画家でもあるグウェン・ラヴェラが、父ジョージ・ダーウィン(チャールズ・ダーウィンの第5子)を通じて経験する、ダーウィン一族との関わりの回想です。著者自身による挿絵がいくつも入っている本。ウィリアム・ヒューウェルの逸話が載っていたりします。

原著"Period Piece"(1952, Faber and Faber)は今も売れ続けているとか。


【書名】思い出のケンブリッジ:ダーウィン家の子どもたち
【著者】グウェン・ラヴェラ(Gwen Raverat)
【訳者】山内玲子
【刊行】1988年05月
【出版】秀文インターナショナル,東京
【頁数】vi+426pp.
【価格】本体価格2,900円
【ISBN】4-87963-396-8(クロス,箱入)
【原書】Gwen Raverat (1952)
"Period Piece: A Cambridge Childhood"
Faber and Faber, London, 282pp.

【書評】

13 August 2000

本書は、著者が幼少時から住んだケンブリッジ中心部での生活を、ダーウィン一族(チャールズ・ダーウィンの子どもの世代)との交流を背景に描いた手記です。時代としては19世紀末から今世紀初頭にかけて。アメリカからイングランドにやってきた著者の一家(デュ・ピュイ家)が縁あって、ダーウィン家と姻戚関係をもつようになったことが、そもそもの始まりです。

当時の風俗・文化・慣習が詳細に述べられているのですが、とくに子どもの教育方針・道徳指導について、著者の批判的態度が随所に見られるのが印象に残りました。

著者にとっては父方の祖父であるチャールズ・ダーウィンの一族についての記述はたいへんおもしろいです:

> 第8章  ダウン 189

「問題は、祖父の家庭では、病気であることが名誉であり、陰気
な楽しみだったことである。その理由の一つは、祖父が病気がち
で、その息子たちは父親を敬愛するあまり、病気まで真似する傾
向があったこと、もう一つの理由は、祖母に同情されて看病して
もらうことがとても楽しかったことであった。」(p.162)

「病気や予防注射などの記録はすべて、ダウンハウスの聖書にき
ちんと記録されていた。だが聖書をそれ以外の目的に使った形跡
はほとんどない。」(p.167)

> 第7章  エティ伯母さん 159

この章では、チャールズ・ダーウィンの第4子だった、ヘンリエッタ(「エティおばさん」)のとんでもない行状がことこまかに書かれています。議論に熱中するあまり夜中に著者の寝室に乱入してきたとか(p.181)とか、さまざまなエピソードはすべて「本当のこと」(p.188)だそうな。

> 第10章 五人のおじ 243

チャールズ・ダーウィンの5人の息子たちの想い出。こんなくだりがあります:

「祖父は、五人の息子のそれぞれの個性に関して寛大で心が広か
ったので、息子たちは父から離れていく必要がなかった。彼らは
とても幸せなそれぞれの家庭を背景に、一生、父の影響の下に生
きた。」(p.298)

音楽好きの人なら、こういう話にも関心があるかも:

「幼いジョス、三代目ジョサイア[・ウェッジウッド]は私の祖
母の長兄で、のちに私の祖父の姉キャロライン・ダーウィンと結
婚した。その孫が、作曲家のラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ
(1872-1958)である。」(pp.214-215)

近代イギリスの大作曲家がダーウィン=ウェッジウッド家系とつながっていたとは! と、感慨に耽っていた、こんな記述も:

「小さいときの思い出でおもしろいのは、ラルフ・ヴォーン・ウ
ィリアムズについて大人たちが話しているのを聞いたことだった。
『あのばかな青年といったら、まったく見込みがないのに、音楽
の勉強を続けようとしている...』というような話だった。こ
の記憶を裏付るのが、エティ伯母の手紙の一節である。『彼は小
さい時からずっと弾いてきたし、この六ヶ月は特にいっしょうけ
んめい練習しました。それなのに、本当に簡単なものでも、ちゃ
んと弾けないんですよ。でも、音楽で身を立てる望みはないって
いわれたら、絶望してしまうだろうって、みんないっています。
』」(p.397)

ふむふむ、なるほど。

本書の訳者もこの翻訳にあたってはずいぶんと思い入れがあるようで、独自の情報も盛り込まれています。数理哲学の2巨頭であるバートランド・ラッセルとアルフレッド・N・ホワイトヘッドが、グウェン・ラヴェラの目撃した「悪のにおい」(p.238)がする「女性運搬事件」とどのようにからんでいたか−−その顛末は訳者の脚注(pp.241-242)に書かれています。

出版された当時、私はこの翻訳書の存在をまったく知らなかったのですが、探してでも読む価値はありますよ。

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【目次】
目次 iii
第1章  プレリュード 001
第2章  ニューナム・グレンジ 028
第3章  教育理論 052
第4章  教育について 072
第5章  淑女たち 096
第6章  紳士淑女のつつしみ 129
第7章  エティ伯母さん 159
第8章  ダウン 189
第9章  幽霊の夢・こわかったこと 224
第10章 五人のおじ 243
第11章 宗教  300
第12章 スポーツとゲーム  330
第13章 服装  366
第14章 社交界  389
訳者あとがき 412
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ダーウィン家については、グウェン・ラヴェラの妹であるマーガレット・エリザベス・ケインズも回想記『A House by the River』を1976年に書いていますが、こちらの方はもう絶版のようです:

【著者】Margaret Elizabeth Keynes
【書名】A House by the River : Newnham Grange to Darwin College
【刊行】1976年
【出版】Cambridge : Darwin College
【頁数】xvii, 259 p.
【ISBN】0950519804 :