● 11月2日(日): エルドラドの天空を越えてアトランタ

◆さて,トゥクマンからブエノスアイレスに向かう途中,窓から下界を眺めていると,最初は見渡すかぎりの雲海だったが,しだいに目的地が近づくに連れ,しだいに高度がさがりラプラタの巨大な河口が広がって見えた.Aeroparque は国際線が発着する Aeropuerto EZEIZA とはちがって,海岸のそばにある.アルゼンチン国内のフライトの大部分はここから発着する.Aerolineas Argentinas のハブ空港だ.予定時刻通りに着陸体勢に入る.たいへんよい天気で,日射しが強い.結局,アルゼンチンに来てからというもの,長袖を着る機会はほとんどなかった.

◆“ボルヘス”さん,市内を駆け抜ける —— さて,ここ Aeroparque から Aeropuerto にはタクシーで移動しなければならないが,空港内で「レミス(Remis)」の予約をすることにした.運賃は130ペソでけっして安くはないのだが,安全策としてはリーズナブルだろう.レミスの運転手は,一見してホルヘ・ルイス・ボルヘスのような風貌の老人の運転手だった.トゥクマンは若いお兄さんがドライバーであることが多かったので,成熟した都市だと年配の運転手もいるんだ.

「フライトまで時間の余裕はあるか?」と問われて,「あるある」と答えた(実際,真夜中までの「12時間」を待ち続けなければならない).「じゃ,ゆっくり行きましょう」と言われて一瞬だけ気を許したのがまちがいだった.空港から市内の高架ハイウェーに入ったレミスは,町中の混雑を車線をまたぎながら,とても「快調」に蛇行し始めた.速度計を肩ごしに覗いたらすでに120km超の速さだ.

さいわいなことに,この“ボルヘス”氏はちゃんと目が見えているようなので,いちおうは安心できるのだが,それにしても「ゆっくり行きましょう」でこの飛ばし方だと,「時間がない」などと言おうものならいったいどうなったんだろうか.タクシーのBGMはもちろんタンゴ(ミロンガかも)だった.

—— およそ1時間でレミスは Aeropuerto の出発ターミナルに到着した.国際空港らしい混雑ぶりだった.

◆Aeropuerto での大トド撃ち —— 正午に空港に入ったものの,ぼくが乗る DL110 は午後11時15分のフライトだ.当初の予定では,早々にチェックインをすませて,大荷物から解放され,晴れてブエノスアイレス市内観光にでも出かけようかという算段だった.しかし,インフォメーション・カウンターで確認したところ,フライトの3時間前にならないとチェックインできないとのこと.何たることか,このまま半日も空港内で過ごすのかとガックリきたが,そこはまあこういう状況でないとできないトド撃ちの決着を着けてしまおう.

—— ということで,出発ロビー階にある〈Natural Breck〉にて巨大なクラブハウス・サンドイッチをかじりつつ,カマジン本の最後に残った3章分のゲラ読みを開始した.そして,およそ4時間ほどねばった末に,すべての章をゲラ読み完了とあいなった.日本を発つときには7章分すべてをスーツケースに詰めてきたのだが,やりきれるとはまったく思っていなかった.しかし,今回の旅路はすき間時間(待ち時間)がたくさんあったおかげで,大トド撃ちを成就することができた.やはり,地球の裏側へのフライトを何度かすれば,すべての大トドはまちがいなく撃ちはたすことができると確信した.

◆このように湯水のごとく時間を使ってもまだ7時間も待たねばならない.階上のベンチ近くに大きめの書店があったので,こりゃハッピーとさっそく探索開始.本屋に入ればあっという間に時間ワープできるから.せっかくブエノスアイレスに来たからには,やっぱり“マルケス”か“ボルヘス”でしょう,と勝手に決めつける.

