【書名】処刑電流:エジソン,電流戦争と電気椅子の発明
【著者】リチャード・モラン
【訳者】岩舘葉子
【刊行】2004年9月17日
【出版】みすず書房,東京
【頁数】viii+344+xlv pp.
【価格】円(本体価格)
【ISBN】4-622-07104-5
【原書】Richard Moran (2002), Executioner's Current: Thomas Edison, George Westinghouse, and the Invention of the Electric Chair. Alfred A. Knopf, New York.

【書評】※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

「電気」をめぐる人間絵巻と歴史の皮肉

多面的な内容をもつ伝記だと思う.読者のもつ問題意識や事前知識によってさまざまな読み込みができる本ではないだろうか.「電気」を売る企業を率いた“発明王”トーマス・エジソンと同じく独力でのし上がってきた好敵手ジョージ・ウェスティングハウス.1世紀以上も前にアメリカで戦わされた「直流」対「交流」の〈電流戦争〉は本書の背後を一貫して通る縦糸だ.

一方,歴史のタペストリーを編む横糸となったのが,その「電流戦争」の中で産み落とされた〈電気椅子〉による史上初の犠牲者となった死刑囚ウィリアム・ケムラーである.本書は,ケムラーの処刑執行の詳細を歴史の裏面を埋もれた資料を発掘することにより明らかにした.そして,遺族からの情報も聞き出した上で彼の人生を描き出そうとする.単に「電気椅子処刑者第1号」という記号としてではなく,生きた人間が「そこ」に座らされたことを読者に再認識させる.

本書は,この縦糸と横糸を織り上げながら,電流をめぐる当時の科学・技術の状況,そして犯罪者と死刑囚をめぐる法学論議,さらに政治や報道のあり方まで含む幅広い話題をまとめあげた労作だ.

ウェスティングハウス側の妨害を乗り越えて,交流を通電した電気椅子の上でケムラーの処刑を“首尾よく”達成し,交流の人体への危険性を示せたという点では,直流派エジソンの戦略的勝利だった.しかし,振り返ってみればむしろ交流の方がアメリカ社会に普及し,最終的に直流を押さえ込んだという点では,エジソンの宿敵ウェスティングハウスの企業的勝利といえる.その一方で,その後も数々の歴史的発明を量産し技術史に名を残したエジソンに対し,ウェスティングハウスの名はほとんど忘れ去られる.後年,皮肉にも「エジソン賞」を受賞することになるウェスティングハウスだったが,彼の起こした会社は20世紀後半になって企業としては没落した.一方,エジソンの起こした電灯会社(エジソン・エレクトリック・ライト)は後にGE(ゼネラル・エレクトリック)社となり,いまや世界に冠たる大企業として繁栄し続けている.陳腐ではあるが,歴史の皮肉を痛感する.

1世紀以上にもわたる「電気の世界」での二転三転する勝者と敗者の関係を描いた本書は,科学[者]の社会的波及効果についての格好の事例研究になっていると思う.私はいままでは漠然としかエジソンの人となりを知らなかったが,そうとうアクの強そうな人生を送ったようで,敵もさぞおおかっただろう.エジソンが〈オズの魔法使い〉のモデルだったとは知らなかった.

たいへん興味深い疑問がひとつ残る ―― 電気椅子が処刑装置として効果的であると多くの科学者が認めてきたにもかかわらず,「どのようなメカニズムで電流が生物を死に至らしめるのか」という点がいまだに解明されていないという点だ.この〈科学的〉な問題点の解決が脇に追いやられ,政治・法律・業界・社会などの周辺世界に生じた波紋が思わぬ方向に広がっていく過程を丹念に後追いした著者の力量は本書を読めばきっと納得できるだろう.

三中信宏(8/January/2005)

【目次】
序章
第1章:いよいよだ,ケムラー
第2章:電流戦争――エジソン対ウェスティングハウス,DC対AC
第3章:電気処刑新法
第4章:ハロルド・ブラウンと「処刑人の電流」
第5章:「縛り首にしてくれ」――ウィリアム・ケムラーの人生,犯罪,そして裁判
第6章:異常なほど残酷な刑罰
第7章:残酷でも異常でもない刑罰
第8章:ケムラーの遺産――人道的な処刑手段を求めて
用語について
謝辞
訳者あとがき
原注索引