● 6月30日(土):オイスターの殻が宙を舞うポスター発表

◇時差が時差で効いてきたのか,ごちゃまぜシティーの歩き疲れだか,それとも昨夜1時半までカイエを書いていたせいか,今朝は午前7時まで寝てしまった.外は朝日がもう照りつけている.昨日の最高/最低気温は90度/73度(華氏)で,湿度は71%.ピクルスの味が濃過ぎるサンドイッチをかじってから,会場へ.今日は午前8時からのプログラムなので,遅刻できない.当初はもっと遅いはじまりだったのだが,某会員(誰やっ)が「昼にゆっくりフレンチクオーターを散策したいな」というプロポーザルがあったので,開始を早めて午後3時にはおしまいにすることになったとの連絡が大会事務局から届いた.

◇会場は,昨日の Evangelian Suite の隣りにある Ballroom South だ.こちらはウツワがもっと大きく,スクリーンも大きいのでどこにすわってもよく見える.午前は一般講演とポスター講演が予定されている.プログラムが始まる前に,あらかじめ自分のポスターを貼っておくことにした.

◇一般講演.最初は,Gonzalo Giribet によるダニの生物地理.移動能力が極端に低いダニがどのようにして各大陸に分布するようになったか.続く Kathy Su の講演は,Sepsidae(Diptera)の配偶行動の進化を系統的に考察するという話.アラインメントは POY 4 で行い,最節約系統樹は TNT で推定したとのこと.系統推定も POY 4 でやろうとしたら「PCがクラッシュしてしまった……」そうだ(「スペックの問題でしょ」と Ward Wheeler は言う).

◇続く2題は,キバガ(Lepidoptera: Gelechioidea)の講演だ.知らなかったのだが,〈Global Framework for Gelechioidea〉というNSFのプロジェクトがすでに立てられていて,その中での仕事だそうだ.すでに記載されているのが16,250種,さらにその3倍は未記載種がいるはずだから,計5万種はかたいとのこと.

◇最後の講演はたいへんおもしろかった:Jennifer M. Zaspel & Marc A. Branham「Phylogeny and classification of the vampire moths and their fruit-piercing relatives (Lepidoptera: Noctuidae: Calpinae)」.ヤガの中でもとくに,果実穿孔性の吸果蛾(Calpinae)に関する講演だった.このグループのヤガが関心を集める一つの理由は,そのクレードの中にいわゆる“吸血蛾(vampire moths: Calyptra)”が含まれていることにある.この吸血蛾は東南アジアから中国,そしてロシアにかけて分布している.著者らは吸血性という採餌行動と口吻形態の系統発生を考察した(形態データ+TNT).

得られた単一の最節約系統樹によると,単系統群Calpinaeの中での採餌行動の進化には方向性があり,「nectar-feeding → fruit-sucking on soft-skinned fruit → fruit-sucking on hard-skinned fruit → blood-sucking」という形質変換系列があるという.そして,吸血性の起源はひとつではなく,上記の変換系列に沿って,クレード内で何回か生じたらしい.さらに,つい最近,睡眠中の鳥の「涙」を吸う蛾が報告されているが,このような tear-sucking(吸涙性)の蛾は Calyptra とは別のクレードに属しているので,吸血性の進化とは関係がないということだった.

◇午前10時に一般講演が終わり,その後,コーヒーブレイクとともにポスター発表が始まる.コーヒー片手にポスタープレートの間を行き来するわけだ.今回の大会では10件のポスターが貼られた.

ぼくらの今回の発表は:Nobuhiro Minaka, Takashi Suemura, and Kunihiro Okano「How to search for novel bioresources using cladograms: Examples from microcystin-degrading and ethanol-producing bacteria」で,(巨大)分岐図を使って未発見の機能をもつ生物を効率的に発見する実例をふたつ挙げて,その意義を論じた.ソフトウェア〈BALANCE〉についてはもちろん宣伝したのだが,それ以上に探索ツールとしての系統樹の利用に力点を置いた.OTU数がそれぞれ300程度の比較的小さなデータセットだが,数分で最適解が得られるほどのスピードがあれば少なくとも今のところは満足できるだろう(もちろんもっと長く計算時間がかかる PAUP* の探索解よりも短い樹長が出る).

