● 2011年8月5日(金): シベリアを越える日本への帰国大団円

◆パリから成田へのフライトはまだ続いている —— サンパウロ発の機中でよく寝てしまったせいか,真っ暗に照明を落とされても睡魔がまったく降臨しない.それでもときどきうつらうつらしていたようだ.往路でもそうだったが,何十時間も機中に閉じ込められていると体内時計がどこか変になってしまう.JALが関わっているせいで,機中からすでに「日本入国もどき」をすませてしまった感じがする.機内ウナウンスも日本語だし,機内食にはお味噌汁がついてくるし.成田までの急かされない11時間はゆっくりすごしたい.

◆[欹耳袋]中南米の国内線リコンファームについて —— 公費出張の場合,もちろんエコノミーでのフライトになるが,国際線ではリコンファームの必要はまったくない(今までしたことない).しかし,渡航先の国内線の場合,それが不安なことがある(中南米で感じた).もちろん滞在先のホテルから電話でリコンファームすればいいのだが,今回のようにポルトガル語しか通用しない地域だといささか心許ない.往復が同じ航空会社ならばベストの手は国内線往路のチェックインをするときに同時に帰路のリコンファームをすませてしまうこと.そうすれば手間が省ける.今回もそうした.しかし,中南米のフライトでむしろ問題なのは,リコンファームするしないにかかわらず,当該フライトがキャンセルされるかされないかだ.今回の出張でも,まずはじめに学会事務局から「往路便がキャンセルになったぞ」との情報が入って,そのあとで旅行会社に確認してもらった.帰路のフライトもいきなりキャンセルになって便が変わった.中南米の旅では何があってもフシギではない.

◆[欹耳袋]幾何学的形態測定学のスペイン語サイトふたつ —— 〈Introducción a la Morfometría Geométrica〉と〈Morfometría Geométrica〉.今回の Hennig XXX では中南米での形態測定学研究が進んでいることがわかる.関連ソフトウェアの開発も活発だ(T.N.T. に組み込まれていたりする).

◆[蒐書日誌]サンパウロ空港の書店で買った小説 —— Cristina Norton『O Guardião de Livros』(2011年5月刊行,Casa de Palavra, Rio de Janeiro, 310 pp., R$ 50.00, ISBN:978-85-7734-187-0 [pbk]).「本」に絡む本だとわかれば書かれてある言語はどうでもいいという見境なしのジャケ買い.ポルトガルとブラジルをまたいだ史実に基づく小説ということらしい.「Viagem ao Brasil」という章名.そう,ワタクシも viagem してきたんだよねー.帰国したら体系学関係のポルトガル語の本をオンラインで入手することにしよう.どーせサイトはポルトガル語だろうけど.

◆機内読書は続く —— Julia Voss[Lori Lantz訳]『Darwins Pictures: Views of Evolutionary Theory, 1837-1874』(2010年刊行,Yale University Press, New Haven, x+340 pp.+ 16 color plates, ISBN:978-0-300-14174-0 [hbk] → 目次版元ページ情報)の第2章「Darwin's Diagrams: Images of the Discovery of Disorder 」(pp. 61-126)を読了.ダーウィンが自然界の進化の特徴は,無秩序(disorder)かつ不規則(irregular)であると考えたのに対し,当時の発生学的・地質学的な図像イメージはダーウィンとは正反対の秩序(order)と規則(regularity)をそこに見出そうとした.個体発生上の展開(unfolding)と地質学的な層序(stratigraphy)はまさにその観念を具現化していた.自然の体系が無秩序かつ不規則であると考えたダーウィンの先駆者は,たとえば鳥類学者の Hugh E. Strickland や Martin Barry で,本章では系統発生の visual language の観点から,ダーウィンをめぐる先駆者と同時代人たちとの関係について論じている.鳥類の (dis)order のイメージとして Strick;and が描いた二次元マップをダーウィンが系統発生の観点から図像化している事例はたいへん興味深い.Ernst Haeckel が幹のない不規則な系統樹(1866)とともに人類を頂点とする太い直系の幹をもつ規則的な系統樹(1874)の両方を描いたという事実は,ダーウィンとヘッケルの視覚言語の重要なちがいであるという著者の指摘はその通りだと思う.

◆来年の開催地はイギリス —— Hennig Society は全世界からの参加者が年に一度顔を合わせるイベントだ.学会であるかぎりそれは当然のことなのだが,WHS の場合はもうひとつ「学派としての統一性を強化する」という大きな目的があるようだ.あまりいい喩えではないが,「メッカへの巡礼」みたいなものと考えるのがいいかもしれない(「メッカ」の場所は毎年変わる).そういういささか宗教的なフレーバーが漂うので,「異端審判」はけっこう厳しいものがある.毎年のバンケット・トークとか Steve Farris の締めの演説は要するにそういう“引き締め”を図っているということだ.講演の中には最尤法やベイズ法が登場することもある.そのたびに Steve がわざと咳払いをしてはとなりの Mari さんがたしなめるという光景がある.みんなくすくす笑ってそのまま講演は続行だ. WHS には積極的に「異端」であることをどこかで認めている雰囲気があるからだろう.WHSは教条主義的であると思われているふしがあるが,実際その場に居合わせればけっしてそうではないことが体感できる.

Hennig Society の年次大会に参加するたびに,多くの大学院生やポスドクの新顔に会う.ここ十年あまりは毎年 WHS に参加しているが,ほとんどの場合,日本からの参加者はワタクシひとりだけしかいない.日本からの参加者はほとんどいないのがフシギなくらいで,もっと参加するだけの価値があると思う.単に論文を書いて発表するだけでは「生身のプレゼンス」を示すことはできないからだ.実際に学会の場に姿を見せて肉声でやりとりをすることにはかけがえのない意義がある.たしかに海外で開かれる国際会議に行くのは確かにお金も時間もかかる.しかし,その見返りは参加者だけが享受できるもので,不参加者にとってはゼロでしかない.これは明白だ.少なくとも中南米からの若手研究者の方が日本に比べてはるかに高いプレゼンスを示している.時間とお金が許すかぎり,日本人の若い学生や研究者はどんどん海外に行った方がいい.

—— 来年のイギリスのヨークが開催地と決まっている.Dave Williams はツイッターで「Hennig conference not for us」と書いてきたが,姿を見せるのかな.ちょっと楽しみではある.

◆そうこうするうちに,飛行機の機首は定刻通り成田空港を目指してしだいに下がり始めた.地球のウラ側にいると「ニッポン」の情報は何一つ届かない.“フクシマ”も“カンナオト”もまったく情報ゼロだ.関東は暑いのかな.台風はどこかへ行ったのかな.┣┣" 放牧場はどうなっているのかな.帰ったらすぐさまニッポンの日常に戻ることになる.成田空港第二ターミナル到着は午後2時前の予定だ.



Index: Hennig XXX, São José do Rio Preto, Brasil

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