さすが,空港の書店にもちゃんと特設コーナーがありました.ホルヘ・ルイス・ボルヘスは著作集の新しいのがペーパーバックで出たことを初めて知った.そのまえに,ここでもうひとりの「ブエノスアイレスのマリア」に出会えたことは幸運だったかもしれない:Jorge Luis Borges (con María Kodama)『Atlas』(2008年4月刊行,Emecé Editorial, Buenos Aires, 104 pp., ISBN:978-950-04-2976-4 [pbk]).明らかに日系人の出自をもつマリア・コダマが,パートナーだったボルヘスとともに全世界(来日して出雲にも行ったことがあるらしい)を旅した記録を写真集として編んだもの.文章はボルヘス本人.さらりと写真を眺めてみたが,晩年のボルヘスは完全に盲目だったにもかかわらず,世界旅行を何度もしているというのは驚くばかりだ.

◆そうこうするうちに午後8時になってやっとチェックイン・カウンターが開いた.何だかスムーズにことが運ばなくってですね:1) まずスーツケースの重量オーバーだから追徴金を払えと言われた.しかも,Buenos Aires → Atlanta(DL110)とトランジット後の Atlanta → Narita(DL55)とは同じ航空会社でも路線がちがうから,それぞれに追徴されて計300ドルだという.何それ?;2) EZEIZA の空港使用税は乗客がそれぞれ払わないといけないらしい.US$ 18.00 だからたいしたことはないのだが,そのための行列に並ぶのがうっとおしい;3) やっと出国できたと思ったら,デルタ航空ではまたまた機内持ち込み荷物のチェックが別にあった.名税品店でマテ茶セットなど買い物をして,ふと気がつけばもう午後10時になっていた.搭乗ゲートに向かう.

◆23:15発アトランタ行きの DL110 は定刻に離陸した.今日は一日がとても長かったのできっと疲れていたにちがいない.喰ったり飲んだりしているうちに,いつの間にかぐっすり5時間ほど寝入ってしまったようだ.

日が変わって“エルドラド”の上空あたりで読み進み読了した本:山田篤美『黄金郷(エルドラド)伝説:スペインとイギリスの探険帝国主義』(2008年9月25日刊行, 中央公論新社[中公新書1964], x+282 pp., 本体価格940円, ISBN:978-4-12-101964-6 → 目次版元ページ).書き散らしではないこういう新書に出会えたことは幸せだ.“エルドラト”伝説を原典資料にさかのぼって再検討している点で,また著者自身がこの地域に住んだ経験がある点で,ルポルタージュ的ないい本に仕上がっている.「探検とは侵略である」という著者のメッセージが通奏低音として鳴り続ける中,デフォーの『ロビンソン・クルーソー』の政治的意味,さらにはコナン・ドイルの『失われた世界』の典拠をめぐる新たな知見,さらには映画にもなった『パピヨン』の実在する主人公が脱走してからどのような人生を送ったかなど,“エルドラド”をキーワードとするさまざまな人物とできごとがタペストリーのように絵柄を見せてくれる.さ,みなさんもすぐ読みましょうね.

◆午前7時,アトランタ国際空港に着陸.そのままトランジットなので,スムーズに行くかと思いきや,今度は免税品で買ったアルゼンチン・ワインで引っかかった,路線が別なのでバゲッジ・チェックを受け直せとのこと.結局,US Army な人たちが居並ぶ行列に巻き込まれてさらに時間を取られ,持ち込み手荷物ではなく預けることになった.トランジットもめんどうですわ.Eターミナルのゲートに向かい,Diario を書いていた.そうしたら,向こうのベンチで熊みたいなひげ面のおじさんが,お行儀悪く寝そべっている.南米の空港ではよく見る光景だが,Estados Unidos のこの Aeropuerto ではあまり見ない(日本人客が多いし).さらによく見れば,その御仁はなんと酪農学園大学の浅川満彦さんじゃないですか.実に奇遇ですな.機内に搭乗してから訊いたところでは,ペルーのリマまでサンプリングに行ってきたとのこと.お疲れさまでした.風体に関してはあまり他人のことはどうこう言えないが,ほとんど引き分けの“互角”だったと思う.類は友を呼ぶ.

◆地球半周の長旅の最後となるDL55は,現地時刻の午前9時50分にアトランタを離陸した.約13時間のフライトで日本時刻の午後2時前には成田空港に着く予定だ.

◆本日の総歩数=11475歩[うち「しっかり歩数」=0歩/0分].


Contenido: Diario de a bordo en San Javier de Tucumán

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