● 6月29日(金):ケイジャンな街では花嫁もスイングする

◇午前3時頃に目が覚めたものの,アタマが痛いようでずるずると寝続ける.いきなり二日酔いかもしれない(懲りないやつ).久しぶりに夢を何チャンネルか見た気がするが,どれもこれもストーリーが微妙に壊れていた(何だろう).午前6時が過ぎ,東に面した窓ガラスからいきなり「かっ」と朝日が射し込んできて目が覚める.窓ガラスを触っただけですでに熱い(暑い)じゃないか.今日もまたかよ.積雲がやや多い.新聞を見ると,昨日の最高気温は華氏91度(摂氏33度ほど)だったそうだ,向こう一週間の予報では,同じような高い気温の日が続き,午後には雷雨があるかもしれないとのこと.やっぱり熱帯だったか,ここは.

◇昨日の残りのサンドイッチを食べて出発.〈Hennig XXVI〉の大会会場はこのホテルの1階奥にある会議室〈Evangelin Suite〉だ.こういうときに“職住近接”というのはたいへん便利だが,逃げ場がないともいう.※逃げてどーするって.

◇午前 8:50 に Philippe Grandcolas 会長による開会宣言.引き続いて 9:00 からシンポジウム〈Advances in Invertebrate Phylogenetics I〉が始まる.ヒトデ,クマムシ,ヒルと講演が続く.やや横長の会議室なので,端の方にすわるとスクリーンがみづらい.

Russell L. Minton の発表「Using geometric morphometrics and phylogenetics to examine the evolution of gastropod shell shape」がおもしろかったので書き留めておく.貝殻の形態に関する計測を行う場合にもっとも大きな問題になるのは,ろくな標識点がとれないということだ.Fred Bookstein の分類カテゴリーを使えば,Type II と Type III の標識点がほとんどだということだ.最近になって sliding semilandmark という新しい標識点が使えるようになったのは恩恵だと発表者は言う.彼は渓流貝と陸貝の例を挙げたが,そこでは Type II(6個),Type III(3個),そして準標識点(8個)の計17個の標識点を用い,tpeRegr による重心サイズに対するアロメトリー回帰と tpsRelw を用いた相対歪み解析(主成分分析)を行った.渓流貝(Lithasia)について,この解析により,「Ortmann の法則」すなわち渓流に沿っての生息場所の距離と形状の間には線形関係があるという規則性は有意だった.一方,メキシコの陸貝(Praticolella)については,さらに squared-change parsimony に基づく仮想祖先主成分の構築を MacClade を用いて実行し,形状変異の進化を推論した.

◇大会会場の壁一つ向こう側はコンティ通りで,車と人の通行がしとても多いし,話し声や喧噪まで壁一つを通して聞こえてしまう.外は何やら楽しそうなことがあるのに,禁欲的に引き蘢る私たちって…….

◇ランチの時間になったので町中に出たのだが,あまりの蒸し暑さにげんなりしてしまう.昨日ニューオーリンズに着いて以来,甘辛いソースのような匂いがまとわりついているのだが,クレオール料理だかケイジャン料理だかの調味料かスープの匂いなのだろうと思う.

◇午後は一般講演で,医療用ヒルの分子系統とか,種概念とか.【種】の話になると時間無制限で質疑が長引くというのはいつものことだ.長引いてもけっして解決していないというのも昔から繰り返されていること.午後の最後の講演でマレーシアの Gwynne S. Lim and Rudolf Meier が「Comparing the phylogenetic signal of characters from different life history stages in endopterygote insects」という発表で,成虫形質と幼虫形質のもつ系統学的情報量を比較すると,ホモプラジーの程度から見て両者にちがいはないと結論していた.1980年代終わり頃から90年代にかけて,分子と形態との間で,あるいは形態と行動との間で同様な「情報量に差がない」という研究がいくつか相次いで出たが,ホモプラジーの程度と系統学的情報量との関係はもう少し複雑なのではないかと思う.系統の「深さ」によっては,“ノイズ”に見えたものが実は情報的だったり,その逆があったりするからだ.

—— 午後5時過ぎに本日のプログラムはすべて終了した.

◇さて,ランチは暑さに当てられてあえなく撤退してしまったので,晩ご飯こそはちゃんと食べに出ないといけないな.日中にフレンチ・クオーターを出歩いている人はあまりいないが,日が陰ってくる夕方にはがぜん人通りが多くなる.そして,攻撃的な熱気が引くこの時間帯になると,バーボン通りを中心にセントルイス大聖堂からジャクソン広場にかけてはストリート・ミュージシャンたちがひとりであるいはバンドで演奏を始めるようだ.

