◆不規則にも午前零時に起床してしまったものだから,ごそごそと活動開始.個人的には,夜更かしではなく,朝起きが早くなっただけと受け取っている.日中のうちに雲が吹き払われた下界は夜景がことのほかみごとに瞬いている(癒されるなあ).しかし,日が変わっているのに周囲の部屋が騒がしいのは,昨夜 council meeting があってその後どこぞに呑みに行った VIP たちが騒いでいるにちがいない.Hennig Society は年配でエラくなるほどお行儀がワルくなるという全般的な傾向がある.だから,参加している大学院生よりもポスドクよりも,council members の方がはるかに“お下品”だということだ.これもまた一度来てみればわかること.
◆さて,今日の午後がぼくの講演なので,そのためのスライド調整を始める真夜中.こういうドロナワではいけないとは重々承知しているのだが,毎度毎度決まってそうなってしまう.すでに日本から20枚もってきたので,その加筆修正と新しいスライドを10枚ほど足せばオシマイだ.午前4時すぎまでかかってスライドは完成した(全29枚).講演のもち時間は「トーク15分+質疑5分」となっている.
—— 夜明け前のこの時間帯になってようやく周囲の部屋が静まり返った.静寂のひとときは仕事がはかどる.部屋はぴったり締め切ってあるのだが,外の冷気が忍び入って,なかなかよろしい.とりあえずいったん寝ることにしよう.
◆次に目が覚めたのは午前7時半だった.曇りがちで気温は低め.朝食をすませてから,部屋にもどり,またまた講演スライドの確認とか微修正とか,そして噺のイメージトレーニングも.
◆午前9時から大会三日目が始まった.今日は方法論のトークが多いので聞き逃せない.
Ward C. Wheeler は MP/ ML / Bayes について,系統樹仮説へのサポートがどのように実行されているかを比較した.あるクレードCへの最適サポート(optimal support)はそのクレードを含む系統樹(con C)と含まない系統樹(sin C)という対立図式のもとでテストすればよい.MPでは最適サポートは「Scon C−Ssin C」となる(Bremer support index のようなものを考えればいい).
一方,ML / Bayes では最適サポートの式は「Scon C/Ssin C」となるが,no-common-mechanism の仮定のもとでは,MP=ML となり,これらの最適サポートは一致する.Bayes の場合は,クレードの有無という二値的変数に関する事前情報による期待サポート(expected support)を計算することになるが,MP の場合も parsimony jackknife のようなリサンプリング法を用いれば期待サポートが求められると彼は言う.ただし,Wheeler はリサンプリングのような“いいかげんな”テストは好きではないようで,最適サポートで決着を着けるのがスジだろうと言っていた.最適サポートを標準化された指数として表わすならば:
◆続く Pablo Goloboff の講演は,形質の重みづけを系統樹の subtree ごとに別々に行なうための定量的な方法の提案だった.もともと1993年に彼は形質ごとの implied weighting(TNTにも入っている)の方法を考案し,1997年にはそれを形質状態変換ごとの重み付け(ステップ行列による Sankoff optimization)として一般化している.しかし,いずれの方法も系統樹全体にわたってグローバルな均一の重み付けをするという基本方針にはちがいがなかった.しかし,系統樹のあるクレードで進化速度が早くホモプラシーが頻発するからといって,他のクレードでもそうであるとは限らない.したがって,グローバルな重みづけではクレードごとのローカルな特性がうまくすくい上げられないだろうというのが,彼の今回の提案の背後にある動機だった. 形質状態 a→b の出現回数を「na→b」と表わすとき,その重みは「na→b/(k−na→b)」となる(「k」は定数).この一般化として,系統樹上でその形質変換が生じている場所 i, j 間の“距離”(path-length distance を考えればいい)dijを導入し:
◆続く John Wenzel は,合意樹を計算する際には軽率に「厳密合意樹」に頼ってはいけないという.系統学的な outlier taxa が末端ノードにある場合,それを検出する能力がある「agreement subtree」を計算する方が望ましいが,計算時間がかかりすぎるという問題点を指摘する.Tukey の“箱ひげ図”のようなツールでもって outlier taxa をはじき出せないかとそのとき思いついたのだが,先に進めない.
◆ベイズ法の腑分け —— Chris Randle & Kurt Pickett は,ベイズ系統推定における事前分布についての講演をした.uniform prior を樹形の事前分布 tree prior とするとき,clade prior は uniform ではない.uniform tree prior は確かに tree posterior には影響しないが,個々の clade posterior はサイズによって影響を受け,中間サイズのクレードでは確率が低くなるという現象がすでに報告されている.non-uniform clade prior の影響をどのように扱えばいいかがこの講演のポイントで,著者は影響はどうしても無視できないのだから,ベイズ法の基本理念そのものが問題なのだという.「prior は knowledge ではない」ということ.
◆その後のいくつかの講演は形態測定学に関するものだった.連続変数からの系統推定ができるというのが〈T.N.T.〉の長所のひとつだが,そのフリーウェア化により,ユーザー数が相当増えているようで,とくに形態形質の連続変量をデータとしてもっているユーザーが,〈T.N.T.〉で幾何学的形態測定データからの系統推定をするという口頭発表やポスター発表が今回の大会でもいくつかあった.Santiago Catalano は三次元座標データからの系統推定の際に,仮想祖先の座標値を最節約復元するための Sankoff optimization のプログラムを開発した.今後,この方向での研究がさらに蓄積されるのだろう.
◆コーヒーブレイクの後に一般講演がずらりとならび,そのひとつが今回のぼくの口頭発表.毎度のことながら,たった一人で遠くの国まで来て発表するというのは,国内の学会大会での発表とはぜんぜんちがうものがある.たった20分のトークなのに大仕事をこなした疲れが残った.スライドだけはしっかりつくったのだが,はたしてどれくらい伝わったか.いずれにせよ,今回の海外出張の“本務”がこなせたのでやっと解放された.
—— 一般講演は午後7時まで.直後に fellows meeting を半時間ほど.さらにその後,同じ会場をバンケット用にセッティングし始めた.
◆恒例の大バンケットはいつまで待っても始まらない —— 午後7時に終ったのだから,一時間もすればバンケットは始まるだろうとたかをくくっていたら,ぜーんぜん始まる気配がない.どんどんテーブルと椅子が運び込まれ,皿やグラスが並んでいくのだが,どういうわけだがディスコ・クラブのごときライトアップを後方で一生懸命準備していて,ときどきケバいライトの照明点滅テストと大音響のミュージックが鳴り響いている.学会のパーティの割りには派手じゃないかと思っているうちに,さらに時間は無情にもどんどん過ぎていく.午後9時,まだダメ.午後9時半,やっぱりダメ.飢えた Steve Farris が勝手にテーブルに着席していったが,まだ開始のアナウンスがない.実に午後10時を過ぎて,やっと全員が席に着くことができた.エスパニョールなみなさんのいる丸テーブルに入らせてもらうことにした.いくら夕食が遅いお国柄とはいえ,午後10時から食べるんですか?(素朴な疑問)
—— さて,いよいよこんな夜遅くからバンケットが滑り出したのだが,いや,これはスゴかった.体力と気力の続くかぎりバンケットも続いたのだ.[この項もまだ続く]
◆本日の総歩数=3870歩[うち「しっかり歩数」=0歩/0分].