● 6月28日(木):フレンチクオーターの蒸し暑さに虫の息

◇午前4時半起床.曇り.朝から蒸し暑い.日に日に暑くなってくるこういう季節に海外逃亡できるというのは,行き先が冷涼な国であればまことに極楽なのだが,今回の〈Hennig XXVI〉に関しては,場所が亜熱帯並みの(日本で言えば気候的に沖縄に近いという)場所だから,行く前から気が滅入っている.のろのろとスーツケースの中身を確認して,赤と黄のベルトで十字に縛り上げる.あと,ここ数日というもの,さんざん苦労させられた「筒」を忘れないように.

◇午前6時に出発.歩いてつくばセンターへ.定刻6:20に成田空港行きのシャトルバスに乗り込む.この時点でいつもはうきうきしてくるのだが,行き先が行き先なので,さらに暗く滅入る.でも,履き慣れた Birkenstock Classic のサンダルに裸足という,ここ数年の海外逃亡スタイルになってしまえば,もう国内のあれやこれやは脳裏から消え去る.※帰国したらいやでも思い出させられるに決まっているのだが.

◇バスの中では『本』連載原稿のゲラを読んでいる.大きく修正する箇所はないようだが,念のため書名を確認しないといけないな.どこかの回に「ニューオーリンズ2007」という原稿を書くことにしよう.

◇午前8時過ぎに成田空港第2ターミナルに到着.晴れ.気温25.8度.American Airlines のカウンタが開くのは9時からなので,その前に予約してあった海外用のレンタル携帯電話を受け取る.その後,チェックインしてスーツケースから解放され身軽になってから,やっとレストラン階で朝食をすまして,旅行用の携帯時計を買い,本屋で時間をつぶす.

◇旅行用の携帯時計にはいろいろなタイプがあるが,ぼくがここ10年ほど使っているのは,薄型のアナログ時計で,目覚まし以外の機能はまったくついていない.一時期,デジタルな多機能時計を持ち歩いたこともあったが,ふたつの理由で今では使わなくなってしまった.理由1) デジタル画面が見づらいこと.これはもうはっきりしていて,時計のデジタル画面がいくら大きくなっても,アナログ時計の「針」にはかなわない.携帯時計は国内の学会や講義でもタイムキーパーとしていつも使っているのだが,瞬時に見て,現在時刻と残り時間を計算できるのはアナログ時計の長所だ.理由2) 瞬時に時刻合わせができない.時差のある国を渡り歩くと,しょっちゅう時刻合わせをしないといけない.アナログ時計の針をくるくる回すたびに,「遠くに来たなあ」という感を強くする.デジタル時計のボタンをぽつぽつ押し続けてもその感慨は湧かない.

これまでは,薄型アナログ時計ひとつだけでやりくりしていたのだが,もう一つ買い足すことにした.

◇出国審査を受けて,ゲート74に向かう.「成田5番街」なる免税品店の集まりが新しくできたようだが,もとよりぼくには関係がないので,冷たく通り過ぎる.※機内用にノイズ・キャンセリング・ヘッドフォンを買っておけばよかったかな.

午前10:50に「AA176」便への搭乗開始.機内では,何となくよく眠れてしまった.約11時間の飛行ののち,現地時刻の午前8:48にテキサスのダラス・フォートワース空港(DFW)に着陸する.曇りときどき雨の空模様.AAのハブ空港でもある DFW は巨大すぎる.降りてから入国審査を受け,荷物をピックアップ.階段を下りたところで,係員が「ほら,トランクはこっちこっち」と言われるままに,わがトランクはベルトに乗せられて向こうに消えていった.何も言ってなかったけど,あれでちゃんとニューオーリンズまで届くのかちょっと不安.※結果的には問題なかった.

◇DFW の国際線ターミナルは「D」だが,国内線は別のターミナルにある.ターミナル間は「Skylink」というモノレールで連絡されていて,2分間隔で走っているので移動に苦労することはまったくない.ディスプレイで確認したところ,乗り継ぎのニューオーリンズ行き「AA1020」便はターミナル「C」から飛ぶという.Skylink で広大な空港の中をぐるっと回り,ターミナル「C」に向かう.ここもまた40近いゲートのあるターミナルで,端から端まで歩いてみたらいい運動になった.朝食用にローストビーフのサンドイッチを買ったら,とても食べきれる量ではなく,半分は残してリュックサックに放り込む.搭乗まで2時間ほど時間があった.

