日本生物地理学会第59回年次大会シンポジウム

共進化の生物地理学 ―― 分子から歴史へ,歴史から形態へ

オーガナイザー:三中信宏(農業環境技術研究所)


日時:2004年4月11日(日)10:00〜14:45
場所:立教大学(豊島区西池袋)
演者・演題(太字は発表者)

10:00 - 10:15 三中信宏(農業環境技術研究所・地球環境部)
「趣旨説明――共通ツールとしての歴史生物地理方法論」

10:15 - 11:00 安倍弘(日本大学・生物資源科学部)
海産ダニ類の歴史生物地理学:分布パターンからみた進化経路の推定

11:00 - 11:45 五箇公一(国立環境研究所・侵入生物研究チーム)
外来昆虫の導入にともなう寄生性ダニの侵入:分子共進化解析

〈昼食休憩〉

13:00 - 13:45 神崎菜摘(鹿児島大学・農学部)
キボシカミキリと共棲線虫:分子系統からみた片利共生系の共種分化

13:45 - 14:30 下埜敬紀・佐々木秀明・川井浩史(神戸大学・内海域機能教育研究センター)
褐藻アミジグサ類に寄生するソコミジンコ の食性と進化

14:30 - 14:45 総合討論(司会:三中信宏)



【趣旨】

系統樹ベースの比較分析が近年の進化生物学において広く普及するとともに,単一の系統推定問題だけでなく,より高次の「系統推定」を行なう必要性が高まってきた.その問題状況を体系学の過去に沿ってたどると,1970年代の歴史生物地理研究,1980年代の共進化研究,そして1990年代の遺伝子系譜学研究という三つのルーツを見出すことができる.個別の生物群に関する系統樹を推定するための理論と手法が論じられていた時期と並行して,複数の系統樹間の比較やそれに基づく推論がなされてきた.

「複数の系統樹間の比較」は上に挙げたいくつかの研究領域で別々に論じられてきた.それらに通底する共通の問題状況があること,そして解析のツールを共有することが可能かもしれないという認識が次第に広まってきたのは1990年代に入ってからのことである.

歴史的関連(historical association)・地理的分断(vicariance)・共系統(cophylogeny)・共進化(coevolution)などという互いに関わりのあるキーワード群が浮上してくる.系統地理学(phylogeography)や歴史生態学(historical ecology)という新しい研究分野もこれまでの生物地理学と密接に関連しあう.ある系統発生と進化的に連関する別の系統発生があるというケースではいつも同様の推論問題が生じる――その連関の存在はどのようにして推測されるのか,そしてなぜそのような連関が生じたのか.単一の生物群の系統推定問題と,ある部分では類似し,別の部分では異なる問題群がそこにはある.系統発生パターンとしての系統樹の樹形一致や地理的一致,進化プロセスとして一致要因の探究,さらには統計学的な信頼度やモデリングの考察も関わってくるだろう.とくに,塩基配列データに基づく分子系統樹の浸透は,従来ならばなかなか得られなかったであろうケーススタディーを可能にした.

今回のシンポジウムは〈共進化の生物地理学〉と銘打った.その共通テーマは単一の系統樹を越える高次レベルの推定問題にある.伝統的な歴史生物地理の分布解析はもちろん,宿主/寄生者・共生者の共進化,あるいは捕食者/被食者の進化生態は,うまくいけば同一の土俵で議論できるかもしれない.系統推定の進むべき新たな領域が見えてくるかもしれない.個々の事例の分析を踏まえた考察とともに,それらをどのように一般化できるかは理論的にも実践的にも知的な挑戦といえるだろう.[三中信宏]


海産ダニ類の歴史生物地理学:分布パターンからみた進化経路の推定

安倍弘(日本大学・生物資源科学部)

生物の分布パターンを扱う研究プログラムの中に,現在の分布を過去の生息地の分断プロセスから説明しようとするアプローチがある。この「分断モデル」では,かつては単一であった地域が時間の経過と共に複数の地域に分断される場合に,そこに生息する生物も同様に分断されることを仮定している。そこで,分散能力が低い生物では,その生物の進化と地史との間の共通性を期待できることから,浮遊幼生を持たない沿岸性の底生生物である海産ダニ類を用いて,現在の分布がどのように成立したのかという問題を「分断モデル」に基づいて考察する。海産ダニ類の中で,カイソウダニ類は海洋の沿岸域に生息し,世界の分布域がほぼ明らかになっている。このカイソウダニ類4属の分布をみると,2属はほぼ全世界的に分布するのに対し,他の2属は北極海ならびに北大西洋沿岸域に分布が限られている。このような分布が地質学的時間を通してどの様に形成されたのかを,ダニの分布パターンと分岐関係とを生息地の地史に照らし合せることにより推定する。ここでは、歴史生物地理学における方法論の中で、分類群と生息地との共種分化解析に用いられるブルックス最節約法やブレマー法,DIVAなどの解析プログラムを用い,属あるいは種レベルにおける地球規模でのカイソウダニ類の分布を,形態に基づくダニの分岐関係と大陸移動パターンという地史の両面から解析した結果を紹介する。


外来昆虫の導入にともなう寄生性ダニの侵入:分子共進化解析

五箇公一(国立環境研究所・生物多様性研究プロジェクト・侵入生物研究チーム)

