*** Tagesbuch Goettingen ***

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Alle EVOLVE'schen Mitglieder:

三中信宏(農環研← PPP from Goettingen)です。

Guten Morgen! たったいま朝6時を告げる鐘の音が町並みの中心に
ある教会から聞こえてきました。朝日はまだ遠く、あたりはまだ暗
闇に沈んでいます。朝食まで時間があるので、すこし報告をば。

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TAGESBUCH GOETTINGEN
(Erster Teil: 12/Sept/1999 Sonntag)
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このメールは昨日から滞在している Hotel Stadt Hannover(ゲッ
ティンゲン)から送信しています。

きのう午前10時に飛び立った成田からの空路ではとくに大きな事故
もなく(おいおい)、12時間いすに座り続けて午後3時ほぼ予定通
りフランクフルト国際空港に着陸しました。往路のルフトハンザは
満員でした。ヨーロッパとりわけ中欧地域(ハンガリーとチェコ)
は相変わらず人気の観光スポットのようですね。熟年夫婦のツアー
グループが目立ちました。


フランクフルトに降り立ったとたん、「なんだこの熱さは!」との
けぞりました。なんたって30度だもんねっ。みんな半袖Tシャツ
でうろうろしてるじゃないかっ。誰だセーターを持っていけだの、
厚手の長袖が必要だのと講釈を垂れたのは(>うちのカミさんでし
た f^^;)。

ゲッティンゲンに行くには鉄道を利用しなければなりません。「空
港からフランクフルト中央駅発までほいほいと行って新幹線ICE
(InterCity Express)にさくさくと乗ればいいんですよ」と、チ
ケットの手配をしてくれたJTBの知り合いに言われてはいたので
すが、確かに空港からの鉄路への接続はすごくラクでした。

空港の真下にある在来線の空港駅(Flughafen)から、ちょっと汚
めのエアコンなしの「暖房車」に揺られ、3駅(10分かからず)
乗ればもうフランクフルト中央駅(Frankfurt Hauptbahnhof)、そ
こから巨大なドームにおおわれた構内にのぼり、ICEに乗り換え
です。初めての鉄路なのに迷わずに行けたのかを後から考えると、
空港から駅への案内表示が「何人たりとも迷わせない」ようにでき
ているのですね。きわめて logisch ということ。この logisch さ
はごく短時間のうちにいろいろなところで経験できました。

私の乗る予定のICEは午後5時過ぎの発車なので、待ち時間が1
時間ほどありました。さてさてと思って見回してみると、老若男女
問わず「何か」を食べ歩きしています。そう、みんなみんな Wurst
(ソーセージ)をかじっているのです。ここはあの「フランクフル
ト」の本場じゃないか! 何をボケッとしておるのか、とさっそく
「行動」を開始しました(^^;)。


食欲が十分に満たされたところで、ICEがやってきました。私の
2等指定席はたまたま禁煙席併設の客車だったのですが、禁煙席/
喫煙席の間は天井から床までがっちりとガラスドアで仕切りされて
おり、たんに席を分けました(空間は接続してまーす ^^;)だけに
とどまらない徹底さを感じました(これまた Es ist sehr logisc
h! ということか)。

ゲッティンゲンまでは時速300キロのICEで約2時間かかりま
す。古城や教会の尖塔が点在する町並みや西日を浴びている広々と
した牧草地を縫いながら、そしてときどき時差ぼけで寝そうになり
ながらも、「なかなか安らいでるじゃないか」と

定刻の午後7時にICE592号はゲッティンゲン駅に到着。太陽
がまだ西の地平に沈もうとしない中、こうして無事にゲッティンゲ
ンにたどり着けました

古都ゲッティンゲンの中でもひときわ歴史的建造物の集まっている
地区に、私がこれから滞在する Hotel Stadt Hannover は立ってい
ます。駅からは歩いて5分ほどの至近距離にありますが、このホテ
ルもまた築後250年とのことで、ホテルとして営業をはじめたの
が1919年ですから、今年で創業80年になります。

もともと Hotel Stadt Hannover はゲッティンゲン大学の生理学者
だった Arnold Adolf Berthold(1803-1861)−ホルモン研究の先
駆者とのこと−が1839年に買い取った建物だそうな。朝食の部屋に
は Berthold ゆかりの美術品などが飾ってあるそうなので、あとで
見てきますね。

ゲッティンゲンは生物学の上では、romantsche Naturphilosophie

(ロマン主義自然哲学派)の牙城として知られたところです。19
世紀はじめの「ゲッティンゲン学派」は多くの Naturphilosophen
を輩出しました。

「ちょっとはゲッティンゲンに関係する本でも」と思ってもってき
た Lynn Nyhart の生物学史の本 "Biology takes form"(1995)に
は、このゲッティンゲン学派が動物形態学の確率にはたした役割が
詳しく書かれています。

ひょっとしてと思って調べてみたら、Berdhold に関する記述もあ
りました。彼は1836年にゲッティンゲン大学の教授になったのです
が(Nyhart 1995: 366)、この時期は形態学(Molphologie)とい
う新参の学問が、解剖学(Anatomie)という旧学問を乗り越えて自
らの地位を確立しようとした時期に当たります。しかし、形態学に
とっての競争相手はむしろ「生理学」(Physiologie)なかでも
「かたち」(form)ではなく「機能」(function)がすべてを決め
るのだと主張する physikalistsche Physiologie でした(Nyhart
1995: 65-80)。Berthold は世代的に見て、この「物理主義的生理
学」に属していたわけです。

さてさて、そろそろ朝食の時間がきました。今日は午後から駅前の
Zoologische Institut で Hennig Society 年会の受付が始まり、
夕方からは引き続き歓迎パーティが開催されるとのこと。今日はい
ささか akademisch ではない一日になりそうです。

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初日にして、もう Wurst の食い過ぎ(だってだって「フランクフ
ルト」なんだもん)、機中でも Bier を呑みまくったし(だってだ
って「ドイツ」なんだもん)、この先がとてもとても思いやられる。

またパスポートを盗まれないように気をつけないとねっ(^^;)

ではでは、とりあえずの Auf Wiedersehen! ということで。

参考文献
Nyhart, K. L. 1995. Biology takes form: Animal morphology
and the German Universities, 1800-1900. The University of
Chicago Press, Chicago and London, xiv+414pp.

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接続開始→およよ、夜中は国際電話がつながらないぞ(T_T)→ 
むむむ、発信は朝にしよう...。
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Alle EVOLVE'schen Mitglieder:

三中信宏(農環研← PPP from Goettingen)です。Guten Abend!

