【書名】ダーウィン文化論:科学としてのミーム
【編者】ロバート・アンジェ
【訳者】佐倉統・巌谷薫・鈴木崇史・坪井りん
【刊行】2004年9月7日
【出版】産業図書,東京
【頁数】20 +277 pp.
【定価】3,780円(税込価格)
【ISBN】4-7828-0149-1
【原書】Robert Aunger (ed.) 2000. Darwinizing Culture: The Status of Memetics as a Science. Oxford University Press.

【紹介】※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

いわゆる「ミーム本」の多くが“讃美者”の手になるものであるのに対して,本書は〈文化遺伝子〉としての〈ミーム〉がはたして何らかの科学的論議の対象となりえるのかどうかという編者(ならびに執筆者[の一部])の問題意識に沿って編まれた論文集だ.その点だけでも類書にはない魅力を本書は持ち合わせている.ドーキンスが最初に造語して以来,〈ミーム〉はすでに十分に広まっているわけだが,そのような「ことば」としての普及とは裏腹に,「ミームが存在するという何らかの証拠が必要だ」(p. 232)とか「ミーム論はどこへ向かうのか?」(p. 5)という根源的な問いかけがいまだになされているというのは驚き以外のなにものでもない.

ミームにとって代わる代替理論がすでにいくつもある現状では,ミームってもう必要ないんじゃないかという気さえしてくる.執筆者のひとりであるデイヴィッド・ハルが書いているように,しのごの言っていないで実際にミームが「存在している」とかミーム的過程が「作用している」事例を“野外”で示したらどうかと逆にハッパをかけられているような現状では,編者が言うように「みのりあるミーム論の実証的研究にどの程度見込みがあるのかを考えると,気が遠くなると言いたい」(p. 257)という本音が漏れるのも当然のことだろう.

タイトルからは想像できないほど「悲観的」な基調の論文集だが,それだからこそむしろぼくは読む意欲が湧いてしまう.ハルの章(「ミーム論をまじめに取り扱う−−ミーム論は我らが作る」,pp. 51-79)に書かれているように,ミーム学は科学における概念的系統発生の復元と継承過程のメカニズムの解明を目指すべきだという指摘(p. 62)はその通りだと思う.非生物の系統学と関連づけられるならば,“ミーム”にも存在価値がないとはいえない.しかし,そのときにはわざわざ“ミーム”という言葉をつかう理由はどこにもないだろう.

ハルはドーキンスに先立つこと70年前にドイツのリヒアルト・ゼーモンが提唱した“ムネーメ”という概念が“ミーム”の先駆であると指摘した上で,ミーム学はドーキンス以降このかた「20年間」の停滞に陥っていたというのは間違いで,実は「100年間」近く何一つ進歩していなかったのではないかと言う(p. 59).手厳しいこと R. A. フィッシャーのごとし.

本筋には関係ないことだが,この論文集は編集上の「凡ミス」が多すぎるように感じる.ちゃんと校正ゲラのチェックをしなかったのだろうと推測する.※「R. Dawkinns」(p. 27)という名前の研究者は[ぼくの知っている範囲では]どこにもいません.

三中信宏(17/January/2005)


【目次】
日本語版への序文 1
序文(ダニエル・デネット) 3
執筆者一覧 7
謝辞 13

第1章:序論(ロバート・アンジェ) 1
第2章:ミームの視点(スーザン・ブラックモア) 29
第3章:ミーム論をまじめに取り扱う−−ミーム論は我らが作る(デイヴィッド・ハル) 51
第4章:文化と心理的機構(ヘンリー・プロトキン) 81
第5章:心を(社会的に)通したミーム(ロザリン・コンテ) 95
第6章:ミームの進化(ケヴィン・レイランド,ジョン・オドリン=スミー) 137
第7章:ミーム−−万能酸か,はたまた改良型のねずみ捕りか?(ロバート・ボイド,ピーター・リチャーソン) 159
第8章:文化へのミーム的アプローチに反論する(ダン・スペルベル) 181
第9章:もしミームが答えなら,何が問題なのだ?(アダム・クーパー) 195
第10章:好意的な社会人類学者がミームに関していだく疑問(モーリス・ブロック) 213
第11章:結論(ロバート・アンジェ) 229

訳者あとがき 261
人名索引 267
事項索引 271