近年、我が国ではクワガタムシをペット昆虫として飼育することがブームとなっており、クワガタムシやその飼育関連商品の商取引は一大産業へと急成長を遂げた。特に、1999年11月の輸入規制緩和以降、大量の外国産クワガタムシが商品目的で輸入されるようになり、2002年6月時点での輸入許可種は505種類にものぼり、これまでに輸入された個体数は恐らく200万匹を越えると考えられている。この、かつてない甲虫の大量輸入は、外国産種の野生化とそれに伴う生態影響(特に在来クワガタムシに対する影響)というリスクをもたらしたのだが、同時にこれまで知られていなかったクワガタムシの生物学的知見の急速な集積という効果ももたらしている。国立環境研究所では、商品化によるクワガタムシの地域固有性攪乱を回避するため、在来クワガタムシと外国産クワガタムシのESU (Evolutionary Significant Unit)を設定することを目的として、広域分布種であり、同時に人気商品種でもあるヒラタクワガタおよびオオクワガタ地域系統のDNA分析を進めている。また、遺伝的浸透のリスク評価を行うために系統間の交雑実験も行っている。それらの結果からアジア域におけるクワガタムシの大規模な分化の歴史を垣間見ることができるようになった。同時に、「外来寄生生物の持ち込み」というリスク評価の一環として、クワガタムシの寄生性ダニにおける遺伝的分化の実態調査も進めており、寄主であるクワガタムシと寄生性ダニの共種分化という新たな知見が得られ始めている。本講演では我々が進めている上記の研究成果を中心に話題提供し、クワガタムシの商品化がもたらす「生態学的・進化学的インパクト」について議論したい。


キボシカミキリと共棲線虫:分子系統からみた片利共生系の共種分化

神崎菜摘(鹿児島大学農学部)

片利共生系における共種分化と、その共種分化に対する撹乱要因に着目して、キボシカミキリとその共棲線虫の種内系統関係を比較した。キボシカミキリはクワ科植物を寄主とする木材穿孔性甲虫の一種であり、南西諸島を中心に国内に11の亜種(生態型)が知られている。このキボシカミキリに共棲している糸状菌食性線虫の一種、クワノザイセンチュウは、クワ科植物材部の衰弱部分や壊死部分で生活しているが、樹木間の伝播、すなわち新たな生息域への移動をカミキリに依存している。この片利共生系について、線虫とカミキリそれぞれの種内における系統関係を調査し、比較したところ、大枠では両者は一致しており、カミキリと線虫の間の共種分化が想起された。また、この系統関係は南西諸島の地史に関する生物地理学的仮説とも一致していた。すなわち、両者は南西諸島の地史的分断に伴い、同時に亜種分化を起こしたと考えられた。しかし、同時に両者の系統関係の間にはいくつかの不一致が見られた。これは、分化完了後に起こった島嶼の沈降、再浮上といった地史的イベントに伴う、個体群の消滅、再移入のが原因となって起こったものであると考えられた。以上のことから、ここで取り上げたカミキリと線虫の共種分化関係は、その成立と撹乱において、南西諸島の地史的イベントという外的要因により規定されているものであると考えられた。


褐藻アミジグサ類に寄生するソコミジンコ の食性と進化

下埜敬紀・佐々木秀明・川井浩史(神戸大学・内海域機能教育研究センター)

褐藻アミジグサ類は世界各地の温帯から熱帯にかけて広い分布を持ち、沿岸生態系の重要な構成要素となっている。アミジグサ類にはテルペン類などの摂食忌避物質を蓄積する種が含まれるほか、演者らは高濃度の硫酸イオンを含み強い酸性を示す種も存在することを報告した。一方、演者らはこれらアミジグサ類の種を摂食することで藻体内部に空間を作り、そこに営巣し、その生活史のほとんどを宿主に依存するソコミジンコ類(カイアシ類)が存在することも明らかにした。そこで、これらのソコミジンコ類の多様性を明らかにするとともに、その食性や海藻類の系統との関係に興味を持ち研究を進めている。これらのソコミジンコ類は欧州ですでに記載されていた種(Dactyolopusioides mirabilis)を除くといずれも未記載の分類群であるが、これらを実験室で継代飼育し、様々なアミジグサ類(単藻培養の藻体または自然藻体、約10種)を餌として与えて、その食性を調べた。またこれらのアミジグサ類とソコミジンコ類の系統上の類縁を明らかにするため、前者については葉緑体ルビスコ遺伝子,後者については核リボソームRNA遺伝子の介在配列(ITS2)塩基配列による分子系統学的解析を行った。その結果、1)自然下の宿主にかかわらずいずれの餌(種)も食べるもの;2)自然下の宿主以外の餌も食べるが,一部の餌を食べないもの;3)自然下の宿主だけしか食べないものなどの様々なパターンが見つかった。このうち,2)の場合,食べられない餌としてコモングサ属やエゾヤハズ属の一部の種のように強酸性を示すものが含まれたが,これらの強酸性アミジグサ類は分子系統学的な解析から単系統であることが示唆されており,一方これらを摂食できるソコミジンコ類も系統上近縁である事が示され,ソコミジンコ類が寄主海藻類の進化に適応的に進化していることが示唆された。