※ 一晩寝ると落ち着き(覚悟)ができますね。Apres moi le
deluge という落ち着きが...(^^;)。

今日は akademisch というよりも、今和次郎の意味での「考現学」
的(modernologisch)−こんなドイツ語があるんか?−な話になり
そうです。

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TAGESBUCH GOETTINGEN

(Zweiter Teil: 13/Sept/1999 Montag)
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朝食のときに確認したのですが、Hotel Stadt Hannover のレスト
ランには確かにオーナーだった Berdhold 教授ゆかりの調度品が飾
られており、私のテーブルの横の壁には教授ご本人?の肖像画が懸
っていました。

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Lynn Nyhart の"Biology takes form"(1995)を読み進んでいます。
近代的な意味での動物形態学が確立した1800年代前半(1840年ころ
まで)は、Morphologie という言葉それ自体が生物学者の間に普及
しておらず、むしろゲーテがシラーへの書簡の中で用いた新語とし
ての「形態学」とは「植物学の一分野」と一般にはみなされていた
そうな(p.36)。現代用いられている形態学に当たる分野は、むし
ろ Formenlehre というもっとわかりやすい言葉で表現されていま
した(p.37)。

1800年に出版した医学書の中で形態学(Morphologie)および生物
学(Biologie)という新しい語を造った生理学者 Karl Friedrich
Burdach は、単に「切る」だけの Anatomie よりも 「哲学」する
Morphologie の方が上位にあるべきだ、しかもその Morphologie
は Biologie そのものであるべきだと主張しました(pp.36-37)。

Anatomie が当時の医学教育での「実践知」であったのに対し、彼
は「純粋知」としての Morphologie をつくろうとしました「形の
科学」における実践と理念の間の長期的対立はここに胚胎しました。

19世紀のドイツには「形態学」という教授職はなかったそうです。

研究の中心であるその「大学」の中に、「形態学」という新参がど
のように侵入できたのか、が Nyhart の本のテーマです。彼女はこ
のテーマを1)当時の知的背景;2)大学の制度;3)大学教授集
団の中の「世代」間の「方向づけ」(Richtung - 学問的興味の持
ち方・問題設定のやり方・解釈のしかたなど)のちがい、の三つの
要因によって説明できると言います(pp.6-28)。

とりわけ3番目の「世代論」はおもしろい考え方ですね。Nyhart
は19世紀ドイツの形態学者集団を「6世代」に分け、各世代ごと
の Richtung のちがいを記述しています(p.23, Table 1.1)。な
ぜそういう Richtung の差が生じるのか、その理由は各研究者がそ
のキャリア初期に受けた教育と経験がその後の研究者活動の「方向
づけ」を決定してしまうということ、言い換えれば、研究者として
の「出自」が Richtung の決定要因であるということです(pp.24-
25)。
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今回の年会参加者の多くは Hotel Stadt Hannover に集結して(さ
せられて)いるようです。レストランにはいって最初に顔を合わせ
たのは Steve Farris のグループでした(嗚呼、昨年のサンパウロ
大会の悪夢が...)。後から入ってくる宿泊客の多くも顔見知りで
したから、ほとんどが大会参加者と思われました。

シンプルな朝食でしたが、よく食べました(^^)。

Andrew Brower と Darlene Judd のカップルとロビーで遭遇しまし
た(到着したばかりとか)。その後部屋にいったん戻り、いくつか
メールを送信したのち、いざ町へ出陣(夕方の registration まで
フリーなんだもん)。


日曜のゲッティンゲンは人がほとんどいません。レストラン以外の
ほとんどすべての店が閉店しているからだと思います。数々の赤屋
根の歴史的建造物が保存されている旧市街区(Altstadt)は、面積
はそれほど広くないのですが、石畳の続く印象的な街並みです。い
わゆるヨーロッパ中世の都市風景を想像してもらえば、おおむね外
れてはいないでしょう。

歴史を重ねているせいか、全体のフレームがゆがんだ建物(屋根が
大きくへこんでいるとか柱や梁が湾曲しているとか)もそのまま現
役で使用されています。地震がないからそれでも大丈夫なのかと思
っていたら、ある一角(Mauer Strasse)で本当に倒壊している建
物を発見し(さすがに居住者なし)、「やっぱりアブナイじゃない
か」と納得しました。

旧市街区では教会群(Kirchen)がよかったですね。地区の中心 Ma
rkt 広場(グリム童話に出てくるがちょう姫 Gaenseliesel の像が
シンボル)には、市庁舎があった Altes Rathaus があります。日
曜だったで Rathaus そのものは閉まっていたのですが、取り囲む
ようにそびえている教会群が観光スポットになっていました(とい
っても観光客はまばら)。

最初に訪れた St. Johannis Kirche(Rathaus の隣り)の中で、つ
いうっかりカメラでぱちりと撮ってしまったのが運の尽き。それま
で大丈夫だったのに、急にフィルムが巻けなくなってしまうという
トラブル。さては、リンネの本のタイトルじゃないけど、異教徒に
対する【神罰】が下ったのかと震え上がり、壊れたカメラをあたふ
たとリュックサックの奥底深くしまい込みました。


St. Jacobi Kirche はステンドグラスが異色。たまたま中では、完
成したばかりの5枚のステンドグラスについて説明されていたのに
立ち会いました。ステンドグラスと言えばついついわれわれはキリ
ストやら天使やらが群れ集う構図を思いがちですが、St. Jacobi
の新作ステンドグラスは完全な「現代芸術作品」。聖書のテーマに
則って製作され、昨年完成したとのことですが、ずいぶんモダンで
す。

うしろをふりかえると別のステンドグラスがあり、そこには 瀕死
の兵士を抱きかかえるキリストの図柄が描かれていました。兵士の
服装がずいぶん「今風」なので「?」と思ったのですが、このステ
ンドグラスは第一次世界大戦の戦死者を追悼したものらしく、"彼
らは英雄の死をまっとうした"(Es starben den Heldentot.)の一
文の下に、戦死者の名前が列挙されていました。日本だったらさし
ずめ「〜碑」に相当するのでしょう。

旧市街区の北のはずれにある市立博物館(Staedtisches Museum)
は、ゲッティンゲンの石器時代から現代までの歴史について展示し
た博物館です。伝統的建築物をそのまま博物館として利用している
のですが、部屋数がすごく多くて全部見て回るのにずいぶん時間が
かかりました。入館料は3マルクですが、特別展示を見るためにも
う3マルク、そして館内の随所に説明シートが置かれていて、1枚
取るごとに20ペニッヒずつ賽銭箱に落とすというシステムになって
います。正直に全部のシートを取っていったら、終わりには50枚ほ
どにもなっていました(しめて1000円ほど)。市立博物館、商売が
うまいぞ!(logisch!)

