● 7月23日(金):始まりへの終わり,あるいはしばし徘徊する方画

◇午前4時起床.昨夜は遅くまで蒸し暑かったが,明け方は湿気がぬぐわれてすっきりと涼しくなった.さすが.

◇「ケリつけたるぅ」と見えを切ったために〈御用〉にとりかかる.印刷業者側の作業がすでに進んでいるので,大幅な変更はもうできない.不測のミスをできるだけ避けるために,講演一覧と要旨のページを2ページ分だけ差替えるという措置をとる.「未必の故意」な該当者(グループ)はポスター発表がふたつとシンポ講演がひとつ.分量的にはとくに支障なくそれぞれ1ページにおさまる.

―― ホテルの部屋でカモミール・ティーを飲みつつ,InDesign を起動し,該当ページのコンテンツを追加して組版.そのままpdf化したものはすでに“半公開”されている進化学会要旨サイト[ここではそのURLを書かない.正式には「8月4日出版」なので]にアップする.またアウトライン化してpdfにしたファイルもアップし,これは印刷業者にのみ通知する.アウトライン化するとファイルのサイズが肥大化するがしかたがないでしょう.

―― 午前7時に作業完了.関係者に通知してから朝食.

◇最終日の今日は,半日シンポジウム〈Phylogenetics and evolution of arthropods〉があって,お昼で閉会となる.昨日に比べて,会場に来ている数が減った.形態データと分子データが両方あれば,AMNHクラスターを用いて direct optimization で最節約樹を出すという定石が定着しつつあるようだ(というか,そういう“脈”での研究発表が Hennig Society に集中しているということだろう).

―― でもねー,それではいっこうに広まらないって.通常の最節約法での「形質最適化」の方法を大きく一般化したという成果は,その反面,通常の計算環境ではどうにもならないということになったということ.

◇昼食はCNRSのレストランにて.とっても巨大なチキンカツが出た.基本的にバイキング形式なのだが,みなさん,ほんとに「Bon Appetit!」でよーくさらに盛り上げている.※他人のことは言えないのだけれど.

◇今回の Hennig Society Meeting は昼過ぎに全日程を終了した.隣国の割にはドイツからの参加者がほとんどいなかった.“いつもの顔ぶれ”&“周辺浮動層”という参加者構成は例年通りで,行く先々で“浮動層”の特色がじわっと出る.今年は大会委員長を務めた Grandcolas 氏の働きかけのせいか,昆虫の系統に関する発表(それも woodroach 近辺の)が多かったように感じる.来年のオスロ大会はどーなるか.

◇メトロの Odéon 駅で下車.改修中のオデオン座の周囲に本屋がたくさん集まっているエリアだという.大学が密集しているのでむべなるかな.よくわからない古写本が展示してある店あり.大御所 Flammarion 社の本店も発見できた.Pantheon への賑やかな道路を上がっていくと,数学書の復刻を専門にしているらしい Jacques Gabay 書店がある.Galois だの Poincare の本が“いかにも仏蘭西”という装丁にくるまれて陳列されている.

◇Pantheon は観光名所なのだそうだ.先日はウラの通りをヒッソリと通り過ぎただけだったので気づかなかったが,オモテ側にはカフェやら店やらがたくさんある.賑やか.パリに来てはじめて雑踏に遭遇する.

―― 今日もやっぱり暑い(27度)ので,Pantheon の回廊でしばし休息.

―― 向かい側のパリ第5区役所のフロアでちょうど〈Arbrecht Dürer〉展をやっていたので覗いてみる(6 euros).いままでまったく見たことがなかった木版の宗教画がずらっと.すべて私蔵品なのだそうだ.奥が深い.

―― Pantheon 横のウルム通りを抜けて,Ecole Normale Superieur 脇からモンジュ通りへ下る.地図を見ただけではよくわからないが,カルチェ・ラタンってけっこうな起伏があるんですね.丘やら谷やら.ここだけに限らずいたるところで,測道に水がざあざあと流れているのは,地下水を排出しているということかな.

◇いったんホテルに戻り,博物館の Grande Galarie de l'Evolution に向かう.時間がなくて滞在最終日に入館することになった.平日なのに行列.りっぱな入館カードを買って(7 euros),照明を落とした館内に入る.この薄暗さは標本を守るという実益プラスαの付加価値があるような気がする.地上から上階まで広いスペースをよく考えて配列してある.いたるところ分岐図(当然か).標本もそれを入れる容器もオブジェ化.休憩椅子まで講義中.

―― 2階のカフェテリアで休憩してから,外の書籍部へ.やっぱり買わざるをえないでしょ:Jacques Roger『Buffon: un philosoph au Jardin du Roi』(1989: 2002 repr., Fayard, ISBN: 2-213-02265-8).すでに日本語訳は工作舎から出ているが,ペーパーバックで再刊されたということらしい(27 euros).

―― おお,この本だったのか.Jean Dubessy and Guillaume Lecointre (eds.)『Intrusions Spiritualistes et impostures intellectuelles en sciences』(2003年9月刊行,Éditions Syllepse, ISBN: 2-913165-67-2).2001年のオレゴン大会(Hennig XX)でバンケットの席が隣りだった Lecointre 氏が「友人の Jean Bricmont と本を出す準備をしている」と言っていたが,それが本書(22 euros).2000年9月に開催された会議をベースにした論集.『科学における心霊主義者の闖入と知的不誠実』というタイトルに惹かれる人は少なくないと思う.ジャック・ブーヴレスが序文を書いている.ジャン・ブリクモンは方々にたくさん書いている.今回のバンケットで「靴下みたいに臭いチーズはないか」と言っていた Pierre Delaporte 氏も論考を寄せている.

―― Hennig Society の会員はもともと「哲学思考」が強いが,それは単に“ポパー好き好き”というだけではないと思う.Delaporte さんの言葉を借りれば〈Phylosopher〉には彼らなりの思考態度があって,それはいろいろな場面で発現しているとのこと.この論集もその現われかもしれない.

―― 「心霊主義者(spiritualiste)」という言葉がこの本のキーワード.唯物論に対置させられているようだ.日本語に誰か訳しません.キャスティングは華やかで,悪くないと思いますよ.

◇そんなこんなで,フェタのサンドイッチを抱えて夕方(といってもまだ明るいが)ホテルに帰還.フランスに来たにもかかわらず,食べたものといえばアルメニア風,モロッコ風,ギリシャ風,イタリア風とばらついている.バンケットが唯一のフランス風だったかもしれない.

◇さて,明日の帰国のために,荷物を詰めてと思っていたら,またもや〈御用〉―― もう一つ講演要旨の追加が届いたとのこと.あのねー

どーかしてんじゃないのっ

と思いつつ,差替えられるページがないかどうかチェックして,参加者名簿の末尾に突っ込むように,InDesign → pdf と懲役刑に服する.ヒミツの要旨集サイトへのアップ,印刷業者へのメールなどなどをさくさくとすませる.組版もページ付けも全部終っているんだし,そうそう修正がうまくいくわけないでしょ.

―― で,こういう自爆的要求がこれからも来るのはうっとおしいので,Qshinka メーリングリストに“引導”メールを送る.つまんない要求は二度とするんじゃないよっ.

◇シャワーして,荷物をそれなりに詰めて,パリ最後のご就寝でございます.

◇本日の総歩数=15147歩[うち「しっかり歩数」=4991歩/50分].


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