EVOLVE reader 諸氏:

三中信宏(農環研← PPP from 自宅)です.

大昔に新刊アナウンスしたまま([7636], 18/Sep/00),ずっと放置してあった本を昨日読み終わりました.感想を少しばかり.

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【書名】Homology and Systematics:
Coding Characters for Phylogenetic Analysis
【編者】Robert Scotland and R. Toby Pennigton
【刊行】2000年
【出版】Taylor & Francis, London
【叢書】The Systematics Association Special Volume Series, 58
【頁数】viii+217 pp.
【価格】£65.00 (Hardcover)
【ISBN】0-748-40920-3
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The Systematics Association の第1回国際会議(Oxford, 1997)をベースにしている本書は,分岐学における形質のコード化方法を論じた論文集です.形態形質のコード化が主たるテーマですが,ところどころ分子形質のコード化問題にも言及されています.ただし,分量的には〈TIS〉――Three-item analysis――をテーマとする最後の2論文が長大です.

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【目次】
List of contributors vi
Preface (Robert Scotland and R. Toby Pennigton) vii
Introduction (R. Toby Pennington) 1
1. Homology and the inference of systematic relationships:
Some historical and philosophical perspectives
(Andrew V.Z. Brower) 10
2. A survey of primary homology assessment:
Different botanists perceive and define characters
in different ways (Julie A. Hawkins) 22
3. Experiments in coding multistate characters
(Peter L. Forey and Ian J. Hacking) 54
4. On characters and character states: Do overlapping and
non-overlapping variation, morphology and molecules
all yield data of the same value? (Peter F. Stevens) 81
5. Heuristic reconstruction of hypothetical-ancestral
DNA sequences: Sequence alignment vs direct optimization
(Ward Wheeler) 106
6. 'Cryptic' characters in monocotyledons: Homology and coding
(Paula J. Rudall) 114
7. Process morphology from a cladistic perspective
(Peter H. Weston) 124
8. Homology, coding and three-taxon statement analysis
(Robert Scotland) 145
9. Characters, homology and three-item analysis
(David M. Williams and Darrell Siebert) 183
Index 209
Systematics Association Publications 214
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系統解析では,あらかじめ形質をコード化した【データ行列】――すなわち「形質×対象」行列――が前提となります.しかし,本書ではこの「データ行列」そのものを作成するためのコード化の手法と相互比較に論議の焦点を当てているところが特徴です.系統樹を論じる「前」の段階で,形質をどのように扱えばいいのかという話です.

形質コード化の問題は,とりわけ形態形質では重要です.コード化には,形質や形質状態の切り分け方や相同性の評価のあり方が関わってきます.しかも,多くの場合,このコード化のプロセスそのものは個々の研究者の《胸の内》にしまわれていて,明示されることはほとんどありません.本書のいくつかの章では,文献調査や「実験」を通して,形質コード化の「闇」(「厄介者」"bete noire"とも言うそうだが)を打払う伝統的「秘儀」の解明を目指します.

Andy Brower は,第1章で,体系学の主たる目的は systematic pattern の発見であって,生物進化の仮定そのものは不要ではないかと言う(pp.10-11).過去の体系学論争を概観した上で,彼は発展分岐学のスタンスに立ち,[発展]分岐学は系統推定の方法論を数量的方法論の枠組みの中で確立できたと言う(p.13).そして,最近の最尤法の支持者は単に体系学の方法論を知らないだけだと切り捨てる(p.14).
 彼は,系統推定がなされる前の段階で「形質」をどのように論じればいいのかが問題なのだという.synapomorphy / homoplasy は系統推定「後」に決まるわけだから,それまでは別の考察が必要になる.Mario C.C. de Pinna(Cladistics, 7: 367-394, 1991) の言う1次相同性(primary homology)は有効な考え方だが,さらに洗練させる必要がある(pp.14-16).つまり de Piina の1次相同性概念を 1) topographical identity; 2) character-state identity; 3) character-state ordering という3段階に分けようという提案である(A.V.Z. Brower & V. Schawaroch, Cladistics, 12: 265-272, 1996).この場合でも形質に関する概念的合意が必要であると彼は言う.
 最後に,彼は体系学に関する「普遍論争」の再現について言及する(pp.16-19).彼の理解する唯名論(nominalism=経験主義)とは真実は到達可能ではないという立場であり,それを否定する実在論(realism=本質主義)とは根本的に対立する.そして,分岐学は一貫して nominalism の立場に立つと述べる(p.19).進化に関する背景仮定を最少化しようという最節約性の動機はそこにあると指摘する(p.19).
 Brower の主張はよくわかるのだが,仮説テストにおける背景仮定の採用についてはもう少し柔軟であってもいいのではないか.少なくとも,ある時点で妥当と判定される背景理論やモデルは変更可能であり,経験的に裏付けられたものであれば拒否する理由はないと私は考える.

