● 10月29日(水): 風雨で目覚める大会二日目は山霧の中

◆午前6時起床.窓を明けたら昨日とはちがってあたり一面が“真っ白”だった.視界ゼロの濃霧が立ちこめている.気温は昨日以上に低くて肌寒い.そのうち窓ガラスを雨滴が叩き始めた.雨だけではなく風も強いようだ.朝日などまったく拝めず,薄暗いまま時間が過ぎていく.

◆朝食は〈Salon San Javier〉にて,午前8時からとのことだ.バイキング形式の簡単な朝食だが,ものすごく大きなカットのケーキがずらっと並んでいて,たじろいだ.朝からコレを食するのでしょうか.しかし,レストランのショーケースに入っている他のケーキ類はもっと巨大なカットで,たとえば平均的なチョコレートケーキを目視で測ったところ,底面は半径10cmで中心角がおよそ40度の扇形,そして高さが5〜6cmもあるようだった.これだけ食べてもかなり満腹するにちがいないが,おそらくフルに料理を食したあとのデザートなんだろうと思うと,さらにたじろいでしまう.

5年前にパリの〈Hennig XXIII〉に参加したとき,バンケットのデザートとして,日本だったら店頭に並んでいるようなカットのブリーチーズがそのまま皿に乗ってそれぞれ運ばれてきたとき,そのサイズに驚くとともに,この国ではチーズはデザートなんだということが少しわかった気がした.同様に,この巨大なケーキの砲列を前にして,この国の食文化について考えた方がいいのかもしれない.

◆朝食をすませているうちに天気は回復し,空が明るくなってきた.しかし,山霧が下界からどんどん山肌を這い上がってきているらしく,視界はぜんぜんよくならない.

◆午前9時から大会二日目 —— 午前中は分子系統学のシンポジウム.性的二型の形態学的判定を目的として,標識点間距離の平方和を「disparity」の尺度とみなす発表があった.disparity ではなくってただの difference でしょう.「RAUP*: Recombination Analysis Using Parsimony (* and no other method)」という講演はタイトルもいいけど,内容的にはもっとおもしろいかもしれない.組み換えの位置決めの最適化を CI と RI の値を用いて行なおうとする.組み換えの有無によるそれぞれの値の差を検定統計量として帰無分布を構築するというアプローチだ.Gonzalo Giribet は「たとえゲノム情報がすべて読めても形態データが無意味になるわけではない」と断言していた.Daniel Janies の〈SupraMAP〉を使った時空系統樹の解析.

◆海外逃亡中もこまごましてしまう —— 日本を脱出してもトドがいなくなるわけではない.ホテル備えつけのエスパニョールなPCでメールをチェックするたびに,小トドが増えていることがわかる.即座に返事を書いて仕留められることもあれば,丸投げしてしまうこともある.幸いなことにこの不在期間の間は今のところ大トドが出現していないのでハッピーだ.早朝にPCを占有して,ことをすませるようにしよう.

◆気温が低いまま午前のセッションが終わる.湿度が高いせいか冷気が身にしみたり.

◆ミゲル・リージョ(Miguel Lillo: 1864-1931)について —— こちらに来るまでぜんぜん知らなかったのだが,〈Fondación Miguel Lillo〉はその創立(1931)から75年を数える歴史のある研究所だそうだ.大会受け付けで配られていた研究所の由来に関するパンフレットを見ると,北部アルゼンチンからボリビアにかけてのアンデス山脈の動植物ならびに地質調査を行なってきたらしい.それにしても,「研究所」のことはある程度わかっても,冠になっている「ご本人」のことがイマイチよくわからない.伝記もあったようなので,あとで立ち読みでもしてみましょ.