◇天候の加減か離発着が乱れているようだ.乗るはずの「AA1020」はゲートが変更され,12:30に搭乗してからもさらに1時間ほど乗り継ぎ客を待ったりして結局1時間遅れで離陸となった.外はスコールのような大雨.機内アナウンスでは,ニューオーリンズは「晴.気温31度」だという.やだなあ…….

◇1時間半の飛行の後,やっとニューオーリンズに到着(15:00頃).空港にはでかでかと「Welcome to New Orleans」と書いてある.「蒸し暑さへようこそ」ってか.着陸する直前,積乱雲の隙き間から見える眼下には,ミシシッピ川流域の広大無辺な湿地帯が広がっていた.この地理的環境じゃしかたないよねえ.

◇空港の外に出る.確かに,蒸し暑過ぎる.この温度と湿度は,最悪なシーズンの日本と同じだ.片道 $ 13.00 のエアポートシャトルという乗り合いタクシーに乗り,30分ほどでフレンチ・クオーターに入った.聞いてきた通り,オールドタウンらしい雰囲気だ(昨年行ったオアハカの街並みたい).「Rue Conti」のように通りの表記がフランス語のままなのは昔の名残なのだろう.その一角に〈Royal Sonesta Hotel〉はあった.古いホテルらしく,重厚な造りで,ロビーには噴水が何カ所もある.チェックインの後,やっと5階の部屋に荷物と「筒」を下ろすことができた.

◇1階ロビーでは,Hennig XXVI の registration desk がすでに置かれていて,Dennis Stevenson と Mark Siddall が受付をしていた.とても怪しい仮面が全参加者に配られるようだが,大会にはこれを付けて参加するようにということか(……).とりあえず,registration をすませたので,あとは午後6時からの歓迎パーティまでゆるゆるする.

◇これがこの地のスタイルらしいが,ホテル内には大きなパティオ(中庭)があって,コロニアルな雰囲気を醸し出している.そのパティオの向こうにあるのが Bienville Gallery というレストランだ.内装や調度品からみて,きっとフォーマルなパーティに使われるのだろう.Hennig Society の歓迎パーティ(「Attitude Adjustment」と銘打っている)はここに設けられた.今回は100人ほどの参加者らしいが,ほとんどは知り合いなので,挨拶をしたりされたり.

バンケットは大会後半に別に予定されているので,今日はビール(「ビター・エール」だとサーブしてくれた黒人ウェイターは言っていた)とワイン,そして Hors d'Oeuvres のみ.しかし,真っ赤なザリガニ(crayfish)が山盛り,サーモンにナマズ(catfish)などなどが次々に出された.生牡蠣こそ出なかったが,ホウレンソウのピューレーを乗せてバター焼きしたオイスター・ロックフェラーはしっかり出た.同じアメリカにありながら「こんな暑いところは来たことがない」というシカゴな人たちとか,「パリから見れば地の果てだ」という CNRS な人もいたりして.とくに,Crayfish は手を伸ばす人とそうでない人との差が極端だ.少々辛く茹でてある気がしたが,どんどん剥いて大量摂取する.「よくそんなに食べられるな」と横であきれているあなたのお皿も真っ赤な殻で山盛りですけど.

◇かなりビールを呑んだあと,ワインへと移行する.午後8時過ぎに外に出ると,ようやく暗くなり始めたにもかかわらず,昼間の暑気がまだ淀んでいるように蒸し蒸しと暑い.やはり最悪の季節の日本と同等だ.表のバーボン通り(Rue Bourbon と書いた方がフランス的でいいぞ.バーボンではなくってブルボンね)からはジャズバンドの生演奏が聞こえてくる.「蒸し暑さへようこそ」は確かにその通りだったのだが,その中での雑踏と喧噪と演奏もまた予想を裏切るものではなかった.これから夜半にかけてはさらにボルテージが上がるのだろう.で,それが連日連夜続くって?

◇午後9時に自室に戻った.窓を開ける気にもならないが,日本的に言えば明け方はきっと「熱帯夜」になるのだろう.そうなればこれまた最悪な日本とおんなじ.

—— あれ,そのあとの記憶がぜんぜんない.

◇本日の総歩数=8804歩[うち「しっかり歩数」=0歩/0分].全コース×|×.朝○|昼△|夜×.前回比=0.0kg/−0.1%.


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