【書名】言葉にこだわるイギリス社会
【著者】ジョン・ハニー
【訳者】高橋作太郎・野村惠造
【刊行】2003年11月14日
【出版】岩波書店,東京
【頁数】xiv+279 pp.
【定価】2,800円(本体価格)
【ISBN】4-00-022839-0
【原書】John Honey 1989. Does Accent Matter?: The Pygmalion Factor. Faber and Faber, London.



【書評】※Copyright 2003 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

10年ほど前に出たフロリアン・クルマス『ことばの経済学』(1993年,大修館書店)が,国際社会での言語間の「経済格差」を論じたのと呼応するように,本書はイギリス社会の中での階級アクセント(訛り,階級的方言)のもつ「経済格差」を論じる.

キーワードはイギリス社会での【RP(容認発音)】すなわち社会的に「標準」と認められているアクセントの体系.クイーンズ・イングリッシュは「有標のRP」として「別室お通し」で,その他の「無標のRP」と比較して特殊な社会的ニュアンスがあるそうだ(王室関係者以外の一般人が使うとマイナスになるとか).

本書を読むと,イギリスが「ことばに厳しい社会」であることを痛感する.イギリス社会の中で「上昇」していこうとするとき,ことば(アクセント)を自発的に訓練して変えていく必要があるとは.しかも,周囲のコミュニティの中で滑らかに生きていくためには,自らのアクセントの社会的機能を関知するセンサーと経験が必要だと.イギリスの階級制が廃墟化しつつある現在,アクセントを問題視すること自体が「タブー」であると感じられているにもかかわらず,テレビやラジオのアナウンサーたちの「アクセントの悪さ」に対しては視聴者からの矢のような投書が寄せられるという.

著者はイギリス国内のアクセント分布を概観し,その「経済ランキング」を下層語(パラレクト)から始まり,中層語(メゾレクト)を経て,上層語(無標RP),さらにはハイパーレクト(超上層語)にいたる直線序列に並べ,個人の教育とともにアクセントがどのように変遷していくかをたどっている.興味深いのは,RPにいたる直前のパラレクト(準上層語)にとどまっている(RPではあるがかすかに訛りを残す状態)人々が少なくないということだ.そこには社会の中での上昇志向とコミュニティでの生活とのトレードオフの存在を感じさせる.

アクセントの経済価値でいうと,中部のリヴァプール訛りやバーミンガム訛りは最低ランクだそうな.一方,南東部のデヴォン訛りは「癒し」効果があるらしい(ホンマかいな).スコットランドでもエディンバラ訛りは教養溢れるスコッチと受け取られるのに対し,グラスゴー訛りはダメダメなんだって.英語を母国語としない外国人は最初から〈埒外〉なので,かえって救われるという指摘も.英語標準語化のスタンスに立って,ことばにまつわる社会的な偏見と打算と戦略を数多くのエピソードを交えて語る本だ.

現実派の著者は,将来ある子どもたちにはアクセントの経済格差が厳然としてあることをきちんと教え,学校でRPをマスターさせるように教育すべきだと最終章で主張する.アクセントに論議をタブー視すべきではないという著者の主張をもっともではあっても,イギリス国内での英語標準化論をそのまま外挿したり一般化することはできないだろう.

三中信宏(29/November/2003)


【目次】
訳者から読者へ vii

第1章 「アクセント」とは何か 1
第2章 RPの由来 17
第3章 適切な話し方と気取った話し方 55
第4章 アクセントに優劣はあるか 76
第5章 RPにいま何が起きているか 115
第6章 多様なアクセントとマスメディア 140
第7章 政治とアクセント 196
第8章 変わりゆくアクセント 217
第9章 アクセントと未来 240

注 263
解説 271