EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(千葉大学ゲストハウス滞在中)です。

※ 先ほどまでしとしとしとしとと雨が降り続きました。
湿度満点(^^;)

千葉大の非常勤講義の準備のために読み始めた本が「けっこういい
線いってる」と思われましたので、下記に書評します。

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R.D.M. Page and E.C. Holmes 1998.
_Molecular evolution: a phylogenetic approach_
| Blackwell Science, London, vi+346pp.
| ISBN 0-86542-889-1 (pbk.)
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『分子進化学:系統学的アプローチ』と題した本書は、分子系統学
の成果をさまざまな進化学の問題解決にどのように利用できるのを
論じた本です。したがって、「分子系統構築に続く【次】のステッ
プ」をめざす研究者にとって、教えられる内容が多い本であると私
は感じました。

以下、目次構成に沿って、内容を紹介します。

○ Chapter 1: The archaeology of the genome [pp.1-10]

「分子系統樹とは遺伝子配列の海を渡るための navigational aid
である」(p.7)というコメントからわかるように、本書では、系
統樹の「言語」を武器にして問題解決をめざすと宣言される。

○ Chapter 2: Trees [pp.11-36]

系統樹の構造を記述するためのさまざまな概念と用語を導入する。
分岐図と系統樹とのちがい、additive trees と ultrametric tree
s のちがいは実にわかりやすく説明されている。また祖先(ancest
ors)の復元、距離の概念、合意樹、スプリットとネットワーク、
系統ソーティング(lineage sorting)と coalescence に関する解
説も含まれている。本章は、続く章を読むための用語集である。

○ Chapter 3: Genes - organization, function and evolution
[pp.37-88]

ゲノムの構造と進化、遺伝子の構造と機能、突然変異のメカニズム
など。

○ Chapter 4: Genes in populations [pp.89-134]

前半の集団遺伝学の基礎と遺伝子頻度の変化あたりまではよくある
説明だが、後半は coalescent theory の解説に当てられている。c
oalescence のものの考え方が従来の集団遺伝学とは「時間軸が逆
転」している点(p.126)、そして遺伝子系統樹の樹形のちがいが、
進化プロセスのちがいの反映であること(pp.128ff.)など。

○ Chapter 4: Measuring genetic change [pp.135-171]

遺伝的距離の計測がテーマ。ただし、「遺伝的距離はその背後にあ
る系統構造のもとでのみ意味をもつ」(p.135)という基本姿勢が
明示される。配列のアラインメントの説明では、配列間の対比較で
はなく、系統樹のもとでのアラインメント(tree alignment)を行
なうべきであると主張する(p.143)。過大推定の危険性があるか
らである。一方、塩基置換率を推定する際には、多重置換に由来す
る過小推定に対処するために、塩基置換モデルの選択(尤度比検定
を踏まえた)、塩基組成比のバイアスを処理するための LogDet 変
換、そしてサイトごとの置換率のばらつきを考慮するガンマ補正が
説明される。続いて、系統樹上での祖先復元(最節約復元)に基づ
く形質進化と枝長の推定問題に進む。とくに、taxon-sampling を
密にすることが多重置換のともなう過小推定を回避する術であると
強調される(p.167)。最節約祖先復元が過小推定であるがゆえの
効用もあると指摘される(p.169)。

○ Chapter 6: Inferring molecular phylogeny [pp.172-227]

分子系統推定の方法論の章である。最節約法・最尤法・距離法など
主要な方法がわかりやすく解説されている。とくに、ここの手法の
長短が明快に指摘されており、実践的なガイドラインを与えている
ように思われた。昨今の趨勢である large-phylogeny 志向のもと
で、どの系統推定法が有効であるかに関する筆者らの判断は実に明
快である(読めばわかる!)。最尤法のもっとも強力な点は、進化
モデル間の選択が尤度比検定で行なえる点にある(p.201)。これ
に関連して、系統推定方法を比較するためのシミュレーション研究、
不一致性を示す Felsenstein 領域の意味(Farris 領域は未言及)、
信頼性評価のためのブーツストラップ(nonparametric / parametr
ic)の説明が含まれる。

○ Chapter 7: Models of molecular evolution [pp.228-279]

中立説/淘汰説の説明に始まり nearly neutral theory に進む。
説明されるトピックスは、塩基組成とコドン使用パターン・GC含
量のちがい・分子時計・同義/非同義置換の意味(分子レベルの中
立仮説と淘汰仮説のテスト)である。

○ Chapter 8: Applications of molecular systematics [pp.280-
313]

