちがいが統計理論の適用現場でのユーザーたちとのコミュニケーションによってかたちづくられてきたという“社会派”の視点は,Jim Moore や Adrian Desmond がダーウィンやハクスリーを対象として進めてきた研究スタイルと相通じるものがあるように感じる.

しかし,ぼくが読んだかぎり,この本は「中間報告」の域を越える出来であるとは思えなかった.せっかくいいテーマをもっているのに「語りが足りない」.記述統計学から推測統計学への流れとともに,確率分布主導型からデータ主導型への流れを著者は指摘している.フィッシャーをめぐる論争のいくつかは現代もなお解決されていないとのことだが,それはなぜなのか,もともと解決できない形而上学に関わることなのか,叙述の歯切れが悪い.少なくともオープンな問題が残されているということは理解できた.しかし,そこから先が模糊としている.統計理論家と対象ユーザーたちは一体となってそれぞれ disjunct な「世界」をつくってしまっていたということなのかな.フィッシャーが勤務していたロザムステッド農業試験場を中心とする,農事試験への統計技法の積極的普及活動のようすはたいへん参考になった.かくあるべきだ.

芝村本を読んで知ったこと:新しいピアソン伝『Karl Pearson: The Scientific Life in a Statistical Age』(2004年,Princeton University Press, ISBN:0-691-11445-5)を書いたTheodore M. Porter の前著(『The Rise of Statistical Thinking 1820-1900』)はすでに翻訳されていた:T.M. Porter『統計学と社会認識:統計思想の発展 1820-1900』(1995年7月刊行,梓出版社,ISBN:4-87262-403-3).

三中信宏(8/February/2005)


【目次】
はしがき i
目次 iii
序論 1
1. 本書の目的と構成 1
2. 現代数理統計学とフィッシャーの統計理論 4
3. フィッシャーの統計理論に対する評価 7
4. 問題の所在 17

[Sir Ronald Aylmer Fisher の略歴 21]

第1章 フィッシャーの実験計画法 25
1.1 はじめに 25
1.2 農事試験と統計的方法 28
1.3 実験計画法の成立過程とフィッシャーの統計理論 36
1.4 おわりに 61

第2章 フィッシャーの有意性検定論の成立過程 69
2.1 はじめに 69
2.2 確率誤差検定 71
2.3 ゴセットのz検定 75
2.4 フィッシャーの有意性検定 80
2.5 おわりに 87

第3章 フィッシャーの統計理論とK.ピアソンの統計理論 94
3.1 はじめに 94
3.2 K. ピアソンのχ2適合度検定論 95
3.3 K. ピアソンの統計理論 100
3.4 フィッシャーの有意性検定論とK.ピアソンのχ2適合度検定論 108
3.5 おわりに 111

第4章 フィッシャーの有意性検定論とネイマン−ピアソンの統計的仮説検定理論 115
4.1 はじめに 115
4.2 ネイマン−ピアソンの統計的仮説検定理論 117
4.3 フィッシャーの有意性検定論とネイマン−ピアソンの統計的仮説検定理論 121
4.4 抜取検査とネイマン−ピアソンの統計的仮説検定理論 127
4.5 統計的検定論の展開と当時の社会的背景 145
4.6 おわりに 150
むすびにかえて 155
参考文献 161
人名索引 177
事項索引 179