【書名】実在論と科学の目的（上）Ｗ・Ｗ・バートリ三世編『科学的発見の論理へのポストスクリプト』より
【著者】カール・Ｒ・ポパー
【編者】Ｗ・Ｗ・バートリ三世
【URL 】<http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?bibid=02150920>
【訳者】小河原誠・蔭山泰之・篠﨑研二
【刊行】2002年03月25日
【出版】岩波書店，東京
【頁数】liv+354 pp.
【定価】4,000円（本体価格）
【ISBN】4-00-023363-7
【原書】Popper, K. R. (Ed. W. W. Bartley, III) 1983.
Realism and the Aim of Science. Routledge, London.
【書評】※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved
『科学的発見の論理』は進化し続ける――新たな展開としてのポストスクリプト
待望の翻訳である．科学哲学者カール・ポパーの主著『科学的発見の論理』（全２巻，恒星社厚生閣，1971-1972）が私の本棚に入ったのは，大学院の修士に入って間もない頃だった．私の専門である生物体系学では，当時ポパーの科学方法論が最前線で論議されており，急かされるように『論理』を読んだ記憶がある．その後，この翻訳が1934年にドイツ語で出版された『探求の論理』の英訳版（1959）を底本にしていること，さらに『論理』には，膨大な量の『補遺』すなわち『ポストスクリプト』が未刊のまま残されていることを知った．
科学哲学は科学に関する方法論を論じる．ポパーは，反証可能性の理論に基づく経験科学と形而上学の境界設定ならびに仮説のテストを提唱したことで有名になったが，それとともにさまざまな誤解や曲解そして無理解にも取り囲まれてきた．本書は，科学と形而上学の境界設定問題，帰納の問題，そして形而上学の意義について，批判的合理主義の観点から論じるとともに，さまざまな誤解を一掃しようとする．
ポパーの舌鋒はいま読んでも鋭い．たとえば，科学史家トーマス・クーンを挙げて批判した一節：「多くの科学史家は非常に悪い（つまり，偏見をもった）読者であると思う」（上巻，p.305，原注16）は，予言的でさえある．
今回翻訳されたのは，この『ポストスクリプト』（1983）の第１巻にあたる，大きな著作である．ポパーは当然ながら『科学的発見の論理』の関連項目を頻繁に参照しながら論述を進めているが，本書はそれ自体が独立した内容と構成をもっている．『論理』をまだ読んでいない読者にとっても，本書のメッセージはきっと正しく伝わるだろう．科学とその方法論に関するポパーの主張は，いまなお色あせてはいない．
初版から７０年にもわたる「系統進化」を遂げたいま，その内容と影響を再び省みる必要があるだろう．
【目次】
編者のまえがき xiii
謝辞 xxi
序章：一九八二年 xxv
実在論と科学の目的 1
序：一九五六年 科学の方法が存在しないことについて 3
第１部――批判的アプローチ
第１章：帰納 13
1. 外国で当惑した哲学者 14
2. 批判的アプローチ，帰納問題の解決 24
3. いわゆる帰納の手続きについて――学習についての覚書きを付して．および，帰納的スタイルについて 47
4. 帰納をめぐる同族の四つの問題 74
5. 第四段階の問題はなぜ形而上学的なのか 102
6. 形而上学的問題 113
7. 形而上学的実在論 115
8. ヒュームの形而上学――「中立」一元論 127
9. なぜ主観主義的な知識論は失敗するのか 131
10. 謎のない世界 148
11. 理論と理論的概念の身分 153
12. 道具主義批判．道具主義と帰納の問題 158
13. 反科学の道具主義 173
14. 反道具主義の科学 181
15. 科学の目的 186
16. 形而上学的実在論の諸難点――形而上学的実在論者による 208
第２章：境界設定 223
17. 境界設定問題の意義 223
18. 立証主義の事例 229
19. テスト可能性であって意味ではない 242
20. テスト不可能な言明 246
21. 形而上学を「排除する」という問題 248
22. 反証と立証の非対称性 251
23. なぜ擬似科学でさえ有意味なのか――科学のための形而上学的プログラム 264
第３章：形而上学――有意味か，無意味か 271
24. テスト可能性と形而上学についての論理的考察 272
25. 形而上学的用語は経験的用語によって定義できる 293
26. 意味と無意味の変化する哲学 297
原注および訳注 301
上巻訳者あとがき 345
【書名】実在論と科学の目的（下）Ｗ・Ｗ・バートリ三世編『科学的発見の論理へのポストスクリプト』より
【著者】カール・Ｒ・ポパー
【編者】Ｗ・Ｗ・バートリ三世
【URL 】<http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?bibid=02150921>
【訳者】小河原誠・蔭山泰之・篠﨑研二
【刊行】2002年03月25日
【出版】岩波書店，東京
【頁数】xii+317+33 pp.
