日本生物地理学会第60回年次大会シンポジウム

種内動物系統地理学の新展開 — 分子データを用いてわかること/わからないこと

オーガナイザー:三中信宏(農業環境技術研究所)・向井貴彦(岐阜大学)


日時:2005年4月10日(日)13:00〜15:00
場所:立教大学(豊島区西池袋)

13:00 - 13:05
「趣旨説明」

13:05 - 13:40 長太伸章(京大・理・動物)
オサムシの分子系統地理解析への nested clade analysis の適用

13:40 - 14:15 星野幸弓(東大・理・生物)
イソカイメン類の分子系統地理学

14:15 - 14:50 高橋洋(水産大学校)
冷帯性淡水魚類の分子系統地理学

14:50 - 15:00
「総合討論」


趣旨

分子データを用いた歴史的生物地理学の解析には,現在さまざまな解析ツールが提唱され使われています.Phylogeography(系統地理学)と総称されるこの分野では,たとえば nested clade analysis のようにその功罪をめぐっていまなお論議が続いている手法もあります.この分野それ自体がいまなお成長中であり,これからも増え続けるデータとともに,手法自体の変遷もありえるでしょう.日本の中でも,この研究領域で活動をし始めている若手研究者が増えつつあると私は理解しています.そういう研究動向を踏まえて,いま種内系統地理学の the state of art がどのようなかたちをとりつつあるのか,系統と地理との境界で生じる問題群の解決にどのように寄与し得るのかという問題意識と趣旨のもとに,今回の集会を実行したいと考えています.演者のみなさんには,実際に研究対象としている個々の分類群における系統地理学的解析の適用に関する各論とともに,系統地理学的な手法に関する総論的言及を期待しています.[三中信宏]


オサムシの分子系統地理解析への nested clade analysis の適用

長太伸章(京大・理・動物)

オサムシ亜科オサムシ族の昆虫は一般に後翅が退化しているため飛翔できず、歩行のみによって分散する。そのため河川や高山などの地形が分散の障害となり、地域間分化が進みやすいと考えられる。オオオサムシ亜属 Ohomopterus のオサムシは日本固有だが、現在15種に分類され非常に多くの亜種が記載されており地域間の分化が著しい分類群である。これまでに、オオオサムシ亜属内の分化については形態や分子系統から種間レベルでは研究が進んでいるが、種内の地域間分化や地理的障害の研究はほとんど行われていない。本研究ではオオオサムシ亜属の種内の遺伝的多様性を解明し分布形成過程を推定するために、中部地方を中心に生息するミカワオサムシ Carabus arrowianus についてミトコンドリアDNA ND5遺伝子1,020bpに基づく系統地理解析を行った。その結果、ミカワオサムシは地域集団間で異なる遺伝的構造を示した。また、Nested clade analysis などに基づいて本種の分布形成過程を推定し、河川などの地形が本種の分散に与える影響を評価した。さらに、側所的に分布する種からのミトコンドリアの浸透やサンプリングなどの影響が Nested clade analysis においてどのように評価されるかについても言及する。


イソカイメン類の分子系統地理学

星野幸弓(東大・理・生物)

海洋生物の遺伝子流動の障壁は明確でないことから、陸生や淡水域の動物と比較して広範囲で遺伝的交流が起きていると考えられてきた.しかし、近年の遺伝的解析により、これまで高い分散能力をもち広範囲で遺伝子流動が起きているとおもわれていた海産無脊椎動物種において、局所的遺伝的分化があることが示されてきている.演者らは、日本周辺の潮間帯に普通に生息するイソカイメン類の海綿3種(Hymeniacidon sinapium, H. flavia, Halichondria okadai)を対象として研究を進めている.これまでの研究から、Hymeniacidon 2種は互いに近縁で同所的に生息するが遺伝的多様性の程度が大きく異なることが明らかになった.これら2種に対して核DNAのITS1-2領域約610bpを用いて解析を行った結果、H. sinapiumでは1シークエンスタイプのみ、H. flaviaでは11シークエンスタイプが特定された.複数のシークエンスタイプが特定されたH. flaviaに関してNested clade phylogeographical analysisを行った結果、複数のクレードで遺伝子流動は距離により制限されていることが示された.講演では、これまでの海綿における分子系統地理的研究と演者らの研究結果の紹介に加え、分子系統地理的解析における問題点について議論する.


冷帯性淡水魚類の分子系統地理学

高橋洋(水産大学校)

冷帯性淡水魚類には幅広い塩分環境に順応できるものが多く,分布域北部では冷たい海を通じて淡水系間を移動できるのに対し,暖かい南部では高山や湧水などの冷たい淡水域に閉じこめられる(陸封)傾向がある.本研究では,北半球北部に広い分布域をもつトミヨ属魚類(Pungitius spp.)について,AFLPおよびmtDNAを用いた系統地理解析を行い,このような冷帯性淡水魚類の分布パターン形成原理を捉えようと試みた.AFLPに基づく樹状図から, (A)周極地域を含む寒冷な地域に広く分布する汽水性の一種,(B)東アジア地域に広く分布する淡水性の一種,(C)周日本海地域に不連続分布する淡水性の複数種,という 3つの主要系統が見いだされた.各系統の分布域形成プロセスを捉えるためにmtDNAの系統解析を行った結果,系統Aは最終氷期以降に東アジア地域から周極地域に急速に拡がったこと,系統Bは東アジア地域において,更新世後半の気候サイクルの中で氷期の分散と間氷期の陸封による分断を繰り返してきたこと,そして系統Cは周日本海域の分布域形成以降,更新世後半を通じて各地域に陸封され続けてきたことが推察された.本属魚類をはじめとする冷帯性淡水魚類においては,海を通じた分散の有無によって,たとえ近縁種間でも,系統地理パターンや有効集団サイズに大きな差が生まれることが示唆される.



参考文献[ Nested Clade Analysis 関連]

  • Templeton, A.R. 1998. Nested clade analyses of phylogeographic data: testing hypotheses about gene flow and population history. Molecular Ecology, 7 : 381-397.
  • Knowles, L.L., and W.P. Maddison. 2002. Statistical phylogeography. Molecular Ecology, 11 : 2623-2635.
  • Templeton, A.R. 2004. Statistical phylogeography: methods of evaluating and minimizing inference errors. Molecular Ecology, 13 : 789-809.

Last Modified: 3 March 2005 by MINAKA Nobuhiro