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私が本書で書き記すことどもは、過去から現代へとつながる、私に関わる記憶の “かけら” をひとつひとつ見つかるままに寄せ集めているだけかもしれない。
まとまりのないものから架空の物語をつむぐ文才は、もともと私には無縁だ。日頃から自分のウェブ日記やツイッター(現「𝕏」)やフェイスブックなどでさんざん書き散らしてきたさまざまなことがらは、いずれはまとまったかたちになるのか、あるいはばらばらのままふたたび散逸してしまうのか、私自身にも皆目わからない。しかし、書かないと消えてしまうかもしれないことどもはけっきょく無駄になることがわかっていても飽くことなく書き記すしかない。
とりわけ、「本の記憶」と「食の記憶」は覚えているうちに書き留めないとすぐ揮発してしまう。本書では、私の人生の旅路のあちこちに散らばる記憶の断片たち——放っておけばそのまま忘却の淵に沈んだだろう——を気の向くまますくい上げた。日々の厨房で私がつくった料理のレシピ集であると同時に、年季の入った “紙魚” の手になる読書録でもある。
“文は人なり” 、 “食は人なり” —— 文を読んだり書いたりすることが “物狂ひ” であるのとまったく同じく、自ら食べるものを調理する厨房での作業もまたどんどん深くのめり込んでしまう “物狂ひ” と言うしかない。以下に続く章では、二人の “物狂ひ” たちの掛け合いをどうぞお楽しみいただければ幸いです。
本書を手に取られた奇特なみなさま方、〈みなか文庫〉と〈みなか食堂〉へ ようおこしやしとくれやしたなあ。
[「はじめに」と「プロローグ」から抜粋編集]
心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、
怪しうこそ物狂ほしけれ。
(吉田兼好 1330 『徒然草』第1段)