【書名】バージェス頁岩化石図譜
【著者】Derek E.G. Briggs, Douglas H. Erwin & Frederick J. Collier
【写真】Chip Clark
【監訳】大野照文
【翻訳】鈴木寿志・瀬戸口美恵子・山口啓子
【刊行】2003年9月15日
【出版】朝倉書店,東京
【頁数】xii+231 pp.
【定価】4,800円(本体価格)
【ISBN】4-254-16245-6
【原書】The Fossils of the Burgess Shale. 1994.
The Smithsonian Institution Press.



【書評】※Copyright 2003 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

生物進化版“驚異の部屋”の写真集――バージェス石切場と古生物学者たちに乾杯!

現代の博物館の源流をさかのぼると,近世ヨーロッパの王侯貴族が競いあってつくったという“驚異の部屋(Wunderkammer)”にたどり着く.珍しい動植物はもとより,民俗品やコインのような人工物,果てはミイラや奇形の生きものまで雑多な蒐集品が陳列された“驚異の部屋”は,さぞかし当時の見物客の好奇心をくすぐり,巷間の評判を呼んだことだろう.

グールドの『ワンダフル・ライフ:バージェス頁岩と生物進化の物語』(原著1989年,日本語訳1993年)の大当たりは,カンブリア紀の地球上に実在していた“フリークス”たちを一躍銀幕のトップスターに押し上げた.実際,この十年あまりの間に,「アノマロカリス」とか「オパビニア」などふつうに考えれば一般社会に浸透するはずもない生きものたちが,その名称のみならず復元図やアニメーションが雑誌やテレビで繰り返し流されてきた.

メディアの中で虚像が動き回っていたからこそ,「本当にそんな生きものがいたの?」(疑り深いか)あるいは「本当はどんな生きものだったの?」(これならいいか)という素朴な問いかけをしてみても責められはしないだろう.5億年も前に絶滅した生物たちがなぜそんなにリアルに描き出せるのだろう――それはごく健康的な疑念だと思う.

本書は,バージェス動物相の写真集である.それもとびきり美麗で鮮明な化石標本の写真ばかりを選りすぐっている.バージェスの動物たちが「確かに生きていた」ことを実感させる写真の数々をじっくりとあじわっていただきたい.多毛類の毛1本まできちんと保存されている写真や捕食されて消化管の中でそのまま化石になった写真を見せられると,これまで復元図やアニメーションから得てきた印象とはまったく異なる衝撃と感銘を読者は受けるにちがいない.

バージェス動物相での海綿動物の多さは時代背景を感じさせる.古生代に君臨した三葉虫が登場するのは当然として,それらを含む節足動物類はすでに多様化への道を歩み始めている.一見したところ系統関係がまったくたどれないように見えても,バージェス動物相の大部分は既知の生物群との姉妹群関係があると推定されている.類縁がまったく推論できないアノマロカリスやオパビニアは実は少数派なのだという基本認識が本書から伝わってくる.

カナディアン・ロッキーにあるバージェス動物相を産出した石切場(まさに“驚異の部屋”)の地質学的な解説やこれまでの調査の歴史を振り返る本書は,生物進化劇の初期を彩った“フリークス”たちの演技を排した実像を示した貴重な図鑑だ.ただし,今回の翻訳に際しては不満もある.原著の出版(1994年)以後の10年間にさらに積み重ねられた研究の進展について補足がなされてもよかったのではないか.また,巻末の文献リストの中には,すでに翻訳されている著作もある(グールドの『ワンダフル・ライフ』のように).読者の便宜を考えるならば,そういう付加的情報も付けてほしかった.

三中信宏(31/October/2003)


【目次】
序 i
まえがき iii

第1部
1.研究史 1
 1.1 発端 1
 1.2 間奏曲 8
 1.3 ケンブリッジ・プロジェクト 9
 1.4 より多くの化石産地,より多くの動物 13

2.地質概要と化石の保存 16
 2.1 ウォルコット石切場 16
 2.2 運搬と埋積 20
 2.3 化石の保存 23
 2.4 バージェス頁岩動物群集 25
 2.5 その他のバージェス頁岩動物相 27

3.カンブリア紀の放散 30
 3.1 原生累代の終わり 32
 3.2 エディアカラ生物相 33
 3.3 カンブリア紀の大爆発 35
 3.4 バージェス頁岩動物相の意義 37

第2部
4.バージェス頁岩の化石 39

バージェス頁岩からの種の記録 205
参考文献 211
文献目録 213
訳者あとがき 224
索引 227