続く三つの章では,形質コード化の方式について比較検討される.

第2章で,Julie Hawkins は,de Pinna の言う1次相同性に基づく形質コード化が「人それぞれ」であることを文献探査を通じて明らかにする.36データ行列の計1404形態形質のコード化方法を10タイプに分類集計した結果,著者は「1次相同性の評価は主観的・不正確・直感的である.いつまでもこんな状態のままであっていいのだろうか?」(p.35)と指摘する.

第3章では,形質コード化に関する「実験」の報告がなされる.著者 Peter Forey & Ian Kitching は,複数の形質状態をもつ形質(多状態形質multistate character)をさまざまな方法――多状態コード化,存在/欠如コード化,ステップ行列コード化など――でコード化した結果が系統推定にどのような影響をもたらすかを調べた.その結果,ステップ行列を用いたコード化が系統推定の解像度の点でもっともすぐれていると結論した(p.77).ただし,ステップ行列コストの決定法については確たる議論なし.

第4章で Peter Stevens は形質の変動をどのようにコード化するかを形態形質と分子形質に分けて考察する.形態形質における形質の区切りの評価は,分子配列形質におけるアラインメントに相当する(p.86).いっぽう,形質状態の区切りは分子形質では自明であるが,形態形質ではそうではなく,認知の問題が深くからんでくる.しかも,詳しく調べるほど形質状態を区切れなくなるのが普通だ(p.88).まとめると,分子形質では形質の決定が問題になるのに対し,形態形質では形質状態の決定が問題である.いずれも未解決の問題として残されている(p.100).

続く二つの章では,コード化の実際について論じられる.

第5章で Ward Wheeler は分子配列形質の直接最適化法(direct optimization)を従来の多重アラインメント法と比較する.彼の直接最適化法とは,系統樹における仮想祖先の形質状態復元とアラインメントとを同時におこなう最節約法である(pp.106-107).従来法との比較をILD検定を用いて行なった結果,直接最適化法の方がすぐれていることがわかったと彼は言う(p.110).

第6章では,単子葉植物における隠蔽形質の利用とコード化の問題が論じられる.著者 Paula Rudall は,これまで利用されてこなかったミクロ形態学的な形質(この章では,気孔形質と花粉形質を論じる)のもつ情報が役に立つと言う.

残りの3章は形質コード化への新たな提案である.

第7章で,Peter Weston は植物学者 Rolf Sattler の提唱する「プロセス相同性」の有効性について考察する.「構造は過程だ」と言う Sattler の主張は私にはよく理解できなかった.

第8章は本書の中で最長である.Robert Scotland は,形質コード化の方法としてのTTS(three-taxon statement)法を解説する.複数OTUから成る形質データを3OTUごとに分割するTTS法は,いわば部分グラフから全体グラフを復元することに相当する.この方法については分岐学の中でも激しい議論が交わされてきた.著者はDNAデータのTTS解析を通じて,この方法が相同性評価の方法としてすぐれていることを主張する.私は同意しない.

最後の第9章は,引き続きTTS法を擁護する.Dave Williams & Darrell Siebert は,TTS法は形質データをコード化するのではなく,むしろ類縁仮説の複合体として解釈し直すのだと言う(p.187).そして,TTSにまつわるいくつかの誤解を解消しようとする:1) TTSは分岐成文分析ではない(pp.187-188)/そんなはずはない(みなか);2) TTSでは形質を「?」として未知化するわけではない(p.188)/ではTTSそのものをグラフ複合法として明示化すべきだろう(同);3) TTSと祖先形質状態復元とは無関係である(p.196)/そうではなく,祖先復元のプロセスが隠蔽されているだけだ(同).

本書では形質コード化問題が分岐学の枠内で論じられており,形質や形質状態をもっと広い視野で論じたならば潜在的読者層はさらに広がったと思われる.逆に,形質に関する概念的論議に対して,本書で論じられているようなコード化の実際的方法の視点が加味されたならば,形質論はもっと身近になるのではないだろうか.

やや専門的な論文集ではあるが,形質と形質状態に関する bete noire に悩んでいる研究者にとっては役に立つ情報なり指針が得られるかもしれない.