【書名】大探検時代の博物学者たち
【著者】ピーター・レイビー
【訳者】高田朔
【刊行】2000年3月24日
【出版】河出書房新社,東京
【頁数】418 pp.
【定価】3,000円(本体価格)
【ISBN】4-309-22360-5
【原書】Peter Raby (1996), Bright Paradise: Victorian Scientific Travellers. Chatto & Windus, London.



【書評】※Copyright 2000 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

早世した作家ブルース・チャトウィンは、幼い頃に祖母の家に飾られていた一片の毛皮を目にした。赤茶色をしたその毛皮は、今は絶滅した南米パタゴニア産のオオナマケモノの毛皮だった。チャトウィンはその毛皮に導かれるように、地球の南端パタゴニアを目指して旅立つことになる−処女作である彼の紀行文学『パタゴニア』(1977)の冒頭を飾るこの印象的なエピソードは、奇しくもその150年前にチャールズ・ダーウィンがビーグル号航海でたどった足跡と接点をもつ。

1832年9月、南米大陸東岸を大型帆船ビーグル号に乗って南下してきたダーウィンは、パタゴニアの入り口であるバイアブランカでいったん陸に上がり、プンタアルタへの踏査旅行を行なった。そこで彼が発見した化石大型哺乳類の一つが、後に発見者ダーウィンにちなんで命名されたオオナマケモノすなわちミロドン・ダーウィニだった。

ダーウィンがこの世界周航の船旅で得たさまざまな生物学的・地質学的知見は、帰国後の彼の進化思想の形成に決定的な役割を果たした。旅をすることによって始めて得られる新鮮な知識がある。過去300年に及ぶ探検博物学の歴史は、全世界を駆け巡った多くの博物学者たちの人生のタペストリーでもある。

それにしても、なぜ彼らは予期される危険をあえて犯してまで(実際、旅先で命を落とした者はけっして少なくない)、世界の辺境へと旅立って行ったのだろうか。当時の旅という行為は、今日のように安全かつ迅速ではけっしてなかっただろう。

本書は、19世紀のヴィクトリア朝イギリス社会から世界中に飛び出した博物学者たちに焦点を当て、科学的素養をもった彼らがいかにしてこの地球の隅々にまで足を延ばしたか、そして何をそこに見いだしたのかを克明にたどる。旅行者の人格・信条・興味の対象はもとより、旅行そのものの性格(公的か私的か)・難易度・期間は実にさまざまである。しかし、彼らに共通するのは、その探検をやり遂げようとする強い意志と使命感だった。

当時の探検博物学は、本書で詳述されるダーウィン、ウォレス、フッカー、スプルースの調査行のように、場合によっては数年にも及ぶ大旅行を前提として成り立っていた。本書の詳細にわたる伝記的記述そして興味深い挿し絵の数々は、かつての探検旅行を髣髴とさせており、成功譚はもちろんのこと数々の失敗・詐欺・災厄などの描写にいたるまで、評者は楽しみながら読んだ。

探検旅行を決行したのは男ばかりではない。勇敢なアフリカ踏査行で名を馳せたメアリー・キングズリーやおびただしい数の植物画を描いたマリアンヌ・ノースら女性探検家の活躍ぶりを評者は本書で初めて知った。

本書の原題は『輝ける楽園』である。彼らナチュラリスト旅行者たちは、自らが踏破したアマゾンの熱帯雨林やヒマラヤの高山帯の生き物たちに囲まれながら、あるいはアフリカ深部の砂漠の熱風の中に「輝ける楽園」をはたして見いだせたのだろうか。それと同時に、どのような社会体制が探検博物学者の成果を期待していたのだろうか。さらに言えば、探検された地域の現地人たちは、彼ら異国の探検者たちをどのようにながめていたのだろうか。本書には、探検博物学の歴史に切り込むためのいくつもの視点が与えられていると評者は感じる。

三中信宏

※日経サイエンス2000年07月号ブックレビュー原稿(26/April/2000)