◇そのバーボン通りに面して〈The Court of Two Sisters Po-Boy Tavern〉という店がある.軽食といえば軽食なのだが,「Po-Boy」というのはフランスパンにはさんだサンドイッチだ.しかし,こちらの「一人前」というのは圧倒されるので,用心してPo-Boyのハーフとガンボ(米の入ったスープ)のハーフをセットにしたところが,やっぱりすごい量だった(0.5+0.5=1という単純な計算すらできないワタシ).でも,半分ずつだからまだなんとか食べられたのであって,もし肉が挟まりきらずに脇から溢れている Po-Boy を,ハーフですら15センチもあるのに,その2倍の30センチをフルに一本食べたとしたら,これはもう軽食ではなく「重食」になってしまう.一方のガンボはなかなかうまかった.しかし,これもフルに食べたらあとはもう何も腹に入らないだろう.ビールは地元「Dixie」の Longnecks にした.なお,〈The Court of Two Sisters〉というのは,フレンチクオーターでは上等な部類のレストランだ.名前は確かに共有されているが,上の Po-Boy の店とは関係がなさそう.

◇このワタシが他人の「体型」のことをあれやこれや言うことは日本ではけっしてできないのだが,ニューオーリンズの街を歩いているとマジで「それ,ありえへんわ」というほど“巨大”な人びとに遭遇することが割に多い.男女問わずである(子どももか).体質的な要因はあるのかもしれないが,やっぱり食生活じゃないかなあ.気をつけないと.

◇さらに暗くなるとともに,街中の喧噪はいっそう音量を上げていく.通り沿いのライブハウスが生演奏を始め,ドアを全開放して客引きを始めるからだ.ありとあらゆる種類の音楽がクレオール料理のように混ざり合い,ストリップハウスやらトップレスショーやら,妖しい足が壁から突き出る店やら,もう何が何やら.Jim Carpenter が向こうからやってきてスイングしながらすれちがったが,もうしこたま呑んでいるな(Steve Farris はさっきホテルのオイスター・バーで見かけたぞ).街中のこういう猥雑な状態を何といっていいのかわからないが,休日の秋葉原電気街の雑踏に,ゲームセンターのけたたましさが上乗せされ,さらにディズニーランドの人気アトラクションの切迫期待感で味付けされたようなものということになるかな.

◇人気スポットはすでに長蛇の列で,ジャズハウスとしてフレンチクオーターで最も古い〈Preservation Hall〉はほとんど崩壊寸前の建物なのに開店前から人垣ができている.また,アメリカ最古の飲み屋という〈Old Absinthe House〉は店から溢れ出た客が通りに広がって呑んでいるありさまだ.夜7時を過ぎたがまだ明るい.ストリート・ミュージシャンや大道芸人そして観光客でまだごった返しているセントルイス大聖堂前の広場にいきなりウナギのように長い真っ白なリムジンが3台も横付けされた.「なんだなんだ」と思ったら,大聖堂の正面玄関が開いて,結婚式を終えた新郎新婦そして親族友人たちが大挙して出てきた.

◇めでたいことに出会ったと微笑ましく見ていたら,教会前で待機していたマーチングジャズバンドがいきなりがんがん演奏を始め,その行進に合わせて新郎新婦と親族がぞろぞろと付いていくではないか.見ていた観光客は大喜び.新婦はスイングし,新郎も踊っている.親族友人もとても幸せそうで,こういう結婚式のスタイルがニューオーリンズでは当たり前なのかと思うと一種のカルチャーショックを受けてしまう.

ウェディング行進御一行様が,ジャクソン広場の南側を通るディケーター通りに差し掛かったところ,どこからともなく警官とオートバイがあらわれ,車の交通を規制するとともに,白バイを先導として,隊列を大通りの彼方に誘導していった.マジですか.ここではジャズがすべてに優先されるわけですね.

◇あらゆるものがごちゃ混ぜになるのはけっして料理だけの話ではないことを痛感してしまった.

◇そろそろ疲れてきたので,途中で見つけたフード・ショップ(A & P)で明日の朝食を買い込み,ホテルに帰還.すっかり暗くなったバーボン通りはさらに激しく妖しくなっていた.「Make Love」じゃねーよ,お兄さん.明日はポスター発表があるんだから.それにしてもこのフレンチ・クオーターのど真ん中で学会大会を開催するとはね.さすが.

◇さあ,慾望と嬌声の巷はもう忘れて,いやが上にも安らかに寝ましょ.

◇本日の総歩数=9691歩[うち「しっかり歩数」=1302歩/12分].全コース×|×.朝○|昼−|夜○.前回比=未計測/未計測.


Cahier du Vieux Carré「目次」