【定価】4,000円（本体価格）
【ISBN】4-00-023364-5
【原書】Popper, K. R. (Ed. W. W. Bartley, III) 1983.
Realism and the Aim of Science. Routledge, London.
【書評】※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved
『ポストスクリプト』における確率論――験証度と確率の傾向性解釈
本書上巻の主題である，仮説のテストに関わる帰納や反証可能性の論議はポパー哲学の中ではよく知られている部分である．それにひきかえ，本書の下巻で論じられているテーマ――仮説の験証度（裏付けの度合）に関わる確率論的論議，ならびに第２部を構成する確率の傾向性解釈の理論は，一般にはほとんど知られていない．
下巻第１部第４章「験証」で，ポパーは，ある背景的知識のもとで証拠が仮説に与える確率の関数として験証度を定義し，その解釈について詳細に論じる．験証度とは「理論がテストに耐えた度合」（下巻，p.19）であり，正当化主義に連なる危険性をもつ帰納論理学の確証度とは異なる点が強調されている．
下巻後半の第２部「確率の傾向性解釈」は，一般の読者にとってはいささかハードルが高いかもしれない．ここでは事象の確率そのものの解釈が中心テーマである．通常の頻度的解釈や主観的解釈を排して，ポパーは確率の傾向性解釈――ある事象が生じる確率はそれを「ひき起こす物理的趨勢ないし傾向性」（p.92）とみなす解釈――を支持する．確率論や統計学の世界では彼の傾向性解釈は必ずしも認知されてはいないが，ポパーは『ポストスクリプト』全体にわたって，彼の解釈をさまざまな方向からテストしている．
昨今のポストモダン科学論の弊害は，多くの科学者が（たとえ言葉に出さなくても）すでに感じ取っている．ポパーの批判的合理主義は，科学とそのあり方について多くを教えていると私は思う．本書の伝えるメッセージを深く汲み取りたい．
今回の翻訳によって，『ポストスクリプト』の前半を占める主要部分が日本語で読めるようになったことは歓迎される．『ポストスクリプト』第２巻『開かれた宇宙』は同じ訳者によってすでに翻訳されており，残るは第３巻『量子論と物理学の分裂』のみとなった．全巻が訳されたときには，ぜひ「ポパー著書・関連書案内」を付けてほしい．
【目次】
第１部――批判的アプローチ
第４章：験証 1
27. 験証――確実性，不確実性，確率 1
28. 「験証」か「確率」か 9
29. 験証か確証か 15
30. 験証度の問題 19
31. 験証 23
32. 験証度の定義についての若干の補足 40
33. ヒューマニズム，科学，帰納の偏見 55
補遺――意味分析についての批判的考察 63
第２部――確率の傾向性解釈
第１章：客観的確率と主観的確率 85
1. 確率の意味 86
2. 相対的確率と絶対的確率 87
3. 傾向性解釈――客観的解釈と主観的解釈 91
4. 実験的テストとその反復――独立性 94
5. 論理的解釈 99
6. 客観的解釈と主観的解釈との比較を通じて 104
7. ‘p(a,b)’における‘b’の客観主義的解釈と主観主義的解釈 106
第２章：確率的帰納の批判 115
8. 単純な帰納規則 115
9. 単純な帰納規則がうまく機能ことをどのように解釈すべきか 121
10. ‘p(a,b)’における‘b’の身分についてのまとめ 124
11. 帰納による学習の収穫逓減 134
12. 帰納的学習のパラドックス 137
13. 帰納機械 142
14. 帰納論理の不可能性 146
15. 確率論理 対 帰納論理 149
16. 帰納主義者の確率解釈 153
17. 余計なものとしての理論 159
18. 無意味となる理論のテスト 162
19. 批判のまとめ 170
補遺（一九八一年一月）確率的帰納批判の簡潔な要約 172
第３章：確率の客観的理論についての考察 181
20. 傾向性のために 182
21. 頻度理論が成功する場合 199
22. 頻度理論が失敗する場合 206
23. 失敗の重大さ 213
24. 新古典理論と頻度理論の対比 215
25. 新古典理論の構造 228
26. 単称確率言明 231
27. 主観的理論と論理的理論への追加的批判 236
28. 単独事象の確率の傾向性解釈 241
締めくくりとしての要約，一九八二年 247
原注および訳注 251
下巻訳者あとがき 289
索引 [1-33]