15世紀に描かれたゲッティンゲン鳥瞰図を見ると、確かに教会群を
含めた街並み全体が今もそのまま保存されていることがわかります。

もともとは濠に囲まれた城壁都市だったのですね。そして市議会
(Rat)そのものはこの頃すでにあったとのこと。

いまのドイツ国旗の3色(Schwarz-Rot-Gold)の起源が古くから戦
場でのドイツ民族の統合の象徴だったことを初めて知りました。

人物については、ゲッティンゲンゆかりの博物学者 J.F. Blumen-
bach、生理学者 F.G.J. Henle(ヒトの腎臓に「ヘンレのなんちゃ
ら」っていう構造がありましたよね)、時の国王に請願書を出した
グリム兄弟を含むゲッティンゲン7人教授(1837)、そして数学者
の Richard Courant と Emmy Noether、Max Born と実に多士済々。

市立博物館をあとにして次に向かったのは、旧市街区の東のはずれ
にある St. Albani Kirche。古都ゲッティンゲンでももっとも古い
教会です。教会の入り口でおばあさんたちが Pfannkuchen(そのま
ま訳せば「パンケーキ」になるんでしょうけど、モノはずいぶんと
ちがいました)とコーヒーを売っていたので、遅めの昼食を木陰の
ベンチですませました。

この Pfannkuchen は夕方からのパーティでもたくさん並んでいま
した。ゲッティンゲン(あるいはドイツ全体)に広まっている料理
なのでしょうかねぇ。

St. Albani のあたりは、日曜の静かなゲッティンゲンの中でもひ
ときわ静かな場所で、私は好きになりました。St. Albani Kirche
の掲示に「写真撮影禁止」と書いてありました。そうか、やっぱり
私は St. Johannis Kirche で【神罰】を受けてしまったんだ。

それにしても、今日もまた暑い。長袖の私はただのバカ(T_T)。


そろそろ夕方になってきて、中心部への帰路、先ほど【神罰】を受
けた St. Johannis の横を通ったところ、Glockenturm(鐘楼とい
うか塔)に登れると書いてありました。これはということで、石で
できた狭い螺旋階段をぐるぐる登り、もう終わりかと思いきやそこ
は塔上レストラン(^^;)、そこからは木製階段をさらに登り、最
後は梯子のように狭い段をよじのぼってようやくてっぺん。地上か
らは50メートルほどあるかな。

高層建築のないゲッティンゲンでは、この Glockenturm が最も高
いところになります。360度見渡すと赤屋根がずっと遠方まで続く
のが見えます。地平に近いところは小高い丘陵地帯でしたから、盆
地のように市街地を囲んでいるのですね。

さて、ようやく学会の受付時間になりました。ゲッティンゲン駅に
隣接する Zoologisches Institut が受付場所です。ここは一般に
も公開されている展示室をもっているのですが、それほど広くはな
さそうでした。受付後の Welcome Party は最上階の展示室とホー
ルを会場に当てていました。骨格標本やら液浸標本に囲まれながら
呑む Bier はまた格別(?)。

今日の Welcome Party は、 予想していた Wurst の"貯木場"では
なく、Schinken(ハム)の"大津波"だった(こりゃあフェイント)。
うん、生ハムを含めて Schinken は実にうまかったよ(>Ohrwurm
さん!)。ただし、サラミは deutsche よりも ungarische の方が
歯ごたえがあって香ばしかったなぁ、と総合的に判断しました。
今日もまた Bier の呑み過ぎ...。のみならず、Kuchen の食べ過
ぎ...。まったくもう、何しにゲッティンゲンまで来てんだか!


※ 昨年のサンパウロ大会のように、日本人の参加者は一人もいな
いだろうと勝手に思いこんでいたところ、きょう受付で渡され
た参加者名簿を見ると「ヒロツグ・オノ」−科博の在外研究員
(マインツ)−というお名前が見つかりました。

Party では多くの知り合いと遭遇できました。

明日からは本格的な大会の開始です。

ではでは、みなさん、またねー。Tschuess!!


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Alle EVOLVE'schen Mitglieder:

三中信宏(農環研← PPP from Goettingen)です。

※ 学会と Bier の日々に溺れていると書くべきものもつい書けな
くてね。反省反省。

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TAGESBUCH GOETTINGEN
(Dritter Teil: 14/Sept/1999 Dienstag)
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昨日(13日)は大会第1日め。学会会場となったのは、ゲッティ
ンゲン大学−正式には Georg-August-Universitaet−の北端に位置
する教育学研究所(Institut fuer Erziehungswissenschaften)で
す。このメールを発信している駅前のホテルからは歩いて20分ほど。

市街地を抜けるとそこはもう大学のキャンパスが広がっています。

ゲッティンゲン大学は、過去にノーベル賞受賞者を何人も輩出した、
ドイツきっての名門大学で、校舎の風格はなかなかのもの。とりわ
け医学部のレンガづくりの校舎は写真によく載っていました。学会
会場の教育学研究所はそれに比べればずっと新しく、講演が行なわ
れる講堂(Hoersaal)は使い込まれてはいますが、それなりにモダ
ンしかも機能的でした。

会場は例年通り一つだけですから、聞き逃しはありません(その場
にいさえすればね)。今日のセッションは下記の通りでした:

- Organizer's welcome and the President's opening address
- The roots of phylogenetic systematics
- Biosystematic theory and philosophy

大会プログラムと要旨は Hennig XVIII のWWWサイトにすべて載
っています(URLは自分で検索してね)。

今回の大会事務局長をつとめた地元ゲッティンゲン大学の Reiner
Willman さん−『時空間における種』("Die Art in Raum und Zeit
", Parey, 1985)の著者−の開会宣言から大会ははじまりました。
つづいて、Hennig Society 会長である Ole Seberg さんのあいさ
つ。

最初のセッション「系統体系学のルーツ」では、Willi Hennig の
生い立ちとその後の経歴が議論されました。

1) Reiner Willman「ヘッケルからヘニックへ」は、ヘニックに先

立つ5人の生物学者に焦点を当て、ドイツの系統学の歩みを概
観した。Ernst Haeckel が筆頭に出てくるのはもちろんのこと。
続く Woldemar Kowalevsky はポストHaeckelともいえる系統樹
の描画者。Othenio Abel は分類群は単系統的でなければならな
いと述べた。Adolf Naef は stem group の概念をもっていて、
種は生殖的に隔離された集団であると考えた。5人目の植物学
者 Walther Zimmermann が明快な系統推定の理論を提出したこ
とはすでに明らか。これだけの知的背景のもとで Hennig は系
統体系学を理論化した。

2) Willy Xylander「Willi Hennig の青少年期」では、ドイツとポ
ーランドの国境近くの村に生まれた Hennig の家庭環境と青少
年期までの成長を新たに発見された資料に基づいて明らかにし
た。幼少期の Hennig にとって不運だったことは、家庭が経済
的に不遇・辺鄙な村・教師に恵まれなかったこと・精神的に不
安定な母・本人の extrovert な性格であった。しかし、同時に、
本人の才能と努力・野心家の母と温厚な父・additional な教育
が受けられたこと・近くに新しく学校ができたこと・ドレスデ
ン動物学博物館と関係があったこと、は Hennig にとって幸運
だった。Hennig の生家の写真・幼少期の姿(仮装行列のとき
の)・小学校での集合写真など興味深かった。

3) Michael Schmitt「Willi Hennig - 系統体系学のルーツと発
展」では、研究者として歩み始めた頃の Hennig に光を当てた。
ドレスデンでの Hennig の師だった Meise(Draco トビトカゲ
の研究者)−この講演の前日に亡くなったとか−の影響はきわ
めて大きく、そのため Hennig 自身が後に Draco のレビジョン
をすることになったとのこと。あとは Klaus Guenther からも
影響を受けた。


