【書名】ルネサンス哲学
【著者】チャールズ・B・シュミット,ブライアン・P・コーペンヘイヴァー
【訳者】榎本武文
【刊行】2003年9月10日
【出版】平凡社,東京
【頁数】xiv+497 pp.
【定価】7,000円(本体価格)
【ISBN】4-582-70245-7
【原書】Charles B. Schmitt and Brian P. Copenhaver 1992
Renaissance Philosophy. Oxford University Press.



【書評】※Copyright 2003 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

中世から続く思想系譜の連続体をルネサンスで輪切りにする

【ルネサンスの神話】――すなわち「古代を再発見」した人文主義者たちが「暗黒の中世」からの解放(再生=ルネサンス)を成し遂げたという通説はもう撤回するしかないだろう.本書の著者は言う:「ルネサンス期と中世とを結びつける連続性や推移を曖昧にしてはならない」(p.4)と.ルネサンスの哲学や思想をそれだけ切り出して特別扱いするのではなく,背景に横たわる中世的な精神的基盤さらに言えば再発見された古代ギリシャ・ローマの思想が「数百年を経るうちに連続性と変形とをあらわにしていくだろう幅広いカテゴリー」(p.57)から成る連続体として理解すること――本書の目標はここにある.

当時の「哲学」は,現代よりももっと広義で,人文科学から自然科学まで広範囲の知的活動を含んでいた.今ではいかがわしいイメージをもたれる魔術や錬金術でさえその頃は実験科学としての性格を帯びていた.現代の尺度では単純に測れない雑多な世界観が併存していたということを痛感する.中世のスコラ哲学の基層にあった権威的なアリストテレス主義(第2章),それに対抗する人文主義者によって古代から再生したプラトン主義(第3章),ならびにさまざまな思想的背景を帯びたストア派・エピクロス派などの諸派(第4章)は,全体として時代を貫く巨大な系譜を形づくっていた.著者はフィチーノやブルーノら個々の思想家の足跡をたどることにより,この系譜を見渡そうとしている.

第5章はルネサンスの自然哲学を論じる.アリストテレス的世界観を排し,プラトン主義に帰依した大多数の自然哲学者たちは,宗教的迫害に遭いつつも,経験科学としての自然魔術を実践し,書物ではなく自然に学ぼうとした.そこにもなお中世からの思想的遺産は息づいていたのだが,もはや特定の思想的権威に寄りかかることはなくなった.すなわち,併存する思想群は単一ではなく「複数の権威」(p.360)をもたらし,結果として古い自然哲学や形而上学は衰退していった(第6章).

15〜16世紀のルネサンス哲学は本格的研究がまだまだ不足していると著者は言う.ルネサンス哲学を不当に貶めたバートランド・ラッセルもまたルネサンス哲学の桎梏から逃れることができなかったとは皮肉なことだ.

三中信宏(30/September/2003)

【目次】
序(ポール・オスカー・クリステラー) iii
はしがき vi

第1章:ルネサンス哲学の歴史的背景 1
  古代と中世の哲学的遺産 1
  ルネサンスという枠組における哲学 18
  人文主義 23
  教会と国家 35
  ルネサンス期における哲学の変形 49

第2章:アリストテレス主義 59
  ルネサンス期の多様なアリストテレス主義 59
  アリストテレス主義の伝統における統一性と多様性 62
  ルネサンス期の八人のアリストテレス主義者 75

第3章:プラトン主義 127
  アリストテレスからプラトンへ 127
  マルシリオ・フィチーノ 144
  ジョヴァンニ・ピコとニコラウス・クザーヌス 163
  敬虔な哲学,永遠の哲学,プラトン哲学――フランチェスコ・パトリッツィ 185

第4章:ストア主義者,懐疑主義者,エピクロス主義者,その他の革新者 197
  人文主義,権威,疑い 197
  ロレンツォ・ヴァッラ――言語対論理学 211
  ペトルス・ラムスの単純な方法とその先駆者たち 230
  懐疑の危機 242
  ユストゥス・リプシウスの新しい倫理体系 266
  政治と倫理的混乱――エラスムス,モア,マキァヴェッリ 275

第5章:自然と権威の対立――古典からの解放 293
  学問の書物と自然の書物 293
  ジョルダーノ・ブルーノの哲学的情熱 298
  新しい自然哲学 312

第6章:ルネサンス哲学と現代人の記憶 339

訳者解説 371
注 401
参考文献 480
人名索引・事項索引 497