【書名】ネットワーク社会の深層構造:「薄口」の人間関係へ
【著者】江下雅之
【刊行】2000年1月15日
【出版】中央公論社,東京
【叢書】中公新書1516
【頁数】xiv+273pp.
【定価】840円(本体価格)
【ISBN】4-12-101516-9

【書評】※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

メーリングリストやネット掲示板の管理運営者は,ネット上でのトラブルに対処する“秘伝のワザ”を各自が経験的に培ってきていると思うのですが,なかなかオモテには出ないそうです.しかし,「困ったちゃん」に悩んだ経験のある人は少なくないはず.事例と対処の経験談はどんどん周囲に公開しましょうね.そういう悩めるネット管理者の「虎の巻」として本書は役に立ちます

本書は,ネットワークがライフスタイルに及ぼす影響だけではなく、その逆のライフスタイルがネットワークに与える効果(p.iii)を論じます。最初の2章は、メディア産業の観点から見たネットワーク論です。続く第3章では、コミュニケーションの「場」としての電子ネットワークを「形成し維持する原理」(p.78)すなわち何がネットワークを形成する「求心力」(p.78)となっているのかという問題提起です。

著者の見解は、電子コミュニティのスケール効果(pp.82-83)もさることながら、結局は「場」を支える人間(とくに主催者)が求心力の本体であると結論します:「結局のところ、テーマないしは個人が求心力とならないかぎり、〈場〉は維持できないのである」(p.87)。第4章では、ネットワーク・コミュニティに特有の現象−匿名性に基づく騙し,ROMによる発言・聴取の非対称性に由来する監視状態,発言権力者をめぐる覇権争い,ネティケット論議,フレイミングなど−を個別事例的に論じます。こんなくだりも:

「参加者の一部だけが活発にメッセージを発し、圧倒的多数はそれを読むだけという状態はめずらしくない。むしろ、そうでなければ〈場〉は物理的に成り立たない(p.149)。」

「利用者はメッセージを読むために〈場〉へと集まっている以上、メッセージを活発に発信する人がその〈場〉の覇権を握るのは当然のことである(p.150)。」

確かにそうだ! 本章は私にも思い当たる事例が数多く紹介されています。続く第5章では、第4章で挙げられたような事例が生じる原因をコミュニケーション心理の観点から分析します。電子コミュニティでは「実時間が共有されないこと」(pp.196ff.)/「自意識の膨張」(pp.203ff.)/「距離感覚の錯覚」(pp.212ff.)/「人格の断片化」(p.218)などいくつもの要因が指摘されています。さらに本章では、こういうコミュニケーション論を逆手に取った対処の仕方がいくつか提示されており、私にはたいへん参考になりました。

MLのような電子コミュニティの参加者にとっては、きっと参考になる本だと私は思いました。


三中信宏(19/January/2005)


【目次】
はじめに i
第1章:ネットワークの実像 3
 1:擬似イベントとしてのネットワーク 3
 2:ネットワークが提供する機能 17
第2章:メディア産業とネットワーク 35
 1:送り手・受け手の関係 35
 2:複製技術としてのネットワーク 47
 3:対抗権力としてのネットワーク 59
第3章:バーチャル・コミュニティの過去・現在 77
 1:ネットワーク上の〈電子コミュニティ〉77
 2:雑誌媒体を舞台にした論争や交流 91
 3:ラジオが拓く「もう一つ別の広場」102
 4:ネットワークとの共通性が濃厚な無線の世界 110
 5:電話がもたらしたプレ・インターネットの世界 118
 6:さらに手近な媒体が築いたコミュニティ空間 128
第4章:ネットワーク上に見られる現象 135
 1:「素顔」が見えないがゆえの現象−解放感とフェイク 135
 2:視線の非対称性ゆえの現象−監視社会 144
 3:民主的な場・多様な場ゆえの闘争 149
 4:両極端に進展する感情の拡大再生産 156
 5:束の間の自己実現 164
 6:防波堤なき〈開かれた世界〉169
 7:ネットワークの表現形式 173
第5章:コミュニケーションの原理 183
 1:〈仮想社会〉と〈現実社会〉 183
 2:実時間を共有しないコミュニケーションのゆらぎ 196
 3:距離という次元の喪失 207
 4:匿名性とその補完行為 215
 5:マスコミュニケーション的な効果 222
第6章:ネットワークというコミュニケーション革命 231
 1:「オンライン」社会と「ネットワーク型」社会 231
 2:ネットワーク社会のそれぞれのシナリオ 242
 3:九十年代とメディア 252
あとがき 267
参考文献 273