4) Steve Farris「分岐学の歴史」では、セピア色の昔話から一転
して、ポスト Hennig にジャンプした。話題は多岐にわたり、
共有派生形質に対する(一部の)分岐学者自身の誤解・最節約
計算の目的の変化(完全枚挙から well-supported clades のみ
の発見へ)・Total evidence が重要であること・重みづけはダ
メよ・最尤法は inconsistent・Long-branch attraction なん
てのは「どこぞの誰かが触れ回っている【おとぎ話】だ」との
こと(^^)。Ward Wheeler の質問に対して、「最尤法の結果は、
ほとんどの場合、最節約法と一致するだろ」とのコメント。

続く、第2のセッション「生物体系学理論と哲学」はもっとディー
プになりました。

1) Arnold Kluge「認識論と系統体系学」では、John Stuart Mill
の格言「歴史的説明は因果的である」にはじまり、系統学にお
ける歴史的説明の認識論的な定式化を試みた。科学的説明にお
ける Carl Hempel の deductive-nomological モデル(DNモ
デル)と対応させながら、歴史的説明をモデル化するとき、ホ
モロジーとホモプラシーで異なるモデルを当てる。被覆法則
(L)として descent with modification を置き、原因として
分岐図を設定するとき(ここまでは共通の前提)、観察された
形質の説明として、ホモロジーモデルでは「共有派生形質はホ
モロジーである」と説明するのに対し、ホモプラシーモデルで
は「共有派生形質はホモプラシーである」と説明する。両者の
ちがいは、ホモプラシーモデルではLだけで仮定として十分で
あると考えるのに対し、ホモロジーモデルではLだけではだめ
で、最節約基準を追加する必要がある。


2) Kirk Fitzhugh「相同の推論的基盤」では、Kluge とは別の定式
化を試みる。進化の結果の記述から進化の原因への説明への論
を Charles S. Peirce の言う「アブダクション」とみなすこと
で、因果仮説としての相同性をモデル化した。彼の見解では、
相同性は分岐図とは無関係であり、分岐図それ自身が相同性の
検証にはならないと言う。

この後、Kluge と Fitzhugh の間で、壇上の黒板を左右に分け、書
きまくりの討論が始まりました。次の講演はどーするのと思ってい
たら、幸い(?)午前最後の演者が行方不明(^^;)になったので、
無事時間通りに昼食とあいなりました。

Hennig Society は講演と同格にディスカッションを重視するので、
基本的に「時間無制限」です。プログラムの指定時間どおりに進行
することはまずありません。とりわけ、今回の大会では講演申込が
多かったとのことで、ポスター発表への変更を指示される(私もそ
の一人)だけでなく、口頭発表それ自体の持ち時間が20分に限定
されました。

大会会期中、昼食は大学の中央食堂(Zentralmensa)ですませるこ
とになります。講演会場からキャンパスを横切ること約10分、学
生がひしめく一角に Mensa はありました。昼時のこと長い行列が
すでにできていたのですが、料理ごと(肉料理・魚料理・パスタ)
に別々の場所で配られるので、列の動きは意外に速いです。私が並
んだのは肉料理(Wahlessen 1)の列でした。今日のメニューはハ
ンバーグにピクルスとインディカ米を添えたものでした(これで値
段は DM 7.5 です:飲み物は別のコーナー)。

なお、大学内には数ヶ所 Mensa がありますが、その料理内容はキ

ャンパス内に掲示されるとともに、写真入りでWWWサイトに載っ
ています。Uni-Goettingen と Mensa をキーワードにして検索すれ
ば、私がドイツで食べたものを日本にいながら「見る」ことができ
るでしょう(^^)。

午後のセッションは午前の続きです。

3) John Wenzel「ホモプラシー」では、ホモプラシー概念の再検討
を主張した。ホモプラシーにはいくつかの異なるケース(ただ
の観察ミス・逆転・収斂)が含まれている。いままでは、ホモ
プラシーとは「非相同」を意味していたが、むしろ、ホモプラ
シーの方が普遍的であり、その一部分がホモロジーであるとみ
なすべきだろう。また、系統推定にとってホモプラシーは「じ
ゃまもの」扱いされていたが、ホモプラシーがあればこそ系統
学的に informative な形質が増える。したがって、ホモプラシ
ーは「GOOD!」ということ。

4) Andrew Brower「系統学的分類学の本質」では、phylogenetic
taxonomy の問題点を指摘し、形質とはアリストテレス的な意味
で「essential」なものだと主張する。

5) Daniel Geiger「Foundherentist的視点からみた分岐図の正当
化」については、ちょっと...よくわかりませんでした。なんと
いうか、"foundherentism"ってそもそも何? この視点に立つ
と形質の重みづけは「ノー」ということになるのだそうだが。

6) Sievert Lorenzen「カオス科学の系統体系学へのインパクト」
については、もうついていけない...。


7) Ward Wheeler「動的配列相同と最適化アラインメント」では、
塩基置換とアラインメントを同じ Sankoff 最適化の枠組みの中
で計算しようという方法が述べられた。塩基置換が分岐図の上
で最適化(最節約復元)できることはすでにわかっているが、
配列のギャップの進化をも分岐図上で最節約復元しようという
こと。

主立った講演の内容は上記のとおりです。

この日は午後8時から旧市街区の大学のホールでレセプションがあ
りました。中心にある Rathaus のすぐ近くにある、Akademie der
Wissenschaften "Aula" がその会場。入るのがためらわれるような
立派なホールで、昔の国王やら王妃やらの肖像画がでんと掲げられ
ている、デコレーション満点の大ホールで、大学の副学長でもある
Zygaenidae の研究者 Klas Naumann による「系統学と進化学」と
いう講演を約一時間拝聴しました。築150年というこんなホール
の中で、ガのゲニタリアの写真を何枚も映していいのかなぁとも思
いましたが、遅めの夕闇迫る式典会場でガの larva のどアップを
見るのもまた一興(^^;)。それにしても話が長かったぞ!

空腹の反動があったのか、講演後のレセプションは短期決戦的にリ
ソースが消費されていきました。おいおいブロンズ像(Koenig な
んちゃらって書いてあるぞ)に腰かけてビールのラッパ飲みをする
なよ、とか、階段でくだまかないでね、とか、ま、いろいろあった
わけで、私は早々に11時前には退散しましたが、まだまだエンド
レスのようでした。

ゲッティンゲンの夜の町というのは、いたるところ道ばたにテーブ
ルをおいたビヤガーデン(Biergarten)が店開きしています。滞在

中きっと一度はその仲間に入ることになるのでしょう。

ああ、書き疲れた。じゃ、またねー、Tschuess!

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Alle EVOLVE'schen Mitglieder:

Morgen!

