【書名】人間の測りまちがい:差別の科学史
【著者】スティーヴン・J・グールド
【訳者】鈴木善次・森脇靖子
【刊行】1989年07月20日
【出版】河出書房新社,東京
【頁数】444+xxii pp.
【定価】3,900円(本体価格)
【ISBN】4-309-25048-3
【原書】S.J. Gould 1981. The Mismeasure of Man. W.W. Norton, N. Y.
【備考】1996年に原著増補改訂版が出版された.
この増補改訂版の翻訳は1998年11月に出版された:
『人間の測りまちがい:差別の科学史』(増補改訂版)
567+xxiii pp., ISBN 4-309-25107-2, 定価4,900円



【書評】※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

頭骨,身体,知能指数を測ることで,人間を測りそこねた生物学史

先日惜しくも逝去した著者の残した数多くの著作の中でも,本書はひときわ異彩を放っている.その中心テーマは生物学的決定論だ.「生物学的に決定されている」という主張は,教育や環境によっていかに人間を向上させようとしても,しょせんは「限界」があるとみなす運命論・宿命論を育んだ.優生学や優生運動はその延長線上にある.本書を通じて著者は,社会の中に埋めこまれた活動としての科学が,人間に関していかに誤った決定論的主張を繰り返してきたかを科学史的にたどっている.

生物学的決定論の何が誤りなのか――著者は「実体化」(reification)と「序列化」(ranking)という二つのキーワードに沿って決定論の誤謬を暴こうとする(第1章).19世紀には,人体計測を通して,民族・人種・社会階層の間のちがいを定量化しようとする研究が大流行した,人体計測学とか頭蓋計測学とよばれる学問分野は,生物学的決定論に客観性を与える上で大きな貢献をした.著者は,これら人間の計測学の系譜を詳細にたどることで,そのような研究がいかなる文化的・社会的バイアスのもとで推進されていったのかを明らかにする(第2〜4章).

とりわけ頭蓋骨の計測は特別な意味があった.それは,人間の「知能」を客観的に計測できるかもしれないという希望を科学者に与えたからである.20世紀に入ると,その動機づけは知能の実体化を目指すという心理測定に置き換えられた.知能指数(IQ)をいかに測定するか,そして人種間の知能指数の差異がどれくらい遺伝的に決定されているかを解明することが当時の大きな研究目的となった.心理学者によって編み出された知能テストは,軍事・移民・優生・断種政策など多方面にわたって強大な影響力を及ぼした.しかし,その研究を進める中で置かれたさまざまな生物学的仮定が根本的にまちがっていることを著者は片端から指摘していく(第4〜5章).

統計学を駆使した定量化は,知能なるものの巧妙な実体化と序列化をもたらしたと著者はみなす.続く第6章は本書の中でもっとも技術的な内容を含む.古生物学者としての訓練を受けた著者は統計学とくに多変量解析の素養をもっているが,この章では多変量解析の1手法であり,心理測定学で広範に用いられてきた因子分析の批判的検討をしている.著者は,一般知能なる量が実在するという因子分析からの結論はまちがっていると言う.

生物学的決定論に向かって決然と「ノー」を突きつける著者は,その後の増補改訂版でも新たな遺伝決定論の出現に対してさらなる闘いを挑み続ける.近年の人間社会生物学や進化心理学に対しても著者は終始批判的だ.読者は過去の歴史をふりかえることで,人間を対象とする生物学的研究(とその社会的影響)の抱える問題の根深さを再認識するにちがいない.

本書は,古生物学や進化学に関する数多くの洒脱なエッセイで知られる著者のもつもうひとつのハードな側面を見せてくれる.

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【目次】
謝辞 9
第1章:序文 13
第2章:ダーウィン以前のアメリカにおける人種多起源論と頭蓋計測学
――白人より劣等で別種の黒人とインディアン 27
第3章:頭の測定――ポール・ブロカと頭蓋学の全盛時代 80
第4章:身体を測る――望ましくない類猿性の二つの事例 132
第5章:IQの遺伝決定論――アメリカの発明 175
第6章:バートの真の誤り――因子分析および知能の具象化 294
第7章:否定しがたい結論 403
エピローグ 420
原注 423
訳注 435
訳者あとがき 439
参考文献 [xii-xxii]
索引 [i-xi]