太田邦昌氏の階層的自然選択理論――その時代背景と理論体系の性格


粕谷英一(九大・理・生物)

黒船にたとえられた1980年代の進化生態学的思考の上陸以前にも、今日とほとんど変わらない理論枠で研究している人々が日本にいた。選択は個体レベルだけでなく個体のグル−プなどさまざまなレベルで働く可能性がある。階層的自然選択理論では、各レベルに働く選択の相互作用により進化をもたらす力としての選択の全体的な方向や強さが決まると考える。血縁選択や群選択を考えるとき、階層的な選択という考え方はむしろ自然なものと言えるだろう。太田による階層的自然選択理論の研究は先駆的なものであったが、”大きな変化が起こるとき先駆者はむしろ忘れ去られる”ように、日本ではほとんど存在も忘れ去られている。1980年代を分析(昔話)し、『黒船上陸』が現在まで与えている影響を検討して、進化生物学の受容や研究環境について考える。