三中信宏(農環研← PPP from Goettingen)です。

※ それにしても暑い。朝夕はまだしも日中は30度近くまで気温
が上がっているようです。【教訓】:9月の中部ドイツは半
袖・短パン・サンダルで十分! 長袖とかカーディガンは(い
まのところ)無用の長物。

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TAGESBUCH GOETTINGEN
(Vierter Teil: 15/Sept/1999 Mittwoch)
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大会2日目になりました。この日のメニューは:

- Biosystematic theory and philosophy(続き)
- Species, Species concepts, evolution and phylogeny
reconstruction
- Phylogeny and evolution of plants
- Poster presentation


です。

昨日から続いている「生物体系学理論と哲学」セッションは、さら
に具体的な問題群に進みました。

1) Wolfgang Waegele「人造物の樹と生命の樹」では、形質データ
の質が議論された。とくに、形態データと分子データの質の相
互評価に関するディスカッションが延々と続き、スケジュール
の遅れが早くも現われる。Waegele はデータの質に基づく重み
づけが必要であると述べ、この点で賛否の意見が飛び交った。

2) Lars Vogt「最節約分析における系統学的マーカーとしての ind
els ならびに分子データセットの事前重みづけ」では、分子配
列データにおける indels の重みづけの方法が提案された。形
質重みづけはそれ自体が反証可能でなければならないと言う演
者は、潜在的反証者(potential falsifiers)の個数をもって
「重み」とするという方法を提案し、この方法をネジレバネ問
題(the Strepsiptera problem)に適用した。

3) Donald Quicke「ILD検定は失敗することがある:ノイズの問
題」では、複数のデータセットの間の「異質性」を調べるとき
に用いられる「ILD検定」の性質について論じた。ILD検
定では、あるデータ行列のサブカテゴリー分割の間での最節約
分岐図の樹長分布を形質の無作為化分配によって生成し、観察
された樹長の差が生成された帰無分布の棄却域に入っていれば、
もとの形質サブカテゴリーの間には有意な異質性があると結論
する。ところが、サブカテゴリー間にサイズの著しいアンバラ
ンスがあるとき、ノイズと樹長差とが必ずしも線形に変化せず、
それゆえ結論へのバイアスがかかると指摘する。この問題は、

ILD分布の統計学的性質が現時点ではわかっていないため、
当分は未解決のままだろうと演者は言う。

4) Pierre Delaporte「Total evidence に基づく同時解析に先立つ
データ除外による系統推定の改善」では、Total evidence アプ
ローチのルーツである Rudolf Carnap (1950) の験証関数 C(h,
e)−仮説hの証拠eによる験証(corroboration)の程度−にも
どって、total evidence の実行のための新しいスキームを提出
する。基本アプローチは分割解析ではなく同時解析なのだが、
その前に形質をカテゴリーにいったん分割し、misleading なデ
ータカテゴリーを除外した上で同時解析するという方法である。
Misleading かどうかはILD検定・taxon-jackknifingなどに
よってテストする。この方法を分子データに適用した。

5) Maureen O'Leary「化石分類群に対する現生生物形質の欠損効果
をテストするリサンプリング法」では、化石データに頻出する
missing entries の効果を形質ごとのリサンプリング(無作為
抽出)によってテストするという方法を提出した。

※ この時点ですでに正午をすぎた...。

6) Scott Stanley「ヌクレオチドのts/tvに対するホモプラシーの
定量化ならびに重みつき系統解析の仮定の再検討」では、形質
進化速度と重みとを逆比例させるという重み設定の基本仮定が
おかしいのではないかという問題提起をした。とくに「飽和」
(saturation)という考えははっきり間違っていると言う。な
ぜなら、pairwise には飽和しているように見えても、系統樹の
上での patristic な差としては飽和していないことが多いから
だという。確かにその通りだと私は考えます。対比較での結論

は必ずしも系統樹の上では成立しないからです。

※ もう1時になるよー(^^;;;)

7) Pablo Goloboff「大きなデータセットをリーズナブルな時間内
で解析する」では、彼が新しく開発したソフト【TNT】(な
んてぇ名前をつけるんだか)をデモしながら、大データセット
をいかにして短時間で解析するかが大切だと力説した。アルゴ
リズムの詳細は「ヒ・ミ・ツ」だそうだが−Steve Farrisは
「俺は知ってるぞ!」と叫んでいた−、彼が講演中にデモした
くれたrbcLのデータセット−Chase et al. 1993 (Ann. MO Bot.
Gard.)−からの最節約分析は実際「たった3分間」でかたがつ
いた。

ひぇー、Pablo の話が終わったらもう1時半近く。Mensa はもう終
わっているし、どうするかと思いきや、Willmann事務局長がおもむ
ろに「入り口で3マルクはらって、サンドイッチを買ってね」との
こと。

サンドイッチ販売で時間を節約して、午後は2時ちょうどから予定
通り種概念のセッションがはじまりました。

このセッションは特に特筆すべきことはありませんでした。(あり
ゃま) ただし、時間だけはまたもや着実に遅れ始めています(い
やな予感)。

午後最後のセッション「植物の進化と系統」では、Brent Mishler
が日本の新聞にも載った例の研究グループ「Gr.Pl.Phyl.Res.Coop.
Group」の成果を力説していました。よいマーカー(形態・分子)

をたくさんさがすこと、形態データも怠りなく調べること、Total
evidence アプローチが必須、などぽんぽんと言い切っていました
ぜ。

このセッションの中では、 Gitte Petersen が Bremer support 検
定を援用した Partitioned Bremer Support 法というのを使った解
析をしていました。形質データの partition ごとにある node の
サポート度を調べる方法です。

午後のセッションが終わったのが午後6時45分。このあとにポス
ター・セッションがあったのですが、そりゃあ人の集まりは悪かっ
たですよ。7時30分からの学会役員会でだいぶ人が抜け、一般参
加者ももう心は Biergarten に向いているようす。となりでポスタ
ーを貼っていた Sievert Lorenzen さんとちょっとお話ししながら、
「ま、あとは会期中の一本釣りで人を呼びましょうかね」というこ
とになった。こんなポスター発表もあるんだ...。

ポスター会場から解放されたのは午後8時前、帰りに参加者20名
ほどと Max-Planck-Gymnasium という学校の横にある Biergarten
に立ち寄り、Pilsner と Dunkel を一杯ずつ飲んで、サーモンスパ
ゲティを平らげて、本日の予定はすべて終了しました。

ではでは、翌日は会期後半の第3日め、Tschuess!