大会会場に展示されているこの研究所からの書籍類はおびただしくあり,その中でも『Genera et Species Plantarum Argentinorum』と『Genera et Species Animalium Argentinarum』は前世紀の彩色博物図譜を思わせる巨大なサイズだった.また,定期刊行物もいろいろな種類が出されていて,たとえば Acta Zoologica Lilloana の1948年の号には Willi Hennig が Diptera のゲニタリア形態に関する長大な論考を寄稿している.とても威厳のある(実際,研究所で高いポストらしい)女性が展示コーナーに常時いて,これらの貴重図書の管理をしていた.「一時お借りしてもいいか」と尋ねたら,一言のもとに「No!」だった.はい…….

◆備忘メモ —— このホテルのある San Javier 一帯は自然保護地域(Parque Sierra San Javier)に指定されているらしい.ハイキングコースもいくつかあって,ガイドが配布されていた.

◆午後になってようやく雲が晴れてきた.下界が見える.空気冷涼,高原ライフの雰囲気.確かにここはリゾート地だ.ハイキングの立ち寄り客らしき集団が,オープンテラスからの広角度な眺望を楽しんでいるようすが,大会会場のガラス越しに見える.気温は低いが快適この上ない.背後のアンデスの稜線はもっと向こうだろうから,ここからはその威容を想像するしかないが,こちらにいるうちに一度は見てみたいものだ.大気中の塵やホコリが雨で流されたらしく,パンパの遠くまで見渡せる.かぎりなく広いのだが,うまく表現できない.百聞は一見にしかず.トゥクマンに来ればわかる.

◆午後は中南米の生物地理に関するシンポジウム〈Latin American Biogeography in the 21st Century〉.地元から多くの発表あり.固有地域(areas of endemism)をどう決めるかという問題は長引いている.ときどき耳にする TwinSpan が「Two-way Indicator Species Analyses」の略だったことを初めて知った.Hennig Society で議論されるような歴史的生物地理学の場面でも顔を出すことがあるのか.

◆大会受け付けで販売されていたスペイン語の体系学本3冊 —— 現在の中南米で生物多様性がらみの生物地理学研究がさかんに行われるようになったひとつの理由は,生物体系学や生物地理学に関わるおびただしい数の教科書が若い世代の研究者に利用されてきたからだろう.出版点数からいえば,英語圏での専門書よりも,中南米でのスペイン語の本の方が実は多いのかもしれない.日本にいると英語圏の書籍情報がどうしても不足するので,現地で実物を手にできるというのは貴重な機会だ.

今回入手した3冊はいずれもメキシコ国立自治大学(UNAM)から出版されているもので,ここ数年の間に立て続けに出たものだ:Juan J. Morrone『Sistemática, biogeografía, evolución: los patrones de la biodiversidad en timpo-espacio(体系学・生物地理学・進化学:生物多様性の時空的パターン)』(2001年刊行,Coordinación de Servicios Editoriales, Faculdad de Ciencis, UNAM, x+124pp., ISBN:968-36-8600-1).基本点を押さえた標準的教科書って感じでした./ Juan J. Morrone『El lenguaje de la cladística(分岐学のことば)』(2003年刊行,Coordinación de Difusión Cultural, Faculdad de Ciencis, UNAM, 109pp., ISBN:970-32-0785-5).こちらは分岐学に特化した教科書./ Juan J. Morrone, América N. Castañeda Sortibrán, Blanca E. Hernández Baños, and Armando Luis Martínez (eds.)『Manual de prácticas de sistemática』(2004年刊行,Las Prensas de Ciencias, Faculdad de Ciencis, UNAM, viii+126pp., ISBN:970-32-1800-8).体系学の基礎理論と系統推定ソフトウェアの利用法についての演習本.

◆午後5時過ぎには部屋に引きこもる.どうも睡眠がよく取れていないようでよろしくない.いきなり6時間ほど寝てしまった.目が覚めたら午前零時だった.※めちゃめちゃな生活リズム.

◆本日の総歩数=3795歩[うち「しっかり歩数」=0歩/0分].


Contenido: Diario de a bordo en San Javier de Tucumán

  ← Contenido: Diario de a bordo en San Javier de Tucumán