【書名】知の挑戦:科学的知性と文化的知性の統合
【著者】エドワード・O・ウィルソン
【訳者】山下篤子
【叢書】角川21世紀叢書
【刊行】2002年12月20日
【出版】角川書店,東京
【頁数】372+31+viii pp.
【定価】2,200円(本体価格)
【ISBN】4-04-791430-4
【原書】E.O. Wilson (1998)
Consilience: The Unity of Knowledge.
Little, Brown and Company, London, x+374pp.



【感想】※Copyright 2003 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

進化学による諸学問の統一・統合への揺るぎなき信念を伝えるマニフェスト

過度に専門化・細分化されていると言われている現代科学は,その一方で統一・統合への方向づけをその底流にもっている.とりわけ,現代の進化思想では,人文科学まで含めた諸学問の「統一(unification)」を明確に射程に入れている.その遠大な目標が構想されたのは,1940年代に進化の「総合学説」が成立したときだった.さらに言えば,そこには20世紀初頭のウィーン学団に源を発する「統一科学運動」の残響が聞こえてくる.

理系・文系の壁を越えて科学を統一しようとする動きは,相対主義や構築主義などポストモダン思想のうわべの隆盛とは別世界にあることを本書は痛感させる.19世紀の思想家ウィリアム・ヒューウェルは,異なる分野からの知見を統一する帰納的推論を指し示すために「統合(consilience)」という新たなことばを産みだした.著者ウィルソンは,この新刊の中で「統合」をキーワードとして,進化思想による諸学の統一の歩みを歴史的に振り返り,さらに将来への展望を述べた野心作である.

四半世紀前に大著『社会生物学』やそれに続く『人間の本性について』で論議を巻き起こした著者は,遺伝子-文化の共進化理論を踏まえて(第7章),人間に関わる諸学問分野――心・行動・文化・経済・政治・芸術・倫理など――の統合への道を提示する.「統合への信頼は,自然科学の基礎である」(p.16)と断言する著者は,その目標達成をさまたげる要因を次々に糾弾する.それは,視野の狭い科学者の「全体像に対する関心の欠如」(p.50)であり,「生物学はお断り」(p.226)と言い続ける社会学標準モデルであり,「二つの文化」の対立を深めるだけのポストモダン思想(p.260)であり,道徳は経験科学とは無縁であるとみなす超越論的倫理観(p.290)である.

マニフェストたる本書は,著者による過去の著作と同様,広く社会的な論議を巻き起こすだろう.最終章で述べられているように,果たして諸学の統合はリベラルアーツを復権させ,われわれに智恵をもたらしてくれるのだろうか.学問の統合という大きな流れをそこに感じつつ,それがもたらすであろう将来像を思い描いてみたい.

ウィルソンの宿敵だったはずのルウォンティンとかグールドは,この本の中でいっさい言及されていないんですね.この無視のしかたはほんとうに徹底している.怖いくらい.

最後になりますが,翻訳の質はイマイチかなあ.唯物論を「物質主義」と訳してあったり(pp.72,150),解析解が「分析的な解」(p.247)となっていたり.デンマーク人が「オランダ人」となっていた箇所も(p.75).ゲラ読みをちゃんとしていないんじゃないかなあ.それに,索引では原語を併記すべきだったと思います.


【目次】
第1章:イオニアの魔力 7
第2章:学問の大きな枝 13
第3章:啓蒙思想 21
第4章:自然科学 59
第5章:アリアドネの糸 85
第6章:心 121
第7章:遺伝子から文化へ 155
第8章:人間の本性の適応度 201
第9章:社会科学 221
第10章:芸術とその解釈 255
第11章:倫理と宗教 289
第12章:行き先 325
謝辞 363
解説(佐倉統) 367
原注 [1-31]
索引 [I-VIII]