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Alle EVOLVE'schen Mitglieder:

三中信宏(農環研← PPP from Goettingen)です。


※ 暑いよぉ、暑いよぉ。

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TAGESBUCH GOETTINGEN
(Fuenfter Teil: 16/Sept/1999 Donnerstag)
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大会の後半はまる2日にわたって:

- Phylogeny and evolution of the Metazoa

というセッションに当てられます。さまざまな分類群に関する系統
の問題が議論されました。その中で随所に理論的な問題点が顔を出
すのがおもしろいところです。

1) Cyril Gallut「ミトコンドリア遺伝子の順序情報からの系統解
析」では、遺伝子順序(gene order)という形質をどのように
コード化するかという問題が議論された。Metazoa の mtDNA に
は36-37遺伝子が乗っていて、12遺伝子がたんぱく質、2がrRNA、
そして残り22がtRNAである。遺伝子順序をコード化するにはそ
の相対的な位置関係を隣接遺伝子が何であるかを記述する「位
置形質」として multistate coding するのが適当であると結論
した。このコード化の方法を用いると、indelsおよび転座とい
う遺伝子順序の変化が記述できるという。さらに、祖先遺伝子
順序の復元も可能。

2) Marc Siddall「ヒルの系統」では、形態データと分子データか
らの total evidence approach による系統関係の構築が主題。

解析はともかく、「ヒルの吸いつく写真」を何枚も見せるんだ
から、もう。眼球に吸いつくヒルの写真が映ったときはさすが
にブーイングが起きた。この大会を通じて total evidence に
よる系統解析例がきわめて多かった。

3) Daniel Miller「構成形態学からみた貝類の系統」では、ホネガ
イ類を例にとって、構成形態学(constructional morphology)
の視点から形態形質をとる試みが議論された。ただし、コード
化の難しさは残るようだ。

4) Jim Carpenter「数量分岐学、同時解析、そして昆虫類の系統」
では、1997年の Systematic Biology 誌巻頭に70ページに及ぶ
論文が載った「ネジレバネ問題」(the Strepsiptera problem)
に焦点を当て、昆虫類の系統解析には分子データと形態データ
からの total evidence approach が不可欠であると指摘した。

ここでランチ休憩が入りました。Zentralmensa の今日のメニュー
(Stammessen 2)は、"Nuerunberger Rostbratwurst"。要するに、
焼きソーセージのシチュー。これにマッシュポテトと野菜サラダが
付いていました。同席した、もう一人の日本人参加者である科学博
物館の arachnologist 小野展嗣さん(→来月までマインツ大学滞
在)がこのランチを一目見て、「あ、いかにもメンザですねぇ」と
一言。在独キャリアが7年にも及んだ小野さんならではの言葉でし
た。

午後のセッションは、昆虫類の cladistic analysis が連続しまし
た。

1) Sven Bradler「ナナフシの雄ゲニタリアの進化」


2) Arnold Staniczek「カゲロウの頭部形態と Pterygota の初期分
岐」

3) Guenter Bechly「トンボの交尾行動の進化」では、形態形質か
らトンボの分岐関係を推定し(Bechly は2,3年前にトンボの
大系統に関する大きなモノグラフを出版したと千葉県博の直海
俊一郎さんから聞いています)、交尾行動がどのように進化し
たのかを復元した。Spermatophore の受け渡しに関わる形質に
着目することにより、従来の説よりも妥当なシナリオを出した
とのこと。

4) Thomas Schlemmermeyer「シロアリの系統」

5) K.-D. Klass「雄ゲニタリアに基づくゴキブリとシロアリの系
統」

6) Ward Wheeler「形態と複数遺伝子にもとづく節足動物の系統」
では、現生・化石のデータの total evidence 法による系統解
析が議論された。対象分類群は約400。形態形質は全部で733形
質(!)、分子データは18Sと28Sを合わせて約2,200bp。これらを
最適化アラインメントした後、系統解析した(使ったソフトは
POY)。最適化アラインメントでは、ギャップならびにTs/Tv
の重みの設定が必要だが、重みの設定にあたってはsensitivity
analysisを実行した。重みのパラメーター空間全体にわたって
ILDテストを行ない、テストの結果が「異質性なし」と結論
できる範囲の値に重みを設定するというやり方である。この解
析をした結果、indels=2, Ts/Tv=1、そして形態=2という重み
を設定したとのこと。


7) Crylle D'Haese「特殊化は進化のデッドエンドか?」

これで、本日のセッションはすべて終了しました。今夜はグリム童
話の「いぱら姫」で有名な Sababurg 城でバンケットがあるため、
大会は早々と夕方5時に終了し、6時過ぎに駅前の Zoologisches
Institut に集合です。集合時間のだいぶ前からわいわいと集まり
はじめていたようですが、かなり多くの人は「正装」でしたよ(ア
メリカ人でもね ^^;)。バンケットのためだけにスーツを持ってき
た参加者が多かったということ。

大型バス2台に乗りあわせて百人近くの大移動が始まりました。予
定では Sababurg 城まで約1時間乗るとのこと、牧草地とトウモロ
コシ畑がひろがる「典型的なドイツの農村地域」(小野さんの弁)
を縫いながら、グリム兄弟ゆかりの地 Kassel をかすめ Sababurg
城に到着しました。バスの中で Steve Farris が「いばら姫」のス
トーリーを朗読してくれましたが、グリム童話ってけっこうコワイ
のね(話の筋が)。

丘の上にある Sababurg 城のまわりは動物公園になっており、夕闇
が迫っていましたが、なかなかいい景色です。屋根が崩れ落ちたホ
ールにまず通され、カクテル・パーティ。そのあと午後8時近くに
なってバンケットの開始です。かなり飢えている参加者が多かった
のか、水のようにワインがなくなっていきます。しかし、「水」で
はもったいないなぁ−白ワインは、Verrenberger Lindeberg
(trocken) 、ロゼ(というより濃いめの白みたいな色)はIhringer
Fohrenberg (halb trocken)、いずれもQualitaetswein bestimmter
Anbaugebieteでした。


メニューは、前菜がイノシシのゼリー寄せとサケのムース、スープ
はハーブのクリームスープ、メインは七面鳥(? "guninea fowl"
って書いてありました)の胸肉のロースト、最後にアイスクリーム
のデザート。以上。

たいへんもったいない「水」をぐんぐん消費しながら、ときどきス
ピーチに耳を傾けながら、夜の長さを実感していたのですが、それ
にしてもエンドレスで続く。Reiner Willman 大会委員長がようや
くお開きを宣言したので、時計を見たら、実に午後11時半。へろ
へろになってバスに乗り込み、気がついたらもうゲッティンゲン。
時計を見たら午前1時! 実に体力勝負の一日でした。(なおも二
次会に行こうとしていたのは、Jim Carpenter たちニューヨーク・
マフィアでした。)

明日は最終日、ではでは、みなさん、Tschuess!

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Alle EVOLVE'schen Mitglieder:

三中信宏(農環研← PPP from Goettingen)です。

※ おお、明け方に雨が降ったぞぉ。これでようやく「秋風さわや
かな中部ドイツの古都」もしくは「中世の秋」が経験できる
か?!