しかし,見に来てくれた参加者の多くは,巨大系統樹の高速推定よりはむしろ,仮想祖先形質の最節約復元に関する〈BALANCE〉の新しい機能の方に関心があったようで,その点に関する質問をいろいろ受けた.これはぼくには意外なことだった.というのも,Wagner parsimony のもとで祖先形質状態を最節約復元するとき,ACCTRAN は他の同程度に最節約的な復元(DELTRANを含めて)に対して,「系統樹全体の樹長を最小化するだけでなく,すべての subtree の樹長も最小化される」というユニークな性質を有していることはすでに10年前に証明しているからだ(Hanazawa et al. 1995, Discrete Applied Mathematics 誌).ACCTRAN以外のすべての最節約復元は subtree の樹長最小化という条件を満足しない.この点はすでに1970年の時点で,ほかならない Steve Farris 御大自らが暗示していたことだ(Systematic Zoology 誌).

Mario de Pinna と少し話しをしたのだが,彼が言うには「ACCTRAN が特別な意味を持つ最節約復元であるということは必ずしも広く周知されているわけではない」という.〈BALANCE〉の新しい版では,ACCTRAN とそれに“近い”ごく少数の最節約復元の部分集合(MPR-subset)のみを用いて祖先形質状態の復元を実行し,それを手がかりに探索を行う.最節約復元どうしの“近さ”は distortion index によって距離を定義できるので,その結果,MPR lattice は距離空間としての性質をもつ束ということになる.もちろん,ACCTRAN は root 依存であって,unrooted tree のどこに「根」があるかによって,束のかたちは異なる.しかし,いずれにせよ,ACCTRAN の“近傍”のいくつかの MPR のみを考えようというやり方は根拠のないことでない.

Mario は「祖先復元の理論的性質についてはもっと公表した方がいい」と勧める.ここ数年,MPR束の研究は放置してしまっているので,再スタートするべきだろう.いい刺激になった.

◇外はいつのまにか雷雨になっていて,スコールのような激しい雨が窓ガラスを叩いている.トロピカルですなあ.正午にポスター発表は終わり,午後は1時過ぎから3時半まで一般講演がさらに続いた.

◇雷雲が通り過ぎ,晴れ間がのぞく昼下がりは猛烈な蒸し暑さだ.不快指数はきっと「120」くらいだろう.高湿度に弱いワタシには連日の拷問だ.しかし,今日は「本務」が終わったので,少しくらいいい思いをしても文句は言われないでしょう.と心の中で弁解しつつ,ホテルを出て2ブロック歩いた角にある〈Felix's Restaurant〉に入った.有名なオイスター・バーのある店だ.初めて入ったら,黒人の料理人が「オイスター? だったらここへ」と自分の真ん前のカウンターを指さす.椅子も何もないのにとおろおろしていたら,「ほら,はいっ」と殻を剥いたばかりのオイスターをカウンターの台にどんどん乗せていく.落ち着いて左右の客をよく見たら,要するにここは「立ち食いオイスター・バー」なのだ.うどんの立ち食いや酒の立ち飲みとまったく同じく,カウンターの向こうで殻を剥いたオイスターを間髪入れずにぱっぱっと食べていくというスタイルであることがやっと納得できた.

Corona Extra を注文する.先ほどの料理人はオイスターの殻剥き専任のようで,みごとな手さばきでどんどん剥いていく.職人の技.殻がシンクにうずたかく山をなし,積み上がった1ダースのトレイが客席に次々に運ばれていく.この季節はオイスターの旬ではないそうだが,それでも大ぶりの身は食べごたえがある.あっという間に1ダース食べて,さっと店を出る.まだ昼間じゃないか.

◇今日は土曜日なので,まだこんなに日も高いうちから,バーボン通りは店からの大音量生演奏と呼び込み人の絶叫と大道芸人のパフォーマンスと通行人の歩き呑み野郎たちでえらいことになっている.必要な買い物をすませ,8,000歩ほど徘徊してからホテルに戻った.気力と体力を持続させるためには,バーボン通りであまり長居をしてはいけない.

◇ホテルで静かに地元ルイジアナの小麦ビール「Abita」を瓶飲みし,生のラズベリーとクランベリーをつまみながら,疲れを癒す夜.とりあえず今日は生き延びたが,明日の方がたいへんだ.明晩は,Hennig Society 恒例の「狂乱のバンケット」があるから.昨年はオアハカで踊り狂った前歴がある学会だ.今年はよりにもよってバーボン通りに面したジャズ・レストラン〈Bourbon Vieux〉を借り切って,ライヴ演奏付きで,午後7時から午後11時まで4時間もバンケットをやる.そんな学会がこの世のどこにある.世も末だ(それは Hennig Society).悪しき呪いだ(それは cladistics).ブードゥーだ(それは parsimony).ゾンビだ(それはワタシ).Haunted House はフレンチクオーターにある一軒だけでもう十分なのに.

◇本日の総歩数=15007歩[うち「しっかり歩数」=5951歩/55分].全コース×|×.朝○|昼○|夜○.前回比=未計測/未計測.


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