【書名】〈読書国民〉の誕生:明治30年代の活字メディアと読書文化
【著者】永嶺重敏
【刊行】2004年3月30日
【出版】日本エディタースクール出版部,東京
【頁数】xvi+273 pp.
【定価】2,800円(本体価格)
【ISBN】4-88888-340-8



【書評】※Copyright 2004 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

読書する人と文化を支える社会的装置の形成をたどる


刺激に満ちた読書史である.著者は活字を読む一般大衆すなわち〈読書国民〉を「新聞や雑誌や小説等の活字メディアを日常的に読む習慣を身につけた国民」(p.vi)と定義し,そういう〈読書国民〉が近代日本においてどのように形成されてきたのかを明治時代の活字文化の発達とあわせて考察する.

第1部では,新聞・雑誌の全国的均質化と同時化の結果,「全国読書圏」なるものが成立したと指摘する.このような全国規模での同時性と均質性は,郵送手段や交通運輸手段の発達と相乗的に生じた.荷物が運ばれれば,人だって当然運ばれる対象となる.鉄路が発達するにつれて可能になった旅客輸送の全国展開は,新たな読書の受容と供給の場を提供することになる.第2部では,この新たに生じた「車中読書文化」の発生をたどる.そして第3部では,縦覧所・書籍館・図書館の整備によって生じた「読書国民」の制度的成立を論じる.

隠れていた史実と資料を踏まえた立論は新鮮でとてもおもしろい.とりわけ,車中読書という新しい文化が,それまで当たり前だった“音読”を封じ込め,“黙読”を社会的に強要するようになったという第二部の論旨は,オングの〈声の文化 vs 言葉の文化〉の図式を連想させる.また,第6章では,明治時代の図書館がどのような人たちによって利用されていたのかが論じられていて,当時の図書館利用者の8〜9割が「学生」だったことに驚かされる.明治期の閲覧室の写真が掲載されているのがとりわけ興味深い.ぼくは大部屋は読書空間ではないと思っているが,「閲覧室」という大部屋で大勢がいっせいに読書するというこの光景は,ごく個人的な「キャレル」とは対極にあるもののように感じる.

浜崎廣『女性誌の源流』によると,明治30年代に入って商業女性誌の創刊ブームがあったらしい(そのあおりで機関誌は衰退).それは,本書の論旨と基本的に響き合うものがあるように感じる.永嶺は〈読書国民〉を創出した「社会的設備」(郵便制度とか鉄道網そして図書館)のあり方に焦点を当てたのに対し,浜崎は「印刷媒体」そのものの系譜と変遷に着目しているからだ.

三中信宏(21/October/2004)


【目次】
まえがき
凡例

第1部 流通する活字メディア

第1章:全国読書圏の誕生
 1.「地方の読書界」の動揺
 2.鉄道と全国メディアの形成
 3.活字メディアの全国流通網の形成
 4.地方読者の再形成
 5.全国読書圏の形成

第2章:「中央帝都の新知識」を地方読者へ――新聞社・出版社による地方読者支援活動の展開――
 1.〈読書過疎地域〉の地方読者
 2.通信制図書館
 3.読書会事業の登場
 4.巡回文庫
 5.地方読者の読書要求

第2部 移動する読者

第3章:車中読者の誕生
 1.三四郎の車中読書体験
 2.車中読書の原初的発生
 3.車中読書の発展
 4.車中読み物の均質化
 5.車中読書習慣の均質化
 6.可視化された読書国民

第4章:「旅中無聊」の産業化
 1.旅中無聊の大量生産
 2.駅の読書装置
 3.鉄道旅客貸本合資会社
 4.列車図書室
 5.ホテル図書室
 6.旅館の読書装置
 7.避暑地の読書装置
 8.旅行読書市場の意義

第3部 普及する読書装置

第5章:読書装置の政治学――新聞縦覧所と図書館――
 1.読書の有用性の発見
 2.〈新聞を読む国民〉の創出
 3.新聞縦覧所の普及
 4.東京の新聞縦覧所
 5.自由民権運動の読書文化
 6.明治30年代の図書館の発見
 7.〈本を読む国民〉の創出

第6章:図書館利用者公衆の誕生
 1.図書館利用者「公衆」概念の形成
 2.図書館利用者公衆の形成
 3.図書館利用者公衆の内的構造
 4.図書館利用者公衆の拡大へ
 5.近代的読書習慣の獲得
 6.読書国民の中核としての利用者公衆

注・参考文献
あとがき