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TAGESBUCH GOETTINGEN
(Sechster Teil: 17/Sept/1999 Freitag)
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うー、うー、うー (妖怪「二日酔い」のうめき声) うー、うー

というわけで、学会最終日はかつて経験したことのないほどの二日
酔いにのたうちつつ目ざめました。そりゃそうだよ、前夜【いばら
姫】のお城で「水」を浴びるほど呑んだもんなぁ。

と、かってに言い訳しつつ、大会の始まる9時頃に、ごそごそと起
き出し、ぐでぐでと着替えをして、それでもしっかりと Schinken
を食べて、Universitaet に向かいました。

Waldeweg にある教育学研究所に向かうのも今日が最後です。それ
とともに、通り道沿いにある民俗学研究所(グリム兄弟が童話集を
編纂した場所)とか、18世紀の博物学者 Albrecht von Haller の
プレートをいただく植物園とか、ゲッティンゲンきっての高級レス
トラン「Gauss」−もちろんあの数学者ガウスにちなむ−を目にす
るのも今日が最後です。

明け方に降った雨のおかげで気温は下がり、ゲッティンゲンに来て
以来はじめてさわやかな気分を味わえました。こうでなくっちゃね。

だいぶ遅く会場に着いてみると、「みんなしっかりと朝一からきて
るよ」的雰囲気がただよっていて、ちょっとばかし引け目が顔を出
します。

最終日のメニューは午後4時までが、昨日の続きの:

- Phylogeny and evolution of the Metazoa


で、その後:

- Phylogeny, evolution, and biogeography

というセッションで大会が締めくくられます。

1) Bernhard Hausdorf「核タンパクコーディング遺伝子に基づく
Bilateria の系統」では、18SrDNAには塩基組成のバイアスと二
次構造そしてindelsの存在があるが、進化モデルがまだ対応で
きていないと指摘。配列カテゴリーによる進化速度の差が長枝
効果(long-branch attraction)をもたらすとも。

2) Douglas Eernisse「Metazoaの系統は分子を使っても形態を使っ
ても矛盾はない」では、Metazoa 初期系統の Big Bang をとら
えられるマーカー(形態と 18S)の比較を行なった。Pablo の
新作ソフトTNTを用いて、前日!におこなった系統解析によ
ると(477配列から)、主なクレードは形態と分子の同時解
析により解決できる;Basal node はやっぱり未解明;Rooting
は taxon-sampling に依存する、とのこと。

3) Gonzalo Giribet「3胚葉性動物の系統:同時解析」では、2胚
葉性から3胚葉性への進化を分子と系統の同時解析によって推
定した。Ward Wheeler の開発した動的最適化アルゴリズムを採
用し、形態と分子の相対重み・ギャップの重み・Ts/Tvの比率を
sensitivity analysis によって設定した。145分類群について
形態と18Sの同時解析(重みは mor.=mol., Gap=1, Ts/Tv=1)を
行なった。

ランチ休憩で Zentralmenza に行ったら(今日は一人−科博の小野

さんはブレーメンに午前中にメルヘン街道の終点ブレーメンに旅立
ってしまった)、Gesellschaft fuer Pflanzenbauwissenschaften
という別の学会がそこで開催されていました。今日の Menza メニ
ューはパエリャでした。

昼休みにポスターを眺めていたら、オサムシの発表がありました:

Andreas Duering: Different behabior of mitchondrial and
nuclear markers and the evolutionary history of
Chrysocarabid species (Coleoptera, Carabidae).

このポスターには、mtDNA による系統推定を「鵜呑み」にしてはい
けない理由がいくつも列挙されていました。

さて最後のセッション Phylogeny, evolution, and biogeography
での口頭発表に進みましょう。

4) Philippe Grandcolas「適応の系統学的検証:新たなる適応主
義」では、適応の研究とは「適応による innovation すなわち
固有派生形質の進化」の検証であると定義し、そこには、系統
学が対処するパターンに関する部分と自然淘汰が対処するプロ
セスに関する部分に分けられるという。ところが、すべての派
生形質は必ずしも適応的とは言えないから、系統を調べても適
応の検証にはならないのではと言う。最初の定義に問題がある
のではないかと私は感じた。

5) Paul Goldstein「ヤガ Papaipema 属近縁群における休眠・ホス
ト移行・key innovation の進化」では、系統解析の結果からど
のようにして key innovations を検出するのかが論じられた。


6) James S. Farris and Mari Kaellersjoe「スーパーサイト」で
は、分子形質のコード化の新しい方法が提案された。Joseph
Felsenstein が指摘した最節約法の「inconsistency」という現
象は、0/1という二値的形質状態が生んだおとぎ話である。
このモデルのもとでは、ホモプラシーが蓄積されればどうして
も最節約法が misleading になることは避けられないだろう。
しかし、コード化方法を変えて形質状態が multistate になる
ようにすれば、Felsenstein 領域は事実上消滅するはずだ。新
しいコード化の方法−これを「supersite-coding」と呼ぶ−で
は、複数塩基対に対して別々の形質状態を配置する。たとえば、
タンパク質コード配列だと、3塩基に対して別々の形質状態を
配置するから、形質状態の場合の数は4の3乗すなわち64通
りになる。このコード化をすると、従来はホモプラシーと判定
されていた類似性が固有派生形質とみなされ、Felsenstein 領
域は狭くなる(長枝誘因効果もなくなる)。しかし、同時にこ
のコード化方法はホモロジーの認識を下げるため解像度は下が
るだろう。それに対処するためには「大きいことはいいこと
だ」スローガンのもと bigger data を用いればすむことだ。

Supersites とともに講演はすべて完了。学会会長の Ole Seberg
さんの閉会あいさつと大会委員長の Reiner Willman さんへの労い
の言葉とともに、第18回 Willi Hennig Society 大会は閉会とな
りました。

お開きお開き、ということで、ゲッティンゲンでも最も古いレスト
ランである Zum Schwarzen Baeren(「黒熊」という意味)に食べ
に行きました。メインの「ゲッティンガー何ちゃら」っていう肉料
理を注文したら、丘のように盛り上がったジャーマンポテトの上に

3種類の肉がそびえるという、なかなか迫力のあるものが出てきま
した。Too much satisfied ということで、私はしばらくポテトは
食べたくない...。たまたま別の席にいたライデン大学の P.
Hovenkamp さんと出くわしました。あ、そうそう、来年の Hennig
Society 大会は彼のいるライデン大学で「30/May/2000 - 2/June/
2000」の予定で開催されます。

今回の講演の約1/4は学生の発表でした。若手の発表は指導教官
たちのカラーがそれぞれ現われて楽しめますね。来年は日本からも
若手が乗り込んでこないかなと期待しつつ"Tagesbuch Goettingen"
の「本編」を終了させていただきます。

ではでは、またねー、Tschuess!

===

...というメールをゲッティンゲンから出そうと思ったら、この
日だけ国際電話からのダイヤルアップ接続ができなかったのよ!

ということで、このメールは成田空港・第2ターミナルのグレ電か
ら送信しています。

===

...というメールを成田空港から発信しようと思ったら、やっぱ
り EVOLVE へダイヤルアップ接続ができない状態が週末にかけてず
っと続いています。

ということで、最終的に、研究所に実在しながら、メール発信する

ことになってしまいました。何のことはない、「日常」に戻ってし
まったということです。

★ 日本に帰ってきたぜ!★

ではでは。Tschuess!