これまでの章で説明された分子系統樹の知見がどんな場面で利用さ
れるのか、その適用の範囲を示す。もっともおもしろい章。
1)複数データの統合/分割:系統推定法が consistent ならば統
合処理が有効。分子データならばデータカテゴリー間の異質性(he
terogeneity)に関する尤度比検定ができる。
2)遺伝子系統樹/種系統樹:reconciled tree 法の解説。まった
くおなじ問題構造をもつ共進化解析と生物地理学もここに含まれる。
系統樹間の写像(mapping)にともなうコスト(説明仮説の数)を
最小化するという最節約基準を置く。とくに、多重遺伝子族の分子
系統樹と種系統樹の recinciliation により、遺伝子重複を最節約
復元し、それを用いて rooting を行なうという事例が印象的。ま
た、複数の遺伝子系統樹間の同時コスト最小化基準から種系統樹を
構築する方法が与えられる。
3)ホスト/パラサイト共進化:系統樹間の分岐タイミングの一致
性を分子データを用いて検定する方法を説明する。ここでもまた尤
度比検定が用いられる。
4)分子疫学への応用:病原ウイルスの疫学研究に利用される分子
系統樹のケース。

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本書全体を通して、実に「教育的」な本です。ブラックウェルの教
科書の平均レベルは高いですね。各章には要約が設けられており、
明快な図表とともに、内容の説得力を高めています。

死亡率をやたらに高める数式も少ないですよ(\^_^/)。

文章も平易ですから、きっと一人でも短期間に読み終えることがで
きるでしょう。

初学者だけでなく、分子系統学の「応用」場面をさがしている研究
者にとっても本書は役立つと私は思います。

EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研)です。先ほど Felsenstein セミナー(*)から帰ってきました。

 分子進化学の新しい教科書の実物を日本橋の丸善で見つけてきました。

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Page, R.D.M. and E.C. Holmes 1998.
_Molecular evolution: a phylogenetic approach_
Blackwell Science, London, vi+346pp.
ISBN 0-86542-889-1 (pbk), 約8,500円
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 分子系統樹をベースにした分子進化学の解説書です。

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Contents
Acknowledgements
1. The archaeology of the genomes
1.1 The nature of molecular evolution
1.2 What this book will cover
1.3 Furthur reading
2. Trees
2.1 Introduction to trees
2.2 Reconstructing the history of character change
2.3 Trees and distances
2.4 Organismal phylogeny
2.5 Consensus trees
2.6 Networks
2.7 Summary
2.8 Furthur reading
3. Genes: organization, function and evolution
3.1 Levels od genetic organization
3.2 How genes function
3.3 Genome organization and evolution
3.4 Summary
3.5 Furthur reading
4. Genes in populations
4.1 Fundamentals of population genetics
4.2 Forces which change allele frequencies
4.3 Genetic change in quantitative characters
4.4 Genetics and speciation
4.5 Gene genealogies and coalescent process
4.6 Case study: the population genetics od human origins
4.7 Summary
4.8 Furthur reading
5. Measuring genetic change
5.1 Sequence alignment and homology
5.2 Genetic distance
5.3 Measuring evolutionary change on a tree
5.4 Summary
5.5 Furthur reading
6. Inferring molecular phylogeny
6.1 Introduction
6.2 Distance methods
6.3 Discrete methods
6.4 Maximum parsimony
6.5 Maximum likelihood
6.6 Splits and spectra
6.7 Have we got the true tree?
6.8 Putting confidence limits on phylogenies
6.9 Summary
6.10 Furthur reading
7. Models of molecular evolution
7.1 Models of the evolutionary process
7.2 Functional constraint and the rate of substitution
7.3 Patterns of base composition and codon usage
7.4 The molecular clock
7.5 The nearly neutral theory
7.6 Explaining genetic variation within species
7.7 Natural selection at the molecular level
7.8 Conclusions: can we resolve the neutralist-selectionist debate?
7.9 Summary
7.10 Furthur reading
8. Applications of molecular phylogenetics
8.1 Organismal phylogeny
8.2 Gene trees and species trees
8.3 Host-parasite cospeciation
8.4 Age and rates of diversification
8.5 Phylogenies in molecular epidemiology
8.6 Summary
8.7 Furthur reading
References and bibliography
Index
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 ブラックウェルの本によくある「ボックス」を多用した形式で、教科書としての使
用を念頭においているようですね。

*)Felsenstein 氏の今日のセミナーは、量的形質の多変量正規分布に基づく「ブラ
ウン運動モデル」(BM)と「Orrstein-Uhlenbeckモデル」(OU)のその後の発展
についてのセミナーでした。とくに、分子データをブーツストラップして得られた複
数系統樹の上で、2量的形質の相関係数(独立対比較法で)の帰無分布を生成し、相
関係数の検定をおこなうというやり方は「使える」と思いました。
 セミナーの最後に、Felsenstein さんはBMとOUのランダムウォークのようすを
壇上で「よろめいて」見せてくれました。

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** 三中信宏 / MINAKA Nobuhiro / 農環研・計測情報科・調査計画研究室