● 10月28日(火): 大会初日は夜景とマテ茶に癒されたい

◆大平原パンパと脊嶺アンデスが接するトゥクマンの「夜の部」はまだまだ続く —— チェックイン後の荷物の片づけが一段落ついて,本当だったらドロのように寝られるはずの午後6時すぎ,またもやタクシーが山道を上がってきて,すでに疲れ果てているわれわれを拉致しに来た.上がってくるときも助手席だったが,下るときもまた助手席.しかも,ヘアピンカーブの連続をタイヤを鳴らしながら高速降下していくものだから,両手でつかまっていないといけない.対向車やバイシクラーと衝突しそうになったり,ときには牛馬まではねそうになりながら,やっと麓まで降りたときは眠気がふっ飛んでいた.ドライバー氏は助手席を見て「どーだ」と目くばせしたが,ワタクシはもう二度と乗りたくないなあ…….

昼間の熱気がまだむんむんしている町中の一角に,樹木の生い茂った一角があった.それは目指すミゲル・リージョ研究所(Fondación Miguel Lillo)の敷地にある植物園(Jardín Botánico)だった.“ジェットコースター”に同乗していた他のふたりは植物学者だったので,「mimosifolia がどーの」とか言いつつ,落果をひろったり歯をこすって匂いをかいだりしていた.高木や竹がうっそうと生い茂る園内はシダやランもたくさん見られる.しかし,またも睡魔が降臨してきたワタシはとぼとぼ歩くのみ.

◆今回の〈Hennig XXVII〉を仕切る Pablo Goloboff さんはこの研究所に長年籍を置いて,系統推定ソフトウェア〈T.N.T.〉などを開発してきた.すでに,大会参加受け付けのデスクが置かれていて,講演要旨集などをもらった.バンケットはかの「アサド(asado)」だそうだ.しばらくして,オープニングパーティがアナウンスされたので,一同はぞろぞろと連れ立って隣りの建物に移動した.研究所の1階ロビーと前庭が解放され,ワインとオードブルが供された.

午後7時なのにぜんぜん暗くならない.赤ワインは「Benjamin Nieto Sevetiner」,白ワインはパタゴニア産でその名も「Postales del Fin del Munde(地の果てからの便り)」だった.硬く焼いたパンにつけるディップがとてもおいしかったので,パーティを仕切っていた研究所の女性に「これは何?」と訊いたら,「何とかかんとかというこの地域だけの作物で〜」と言っていた(ようわからん).

北部アルゼンチンでは「エンパナーダ」は揚げるのではなく,焼いて出されるとものの本で知っていたが,餃子を大きくしたような“サモサ”風のこのエンパナーダには肉片がぎっしり詰まっていた.しかし,飢えたクラディストたちによってまたたく間に喰い尽くされてしまい,写真を撮るヒマがほとんどなかった.最後のひとつが残っていたのを証拠写真としてかろうじて撮れたのは幸いだった.パーティ担当の女性は「国外のみなさんの口に合うか……」と心配していたようだったが,杞憂でしたね,ルシアさん.とても美味かったです.

夜の8時を過ぎてやっと夕闇が降りてきた.しかし,パーティはなおも続く.予定では午後10時半にはお開きになって,一堂は“安全運転”のバスでホテルまで送り届けられることになっていた.しかし,午後10時を過ぎて,空港から直行してきた Jim Carpenter ら兇悪メンバーがさらに増えることになり,結局は午後11時過ぎまでパーティは続いた.昨日から今日の「the longest day」を締めくくるにふさわしい盛り上がりかどうか知らないが,よくぞ体力と気力がもったものだと自分でも思う.

—— 山の上のホテルにバスがたどり着いたときにはもう午前零時を過ぎていた.車中では睡魔(とアルコール過剰摂取)のなすがままだったが,よろめく足取りで部屋に転がりこんで窓を開けたところ,涼風とともに眼下に広がるのはトゥクマンのすばらしい夜景だった.おお,ヴンダーバール.Paisaje maravilloso!



◆一夜が明けて,やっと大会初日を迎えることができた.しかし,時差ボケだか寝不足だか二日酔いだか,いろいろなファクターがからまってぜんぜん起きることができない.

朝6時にいったん目覚めたものの外は真っ暗で,下界では昨夜の夜景がそのままだった.午前7時になってやっと東の空が白み始め,遅い朝焼けとともに日の出.真っ赤に染まった巨大な朝日がパンパの向こうからのぼってきた.快晴で日射しが強い.しかし空気が乾燥しているので不快なべたべた感はない.

◆午前9時から大会初日の講演がすでに始まっていたのだが,長旅のダメージが意外に長引いて,午前10時すぎのコーヒーブレイクになってやっと登場することができた.大会会場は,中南米の伝統的なキリスト教会の内装様式を模した木造で,残響が長く残るので,演奏会場としてならまだしも,講演会場にはあまり向いていないかもしれない.今回の大会参加者は席数と埋まり具合から見てざっと100名弱だろうか.アルゼンチン国内からの参加者が半分くらい,残りは長距離旅行者.久しぶりの Tim Crowe さんは「南アフリカからは近かったぞ」と言っていた(そりゃそうでしょ).

◆Hennig Society Meeting は例年ひとつの会場しか設けないので,そこにいさえすれば動植物を問わず分類群にかかわらず講演を聴くことになる.ポスター会場はホテルのレストラン〈Salon San Javier〉のオープンテラスにボードを並べて掲示されていた.コーヒーブレイクの場でもあるので適切なセッティングだと思った.今日は快晴で日射しもさんさんと降り注ぎ,半時間の休憩はありがたい.

◆マテ茶で一服 —— アンデスといえば「マテ茶」と思いこんでいたのだが,実はここに来るまでそのマテ茶を口にしたことは一度もなかった.休憩タイムにはコーヒーや紅茶と並んでマテ茶ティーバッグがちゃんと用意されていた.喫茶の作法もぜんぜん知らなかったが,どうやらティーバッグに湯をさして,粉砂糖をひとさじ入れてかき混ぜるというのがふつうの飲み方らしい.もちろん香りはずいぶんちがうが,要するに「抹茶入り緑茶」とイメージするのがもっとも近いと感じた.違和感はぜんぜんありません.むしろほっこりします.マテ茶,うまいです.

◆午前は一般講演が続き,午後1時半にランチタイム.午後は夏日の暑さになる.大会会場に空調が入った.

◆午後3時からはシンポジウム〈Large Scale Analysis of Large Chunks of Life〉.「Large Phylogeny」と言うとき,砂漠の中から一粒の砂を見つけ出すというのが系統推定問題における最適化であるとしたら,それをどのようにして取り組めばいいのかという基本姿勢と理念が問われる.Santiago Catalano の講演では現時点で「73,060種」が最大スケールのデータセットだという.かつて1993年時点で「500」だった植物のデータセットは,その後「2,500」まで増えた.そして現時点で「7万」を越えるノードをもつ最適グラフをどのようにして探索するかが問題となる.〈T.N.T.〉の最新版では「no-taxon-limit」版が新しく公開されている.基本的には「Tree-fusing」の後に「Sectorial seatch」と「TBR branch-swapping」を反復することで最適解を効率的に探索するというのが〈T.N.T.〉の戦略だが,Pablo Goloboff は大系統の探索ツールとしての利用を考えているらしい.

◆午後6時に初日のおしまい.静かな夜を過ごす.

◆本日の総歩数=11897歩[うち「しっかり歩数」=839歩/11分].


Contenido: Diario de a bordo en San Javier de Tucumán

  ← Contenido: Diario de a bordo en San Javier de Tucumán