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## 三中信宏 / MINAKA Nobuhiro
## 農林水産省農業環境技術研究所計測情報科調査計画研究室
## 〒305-8604 茨城県つくば市観音台3-1-1
## TEL 0298-38-8222 / FAX 0298-38-8229
## mailto://minaka@affrc.go.jp (office)
## mailto://nobuhiro.minaka@nifty.ne.jp (home)


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Alle EVOLVE'schen Mitglieder:

三中信宏(農環研← PPP from 松山・道後温泉)です。

明日からは昆虫学会大会が愛媛大学農学部で開催されます。昨夜東
京を出発した高速バスは今朝早く伊予の国にたどり着きました。さ
っそく道後温泉本館に直行して私の松山ライフは始まりました。台
風18号の今後の進路はいったいどーなるか...。風雲迫る松山城
下。

おっと、それはそーと記憶の薄れないうちに、「ゲッティンゲン番
外編」を最終号としてお送りしますね。


時間を少し巻き戻して...っと。

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TAGEBUCH GOETTINGEN
(Sonderheft: 18/Sept/1999 Samstag)
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※ な、なんと今日は涼しいじゃないか! 半袖・半ズボンで大丈
夫よなどとという戯れ言はアッサリと撤回します。いわゆる
「秋晴れ」−うん、観光に最適ですなぁ。ははは。学会は昨日
でもう終わったし、と。

Hennig Society が終わった翌日は実に快適な秋晴れ。午前のうち
に山ほどあった「紙束」(山ほど買った本などなど)を「大きなラ
ッパ」を吹いている駅前の中央郵便局にどかんともちこんで郵送し
てしまい(しめて20キロを SAL便で送ったら DM 72.00 も取られ
たぞ)、その足で Goettingen 駅に向かい、ICEに乗って一駅の
Kassel-Wilhelmshoehe 駅までたった20分の移動(往復の運賃は
2等客席で DM 60.00)。

Kassel 市はグリム兄弟が青少年期をすごした地として有名で、彼
らにちなむ遺品や史跡が数多く遺されている。北のブレーメンにい
たる、いわゆる「メルヒェン街道」の拠点の一つ。

その中でも「目玉」の1つがカッセルの旧市街区にある「グリム兄
弟博物館」である。ICEを降りた Kassel-Wilhelmshoehe 駅から
市電に10分ほど乗って、旧市街区の Rathaus で下車する。ほど
近くのグリム兄弟博物館は、これまた客なし。入り口のところに

「日独グリム兄弟シンポジウム」のポスターが貼ってある。ちょう
ど私が来観した週に、日本からグリム研究者が何人かやってきて講
演会などのイベントをしたようである(16-19/Sep/99)。

グリム童話が現在世界的にどれほど広まっているのか、私はよく知
らない。しかし、いまいるグリム兄弟博物館には日本語によるパン
フレットが常備されていることから類推すると、日本というのはド
イツを除けば別格的にグリム童話が広く深く普及した国なのかもし
れない。おそらく、この博物館にもシーズンともなれば多くの日本
人来館者があるものと予想される。

この博物館は木造4階建で、1,2階にはグリム兄弟の業績を示す
品々が展示されている。日本語で書かれたグリムに関する本などに
載っている肖像や写真のもとはすべてここに所蔵されているようだ。

グリムが近しい人々から聞き取った童話を編集して1812年に出版し
たのが、"Kinder- und Haus-Maerchen" すなわち『グリム童話』で
ある。出版社はベルリンの Georg Reimer 社。この出版社は半世紀
後に Ernst Haeckel の "Generelle Morphologie der Organismen"
(1866)をはじめとする彼の一連の著作を出した出版社である。そ
うかあ、グリム童話とヘッケル本は出版社が同じだったのかぁ、と
変なところで感心するみなか。

もちろん、その後にグリム兄弟が出版した『ドイツ文法』や『ドイ
ツ神話学』そして『ドイツ語辞書』の初版も見てきましたぜ。ヤー
コプ・グリムのベルリン科学アカデミーでの講演(1858)が、「言
語の起源について」だったことも初めて知った。Haeckel と同じイ
ェナ大学の August Schleicher が言語の系統を考え始めたのは 18
53 年のことだから、グリムの応答はずいぶんと速い。


グリム兄弟博物館の隣には、「新芸術博物館」があり、ここはレン
ブラントとかフアン・ダイクの絵が多数収蔵されていることで有名
である。レンブラントって自画像ばっかり描いていたのね(信じら
んない...)。グリム兄弟のさらに弟にあたる人は画家だったので
すが、彼の絵も何枚かありました。

意外だったのは、Carl Gustav Carus(1789-1869)の絵が一枚あっ
たこと(教会の塔の絵でした)。Carus は、同時代の Lorenz Oken
と同様、有名な Naturphilosoph の一人だったが、彼にはこんな画
才もあったのか...。

他にもカッセル歴史博物館とか壁紙博物館とか、ま、いくつか回り
ましたが、そんなことまで書いていたら観光ガイドになってしまう
もんね。

グリム兄弟博物館の上の階でいたずらな憑き物が憑いてしまったの
か、帰りにはついうっかりICEを乗りまちがえて、ゲッティンゲ
ンとは逆方向の Fulda まで大旅行してしまったりというハプニン
グはあったが、それでも最終日の夜はハッピーに過ぎていった。

===
翌朝は、朝9時過ぎのICEに乗るため、早くチェックアウト。目
の玉が飛び出るほどの「国際電話料金」を払って(^^;)、薄ら寒
い朝の駅に向かった。昨年だったかICEが脱線した大事故があっ
て以来、ICEはよく延着するようになったと言う。この朝も約半
時間遅れで予定の列車がようやくやって来た。この遅れはフランク
フルト中央駅に着いたときもいっこうに解消されず、ややあせり気
味にS-Bahnに乗り換え、航空駅(Flughofen)へ。ところが荷物チ

ェックでまたまた大渋滞。なんでこんなに厳しいのと思っていたと
ころ、私の番が来てまたまた問題が、透過画面を見ていた検査官
が:

「バッグに入っているこの四角い箱は何だ?」
「パソコンというものですが」
「こんな小さなパソコンがあるか」
「日本のパソコンには小さいのもあるんだ」

と小競合いの後、検査官がおもむろに

「じゃ、起動してみて」
「ま、マジぃ?」(^^;;;)

しかたなく、「ピポッ」と起動させて「Windows 95」の機動画面を
みせたら、ようやく納得して解放された。げげげと走りつつ、ばた
ばたとおみやげを買って、どたどたとルフトハンザの搭乗ゲートに
なだれ込む。

機中では、「Good appetite!」と言いつつひたすらビールを呑みま
くるドイツ人おじさんとハーメルンの笛吹きにつられて踊る鼠男よ
ろしく頭からグレーの毛布をかぶって眠りこけるドイツ人おにいさ
んに挟まれて、なかなかつらいよ。

......

ビール大好きおじさんが、「あれはフジサンだろ?」と指差す方向
には、確かに雲海の中から突き出る山頂部分が。成田ももうすぐだ。



※ つかの間のドイツ逃亡生活も発信者自身の日本への強制送還に
よってあえなくジ・エンドとあいなりました。それとともに私
のゲッティンゲン日記(Tagebuch)も本メールにてすべておし
まいです。読者のみなさん、Danke Schoen!

---

ということで、ようやく私の「ドイツ・モード」は完全解除です。

※ 「Tagesbuch」という単語はなく「Tagebuch」のまちがいである
と指摘してくれた沢田佳久くん、おおきに。(たはは...)