● 7月3日(火):ヴューカレの宴の始末と明け方の旅立ち

◇午前3時には早くも目が覚めてしまった.昨晩は遅かったのにな.ニューオーリンズに来てからというもの,夜の睡眠時間は確かに短いのだが,その埋め合わせをするように昼寝をしたり夕寝をしたりする時間があるので(“職住近接”だから),累計ではちゃんと寝ていることになるのだろう.

今日は,フライトが午前9時なので3時間前に行くとなると,5時にはホテルをチェックアウトしないといけない.未明の行動開始だ.空港にたどり着いてしまえばあとは何とかなる.夜中の本読みとか,スーツケースの荷造り確認をしたりする.このホテルは表通りこそ歓楽の極みのバーボン通りだが,裏側に面したぼくの部屋はそういう喧噪とはまったく無縁の静けさだった.

◇午前5時前に人気のないフロントでチェックアウトをする.アメリカのホテルは最近ではチェックアウトの手間がたいへん簡略化されていて,ここ Royal Sonesta Hotel でも部屋のカードキーをフロントに返却してそれでおしまいだった,レシートはあとでメールでくれるのだそうな.他のホテルでは,ホテルマンと対面することもなく,部屋にそのまま鍵を置いて帰ればいいというケースまである.空港までのタクシーはと訊いたら,ホテルを出れば待機しているとのこと.週末は,未明のこの時間まで不夜城のごとく酔客がバーボン通りに溢れていたが,平日の今日は驚くほど静かで,通りは暗く,通行人も酔っぱらいもいない.タクシーに空港行きを頼んで,夜明け前のフレンチクオーターをひた走る.賑やかな時間を外れれば,こういう「顔」もあるのかと印象深かった.

◇ニューオーリンズ国際空港の明け方は搭乗客でごった返していた.朝のフライトが多いからだとか.フレンチクオーターの超人気店〈Acme Oyster House〉は,本店ではいつも長蛇の列で結局入れなかったが,その支店が空港のCコンコースにあるとは知らなかった.American Airlines のカウンターでチェックインする.予定では9:05の AA1001 便だったが,今の時刻だったら早められるとのことで,便を変更して 7:00 発の AA1655 便にしてもらった.ダラスでの荷物のピックアップはいらないそうだ.

出国審査してCコンコースのゲートC10に向かったのだが,さすがに夜明け前ということもあり,人がほとんどいないし,店もぜんぜん開いていない.手持ち無沙汰でうろうろしているうちに,ニューオーリンズ滞在最後の日の出を迎えることになった.雲がやや多めかな.

備忘メモ —— パスポートの書き換えをしないといけない.来年で有効期限が切れる./ 最初の日の歓迎パーティのときに,John Wenzel がまたまた「日本で Hennig Society Meeting をやらないか?」と.バンケットで,Jim Carpenter は「今年中に日本に行って,ジュンイチとシュンイチと蜂取りをするぞ」と.

◇午前 7:10 に離陸する.直後の眼下にミシシッピーの湿地帯が彼方まで広がっている.ミシシッピー・ワニなど多くの生物も生息している.近年,その面積が急速に減少しているそうだが,その一方で2005年の夏に Katrina がルイジアナの沿岸地域を直撃したときは,この湿地帯の莫大な量の水が市内に洪水となって流れ込み大災害をもたらしたという.

◇朝からギネスを —— 1時間あまりでダラス空港の国際線ターミナルDに着く.まだ午前9時にもならない.成田行きのフライトは同じターミナルから正午過ぎなので,Skylink に乗る手間もなく時間ありまくり.外は小雨が降っている.しかも,この巨大な空港にはたくさんの店が入っているので,時間つぶしにはもってこいだ.でも,まずは朝食.アイリッシュ・バー〈Tigín〉にてギネスとモーニング・プレートを注文する.こんな朝早くからギネスが飲めるとは極楽だ.みなさんに申し訳ない.

◇さらに,〈Simply Books〉にて往路で目をつけておいた,Katrina ルポルタージュ本を購入する:Douglas Brinkley『The Great Deluge : Hurricane Katrina, New Orleans, and the Mississippi Gulf Coast』(2006年刊行, William Morrow, ISBN:0-06-112423-0 [hbk]→目次).ニューオーリンズのみならずミシシッピー流域の社会に今なおその爪痕を深く残すカトリーナを中心として時々刻々と変化したルイジアナのようすを全730ページにわたって記録した大著だ.行きに見つけたときに買ってしまえばよかったのかもしれないが,ニューオーリンズにある程度慣れてから読んだ方がいいかと思って,復路までお預けにしておいた.

◇成田空港行きの AA061 便は正午前に搭乗が始まり,小雨の中,定刻通りの離陸となった.約12時間で日本に帰国だ.機中では,それはもう読書三昧ということで ——

まずは,行きの成田空港で買っておいた:宮紀子『モンゴル帝国が生んだ世界図』(2007年6月20日刊行, 日本経済新聞出版社[〈地図は語る〉叢書], ISBN:978-4-532-16585-7→目次).機中用にと思って買ったのだが,この本,アタリです.13〜15世紀にモンゴル帝国で作られた「世界地図」を中心に,それがどのような伝承過程で韓国や日本に伝えられたのかを,いわば「地図の系譜推定」を軸に論じているという視点のおもしろさをまず挙げたい.しかし,それだけではない.著者の一種独特なこだわりと現場突撃的スピリット,そして文体の“崩れ方”が魅力で,一見すれば地味に書けたかもしれない本書を読ませるものにしている.

漢字の「開き方」がへんだったり,訳文が突如として口語体になったり,本当だったら脇役のはずのコラムが主役を喰うほど輝いていたり,徹底的にフリガナがふられていたり,パスパ文字の印が鎌倉の寺院の文書に押されていたり,p. 60 の図のキャプションの最後が欠けていたり,日本がフシギにも逆立ちしていたり,というようなもろもろのことがらすべてを含めて,本書は大アタリだ.扱われている時代的・地理的・政治的スケールの大きさと推理小説も顔負けの著者によるアブダクションの連続を地球の裏側のニューオーリンズのホテルで少しずつ読み勧めるのは快楽だった.

20ページに及ぶ口絵のカラー図版だけでなく,本文中にも計150枚を越えるカラー写真が載っている.これでこの値段とは信じられない.著者には新たな本をぜひ書いてほしい.

◇本日の総歩数=11974歩[うち「しっかり歩数」=0歩/0分].全コース×|×.朝○|昼△|夜△.前回比=未計測/未計測.


Cahier du Vieux Carré「目次」